2017
09.23

もうひとつの橋 8

茶道西門流次期家元である西門総二郎の講演会は、西門流金沢茶道会館であると言われ、同僚の坂本からの誘いを断わり切れなかったつくしは、バスに乗り目的地へと向かっていた。

待ち合わせ場所は、その会館前。時間は1時半。
講演会は2時からだと聞き、自宅で食事を済ませたが、雄一は、「気にしなくていいよ。楽しんでおいで」とつくしを送り出した。

土曜は特許事務所も休みだが、「仕事で調べたいことがあるから部屋にいるよ。夜が遅くなっても構わないよ。たまには羽根を伸ばして来いよ」
と声を掛けられたがそれは雄一の気遣いだ。

雄一は、夜の外出を好まない。それは、癌の手術を経験してから後、体力が低下したこともあり、夜出歩くと疲れるということだ。だから二人で夜出歩くといったことはない。
だが、それは別に問題ない。つくしも夜遊びといったものには縁がなく、自宅でゆっくりと寛ぐ方が好きだ。



それにしても、桜子から送られて来た道明寺の名刺は、今まで遠くに感じていた過去を一気に身近に引き寄せ、物事が急に動き出したといった感じだ。
それは錆び付き、もう回ることがないと思っていた古い水車の歯車が、何故か突然回転を始めたといった感じだ。
それもガタガタと騒がしい音を立て、周りにその存在を知らしめるように。


そしてそのひとつが、こうして西門総二郎の話を聴くことなのだろう。
つくしは、大きなため息をついた。
出来れば行きたくなかった。それに会いたくなかった。
過ぎ去った過去を甦らせたいといった思いは、今はもう無いからだ。
それでも来てしまったものは仕方ない。

つくしは、自分自身に言い聞かせていた。
西門総二郎を直接目にするのは17年振りだが、彼は多くの浮名を流してきた男で、いちいち女の顔など覚えてないと公言するような男だった。だから自分の事など忘れているはずだと。
それに、講演会には大勢の人が来るはずだ。そんな中、俯き加減に座る女に目が留まるとは思えず、もしかして自分に気付くのではないかといったことは、自意識過剰だ。

だが、初めて訪れた茶道会館の建物に、つくしは自分が大きな勘違いをしていたことを知った。
会館と聞けば、市民ホールや公民館のようなコンクリートで出来た四角いグレーの建物に、広いホールや会議室がいくつかあり、パイプ椅子などの座席が設けてあるものだと思っていた。だが違った。




「篠田さん!今日は付き合ってもらってホントにありがとう!ねえ、素敵でしょ?西門流金沢茶道会館って!」

坂本は時間通りに現れたつくしに手を振った。
そしてつくしは、そんな坂本に控えめに手を挙げ応えた。

「西門総二郎、今日は着物かしらね?それともスーツでビシッと決めてると思う?いい男だからどっちでもいいけど、やっぱりこの建物だもの、着物がいいわよね?さあ、行きましょうよ!」

つくしより2歳年上の坂本は、お気に入りのアイドルにでも会うといった雰囲気で、つくしの前をどんどん歩いて行く。そしてそんな二人の前に見える西門流金沢茶道会館は、純和風の平家建築の建物で、門から玄関までの長いアプローチは敷石が敷かれ、水が撒かれ、玄関脇には手水鉢が置かれていた。そして畳6畳ほどありそうな玄関で靴を脱ぎ中に入れば、板敷の長い廊下に畳の部屋といった様式だ。つまりその畳に用意された座布団に正座をして話を聞く、といった状況であることを理解した。

と、なると収容人数は、つくしが当初考えていた人数とは大幅に異なり少数といったことになる。大勢の人間に紛れて座っていればいいと思ったがどうやらそれは無理のようだ。
実際、畳の上に置かれた座布団の枚数はざっと数えて40枚といったところだ。
それに、ここに来る女性達は西門総二郎目当てであり、皆彼を見つめているはずだ。だからそんな中にひとり俯いている女がいれば、逆に目立つといった方が正しいはずだ。
そして、別の意味でも目立っていた。何しろ今回の西門総二郎の講演会とは、弟子を対象にしているのだから、周りにいる女性達は皆、着物姿であり、洋服なのは坂本とつくしだけだ。
だからこそ余計に人目を惹いていた。




「・・・来るんじゃなかった」

「え?篠田さん、何か言った?それよりここ。ここ空いてるみたいよ?ここに座りましょうよ!」

坂本が指した座布団は幸か不幸か一番後ろの席。だが一番前よりはマシかと思う。
それでも学生時代の授業風景を思い出せば分ると思うが、発言者から一番遠い席といったものは、ある意味目立つ。目立ちたくなくても目立つ。
だがもうこうなれば普通にすればいいと腹を括るしかない。
それにもし話かけられても、まるで別の惑星で出会ったようにあっけらかんと笑えばいい。
そしてそれが道明寺司に伝わるならそれでいい。
結婚していることなど、どうせ調べられているはずだ。だから、牧野つくしは金沢で明るく楽しい結婚生活を送っていると伝わればいい。
それにつくしは、雄一と結婚を決めた時点で、古い記憶は胸の奥深くに封印し、自分自身と折り合いをつけたはずだ。

それでも、着物姿の西門総二郎が現れたとき、鼓動がいつもより大きく身体の中を駆けぬけたのが感じられた。





「金沢の皆さんこんにちは。今日はこうしてお会いするのを楽しみにしておりました」

滑らかに口をつく言葉は、ひと前で話し慣れた人物のそれだ。
子供の頃から高い教育を受けて来た男は、彼を含め当時F4と呼ばれた男達は、皆話をするのが上手い。だがそれもそのはずだ。一度テレビで見たが他人のことなど興味がないといった花沢類でさえ、大勢の人間の前に立てば堂々とした態度で物怖じすることはない。
それが彼らの持って生まれたものなのか。それとも置かれた立場のせいなのか。
どちらにしても、人間というのは、ある程度の年になれば、己が置かれた状況を理解するようになる。たとえそれが本人の望んだものではないとしても。


今、つくしの目の前で茶事(ちゃじ)の流れについて話しをしている男は、時に甘い言葉を交えながらも、次期家元として風格を備えて来たように思える。
知らないうちに、いや、知ろうとは思わないが、誰もが大人になって行く。
それは、新聞で見た道明寺司の姿がそうだったのと同じだ。

「そうよね・・誰もが年を取ってるんだし、大人になるのは当然よね」

と、つくしは呟いたが、隣に座る坂本は、目を輝かせ総二郎の話に聞き入っており、つくしの言葉を気にしなかった。だがそれは慣れているといった方が正しい。
つくしは、仕事中もパソコンの画面に向かい、独り言を呟いていることがあるからだ。
初めの頃、つくしの独り言を聞きつけた坂本が、どうかしたのかと聞いていたことがあった。だか、呟いたことを当の本人は気付いてないのだから、逆に坂本に向かって何ですか?と聞き返していた。
だから今ではつくしの独り言が意味を成さないものだと知っていた。

確かにつくしは、昔から聞く人がいなくても、喋ることがあった。
それは心の声が漏れていると言われていたが、癖なのかと言われればそうだが、独り言というのは、心のガス抜きをしているとも言われる。だから無理に止める必要はないとも言われていた。

そして彼女が言った誰もが年を取り、大人になるのは当然と言った言葉は、自らに語りかけていた。もし、ここに道明寺司がいたとしても、自分はもう結婚している。
あの頃の忘れられた少女ではないのだから、彼の前で物怖じする事はないはずだ。と。



「・・と、言うことで、皆さん。今日はお天気の方もいいようですので、少し庭に出てみましょう。それに秋の紅葉も始まったことですので、移り行く季節を楽しみませんか?」

これまでの話の中で何度か西門総二郎と目が合った。
そしてその目に浮かんだのは、驚きの表情といったものではなく、まるで久しぶりだな、と挨拶をしてきたように感じられた。
長い間会わなかったが、つくしのことを気付いていたようだ。


「・・篠田さん!・・篠田さん?行きましょうよ!西門総二郎と一緒に写真を撮ってもらえるそうよ!こんなチャンスもう二度とないわ。ほら行くわよ!」

つくしはぼんやりとしていたが、坂本の呼びかけにハッとすると、隣で立ち上がっていた彼女を見上げた。

「え?行くってどこに?」

「庭よ、庭。西門総二郎と一緒に写真を撮るのよ!」

坂本は座ったままのつくしを急き立てていたが、なかなか立ち上がろうとしないつくしに眉をひそめた。

「・・ねえ・・まさか足が痺れて立てないなんてこと言わないでよ?」

「ご、ごめんなさい。足、痺れたみたいで・・」

と、つくしは情けない声を出し、

「あの、坂本さん。わたしに構わず行って下さい。西門・・さんと写真撮って来て下さい。わたしはここで待ってますから」

と坂本に言った。
すると坂本は、気持ちは既に庭に向かっているようで、それじゃあちょっと行ってくるわね、と言い玄関に走って行った。









つくしは誰もいなくなった和室で、正座を崩し、ゆっくりと足を伸ばしていた。
本当は痺れてなんていない。ただ、外に行きたくなかったからだ。
それは西門総二郎の傍に行く理由が見当たらないからだ。
それに会えば色々と聞かれることは分かっていた。
だが過去は過去だ。
それがどんな顔をして現れても過去だ。
もうあの頃とは、高校生だった頃とは違う。


つくしは立ち上り、開け放たれた障子と長い縁側の向うに見える広い庭に目を移した。
その景色から西門流金沢茶道会館は、立派な日本庭園を持つ広い会館だということが見て取れた。そしてその庭でついさっきまで隣にいた坂本が、嬉しそうに総二郎との写真撮影に臨んでいた。


「・・・西門さん、相変らずモテるわね」






「そうだな。総二郎は相変わらずだ」



聞き覚えのある声が背中に響いた。

振り向かなくても分かるバリトン。


勿論分っている。この出会いが都合のいい偶然ではないということを。

過去が届いた。

そんな気がした。





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コメント
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dot 2017.09.23 07:25 | 編集
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dot 2017.09.23 13:30 | 編集
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dot 2017.09.24 02:01 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
こじんまりとした講演会に驚くつくし。
そして突然聞こえた懐かしい男の声。
その声に過去が届いたと感じるつくし。
さて、続きを・・と思いつつ、御曹司でした(笑)

映画。なるほど。倍率高そうですね?
しかし応募しなければ抽選のチャンスさえありませんからねぇ。宝くじだと思いましょう!^^
そしてお嬢様、大人の対応で笑って許してくれたんですね!(笑)
寛大さに感謝ですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.24 20:00 | 編集
ふぁ***~んママ様
おはようございます^^
そうですねぇ。今回のお話は淡々と流れて行く。
これから二人はどうなるのでしょう。
雄一さんのこともあります。そしてつくしと雄一の関係は夫婦とは言えない関係。
う~ん(笑)みんなが幸せになれば一番いいのですが・・・。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.24 20:04 | 編集
か**り様
持つべきものは友!(笑)
総二郎、何やら動いてくれたようです(笑)
記憶が戻った。離婚しろ(笑)それは出来ませんよね?
ざわめきを抱えたつくし。
アカシア、スタミナないですよ(笑)夜な夜なですので、半分寝ていることもあります(笑)
文章が可笑しい!と思うことも多々あります(笑)
ただ、連載を始めた以上は、書き切りたいといった思いで頑張ります。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.24 20:07 | 編集
H*様
司。果たしてつくしを取り戻すことが出来るのか。
司の幸せの為にも頑張ってもらいたいと思いますが、つくしはどうするのでしょう。雄一さんがいますからねぇ・・・。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.24 20:09 | 編集
チ**ム様
こんばんは^^
コメント時間はどうぞお気になさらずに。
金沢はいい所ですよ。和菓子も美味しいですが、お気に入りのお茶もあります。
日本海の新鮮な魚もとても美味しいです。
そんな場所は食いしん坊つくしにはぴったりかもしれませんね?(笑)
そして名刺の男は、自らがその地に足を運びました。
さて、どうなる二人?
お話を楽しんで頂き、有難うございます。更新は勢いを付けてのマイペースです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.24 20:15 | 編集
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dot 2017.10.01 02:07 | 編集
さと**ん様
新作和菓子は、な、なんと!世界最高級の和菓子、道明寺司だった!
素晴らしですねぇ。西門総二郎講演会、ぜひ参加させて頂きたいものです!
長い時を超えても好き。え?17年長いですか?(笑)
本当にどれだけ時が流れてもお前だけ・・そんな男もいるんですね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.01 21:25 | 編集
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