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2017
09.17

金持ちの御曹司~一炊の夢~

<一炊(いっすい)の夢>




容姿、財力、知力、パワーどれを取っても一般人の平均値より高いと言われている男。
彼は、ゾクゾクするほどの色気を持ち、クールでミステリアスな男と呼ばれていた。
だが男というのは、実は簡単に喜んでしまう生き物だ。
それが特に自分が愛して止まない女からの行為だとすれば、それこそ天にも昇る気持ちなのは間違いない。
そして、いつもは苦手な、あんなことや、こんなことをしてくれ、昇天させられていた。

そんな贅沢な夜を一週間前に過ごした男は、執務室の中で笑みを浮かべ次の週末を楽しみしていた。

だが退屈な金曜日があるとしよう。
それは週末だというのに司の大切な女性が傍にいないことが確定したからだ。
気象条件の悪化により、海外から帰国する彼女の飛行機が飛ばない。
そのことが明らかになったとき、司は空を怨んだ。


だが、こんな夢を見た。
それは、牧野つくしが結婚を承知してくれた夢。
まさに司にとっては願ってもない夢だ。
目が覚めたとき、それが正夢ならどんなにいいことかと願った。
そして誰かにその夢を語りたいと思った。

『聞いてくれ。牧野は俺と結婚すると言った!』

と大声で世間に向けて叫びたい。
しかし、叫ぶことは出来ず、執務室でじっと自分を見る秘書を前に、緩んだ頬を引き締め、冷たい態度で臨んでいた。

だが、司が少年の頃から彼の傍にいた男の眼鏡の奥の冷静な目が、司の本心を見抜けないはずがない。
けれど西田は、またいつものことだと態度を崩さなかった。
そして、そっとしておくに限ると思っていた。

だが、そんな西田の想いをよそに、司の頭には今朝見た夢が再現され、口元に自然と笑みが零れていた。

人は好きなことをして生きて行けるとは限らない。
生きるため、自分の人生に課せられた義務といったものを果たさなくてはならい。
今の司は、かつて嫌だと思っていた家業の経営を嫌だとは思っていなかった。
それは、牧野つくしが傍にいてくれるからであり、彼女が傍にいてくれる限り、世界はバラ色だ。

そんな司が見た夢とは。









「・・道明寺さん」
つくしが呼びかけた。
「どうしたらいいんでしょう・・・困ったわ」

司は、牧野つくしと付き合い始め2ヶ月が経っていた。
そしてレストランで食事中、困った様子で話し始めた彼女に聞いた。

「どうしたんです?」

「実は、お恥ずかしいお話なんですが実家の父が借金をしていて、その返済期限が明日なんです。でもそのお金が工面できなくて・・。どうしたらいいのか・・」

彼女は、表情を曇らせ、言葉を詰まらせた。
そして不安そうに司を見た。

「幾らいるんです?」

「・・大金なんです」

「だから幾らですか?」

「・・あの・・200万です」

遠慮がちに言ったつくしに、司は黙って何も言わず、彼女の目をじっと見た。
そして司は、莫大な資産を持つと言われる男に、遠慮がちに200万と口にする女の態度に笑い出しそうになるのをグッと堪え、随分と遠慮する女だと思っていた。

そして思った。
どうせなら1億くらい吹っ掛ければいいものを、と。

どんな女も望めば思いのままに出来ると言われる司が付き合っている牧野つくしは、一時の甘い夢を見させ金を巻き上げることを生業とする女性。
所謂、結婚詐欺師と呼ばれる女性だ。
それもまだ駆け出しの詐欺師。
そしてそんな彼女の司に対しての立場は、父親が借金をし、その金策に頭を抱える娘といった役どころだ。

二人が出会ったのは、友人の誕生パーティーであり、はじめから分かっていた。
と、言うよりも、友人から彼女が新米結婚詐欺師であり、司の持つ財産を狙っていると聞かされていた。
だが、司はそれでもいいと思っていた。
そんな彼女のはじめてのカモになることを決めたのは、司の方だ。
そして逆に司が彼女を罠にかけ、自分のものにしてやろうと思っていた。

しかし結婚詐欺師と言っても、自分の身体を使うことまで考えていないようで、付き合って2ヶ月だが、まだキスさえ躊躇いがちだ。そして、その態度から、まだ男を知らない女の初心さが伝わり、紛れもなく処女だといったことが感じられた。

司は唇の端を少しだけ歪めた。

「わかりました。それではこれからわたしの自宅まで行きましょう。現金ならいくらでも自宅の金庫にありますから」

200万程度なら自宅に行かずとも直ぐに渡せるが、それでは彼女を自分のモノにすることは出来ないと感じていた。
そして、考えた。果たして彼女は200万を手に入れたあと、どうやって逃げおおせるつもりでいるのかを。
そんな思いから、お手並み拝見といったところで、司はレストランを出ようとつくしを促した。





司の自宅は、マンションの最上階にあるペントハウスだ。
夜も更けた男の部屋へ来ることの意味を知らないはずがない。

照明が灯った廊下の先の扉を開け、部屋の中へ入るよう促したが、新米結婚詐欺師はどこか躊躇いがちな態度が見て取れた。

「さあ、つくしさん。ソファにかけてお待ち下さい。200万は直ぐにお持ちしましょう」

司はリビングのソファに所在なげに腰掛けた女を残し、ベッドルームへと足を向けた。
そうやってわざと彼女を一人にした。そして、広い部屋の中、彼女がひとりで何をするかと様子を見ることにした。

保安上の理由から部屋にはカメラが設置されており、内部の様子をベッドルームで見ることが出来た。
本当に金に汚い女なら、部屋の中を歩き回り、金になりそうなものを探そうとするはずだ。
実際、壁に掛けられた絵画は、億単位するような絵が飾られていた。
だが、彼女はソファに腰を降ろしたまま、動こうとはしなかった。むしろ、ここまで来たが、どうしたものかと考えているようだ。

それは、金を受け取れば、身体を担保として差し出さなければならないのでは、と悩んでいるように見えた。
だがそんな彼女の子供じみた芝居に付き合うのは、もう止めにした。

司は金を手にベッドルームを出た。
それから、リビングのソファに座る彼女の隣へと腰を降ろした。
そして、彼女が初めて手を染めようとする結婚詐欺と呼ばれる行為は、今夜が最初で最後であり、それ自体が成り立たないことを教えてやるつもりでいた。
司は、はじめは遊びのつもりだったが、2ヶ月付き合ううちに、本気で牧野つくしを好きになっていた。
彼女を好きになったのは、きらきらと光る大きな瞳に魅せられたからだ。

それに、結婚詐欺といった罪名は存在せず、世間でよく言われるその行為は、当事者のどちらかに少しでも恋愛感情があれば、見解の相違といったものであり、例え、金銭を取られ、高額な贈り物のやり取りがあったとしても、恋愛ではよくあることであり、相手が返せと言わなければ問題ないはずだ。

司は彼女の初めての男になり、最後の男になるつもりだと告げるつもりでいた。
それに200万などどうでもいい金だ。逆にその金で彼女を縛ることが出来るなら、安すぎるほどだ。

だが、そのとき、彼女の胸元に光るネックレスがブラウスの襟元から覗いているのが見えた。
そしてその瞬間、司の頭の中に、ひとりの女性の姿が浮かび上がった。
それは、彼が長い間、忘れていた女性の姿。そして、彼女を紹介した友人の言葉を思い出していた。

『彼女。過去に好きだった男に忘れられたんだよ。だから男を信用することが出来なくてね。可哀想な子なんだ。だから男を騙して捨てることを始めるそうだ』


忘れた男。
それが司自身であると気付いたのは言うまでもない。

それから司は、静かな気持ちで、彼女に記憶を取り戻したことを伝え、結婚して欲しいと伝えた。そして勿論返事は「はい」だった。




それが司の見た夢。

だがその夢は、彼があの時、記憶を取り戻さなければ、あり得たかもしれない未来と言えた。
そんな思いもあり、ただ喜んでいるだけの状況では無かったが、彼女が素直に結婚に応じてくれたことが嬉しかった。


 
そんな夢を見た二日後。
天候が回復し、彼女が乗った飛行機は、無事日本に到着した。
そして、司は、彼女を、つくしを迎えに空港まで足を運んでいた。






司が見たのは一炊の夢だ。
一炊の夢とは、人生の栄華は儚いといった意味を持つ。
しかし、夢の中の司は栄華を尽くした生活を送る男だった。
そんな男が、こうして彼女と巡り逢えたのは、運命だが、人生は儚いものだということも今では知っている。
それは、彼女の記憶を失った時の事を考えたとき、もし、永遠に記憶が戻らなければ、こうして抱きしめることが出来なかったということだ。
そして、考えていた。
儚いと言われる人生を、いかに有意義に過ごすかといったことを。





「ちょっと!ねえ、どうしたの?」

司はつくしを抱きしめると動物のように彼女の匂いを嗅いでいた。
その仕草がおかしくて、つくしは笑っていた。

「道明寺っ!・・やだ、ど、動物みたい・・止めて!!」

だが司は、自分が傷つけていたかもしれないつくしに動物の本能である行為をしているだけだ。傷口があるならその傷口を舐め、傷を癒してやるということを。
そして、彼女とこうして過ごせることが、奇跡みたいなものだということを、今更だが思っていた。

「ねえ?どうしたのよ、道明寺?何かあった?」

場所を車の中に変えても、相変わらずつくしを抱きしめ離さない男は、小さな声で、なんにもねぇよ、と呟いたが、こうして彼女の身体を抱きしめる幸せを噛みしめていた。



あり得たかもしれない未来が無かったことに感謝して。






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「金持ちの御曹司」50作品目となりました。
いつもこんな坊ちゃんにお付き合い頂き、有難うございます(低頭)
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コメント
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dot 2017.09.17 08:14 | 編集
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dot 2017.09.17 09:50 | 編集
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dot 2017.09.17 14:50 | 編集
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dot 2017.09.18 02:18 | 編集
ま**ゃん様
はじめまして^^
御曹司シリーズ坊ちゃん。50作も妄想劇場を繰り広げてしまいました(笑)
こんな坊ちゃん、イメージが!と思いつつも、御曹司として出来るだけ品位は保ちたいと思っています。あ、でも保てていないかもしれませんね(笑)
そして、このようなサイトで癒しになるとは!有難うございます!
ま**ゃん様もお仕事頑張って下さいね!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:25 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
今回の御曹司。真面目に夢を見たようです。
その夢は、記憶喪失になった男でした。
御曹司に50作も妄想させると、坊ちゃんも「いい加減にしろ!」と怒りそうな気がします(笑)
そうですねぇ、二人が結婚してしまうと、御曹司の妄想も終わりを迎えてしまうので、この二人、結婚は出来ませんねぇ。
しかし、50作も書くと、本当に自分でどんなお話を書いたのか、分からなくなってます(笑)
このまま続けてもいいのか御曹司?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:29 | 編集
イ**マ様
有難うございます^^
色々な坊ちゃんが出て来る御曹司シリーズ。
いえ、単に妄想してるだけですが、こんな坊ちゃんでも楽しんで下さっている!それだけで有難いです。
いつも俺様の坊ちゃんも、つくしちゃんが傍にいないと、どこかしょんぼりしてしまうようです(笑)
そうです、つくしちゃんへの崇拝が原点です!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:32 | 編集
s**p様
御曹司シリーズ50作も書いてしまいました(笑)
普段は非の打ちどころがない完璧ないい男の坊ちゃんが、つくしを思い妄想しだすと止まらない(笑)
本当にどれだけつくしを愛しているんでしょうねぇ。
カワイイ坊ちゃん、これからどうなる?(笑)
このまま結婚してもらえず、延々と妄想生活でしょうか?
「てめぇ、いい加減にしろ!」と怒られそうです(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:35 | 編集
か**り様
電子辞書が手放せない(笑)
「一炊の夢」調べて下さったのですね?
坊ちゃん、栄華を極めた生活を送る男。
それは、つくしに出会うまでの男の生活でした。
今は、そんなことはありません。つくし命の男は、彼女に忠実な犬のような男です。
だからクンクン匂いを嗅いでる(笑)
本当にこんな御曹司、坊ちゃんのイメージが壊れてしまってますよね?(笑)
50作書きましたが、坊ちゃん色んなことをさせてごめんね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:37 | 編集
pi**mix様
台風は去りましたが、pi**mix様のお住まいの地域は大丈夫ですか?
本日の御曹司、50作目にして少し真面目な坊ちゃんでした(笑)
そして、坊ちゃんが見た夢の話。
はい。耳を塞がずに聞きます(笑)
実は、違う形でストーリーにしようと思っていたのですが、夢にしてしまいました。
しかし、いつかお話として書こうかな・・そんな思いもあります。
つくしに騙されるフリをして逆に騙す坊ちゃん。
大人ジェントルの司はどうする?(笑)そんなお話ですね?(笑)

それにしても、日曜日の坊ちゃんに少し感動(笑)
この坊ちゃんがそんなことが出来るとは!!
そして、いつも冷静な西田さん。
確かに、西田さんの方が忙しいような気もしますが、彼は我々の世界の秘書事情に関係ないお人ではないでしょうか(笑)
三連休も最終日です。体調を整え、また明日から頑張りましょう!
西田さんも、今日まではお休みのはずです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.18 09:44 | 編集
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