2017
09.15

もうひとつの橋 1

「ママ。さっきの方、道明寺さんですよね?」

「橘さん知ってるの?」

L字型のカウンターの内側に立つママと呼ばれた女性は、隣で興味津々な表情で見つめてくる年上の男性を見た。

「そんなのあたり前じゃないですか。あの道明寺さんを知らない人なんてこの街にいません。・・でもママ、その名刺、名前と電話番号だけで他に何も書いていませんね?」

橘は、ママと呼んだ女の掌の中にある名刺を覗いたが、書かれているはずの肩書は無く、上質な白い紙には、縦に名前が印刷されているだけだ。そしてその名前の下には、走り書きされた数字が並んでいた。

「そうね。でも書く必要ないんじゃないの?橘さんが言ったように、このお名刺を見て思いつく人はあの方以外いないでしょ?」

道明寺司、と書かれていれば、経済人であれば誰もが知る名前であり、そうでなくとも道明寺HDと言えば、日本を代表する企業グループであり誰もが知っていた。
そんな男に肩書など無用の長物であり、知らなければ経済人として失格だと言われているだけに、逆に知らない人間を探す方が難しいはずだ。
そして橘の言うとおり、この街に住む人間なら誰でも知っている名前だ。

「それって個人的な名刺ってことですよね?その電話番号もさっき書かれた番号ですから個人的な番号ってことですよね?それをママに渡すなんて、道明寺さん余程ママのことを信頼してるんですね?」

長い間変わることのない個人的な番号。
その番号を知っている人間は数少ない。
そしてその番号を知りたいと願う人間は多い。
しかし、心を許せる親しい友人以外知らない番号。
そんな番号を諳(そら)んじることが出来る人間は幸運な人間と言えるはずだ。


「・・それにしても道明寺さんって背が高くて、すらっとしてカッコいいですよね。それにやはり近寄りがたい感じがします」

すらっとしてカッコいい。
そんな言葉だけで片づけるには勿体ないほどの容姿の持ち主は、高校生の頃よりも一段と男前が上がったとママは思っていた。そしてその頃から感じられる彼独特のオーラといったものは、彼を知らない人間にとっては、挑戦的な鋭さを感じるはずだ。

実際向けた切れ長の瞳は怜悧な光りをたたえており、そんな男の前に出れば、誰もが緊張し、自然と背筋が伸び、身構える姿勢になる。
そしてそんな男の瞳は、漆黒の闇だと言われていたが、ひとりの少女を見つめる時、その瞳は夜空に輝く星のような光りを放っていた。

「そうね。あの人は昔から近寄り難い人だったの。それは今でも変わらないわ」

橘は、道明寺司という人物が昔から近寄り難い人だと言ったママが、なぜそんな男と親しげに口を利くことが出来るのかと興味を抱いた。そしてその理由を聞いたが、そんな橘にママは、古い知り合いなのよ。
と、呟きはしたがそれ以上は何も話はしなかった。

「それにしても道明寺さんほど男性なら、うちじゃなくてももっと凄い店をご存知のはずですよね?この店にいるのはママとバーテンダーの私だけですよ?それにこんな小さな店じゃなくて、もっと大きくて素敵な店をご存知のはずですよね?」

こんな小さな店。
確かにそうだ。小さなバーは6坪ほどの広さであり、畳で言えば12畳程度。
つまり6畳が二間程度の広さしかない。

ママは、クスッと笑いカウンターの上に置かれていたグラスを下げた。
開店前の店で出したウィスキーの水割りは1杯だけ。それをぐいっと飲み、腰を上げた男は名刺をママに預けると帰っていった。その理由は言わずもがなだ。ママは男がこの店を訪ねて来た理由を知っている。

「ママ、道明寺さんの左手の指に指輪はありませんでしたけど、結婚してますよね?」

「してないわよ」

きっぱりと否定したママの声に嘘はない。

「そうでしたか?そんな噂があったことを記憶していますが」

左手の薬指に指輪がないからと言って、独身とは限らない。
橘はそう言いたいのだ。
確かに結婚していても、指輪を嵌めない男は少なくない。
それは、単に指輪を嵌めることが嫌だというのか。それとも、指輪を嵌めていることで、周りの女性の見る目が変わって来ることが嫌なのか。だが、彼は違う。好きな人との結婚指輪なら喜んで嵌めるはずだ。

「それは橘さんの記憶違いよ。道明寺さんはこの世で一番好きな女性と生涯を共にするって男性なの。だからひとりよ」


そうだ。
彼はずっとひとりだ。
たったひとり欲しかった女性がいたが、その人とは未だに一緒になることが出来なかった。

「・・一番好きな女性ですか。二番目は必要ないってことですよね?」

「そうね。二番目の女性じゃ満足なんてしないと思うわ。それから偽者もね」

「なんですか?その偽者って?」

「まがい物ってことよ」


まがい物。
それがかつての自分のことだと桜子は思っていた。




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コメント
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dot 2017.09.15 06:26 | 編集
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dot 2017.09.15 07:32 | 編集
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dot 2017.09.15 07:53 | 編集
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dot 2017.09.15 12:05 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
何もこんな所で飲まなくても(笑)
桜子が聞いたら怒りますよ!(笑)
そして「時の撚り糸」では滋さんでしたが、今回は桜子が登場してきました。
次のお話から司とつくしの事が少しずつ明かされる・・と思います。
御曹司、「欲望図鑑」見れるようになっていますでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:03 | 編集
み**ゃん様
おはようございます^^
あの桜子が小さなバーのママ・・なんです。
そして、司。開店前の店に超シンプルな名刺を残す。
こんな感じのスタートです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:06 | 編集
イ**マ様
ママは桜子でした(笑)
小さなバーのママの桜子。
お酒が似合うのは、やはり桜子でしょう。
そして、少々のんびりになると思いますが、また覗いて下さいませ(低頭)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:09 | 編集
s**p様
ママは桜子でした。
そして何故司は電話番号を教えに現れたのでしょう。
えーっと、そんなに難しいお話ではございません(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:13 | 編集
ま**ん様
こんにちは^^
桜子が小さなバーのママでした。
桜子、酒豪のイメージがあります。
しかし、司には負けると思いますが、二人が飲み比べたらどうなるのでしょうねぇ(笑)
このようなお話ですが、お付き合い頂けると幸いです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:35 | 編集
H*様
桜子が小さなバーのママをしています。
そこへ現れた司。
そして明日の更新ですが、頭が朦朧としながら書きましたので、誤字脱字が多いかもしれません(低頭)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.16 00:39 | 編集
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