2017
09.10

秋日の午後 4

いつの間にか眠ってしまったのだろう。
目が覚めたとき、一瞬ここはどこかといった気にさせられていた。だがすぐに気付いた。
純和風の別荘ではあるが、洋風に設えられた部屋があり、ペルシャ絨毯が敷かれた上にソファセットが置かれ、司はカウチの上で目を覚ましていた。

老女にお茶をお持ち致します、と言われ運ばれて来た茶を飲み、それから目を閉じそのまま眠りに落ちていた。
やはり疲れていたのか。墓地で感じた頭のふらつきを感じ寝不足かと思う。

夜、眠れないことなどなかったが、最近夜中に目が冴え眠れないことがあった。
薄ぼんやりとした明かりのなか、何をするでもなく、ただ天井を眺めているだけの時が流れ、朝を迎えたこともあった。


まだ高校生だった頃、寝起きの悪さに妻に叩き起こされたことがあった。あれは、邸でメイドとして働いていた頃の話。もう何十年も前の話だが、人は年を取れば取るほど過去の記憶の方が鮮やかだというのだから、自分もまさにその通りのことが起きていると実感していた。
それに、年を取った今では、寝起きの悪さといったものは無縁となり、どちらかと言えば、無駄に早く目覚めることもあった。

眠った時間はほんの30分程度のはずだ。
司は腕の時計を見た。3時10分で止まっていた。それはこの別荘に到着した時間だった。
それなら正確な時間は何時かと時計を探したが、部屋の中にそれらしきものは見当たらず、カーテンが開け放たれた窓の外に見える庭に陰りを感じ夕方かと思った。

秋の日はつるべ落としと言い、あっという間に日暮れを迎え短くなる一方だ。
この部屋の外は木立が茂っていることもあり、枝は陽射しを遮るように広がっていた。
そのせいか日暮れが早く感じられ、午後の柔らかい陽射しは山の向うに消えようとしていた。

今日を残して沈む夕陽はどんな色をしていたのか。
果実が赤くなり熟れたその実を落すように山の向うへ落ちて行く。
ふと、そんな光景が頭を過っていた。



夏は夕方になれば蝉の一種であるヒグラシが鳴くと言われるが、その季節は過ぎてしまったのか、山の中の別荘に音は無く、ただひとりぼんやりとカウチに座る男がいるだけだ。
だがもし、ここに妻がいたら何をしただろう。
かつてこのソファにも、寄り添うように座る相手がいた。


子や孫のいる自分が孤独だとは思わない。
それでも彼らにも補えないものがある。
それは、魂の半身ともいえる伴侶を亡くした人間の心の傷を補うことだ。
彼らの存在は、慰めにはなるかもしれないが、心にぽっかりと開いた穴を埋めることは決して出来なかった。誰にでも言えることだが、いなくなった人の代わりになることは出来ないということだ。
妻だから言えること。
妻だから出来ること。
妻にしか出来ないことは沢山あった。




「旦那様が奥様を見つめる目は、まるで恋する少年のようでした」

そんなことを言った老女。

司は妻以外の女に興味を持たなかった。
妻と出会ってから彼女が彼の人生の全てであり、生きがいだった。
だが出会ったとき、全てが異なる二人がいた。互いが歩んで来たそれまでの人生も、周りの環境も、暮らしも全てが異なる二人が恋におちたのだ。だがそれが司にとっては最初で最後の恋だとはじめから分かっていた。だから、どんなことをしても、手に入れたかった女性だった。

あのとき、どこかの少女が落ちて来なければ、二人は出会うことはなかった。
友人達にも呆れられるほどストレートに思いを伝え、受け入れてもらおうとした日々があった。振り返って思えば、あの日現れたのは、天使であり女神だった。
17年間生きてきて、はじめて幸せになりたい、幸せにしたいといった思いを持った。
はじめは自尊心が邪魔をしたが、乗り越えるのは簡単であり、どんなことでも自覚をすれば、歩むべき道が決まるのは早いものだ。
彼女と幸せになるためならどんなことでも出来た。全てを捨てることよりも、全てをこの手に掴むことを望み、今まで持ち合わせていなかった努力するといったことを自身に課した。

そうだ。彼女のためなら何でも出来た。

そんな女性が亡ってはじめてこの場所を訪れたが、想い出は褪せることなく、この場所にもあった。そしてその想い出を語り合う相手がいなくなったことに、哀しみが深まった。





「ねえ、紅葉(もみじ)の天ぷらって食べたことある?」

そう言って紅葉の木の前に連れて行かれたことがあった。

「大阪では紅葉をてんぷらにして食べちゃうんだって。それならこの庭一面に落ちてる紅葉を天ぷらにして食べましょうよ!」

「ツクシだって食べれるんだから紅葉も食べれて当然よね?あ、でもお母様は食べたことがあったと思う?楓さんが紅葉の天ぷらを食べる。なんだかおかしいわよね?ねえ、メープルでも紅葉の天ぷらを出してみたら?」

と、軽やかに笑い、実際に庭に落ちた紅葉を拾い、天ぷらにして食べさせられた。
だが妻が言った紅葉の天ぷらとは、おかずではなく、紅葉に甘い衣をつけて揚げる“かりんとう”のような菓子のことだったらしく、取り寄せてみれば、やはり司の口には合わなかったが、妻は美味しいといって口に運んでいた。

そんなことを思い出せば、心は痛みに打たれるが、刻みこまれた記憶は薄れることはない。
だが今日に限って懐かしい過去ばかりがいくつも思い出されるのは、やはり月命日だからなのか。
毎月必ず来る命日の日。今度は紅葉のてんぷらでも取り寄せてやるかと思う。

だが、ふと思った。
もし、時を遡る列車があれば、それに乗れば、若返り、妻が戻ってくるのだろうか。

そんな非現実的なこと考えたが、幽霊でもいいから会いに来いといった男の淋しさから出た思いだ。
そうなると今がいったい何時なのか知りたくなった。だが、腕に嵌めた時計は時を止め、外の景色は明らかに夕暮れ時を示していた。それなら東京へ戻らなければと思うが、少し迷っていた。明日の予定は午後からであり、これといって急ぐものはない。それなら妻との想い出の場所で一晩過ごすのも悪くはないはずだ。

そうだ。この場所なら、もしかすると妻に会えるかもしれない。
そんな思いが頭の中を過っていた。



司は外の空気を吸うついでに、運転手に今夜はここに泊まると伝えようと、玄関で靴を履き、外へ出た。






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コメント
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dot 2017.09.10 07:48 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
今日に限ってつくしちゃんとの想い出が沢山甦る司。
月命日だからだけではなさそう・・・。
そして、時々起こる立ち眩み、止まった腕時計の時間。
何かが起こりそうな予感がしましたか?(笑)

紅葉の天ぷら。
一度現地で食したことがあります。
アカシアも、そのような食べ物があるのかと驚きました。
さすが花より団子のつくしちゃん(笑)
しかし財閥の奥様であるつくしちゃん。どこでそのような情報を手に入れたのでしょうねぇ(笑)
そしてそれが庶民的な食べ物であるところが、彼女らしいかもしれませんね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.10 22:33 | 編集
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dot 2017.09.11 01:04 | 編集
Pi**mix様
司の腕時計が止った謎。
その理由は・・・。え?怪奇現象?(笑)
そして、ゼンマイ式腕時計。30分では止まりません。
確かに専用ケースで回転してますねぇ。我が家でも夜中にひっそり回っていることがあります。
紅葉の天ぷら。アカシアは一度だけ食したことがありますが、関西ではあるあるなんですね?
つくしちゃんは知っていた!さすが食いしん坊さんです(笑)
そう言えば、英徳学園は文化祭や体育祭といったものは、あったのでしょうかねぇ?
初等部では運動会はあったと思いますが、中等部や高等部では無かったのかもしれませんね?

若人のエネルギー(笑)遠い昔、アカシアにもあったはずのエネルギーは消耗する一方です。
そして、司。つくしちゃんを見つけました。
でも・・・。
コメント有難うございました。
アカシアdot 2017.09.11 22:04 | 編集
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