2017
09.09

秋日の午後 3

「伊豆の別荘に行ってくれ」

店を出た司は、運転手に言った。
いつもなら蕎麦屋を出れば世田谷の邸に戻るのだが、今日は何故か伊豆の別荘へと気持ちが向いていた。

晴れた午後、思い出すのは二人で過ごしたあの日。
時計の針を逆回転させるように、過去が鮮明に思い出されるのは、年を取った証拠なのだろう。


息子が一人前になったのを機に会長職へ退き、彼をサポートする役目に回り、以前より随分と時間が取れるようになれば、二人でどこかへ行ってみようといった気になり、若い頃出来なかったことをしようと二人で旅に出かけるようになっていた。

それは海外だったり国内だったりしたが、司が社長だった頃、ビジネスとして多くの国を訪れはしていたが、それはあくまでもビジネスであり、訪れたとしても時間に追われるようにその国を後にしていた。だから観光などしたことがなかった。



二人で出かけた海外でどこが一番気に入っていたのか。
そんな話をしたことがあったが、妻はイタリアの古都ヴェローナが気に入ったと言っていた。今でも中世の街並を残す北イタリアにあるヴェローナは、ロミオとジュリエットの舞台として有名な街。

その街でどうしても行きたい場所があると言って連れて行かれたのは、ジュリエットの家だった。何故ジュリエットの家だったのか。
それは、そこにあるブロンズで出来たジュリエットの右胸に触れば幸せになれると言われているからだ。そんな話から、老いも若きも男も女も大勢の観光客が、彼女の胸に触れていた。
そういったことから、ブロンズ像の胸の部分は光り輝いているのだが、妻もその胸に触りたがった。

「今でも十分幸せだけど、これからも幸せで過ごせるようにお願いするの!」

と、言って触れ、

「ねえ、一緒に触ってよ!子供たちに写真を見せたいのよ!」

と言われたが、恥かしくてそんなこと出来るか。と言いたかったが、楽しそうにはしゃぐ妻を見れば、

「俺は十分幸せだ。それに俺が触るのはおまえの胸だけで十分だ」

そんな会話を交わしたのを覚えていた。

対立した家に生まれた男と女の恋愛悲劇は、シェイクスピアによって書かれた切ない愛の物語。若い恋人達が社会的な障壁を乗り越え恋愛を成就させようとする物語は、かつての自分達の恋に似ていたことが妻の興味を惹いたのは間違いないと思っていた。

物語の終盤ロミオは、二人の恋を成就させようと死を偽装し仮死状態にあるジュリエットを死んだと思い込み、自ら命を絶つ。そしてそれを知ったジュリエットも彼を追い、短剣で胸を一突きし、命を絶った。

彼女が、彼がいなければ生きている意味がないからと。

共に相手を想う余り死んで結ばれようとする物語が、何故世界中の女性達の心を惹き付けるのか、あの頃の司には理解出来なかった。だが、今ならその気持ちもわかるような気がしていた。

かつて愛する人がいる世界なら、そこが地獄だろうが構わないと相手を追っていくと言ったのは司だった。

全てを失っても構わない。愛する人さえ傍にいてくれればいいと命を絶った二人。
そんな二人の姿が恋愛における最高の姿と思えるようになったのは、年を取ったからだろうか。そしてどの国の男女も愛する人といつも一緒にいたいと思う心は、いつの時代も不変のものであり、変わることがない。

ロミオが最後にジュリエットに口づけした時の気持ちが今ならわかる。
司も、妻との別れに口づけをしたのだから。

それは永遠の別れではなく、また逢おうといった約束としての口づけ。だが、その時を迎える心の準備をしていたとしても、淋しいものがあった。
最愛の人の死というものは、誰にでも訪れるものだが、実際に経験した人間でなければ、分からないことがあるはずだ。

彼女は昔から意思で動く女性であり、惰性で動くといったことが嫌いだった。
高校生の頃から強い意思を持つ少女だった。だから最期の瞬間まで自分の意思で生きることが出来たのだ。

そんな妻の笑って静かに旅立った姿が、今でも瞼の奥に焼き付いて離れなかった。
思ってもみなかった早すぎる最期の別れ。
その日が訪れることが少しでも先延ばしになればと、ただ手を握ることしか出来ない自分に不甲斐なさを感じたが、それでも最後の一瞬まで笑っていた妻に感謝の言葉しかなかった。

楽しかった。

ありがとう。

そして愛してる。

そう言って旅立った妻に、ただ感謝の言葉しかなかった。




そして今、司は数えきれない想い出を巡っていた。

国内ならどこか好きかと問えば、妻は伊豆にある別荘で過ごす時間が好きだと言った。
それならまたあの場所へ行ってみないか。
今年もあの景色を見てみないか。
そう言って二人で出かけた伊豆の小京都と呼ばれる修善寺は、紅葉の季節が多かった。

子供たちが結婚し、それぞれ家庭を持ち夫婦二人になった頃から、鎌倉の別荘よりも、修善寺にあるこじんまりとした別荘を好んだ。
とは言え妻は、広大な敷地に黒い御影石を敷き詰めた広々とした玄関ホールを持つ純和風の別荘の、どこがこじんまりとしているのか分からないわ、と言っていた。

最後に訪れたのはいつだったかと思う。去年ではないことは確かだ。去年の今頃は哀しみに暮れていた。それなら一昨年だ。
そうだ。あのとき見た紅葉は、火照ったような色だった。妻の頬が赤く染まることがあったが、それ以上に赤く色づいていた。やがてその赤は、地面に堆積し、厚みを増し、全てを覆い隠す絨毯となり庭一面を真っ赤に染めていた。

今、見上げた枝はまだ青々とした葉をつけており、真っ赤な落ち葉の絨毯に変わるのは、11月半ばを過ぎてからの話だ。
これから先、もう二度と妻と一緒に見ることがない紅葉。だがあの時の光景も、そして過去に見た光景も、決して忘れることはない。







「旦那様。お久しぶりでございます。遠いところをようこそお越し下さいました。連絡を受けてお待ちしておりました」

玄関を入ったところで、中で待っていた初老の女が丁寧にお辞儀をした。
もう随分と前に亡くなったが、世田谷の邸に勤めていたタマの親戚筋に当たる女性がこの別荘の管理をしていた。どういった繋がりなのか生前のタマは言わなかったが、よく似た風貌であり、血が繋がっていることが感じられた。

「急で悪かったな。つくしの墓参りに鎌倉まで来たんだが、久しぶりにここへ来たいと思ってな」

「そうでございましょう。つくし奥様はここがお気に入りでしたから。きっとお墓へ参ってこられた旦那様にこの別荘を訪ねるようにおっしゃったんですよ」

タマによく似た老女はいったい幾つになったのか。
司よりも10歳以上は年上のはずだ。この別荘に来たのが2年前だとすれば、あれから年を取っているはずだが、元々年をとっていたせいか、さして老いたような気がしなかった。


さあさあ、どうぞ中へお入りください。お疲れでございましょう。本当に随分とお久しぶりでございます。すぐにお茶をお持ち致します。と言い長い廊下の奥へと消えていったが、背中の曲がり具合は、やはり2年前より傾いているように感じられた。






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コメント
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dot 2017.09.09 10:08 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
次なる目的地は修善寺でした。
つくしちゃんの好きだった修善寺。もしかして、わさびソフトも食べたかもしれませんね?(笑)
お蕎麦屋さんで気配を感じた司。
さて、修善寺ではどうなんでしょうねぇ。
亡き妻が夫の前に現れるのか、それとも・・・。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.09 18:24 | 編集
H*様
ひとりぼっちの司。
淋しさが溢れています。
人生の中で誰もが経験する別れ。
その別れから1年が経ちましたが、想い出に変えるには、1年では時間が短いようです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.09 23:24 | 編集
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dot 2017.09.10 02:15 | 編集
pi**mix様
子供が成長してからも二人で仲良く旅が出来る夫婦。
そして相変わらず触りたいと言う司(笑)
鎌倉は、家族の想い出の地。子供たちと一緒に別荘の庭を駆け回っているつくしちゃんは楽しそうです。
司は見えない妻を見て、淋しさを感じているようです。
本当ですね。妻を偲ぶというよりも、デートをしている。そんな気持ちでいるのかもしれません。
何かにイラつき、孤独な少年だった司はいませんが、今の司はまた別の淋しさが見え隠れする男ですねぇ。
そんな彼の孤独を癒してくれる人は、やはり彼女だけですね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.10 20:14 | 編集
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