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2017
09.08

秋日の午後 2

鎌倉は明治から昭和初期にかけ、皇族や華族、政治家や各界の名士、著名な文化人の別荘地として発展した場所であり、道明寺家もこの地に別荘を構えていた。

海とは反対側の山にある大邸宅と言われる洋館は、戦後に入り幾度か改修工事がされてはいるが、元は昭和初期に建てられたもので、広大な敷地は世田谷の邸ほどではないが、それでも妻に言わせれば無駄に広いことになるらしい。
だが子供たちは、山の中にある緑溢れる場所で走り回ることが気に入ったのか、週末になれば鎌倉の別荘に行こうといい、毎週のように訪れていたことがあった。


「さあみんな、走って遊ぶわよ!」

と、言って幼い子供たちと青々とした芝の庭を駆けまわる妻は、いつも笑っていた。
その笑顔が家族の中心であり、周りの全てを照らす太陽のような存在だった。それはまさに司にとっては沈まぬ太陽だった。

4人も子供がいれば、それぞれにいろんな出来事がたくさん起こるが、子供たちのすべてを覚えていたいの。と言っては自ら写真を撮り、アルバムに貼り付けていくのだから、4人の子供たちの写真は相当な枚数が今でも残されていた。そしてその中には、当然だが父親である司の姿もあった。

司は写真を撮られることは苦手としていた。だが、子供たちとなら躊躇うことなく一緒に撮ることが出来た。だから今では、司の笑顔の写真もかなりの枚数が残されていた。そして子供が大きくなる過程の写真一枚一枚が司にとっては貴重な宝物だ。
その中の一枚、末の娘が初等部に上がったとき親子三人で写した写真は、妻が小学生ならこんな風だっただろうといった姿を彷彿とさせ、英徳の制服を着た娘に妻の姿を重ねていた。

もし、小学生の頃、彼女と出会っていれば人生は何かが変わっていただろうか。ふと、そんなことを思ったが、子供の成長と共に飛ぶように駆け抜けたあの頃、二人は忙しかったが人生を楽しんでいた。






司は狭い路地の手前で車を止めさせた。
北鎌倉にある蕎麦屋は、車が入ることが出来ない場所にあり、そこから歩いて行くことになるのだが、苦になるような距離ではない。

大きな通りから路地を入り、奥まった場所にあるためか、落ち着いた大人の隠れ家といった雰囲気を持ち、いつ来ても静かだった。
夫婦と娘の3人が働き、5人ほど座れるカウンター席とテーブル席が4席、そして奥に個室になっている座敷が3部屋あった。

その店は蕎麦だけでなく、ちょっとした小料理や酒も出してくれるような店だ。
店主は長野出身だといい、岩手のわんこそば、島根の出雲そばと共に、日本三大そばのひとつとされる信州の代表的な蕎麦である戸隠蕎麦を提供していた。

この店を知ったのは偶然だったが、はじめてこの店を訪れて以来、ここの蕎麦をいたく気に入った妻は、それ以来墓参りの帰りには、必ずこの店に立ち寄るようになっていた。

はじめて訪れたとき、店主は二人のいで立ちから大切にもてなす客だと感じたようで、いつも奥の個室へと通されていた。
個室は6畳ほどの広さがあり、襖を閉めてしまえば、店内の様子を感じさせることのない空間となる。司にとっては狭い空間ではあるが、妻にとってはその狭さが、結婚前に住んでいたアパートの部屋を連想させるようで、居心地のいい場所であったようだ。


古い店ではあるが、いつ来ても隅々まで掃除が行き届き、床の間には季節の花が活けられていた。そして替えたばかりなのか、畳からは青臭さが感じられた。


腰を降ろした司は、出されたおしぼりで手を拭き、座卓の向うに座っていた妻を思い出していた。

「おいしいわ。蕎麦の香りものど越しもとてもいいわ」

そう言って美味そうに蕎麦をすする姿がそこにあった。

「外国の人は音を立てて食べることは嫌うけど、やっぱり麺類は音がないと食べた気にならないわよね?」

屈託なく笑うその顔は、やはり美味そうに蕎麦をすすり、注文したエビの天ぷらを口にしていた。それから、あなたは食べないの?と言って司の前に並べられた料理を見たが、あの時は、さほど腹が減っていなかったこともあったのか、食わないと言えば、食べないなら注文しないでよ、勿体ないでしょ。と言いながら目の前に置かれていた料理に箸をつけていた。

そうだ。妻は出されたものは、どんなものでも美味しいと言って口へ運んでいた。
そんな妻に邸のシェフは、職業上の取って付けた笑顔とは異なり、心から嬉しそうな顔をしていた。

あれはいつのことだったか、長男がまだ幼い頃、出された料理を残そうとしていた。
それはピーマンを使った料理だ。幼い子供は味覚が敏感で、苦みを強く感じることもあってか、ピーマンや香味野菜を嫌う理由はそこにあるのだが、それを見た妻が厳しく叱ったことがあった。残すことはこの野菜を作った人に失礼でしょう?それからこの料理を作ってくれた人にも失礼になるのよ。出されたものは文句を言わず食べなさい。好き嫌いは許しません。

あの日長男は、皿の上にちょこんと乗せられたピーマンを完食するまで食事を済ませることを許されず、妻と一緒にいつまでもテーブルに座ったままでいたことがあった。
見るに見かねた司は、妻が席を立ち、ダイニングルームを離れた隙に皿のピーマンを食べてやったことがあった。あれは恐らく妻も知っていたはずだが、戻って来たとき、よく食べたわね。偉いわよ。と言って誉めていたが、長男は後ろめたさから本当はパパが食べたと言ってしまい、二人で怒られたことがあった。


それからは、子供たちの誰もが、妻の出された料理はきちんと食べなさい。といった精神が当たり前と受け止め、孫たちも祖母であった妻の意思を受け継ぎ、出された料理は全て食べるようになっているが、幼い子供に嫌いな物もちゃんと食べなさいと大真面目で話す妻の姿に、司はいつも耳の痛い思いをしていた。なぜなら、司が幼かった頃、彼が嫌いなものは出て来たことなどなかったからだ。



いつ入って来たのか、座卓には運ばれて来た蕎麦が置かれていた。
ぼんやりと考え事をしていたため、気に留めていなかったのだろう。

それにしても、ここは静かだ。襖の向うには客がいるのだろうか。
そんな気にさせられるが、司が店に入ったとき、カウンターには3人の先客がいた。
だが食事時だというのに、たった3人しか客がいないことに心配した。小さな店だが経営は上手くいっているのだろうか。司がそう思ったのは、妻との想い出の店が無くなって欲しくない思いがあったからだ。

月に一度墓に参り、そして蕎麦を食べる。それが今では司の決まり事となっている以上、この店の存在は彼にとってかけがえのないものとなっていた。


司は出された蕎麦に箸を伸ばした。
何故かすぐ近くに妻がいるような気配がする。

「いるのか?・・・そこに」

座卓の向うから伸ばされた手が、前髪に触れたような気がした。





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コメント
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dot 2017.09.08 07:18 | 編集
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dot 2017.09.08 07:19 | 編集
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dot 2017.09.09 01:03 | 編集
H*様
おはようございます^^
つくしを思う司の心。1年経ちましたが妻が近くにいると感じたようです。
えっ?全ての作品の読み直し中?キャーお恥ずかしい限りです!
修正したいところが沢山あるのですが、ホッタラカシ状態です(笑)
そんなお話を再読有難うございます(低頭)
拍手コメント有難うございました^^
dot 2017.09.09 06:14 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
思い出されるのは楽しかった日々。
子供たちと走り回る妻の姿を思い浮べ、食事の風景を思い浮かべています。
そしてつくしの気配を感じた司。
彼だけに感じられる何かがあったのでしょう。
気配を感じたとき、司の顔にはフッと笑みが浮かんでいたことでしょう。
幽霊でもいいから出て来い。そんなことを強く願う司でした。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.09 06:19 | 編集
み**ゃん様
おはようございます^^
つくしがいない世界。司にとっては哀しい世界でしょうね。
しかし二人で子供を育てながら幸せな時を過ごし、想い出は沢山あります。
そんな想い出を巡らせ、彼女の面影を探す。
そして気配を感じた司でした。
そんなとき、哀しみよりも、柔らかな笑みが浮かんだはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.09 06:22 | 編集
ま**様
秋らしいお話になれば・・と思っていますが、現実には秋はまだ少しだけ遠いような気がしています(笑)季節が急に変わるのも淋しいですから、ゆっくりとでいいんですが、二人の秋はどんな秋だったのか。
つくしにとっては食欲の秋だったことは間違いないでしょうねぇ(笑)
拍手コメント有難うございました^^

dot 2017.09.09 06:29 | 編集
ペ*様
はじめまして^^
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ひとつでも心に残るようなお話があれば大変嬉しです。
そして過分なお言葉をありがとうございます。
季節の変わり目となりましたので、ぺ*様もどうぞお身体ご自愛下さいませ。
拍手コメント有難うございました^^
dot 2017.09.09 06:39 | 編集
pi**mix様
見えないものが見えた司。
二人には沢山の想い出がありました。家族が増えるにつれ、どんどん膨らむ想い出のアルバム。写真は数えきれないほどあることでしょう。
在りし日の母のことを語らう兄弟たち。つくしちゃん、色々なことがあったと思いますが、幸せ溢れた人生だったと思います。

pi**mix様凄い視力をお持ちだったのですね?
アカシア今年になり遠近両用メガネを購入(笑)
「麦」!(笑) 司が「麦が・・」と言っていた!(≧▽≦)
でも一度そう見えると脳がそのように認識してしまう、そんな状況になるのでしょうねぇ。
思い込みは恐ろしいですね。
視力は衰えて行く、体力も衰えて行く、久しぶりに走ったら息切れしました(笑)
無理は禁物を実感している昨今です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.09 18:11 | 編集
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