fc2ブログ
2017
09.07

秋日の午後 1

<秋日(しゅうじつ)の午後>
こちらのお話は明るいお話ではありません。
お読みになる方はその点をご留意下さい。
*********************









暦の上ではすでに秋とはいえ、まだ暑い日が続いていた。
司は鎌倉にある道明寺家の菩提寺を訪れていた。
そこは先祖代々の墓があり、司の両親も眠っていた。
そして亡くなった妻もこの墓に眠っていた。

大恋愛の末、結ばれた二人は、60年でも70年でも一緒にいよう。最後まで一緒だと言っていたが、妻の方が先に逝ってしまったのは1年前。沈黙の腫瘍と言われる卵巣がんと告知を受け、それから半年後、妻は静かに旅立った。


妻が大学を卒業すると同時に結婚した二人の間には、3人の息子と娘がひとりいた。
邸の広さを十分使って育った子供たち。
子育ては親としての責任を問われる場面もあったが、その全てが楽しい出来事だった。
そして子供たちと共に成長したのは、彼らを通し学ぶことも多かった親である自分たちだ。


今では子供たちは全員結婚をし、それぞれが家庭を持ち、幸せに暮らしている。
その中で長男が司の跡を継ぎ社長となり、道明寺HDの舵取りを行っていた。
61歳の司は会長の職にあるが、かつて巨大複合企業のトップにいた男の影響力は今でも健在だと言われ、彼がその気になれば子会社から関連会社までの社長の首はいとも簡単に替えることが出来ると言われていた。


そんな男が墓参りに来るのは、月命日の日だ。
納骨を済ませてから今まで一度も欠かしたことはない。その日の為にスケジュールが調整され、どんなに天気が悪かろうと必ず来ていた。


墓は、墓地の中でも一番奥にあり、静かな場所にあった。そして一番よく日の当たる場所だ。
今日も陽射しを浴びた墓石は静かにその場所に佇んでいた。

「おまえの好きな団子を持ってきたぞ」

妻は高校生の頃、和菓子屋でアルバイトをしていたことがあり、甘い物が好きだった。
いつもこうして何か甘い物を持って来るのだが、供えたとしても、カラスのエサになると分かっているが、こうして供えてしまうのは気持ちの問題だ。

「しっかり食べろ。けど食べ過ぎんなよ?」

司は墓石に手を置き言った。
きれいに磨かれている石は一点の曇りもなく司の顔を映していたが、妻の面影はそこにはない。

司は持参した花を手向け、線香に火をつけ、しゃがむと手を合わせた。





静かだ。
秋にはまだ早く、木々の紅葉もまだであり、虫の鳴き声も聞えず、ただ夏よりも柔らかい陽射しが降り注いでいた。
だが空はやはり秋めいており、うろこ雲が広がっていた。そして静かな風が爽やかに感じられた。

「つくし、季節が移り行くのは早いもんだな」

未だに妻が亡くなったことが信じられずにいる。朝目覚め隣に姿が見えなければ、庭にいるのではないかと思ってしまうのは、長年の習慣のせいだろう。

いつも朝早くから庭の片隅に拵えた畑に向かい、水をやり、出来たばかりの野菜を収穫するといった趣味を見つけたのは、50代になってからのことだ。肥料はあれがいい、これがいいと庭師と相談しながら野菜を作る妻の姿が今でも目に浮かぶ。

妻は、採れたての野菜についた虫さえそっと近くの葉の上へ移してやる優しさを持つ人間だった。
そして70億を超える人間の中で唯一「おい」と呼べ、「はい」と答える女性だった。
隣でおだやかな寝息を立て眠る姿は、何ものにも代えがたい存在であり、どんな時も傍にいてくれた最愛の人だった。
その女性がいなくなって1年。夜中に目が覚め、隣を見たとき、感じられた温もりがないことが淋しかった。

司は墓に向かって呟いた。

「たまにでいいから出て来いよ」

妻はこんな墓の中で大人しくしているような女ではない。
彼女はじっとしているのが嫌いという訳ではないが、いつも何かをしていた。
そしてそんな時、決まって口にするのが、貧乏性だからじっとしている時間が勿体ないのよ。の言葉だった。それならこんなところでじっとせずに戻ってくればいい。
戻ってきて野菜を育てればいい。採れたての野菜を食わせてくれればいい。
そうだ幽霊でもいいから戻って来い。司は墓参りに来るたび、いつもそう呟いていたが、未だに出て来たことはない。

だがそれもそのはずだ。厳しい現実社会の中、超リアリズムの社会、ビジネスの最前線にいた司が、非現実的と言われる幽霊や魂の存在などといったものを信じていなかったのだから、出て来いと言っても、出て来るはずがないと思うが妻には出て来て欲しかった。

「・・・つくし、おまえは今どこにいるんだ?」

そう問いかけてみるも、あたり前だが返事はない。
俺が行くまで大人しく待ってろよ。と言ってみるも、あとどのくらいで会えるのか見当もつかないのだから、まだ暫くはこうして墓の前でひとり呟く日が続くのだろう。
そして妻はこう言うはずだ。
そんなに急いで来なくていいから。ゆっくり来てね。ゆっくりでいいからね、と。





司は腕に嵌めた時計を見た。
11時36分。

いつものように蕎麦でも食べて帰るかと立ち上がった。
それは、まだ妻が生きていた頃からの習慣。
二人で墓参りをした帰り、いつも立ち寄る蕎麦屋があった。

立ち上った瞬間、一瞬身体がぐらりと揺れ、立ち眩みを感じ寝不足かと思う。
だが暫くじっとして呼吸を整えれば、眩暈も収まっていた。

「また来るからな、つくし」

司は再び墓石に手を置き、墓地を後にした。





にほんブログ村

応援有難うございます。
関連記事
スポンサーサイト




コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.09.07 07:43 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.09.07 09:55 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.09.07 19:10 | 編集
司×**OVE様
おはようございます。
大人の二人は、還暦を迎えた司でした(笑)
還暦を過ぎても渋味と気品があるいい男なのは、間違いないでしょうねぇ。
ひろしさん。そうですね、バリトンボイスをお持ちですね?年を取ってもセクシーな大人の男でいる数少ない俳優さんではないでしょうか。
つくしちゃん、司を残し逝ってしまいました。どちらが先に逝ってしまうか。
『時をこえて』のお話は夢でした。二人は最後まで一緒にいることが望ましいのですが、人生の最後は、どちらかが先に逝って待っている状況が殆どです。
いつかまた会える日が来る。その思いを胸に生きる。
そんな司の元につくしちゃん会いに来てくれるのでしょうか。

只今季節の変わり目ですね。
夏の疲れが身体に残っていることは確かであり、体調の変化に敏感にならざるを得ません。
お嬢様、早い回復で良かったですね^^司×**OVE様もお気をつけてお過ごし下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.07 23:38 | 編集
委*長様
え?坊ちゃんにはよぉ逝って欲しいんですか?
確かに坊ちゃんひとり残るのは可哀想ですよねぇ。
でも、つくしちゃんは、ゆっくりでいいからね、と言っているような気が・・・。
それでも坊ちゃん、人生は思わぬことが起きるものです。
淋しさもいつの間にか消える時が来るはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.07 23:40 | 編集
でん**でんでん様
こんにちは^^
『時の撚り糸』の坊ちゃん好物だったんですね?
ありがとうございました。あの二人は只今子育て真っ最中です。
そしてこちらのお話は、大人のお話。還暦を迎えた坊ちゃんです。
最愛の人を見送った坊ちゃん。お墓参りに来ました。
幽霊でもいいから出て来いよ、そんな言葉を呟く坊ちゃん。
愛していたんですね・・・。少々切ないですが、人生の中にある自然の流れと思って頂ければと思います。
『時をこえて』とのお寺被り(笑)
あのお話とは関係はありません。ですが、道明寺家の菩提寺は鎌倉にある。アカシアの中では何故かそうなっています(笑)
切なくなったら『金持ちの御曹司』坊ちゃんの所で笑って下さい(笑)
そしてこちらのお話が秋を感じられるお話になればいいのですが・・・。
季節は目まぐるしく変わり、体調管理に気を遣う日々ですねぇ。
でん**でんでん様もお身体ご自愛くださいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.07 23:46 | 編集
s**p様
つくしは、司に愛され、子宝にも恵まれ、充実した日々を送っていたようです。
彼女の人生は確かに幸せだったと思います。
そして、妻を想う夫は、月命日にお墓に参ります。
そうですねぇ。切ないお話となりました。

え?キャベツにナメクジがいて塩をかけ排水溝に葬った・・・
つくしちゃんならそっと土に帰してあげたでしょうねぇ(笑)
でもナメクジは害虫ですから、どうしたでしょうねぇ(笑)
アカシアもs**p様と同じようにすると思います^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.07 23:55 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.09.08 00:08 | 編集
pi**mix様
こんばんは^^
還暦を迎えた司。妻との別れを経験しました。
残されたのは司ですが、愛する人を残して行くのと、残されるのとどちらがいいか。
と、いった場合、選択するのは難しいですねぇ。
残されると淋しいといった思いもあるでしょう。しかし、愛する人を残してこの世を去る方も辛いこともありますよね。
つくしちゃんは、愛されて幸せだったといった思いで旅立ったと思います。
年を取って来た司。月命日にはお墓に参り、妻の好物を供え、生前の妻と取っていた行動を繰り返しているようです。
二人は番(つがい)比翼の鳥。きっと司もつくしの傍に行きたいと思ったはずです。
それでも今は、静に彼女を想う。そんな日々なのかもしれませんね。
二人はいつも一緒でいたい。それでも一度は別れなければなりません。
司の秋の一日はどんな一日になるのでしょうね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.09.08 00:26 | 編集
管理者にだけ表示を許可する
 
back-to-top