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2015
10.05

キスミーエンジェル35

「昨日なにか嫌なことでもあったの?」

翌朝そう声をかけられたつくしは思わず本音を漏らしそうになった。
昨日の夜、目の前で殴り合いの喧嘩を見た!
そう言いたかったけどやめた。
「え?特に何もなかったけど?」

夕食はおいしかった。ただし、それは途中までだった。
そのあとに起こったことは驚倒でなにもかも吹きとばしてしまうような体験だった。
類が道明寺にむかってひとでなし発言をして殴りかかった。
だけど道明寺はそんな類の拳をよけると同時に腕を掴んでいた。

まさか類があんなふうに道明寺に殴りかかるとは思わなかった。
道明寺は両手をポケットに入れたままの状態からの行動で誰が喧嘩を始めたのかは、はっきりしている。
あの反射神経の良さ、さすがだ道明寺! 
私は変なところで感心してしまった。
昔も恐ろしい男だったけど、今の道明寺を怒らせたらもっと怖そうだ。
考えてみるとそんな恐ろしい男を相手に戦っていた私もどうかしてる。
今思えば無知と怖いもの知らずって最強のコンビだった?


昨夜の騒ぎの場面が頭の中をよぎる。
あのとき私はどちらも止めることも出来ずにいた。
そして道明寺は類の右腕を掴んだままで血相を変えている北村さんに声を張り上げていた。
「北村、牧野を連れていけ!」
「し、支社長どちらへお連れ・・・」
「マンションへ送っていけ!早くしろ!」
騒然とした店内のなか、気がつけば私は北村さんに連れられて駐車場まで来ていた。



「牧野さん、牧野さんってば!3番に電話よ!」
私ははっとした。
机のうえの電話の保留ボタンが点滅している。
「はい、お待たせいたしました。牧野です」
「説明したいんじゃないか?」
昨日のことに思いを巡らせていたこの時に道明寺から電話がかかってきたなんて!
突然脈がどきどきして速くなってきた。

「いったいどういうことだ?」
低く抑えた声で言ってきた。
「な、なに・・・」
つくしはうろたえていた。
「昨日なんで類と一緒にいたんだ?」
「あんたには関係ないでしょ?」
つくしはけんめいに平静な声を装って言った。
「おまえ、あれから俺と類がどうなったのか---」
耳に入ったのはそこまでで、つくしは黙って、わざと、ゆっくりと受話器を置くと席をたっていた。
あんな騒ぎを起こしておいてよくも電話なんてしてきたものだ。
でもまたかかって来たらどうしよう・・
つくしはちらりと電話に目をやった。


そしてまさか電話を置いた10分後に道明寺が会社に現れるなんて思いもしなかった。
私はぎょっとして固まってしまった。
朝っぱらからサングラスをかけた男と対峙するとは思わなかった。
そんな道明寺に慌てたのは我社の専務で専務室から飛び出してくると自らの部屋へと招きいれた。
そして私も呼ばれたわけだけど・・


「おはよう牧野」

なにがおはようよ!
朝からサングラスをかけた男におはようなんて言われたくないわよ。
「さっきの電話はなんだよ。怒ってんのかよ」
彼は言った。
「わたしが?」
つくしは皮肉をこめてそう言った。
「なにか用?」
その皮肉めいたとげとげしいつくしの声に彼は思わず緩みかけてしまいそうになる頬を引き締めた。
つくしはそれを見逃さなかった。感情を抑えようとしていたがそれは無理だった。
「なによ!なにがおかしいのよ!」
と憤慨していた。
「昨日のあれはいったいどう言うつもりなのよ!いきなり類に---」
いや、先に手を出したのは類の方だった。


「おまえ、何を怒ってんだ?」
彼はついに抑えきれなくなったように、愉快でたまらないように言った。
何を怒ってるですって?
昨日の夜のことに決まってる。


「怒りたくもなるわよ!昨日の夜もそうだし、あんたと会ってから私には今まで起こったことがないような事ばかりが起こっているんだから!昔っからそうじゃない! い、今だってそうよ!
会社はあんたに買収されるし、勝手にあんたの婚約者になったり、おまけに穴に落ちて怪我までするし!類まであんなふうになっちゃうし!」
私はたいていの人間よりも我慢強いと自負しているし、あのおとなしい類があんなことをするなんて今でも信じられなかった。

自ら穴に落ちたことまで自分のせいにされて彼は笑ってしまった。
「なんだよ、全部俺のせいかよ?」
「そうよ!あんたが、あんたが・・また私の前に現れたりするから---」
思い出したくもない昔のことまで思い出して、古い傷まで痛くなって・・・
自分の気持ちに気付かされるはめになったじゃない。
おまけにこの男と、道明寺とあんなことになっちゃったし・・・

「あんたと会うまでの私は静かに暮らしていたの!」
つくしは押さえていた感情が心の底から溢れ出してきた。
「今の私は世間にも恥ずかしくない暮らしをしてた。静かに平和に暮らしていたのに!」

彼はかんかんに怒っているつくしを目の前にして懐かしさがこみ上げて来ていた。
昔もこいつは正義感に燃えて俺に対して怒り狂っていたことがあったな。
「それだけか?言いたいことは?」
「いいえ!まだあるわよ、あんた---」
何かを言いかけたつくしの目の前で彼はサングラスを外してみせた。


道明寺は目の前で自分を見入っている彼女を目に苦笑していた。

「あんた、それ---」
初めはその光景に驚いていたつくしは、やがておかしくなって笑い始めていた。
しばらく笑っていたつくしを見ていた彼も彼女と一緒に笑い出していた。
「類にやられた」
彼の目が笑っているのを見て、つくしは彼が本気で類に対して怒っているわけではないと思いにやりとした。
道明寺の左目尻に出来た青いあざ。
「仕返ししたの?」
つくしは言った。

「いいや」
それを聞いたつくしは「あんたらしくないわね」と言っていた。
「今からでも類に仕返しできるぞ」
「どうやって?」
つくしは用心深く聞いてみた。
「俺とおまえが結婚すればいい」
彼は望んでいるような口調で言った。
つくしはその言葉に思わず身をこわばれせていた。
「類は昔からおまえのことが好きだった。
だからおまえが俺と結婚すれば類には仕返しになるぞ?」
つくしは彼を無視しようとした。


返事をしないつくしに道明寺は言った。
「類から聞いたんだ。おまえの8年間を。俺がおまえの前から急にいなくなってニューヨークに行ってからのことも。うちのババァ・・母親が来たそうだな。あの女が何かをするのは分かってるつもりだった。おまえになんかしたんだろ?」


つくしは何かを思い出したように天井を仰ぎ見た。
そして割り切れない思いを抱えたまま過ごした年月を思い出していた。
わたし、どうしちゃったんだろ・・・


天井を仰いだままで身動きしないつくしに触れようと手を伸ばしかけていた道明寺はつくしの頬に流れている涙に気付いた。
そして彼女は黙ったまま汚れることも構わないようにスーツの袖で涙を拭っていた。










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