確実な、約束された幸せな将来といったものがあるとしよう。
それはごく稀に用意された将来。
だが殆どの人間にはそんな未来はない。
だからその未来を己の手で掴み取ろうと努力する。
ただ、努力すれば必ず手に入るかと言えばそうではない。
そして、隣の芝生は青く見える。そんな言葉があるように、他人から見れば幸せだと思えることでも、当人にとってはそうではないこともある。
司がもし道明寺といった財閥の家に生まれて来なければ人生はどうなっていたか?
彼は今まで何度もそんなことを考えたことがあった。
どうして人生は自分の思うように行かないのか。
そんなことは誰もが考えることだが司の場合、彼の人生に掛かるのは、多くの人間の生活といったものがあった。
それは、巨大な企業グループを統率していく家に生まれた人間が背負わなければならない宿命だ。そんな宿命を受け入れ、共に生きていく人を見つけることが出来たのは幸せなことだと言える。だが、一度二人は別れを決めた。それは哀しい別れだった。
けれど二人は今、間違いなく幸せだ。
長い間一緒に過ごすことが出来なかったが、これから先、ずっと一緒に過ごすことが出来るはずだ。
だがその前に、つくしがしなければならないことは、見合い相手に断りを入れることだ。
忙しいはずの司は、東京へ戻るつくしを空港まで見送りに来ていた。
彼はジェットで送らせると言ったが、帰りの航空券はあるんだし、自分ひとりの為に片道1千万円もかかるようなジェットを飛ばすなんて勿体ないとつくしは断った。
だが司はこの場所から見送りたくはなかった。プライベートジェットなら機内まで一緒に入っていけるが、民間機はセキュリティチェックや出国審査のためゲートの前で早々に別れなければならないからだ。そして遠い昔のことを思い出していた。
「ここでおまえを見送るのは3度目だが、前の2度はどっちもいい気はしなかったな」
1度目は高校生の頃、司を追いかけ、ひとりこの街へ来たとき、約束は守ってね、ああ守る、といった言葉が交わされたことがあった。そして2度目は大学生の頃、遠距離恋愛となった司に会うため訪れたときだ。
「だから言ったじゃない。見送るのも見送られるのも辛いから来なくいいからって」
「そんなことが出来るわけねぇだろ。それとも何か?婚約者の見送りが要らねぇって…まさかおまえは俺のことを愛してねぇのか?」
「あのね、そんなことあるわけないじゃない。…もう、どうしてそんなこと言うのよ?そんな訳ないでしょ?大人だと思ったら子供みたいなこと言うんだから」
つくしがそんな事を言ったのには理由があった。それというのも、彼女と恋人同士に戻り、時間が経てば経つほど年齢を逆行させ、まるで20代の若者が口にしそうなことを言うからだ。
だが司にしてみれば、25歳で別の女性と結婚し、それから付き合った4年間は、そういった軽口が叩けるような雰囲気とは言えなかったのだから、本来ならあの頃感じたかった想いを口にしたいと思うのは当然だ。
そして司のその態度は、男という生き物は、大人になっても少年のような心を持つと言われているそのものを表しているように感じられた。
「それにやっとひと前で堂々睦み合えるってのに、何を遠慮する必要がある?」
「だから、ひ、ひと前で睦み合うなんて、そんなこと出来ないわよ!」
「…ったくおまえは相変わらずかわいくねぇ口を叩く女だな…」
言葉使いだけは大人の表現だが、要はひと前でイチャイチャしたいといった意味だ。
だがそんなこと言われたところで元来恥ずかしがり屋のつくしに出来るはずがない。
だがここはアメリカだ。そして空港だ。
出会いと別れの場である空港では、あたり前のように繰り返されるキスとハグ。
司が求めているのは、まさにそれだ。
そしてこの国ではその光景を誰も気に留めることはないのだから、司にしてみれば、何を今更恥ずかしがってんだと言いたくもなるはずだ。
つくしは、不吉な予感がした。
それは司が黙りこんだと思った途端、口角を上げニヤッと笑ったからだ。
その瞬間、司の頭の中で考えていることが手に取るように分かってしまった。
それは恐らく昨日の夜のことだ。つくしは、自分がベッドの上で彼にどう応えたか思い出し、頬が火照ってくるのを感じていた。
つくしと別れてからの9年間、女はいなかったといった男だが、愛し方は若かったあの頃以上に心得ているといった感じで、言葉にするとすれば濃厚で激しいのひと言に尽きる。
それにしても限度といったものがあるはずだ。
つくしは、司しか知らないのだから男の生理についてはよく分からないが、はっきり言ってひと晩中離してもらえないといった状況だ。だが司にしてみれば、離れていた9年間の想いと、これから東京に戻るつくしがまた再びこの街へ戻って来るまでの充電といった理由があった。そしてそんな司に翻弄されたつくしは、最後には自分の方から求めずにはいられない状況に追い込まれる…。といった3日間だった。
すると案の定、司の口から昨夜のことが語られ始めた。
「昨日の夜のことだが、俺たちがベッドの上でヤッたことは_」
司が言いかけた途端、つくしは司のスーツの襟を掴み引き寄せ、そして唇で司の唇を塞いでいた。と、同時につくしの背中に回された司の腕は、彼女を自らへとギュッと抱き寄せた。
そして暫くそのままでいたが、やがて司の唇がゆっくりと離れはしたが、力強い腕の中から離してはもらえずにいた。そんな状況につくしは、ぼーっと彼の顔を見つめていたが、傍から見ればそれはまさに恋人同士が別れを惜しんでいる状態だ。
司はにやりと笑った。
「やれば出来るじゃねぇか」
つくしは、そこで我に返った。司の言葉に翻弄され、自らキスをしていたということを。
だが嫌ではなかった。ただ、ひと前での行為が恥ずかしかっただけだ。
だが司は欲しいと思ったものは諦めない人間だ。
だから彼女が東京に戻ってしまう前に彼女の唇が欲しかった。
次にこの街へ戻ってくるまでその唇の柔らかさを忘れないため、彼女の身体の柔らかさを忘れないため、その甘い匂いを忘れないため抱きしめてキスをした。そしてその望みが叶ったことに満足していた。
「気を付けて行って来い。俺はこの街で待ってる」
それは過去2度彼女がこの街を訪れたとき、言えなかった言葉。
あの頃は未熟だった二人がいた。
だが、遠い日の思い出はそのままに、今は迷うことなくはっきりと口にすることが出来る。
_待っていると。
潔く言えるその言葉。
彼女が自分と一緒にいることを選んでくれたこの街へ戻ってくるのを待つ。
それは司を知る人間なら彼のその行動を訝しがるはずだ。何しろ彼は獲物を狩る側の人間であり、待つといった行為は似合わないと思われているからだ。だが高校生の頃、彼はつくしの意思を尊重し待ったことがある。彼女のためなら幾らでも待つことが出来た男がいた。
だが実の所、司もつくしと一緒に東京へ行きたかった。そして彼女に関わるややこしい問題があるのなら、自分の力を使い解決したかった。
しかし司は待たなければならなかった。
それは彼女が東京に来る司を待った4年間何を思い何を感じていたか知っていたからだ。辛い思いをさせた4年間だった。愛人と呼ばれる立場になれば、会いたいと言った言葉が言えるはずもなく、今度いつ会えるのと聞くことをすれば、自分が辛いだけ。そんな思いを4年間もさせたのだ。だから今度は彼女がNYへ戻って来るまでの時間、司はこの街で待たなければならないのだ。しかし司が待つ時間など、彼女がただ待つことをした4年間に比べればほんの一時だ。
だがたとえ短い時間だとしても、司は彼女があの頃感じた思いを味合わうべきだ。
愛しい人が自分の元を訪れてくれることを待った彼女のように。
だが巡り巡った季節がやっと二人が一緒にいることを許してくれた。
9年という季節を繋ぎ今がある。
これから二人で繋いでいく季節は秋のNYから始まるはずだ。
司は、振り返り手を振ったつくしが、セキュリティチェック場の奥へと消えて行く姿を見送った。
そしてひとり呟いていた。
「・・・つくし、早く戻って来いよ…」と。
司は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立っていた。

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だからその未来を己の手で掴み取ろうと努力する。
ただ、努力すれば必ず手に入るかと言えばそうではない。
そして、隣の芝生は青く見える。そんな言葉があるように、他人から見れば幸せだと思えることでも、当人にとってはそうではないこともある。
司がもし道明寺といった財閥の家に生まれて来なければ人生はどうなっていたか?
彼は今まで何度もそんなことを考えたことがあった。
どうして人生は自分の思うように行かないのか。
そんなことは誰もが考えることだが司の場合、彼の人生に掛かるのは、多くの人間の生活といったものがあった。
それは、巨大な企業グループを統率していく家に生まれた人間が背負わなければならない宿命だ。そんな宿命を受け入れ、共に生きていく人を見つけることが出来たのは幸せなことだと言える。だが、一度二人は別れを決めた。それは哀しい別れだった。
けれど二人は今、間違いなく幸せだ。
長い間一緒に過ごすことが出来なかったが、これから先、ずっと一緒に過ごすことが出来るはずだ。
だがその前に、つくしがしなければならないことは、見合い相手に断りを入れることだ。
忙しいはずの司は、東京へ戻るつくしを空港まで見送りに来ていた。
彼はジェットで送らせると言ったが、帰りの航空券はあるんだし、自分ひとりの為に片道1千万円もかかるようなジェットを飛ばすなんて勿体ないとつくしは断った。
だが司はこの場所から見送りたくはなかった。プライベートジェットなら機内まで一緒に入っていけるが、民間機はセキュリティチェックや出国審査のためゲートの前で早々に別れなければならないからだ。そして遠い昔のことを思い出していた。
「ここでおまえを見送るのは3度目だが、前の2度はどっちもいい気はしなかったな」
1度目は高校生の頃、司を追いかけ、ひとりこの街へ来たとき、約束は守ってね、ああ守る、といった言葉が交わされたことがあった。そして2度目は大学生の頃、遠距離恋愛となった司に会うため訪れたときだ。
「だから言ったじゃない。見送るのも見送られるのも辛いから来なくいいからって」
「そんなことが出来るわけねぇだろ。それとも何か?婚約者の見送りが要らねぇって…まさかおまえは俺のことを愛してねぇのか?」
「あのね、そんなことあるわけないじゃない。…もう、どうしてそんなこと言うのよ?そんな訳ないでしょ?大人だと思ったら子供みたいなこと言うんだから」
つくしがそんな事を言ったのには理由があった。それというのも、彼女と恋人同士に戻り、時間が経てば経つほど年齢を逆行させ、まるで20代の若者が口にしそうなことを言うからだ。
だが司にしてみれば、25歳で別の女性と結婚し、それから付き合った4年間は、そういった軽口が叩けるような雰囲気とは言えなかったのだから、本来ならあの頃感じたかった想いを口にしたいと思うのは当然だ。
そして司のその態度は、男という生き物は、大人になっても少年のような心を持つと言われているそのものを表しているように感じられた。
「それにやっとひと前で堂々睦み合えるってのに、何を遠慮する必要がある?」
「だから、ひ、ひと前で睦み合うなんて、そんなこと出来ないわよ!」
「…ったくおまえは相変わらずかわいくねぇ口を叩く女だな…」
言葉使いだけは大人の表現だが、要はひと前でイチャイチャしたいといった意味だ。
だがそんなこと言われたところで元来恥ずかしがり屋のつくしに出来るはずがない。
だがここはアメリカだ。そして空港だ。
出会いと別れの場である空港では、あたり前のように繰り返されるキスとハグ。
司が求めているのは、まさにそれだ。
そしてこの国ではその光景を誰も気に留めることはないのだから、司にしてみれば、何を今更恥ずかしがってんだと言いたくもなるはずだ。
つくしは、不吉な予感がした。
それは司が黙りこんだと思った途端、口角を上げニヤッと笑ったからだ。
その瞬間、司の頭の中で考えていることが手に取るように分かってしまった。
それは恐らく昨日の夜のことだ。つくしは、自分がベッドの上で彼にどう応えたか思い出し、頬が火照ってくるのを感じていた。
つくしと別れてからの9年間、女はいなかったといった男だが、愛し方は若かったあの頃以上に心得ているといった感じで、言葉にするとすれば濃厚で激しいのひと言に尽きる。
それにしても限度といったものがあるはずだ。
つくしは、司しか知らないのだから男の生理についてはよく分からないが、はっきり言ってひと晩中離してもらえないといった状況だ。だが司にしてみれば、離れていた9年間の想いと、これから東京に戻るつくしがまた再びこの街へ戻って来るまでの充電といった理由があった。そしてそんな司に翻弄されたつくしは、最後には自分の方から求めずにはいられない状況に追い込まれる…。といった3日間だった。
すると案の定、司の口から昨夜のことが語られ始めた。
「昨日の夜のことだが、俺たちがベッドの上でヤッたことは_」
司が言いかけた途端、つくしは司のスーツの襟を掴み引き寄せ、そして唇で司の唇を塞いでいた。と、同時につくしの背中に回された司の腕は、彼女を自らへとギュッと抱き寄せた。
そして暫くそのままでいたが、やがて司の唇がゆっくりと離れはしたが、力強い腕の中から離してはもらえずにいた。そんな状況につくしは、ぼーっと彼の顔を見つめていたが、傍から見ればそれはまさに恋人同士が別れを惜しんでいる状態だ。
司はにやりと笑った。
「やれば出来るじゃねぇか」
つくしは、そこで我に返った。司の言葉に翻弄され、自らキスをしていたということを。
だが嫌ではなかった。ただ、ひと前での行為が恥ずかしかっただけだ。
だが司は欲しいと思ったものは諦めない人間だ。
だから彼女が東京に戻ってしまう前に彼女の唇が欲しかった。
次にこの街へ戻ってくるまでその唇の柔らかさを忘れないため、彼女の身体の柔らかさを忘れないため、その甘い匂いを忘れないため抱きしめてキスをした。そしてその望みが叶ったことに満足していた。
「気を付けて行って来い。俺はこの街で待ってる」
それは過去2度彼女がこの街を訪れたとき、言えなかった言葉。
あの頃は未熟だった二人がいた。
だが、遠い日の思い出はそのままに、今は迷うことなくはっきりと口にすることが出来る。
_待っていると。
潔く言えるその言葉。
彼女が自分と一緒にいることを選んでくれたこの街へ戻ってくるのを待つ。
それは司を知る人間なら彼のその行動を訝しがるはずだ。何しろ彼は獲物を狩る側の人間であり、待つといった行為は似合わないと思われているからだ。だが高校生の頃、彼はつくしの意思を尊重し待ったことがある。彼女のためなら幾らでも待つことが出来た男がいた。
だが実の所、司もつくしと一緒に東京へ行きたかった。そして彼女に関わるややこしい問題があるのなら、自分の力を使い解決したかった。
しかし司は待たなければならなかった。
それは彼女が東京に来る司を待った4年間何を思い何を感じていたか知っていたからだ。辛い思いをさせた4年間だった。愛人と呼ばれる立場になれば、会いたいと言った言葉が言えるはずもなく、今度いつ会えるのと聞くことをすれば、自分が辛いだけ。そんな思いを4年間もさせたのだ。だから今度は彼女がNYへ戻って来るまでの時間、司はこの街で待たなければならないのだ。しかし司が待つ時間など、彼女がただ待つことをした4年間に比べればほんの一時だ。
だがたとえ短い時間だとしても、司は彼女があの頃感じた思いを味合わうべきだ。
愛しい人が自分の元を訪れてくれることを待った彼女のように。
だが巡り巡った季節がやっと二人が一緒にいることを許してくれた。
9年という季節を繋ぎ今がある。
これから二人で繋いでいく季節は秋のNYから始まるはずだ。
司は、振り返り手を振ったつくしが、セキュリティチェック場の奥へと消えて行く姿を見送った。
そしてひとり呟いていた。
「・・・つくし、早く戻って来いよ…」と。
司は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその場に立っていた。

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Comment:2
コメント
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司×**OVE様
おはようございます^^
東京へ戻ったつくし。待つことを決めた司。
二人には過去に言えなかった言葉も沢山あったと思います。
でももうそんな言葉はありません。
司はつくしを信じ、NYで待つことを選びました。
揺るぎないものを手に入れるまであと少し・・。
東京での色々を済ませ、1日も早くNYへ戻って欲しいと思います^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
東京へ戻ったつくし。待つことを決めた司。
二人には過去に言えなかった言葉も沢山あったと思います。
でももうそんな言葉はありません。
司はつくしを信じ、NYで待つことを選びました。
揺るぎないものを手に入れるまであと少し・・。
東京での色々を済ませ、1日も早くNYへ戻って欲しいと思います^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.08.29 22:42 | 編集
