道明寺楓は長い間道明寺財閥の頂点に立ち、攻城を計画すれば必ず相手の城を落すと言われていた。だがその楓も随分と年を取ったように感じていた。それもそのはずだ。何しろ息子はもう間もなく40代になろうとすれば、楓が年を取るのも当然だ。
道明寺HDという大企業を率いる女性だが、夫が亡くなったとき、会社存続の危機を迎え、司の婚姻により危機を脱するも、その背後には楓を社長の座から追い落とそうとする陰謀があった。だがその危機を乗り越え、財閥のトップの立場に居続けてはいるが、楓も自分が年齢を重ねるにつれ、息子である司の気持ちを慮っていた。
楓には楓の論法といったものがあったが、それは強引な論法を押し通すことが多かった。
そして息子を財閥の駒として使うことが悪いと思わなかったのは、牧野つくしに出会う前の話だ。
ひとりの少女との出会いが息子を変え、そして楓の気持ちを動かしたのは事実だ。
それは、駆け引きも打算もない愛情といったものだ。牧野つくしという少女に出会う前、息子の傍にいたのは、財閥の甘い汁を吸おうとする人間ばかりで、司という男としての評価は二の次といった状態であり、いつの頃からか、おもねる、へつらう人間ばかりを従え、傍若無人な振る舞いをする人間へと成長していた。
勿論、母親である楓自身が息子の傍にいてやることが出来なかったことが、人としての人格を危ういものにしたことも認めている。だがそんな息子を人間として立ち直らせることをしたのが彼女だ。
息子が財閥のため結婚した後、牧野つくしと暫く続いていたことは黙認していた。
頭で考えるのと、心で考えることは違うといったことも理解していた。
大学を卒業した息子が3年間付き合った後、不倫相手と呼ばれる立場となった牧野つくしと4年間交際を続け、破局をしたという一連の流れは、決して嫌いで別れたのではない。
二人がそう決めた末の結論だと分かっていたが、それは恐らく牧野つくしの方が言い出したことだということも分かっていた。
牧野つくしと別れた息子は、自分の非力を悔やんでいた。
やがて財閥の経済状況が上向きになり、婚姻関係にあった女性との離婚を望んだが、司の妻となった娘は別れようとはせず、生活面の派手さばかりが目立つ人間だった。
そして9年の時を経て、再会した二人の間にあるのは、結ばれることがなかった遠い日の思い。司が突然休暇を取ることを決めた理由を聞かされたとき、ああ、やはり二人は離れることが出来ない運命にあるのかと、楓にしては妙な意識に囚われていた。
会ってみたい。
牧野つくしに。
そう思わせるのは、やはり息子には幸せになって欲しいといった思いがあるからだ。
そして人間は人生の末路が近づいて来たとき、心残りとなるようなことは避けたい思いがあるはずだ。今の楓を突き動かすのは、まさにその思いだ。
司に掛かって来た電話は、楓が牧野つくしと会いたいと告げていた。
セントクロイ島での休暇は6日目で打ち切られたが、二人ともそのことに不満があるわけではない。互いがまた一緒に過ごす、そして結婚することを決めたのだから、もう十分だと感じていた。
つくしは、司から楓が会いたいと言っていると聞き、会いたいと望んだ。
そして感慨深い思いがしていた。
二人は結婚をすることを決めたのだ。
一度は二人の結婚を認めてくれた女性だが、今でも二人が結婚することを認めてくれるだろうか。そんな思いを抱えNYに戻り、ニュージャージーにある道明寺邸へと向かった。
リムジンが大きな門をくぐり、絵画のように見える庭を抜け、玄関アプローチへと横付けされたとき、つくしの脳裏に浮かんだのは、まだ高校生だった頃、司に会いたくてこの場所を訪ねた時のことだ。あの時は、司にすげなく追い返されていた。そんな想い出のあるNYの道明寺邸は、あの当時と変わりなく大理石の床と豪華なペルシャ絨毯が出迎えてくれた。
気品と豪華さを横目に案内されたのは、謁見の間ではないかと見紛う程立派な応接室。
「牧野さん。お久しぶりね。どうぞお掛けになって」
黒に近い紺色のスーツを着た楓は、司抜きで会いたいと言い、つくしを待っていた。
「大変ご無沙汰しております」
果たしてその言葉が適切なのかと言われれば、どうなのか?
だがその言葉以外思いつかなかった。そしてつくしもいい年だが、正面に腰を降ろした道明寺楓も随分と年を取ったと感じていた。何しろこうして会うのは14年前、司との結婚の許しを得たとき以来だ。
司の母親である楓が、息子が結婚していた間の4年間、つくしと会い続けていたことは当然知っていたはずだ。だが何も言われることは無かった。それは二人の関係を黙認していたということだが、つくしとしては、やはりどこか後ろめたい気持ちがあったのは事実だ。
「あなた、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
そう言われても、はいわかりましたと気が抜けるはずもなく、やはり初めて会った時のように緊張していた。
言葉ありのままを言えば、元恋人だが不倫と呼ばれる関係にいた女を、母親としてはどう思っているのか。世間に知られなかったから黙認されていたのではないか。もし世間に知られていれば、財閥の跡取りである息子のダメージとなるのではないかと思ったのか。それとも彼らのような世界では、愛人と呼ばれる女がいるのはあたり前なのか。
楓の口から語られるのは、いったいなんなのか?
つくしは息を詰めていた。
「ご両親のことは残念だったわね」
楓は、つくしの両親へのお悔やみと言える言葉を述べた。
「あなたのご両親はとても正直な人たちだったわ」
どこの世界でも故人を悪く言うことはタブーとされており、楓の言葉はつくしの両親への最大級の弔辞だ。
そして思わぬ言葉をかけられ、つくしは礼を言った。
だがそこから先の言葉が口をつくことはなく、楓の言葉を待っていた。
「牧野さん。司と結婚するそうね?」
一度は許された二人の結婚だ。
楓の言葉に刺々しさは感じられなかったが、そこにいるのはありふれた女ではない。年を取っていたとしても、かつて鉄の女と言われ経済界の中心にいた女性だ。あの頃は許された二人の結婚だったが、あれから14年も経ったのだ。常識的な人間なら、考えも変わっているかもしれないと思うのが恐らく普通だろう。けれど、つくしは自分の気持ちを正直に伝えた。
「はい。そのつもりです」
「そう。それで?」
「え?」
「あなた司と結婚するのよね?」
つくしは、楓の発言に敏感になるあまり、確認とも言える言葉をどう捉えたらいいのかと考えていた。
「牧野さん?あなた司と結婚するのよね?」
何度も言わせないで頂戴といったニュアンスが含まれるその言葉は、つくしに応えを求めた。
「はい。そのつもりです」
と堂々と答え、楓の表情を窺っていたが、やはり昔と同じで表情を読むことが出来ずにいた。
「そう。そらなら早くしなくてはならないわね。どうせ司の事です。すぐにでも入籍を済ませたいと思っているはずよ?違うかしら?」
その問は、まさにその通りだ。
先に入籍を済ませ、それから式を挙げればいいと言われ、NYへ戻る機内には婚姻届が用意されていた。
「はい。司さんはNYへ戻る途中の機内に婚姻届を用意していました。それにサインしろと言いましたが犬や猫じゃありませんから、わたしはお母様にお話しをしないうちに勝手に物事を運ぶのは良くないと言ったんです」
「そうね、犬や猫ならお構いなしでしょうけど、あなた達は人間ですからね。やはりあなたは司とは違ってきちんと考えているようね?」
楓の言葉は、男という生き物は理性で欲望を追いやることが苦手と言われるのは当然だといった口調だ。
「牧野さん。いえ、つくしさん。あなたもよくご存じだと思うけど、わたくしは言葉に出す時はストレート過ぎることがあるわ。それでも言葉にすることが物事を伝える上で一番大切よ。あなたも高校生の頃は、わたくしに向かってはっきりと言って来たわ。今は大人になった分、遠慮といったものがあるでしょうけど、自分の望みは口にしなければ伝わらないわ」
確かにその通りだ。
だが今のつくしは、頭の中を無数の言葉が飛び交ってはいても、何故か口に出せずにいた。
「だからわたくしは、あなたの意思を確認したいの。司は休暇に入る前にあなたのことを伝えて来たわ。ようやく離婚が成立し、晴れて自由の身になれた。あなたと結婚したいってね?あの子のことだから、強引に物事を進めようとすることもあるわ。それは母親として十分理解をしているつもりよ。何しろわたくしの子供ですもの。だからわたくしは、あなたの想いを確かめたかったの」
真剣な眼差しは、我が子の幸せを願う母親の瞳だ。
そしてその瞳は司とよく似ていた。
「これからはあの子の自由を尊重するつもりよ。今の世の中結婚が個人の自由で許されるのが当たり前だけど司にはそれが許されなかったわ。それはあなたとの結婚よ。つくしさん、あなた、わたくしに変な遠慮をすることはないわ。これから先、あの子を支えてやって欲しいの。それがあなたの仕事であり妻としての役目よ?」
『あの子を支えて欲しい』
それは、14年前と同じ言葉。
そして人間誰にも言える言葉。
どんなに強いと言われる人間でもひとりでは生きて行けない。
「わたくしの話はこれでおしまい。いいわよ。司の傍に行きなさい。今頃心配して煙草の本数が増えているわね?あの子ね、例の女と結婚してから煙草の本数が増えたわ。そうだわ。あの子に煙草を止めさせることもあなたの仕事ね?そうなさい。これからの人生二人で生きていくなら健康が大切よ。いいわね?つくしさん」
今までが満足した生き方ではなかったとしても、これから満足する事が大切。
あとになってああすれば良かったといった後悔をしないこと。
楓は最後にそう言って話を締めくくった。
人生の先輩である楓は、やはり物事の本質を見極める力を持っていた。
そしてドアの外で待っていたのは司だ。
胸の前で腕を組み、壁にもたれかかった姿勢でつくしが出て来るのを心待ちにしていた。
「おい、お袋から何か言われたか?」
「うんうん。何も言われなかったわ」
司には分からない女同士の会話があったが、彼に話す必要はない。
息子が幾つになろうが母親にとっては子供であることは変わりがないといったことを。
そして親の愛情といったものが、必ずしも直接的に子供に伝わることがないということも。
楓という女性は、昔から愛情表現が希薄だと言われていたが、楓の中にも母親の愛といったものが十分にあることは知っていた。それは司が刺され意識不明の状態に置かれたとき、NYから駆け付けて来たとき感じていた。
「何も言われなかったなんてことはねぇはずだ。何か言われたんだろ?」
「うん。健康に気を付けて煙草を減らせって」
「煙草か・・。確かに昔に比べれば本数が増えたのは確かだ」
だが司が聞きたかったのはそんな話ではない。
「それでどうなんだ?」
司の目が応えを要求するように細くなった。
「え?何が?」
つくしは司が聞きたいことを分かってはいたが、とぼけてみせた。
そんなつくしに対し、もどかしげに息を吐いた司は、いいから早く話せと言った。
つくしは少し迷ったふりをしたが、司の余りにも真剣な目に真顔になり言った。
「二人で幸せになりなさいって」
司はたった今、つくしの口から出た言葉に、小さな身体をギュッと抱きしめた。

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道明寺HDという大企業を率いる女性だが、夫が亡くなったとき、会社存続の危機を迎え、司の婚姻により危機を脱するも、その背後には楓を社長の座から追い落とそうとする陰謀があった。だがその危機を乗り越え、財閥のトップの立場に居続けてはいるが、楓も自分が年齢を重ねるにつれ、息子である司の気持ちを慮っていた。
楓には楓の論法といったものがあったが、それは強引な論法を押し通すことが多かった。
そして息子を財閥の駒として使うことが悪いと思わなかったのは、牧野つくしに出会う前の話だ。
ひとりの少女との出会いが息子を変え、そして楓の気持ちを動かしたのは事実だ。
それは、駆け引きも打算もない愛情といったものだ。牧野つくしという少女に出会う前、息子の傍にいたのは、財閥の甘い汁を吸おうとする人間ばかりで、司という男としての評価は二の次といった状態であり、いつの頃からか、おもねる、へつらう人間ばかりを従え、傍若無人な振る舞いをする人間へと成長していた。
勿論、母親である楓自身が息子の傍にいてやることが出来なかったことが、人としての人格を危ういものにしたことも認めている。だがそんな息子を人間として立ち直らせることをしたのが彼女だ。
息子が財閥のため結婚した後、牧野つくしと暫く続いていたことは黙認していた。
頭で考えるのと、心で考えることは違うといったことも理解していた。
大学を卒業した息子が3年間付き合った後、不倫相手と呼ばれる立場となった牧野つくしと4年間交際を続け、破局をしたという一連の流れは、決して嫌いで別れたのではない。
二人がそう決めた末の結論だと分かっていたが、それは恐らく牧野つくしの方が言い出したことだということも分かっていた。
牧野つくしと別れた息子は、自分の非力を悔やんでいた。
やがて財閥の経済状況が上向きになり、婚姻関係にあった女性との離婚を望んだが、司の妻となった娘は別れようとはせず、生活面の派手さばかりが目立つ人間だった。
そして9年の時を経て、再会した二人の間にあるのは、結ばれることがなかった遠い日の思い。司が突然休暇を取ることを決めた理由を聞かされたとき、ああ、やはり二人は離れることが出来ない運命にあるのかと、楓にしては妙な意識に囚われていた。
会ってみたい。
牧野つくしに。
そう思わせるのは、やはり息子には幸せになって欲しいといった思いがあるからだ。
そして人間は人生の末路が近づいて来たとき、心残りとなるようなことは避けたい思いがあるはずだ。今の楓を突き動かすのは、まさにその思いだ。
司に掛かって来た電話は、楓が牧野つくしと会いたいと告げていた。
セントクロイ島での休暇は6日目で打ち切られたが、二人ともそのことに不満があるわけではない。互いがまた一緒に過ごす、そして結婚することを決めたのだから、もう十分だと感じていた。
つくしは、司から楓が会いたいと言っていると聞き、会いたいと望んだ。
そして感慨深い思いがしていた。
二人は結婚をすることを決めたのだ。
一度は二人の結婚を認めてくれた女性だが、今でも二人が結婚することを認めてくれるだろうか。そんな思いを抱えNYに戻り、ニュージャージーにある道明寺邸へと向かった。
リムジンが大きな門をくぐり、絵画のように見える庭を抜け、玄関アプローチへと横付けされたとき、つくしの脳裏に浮かんだのは、まだ高校生だった頃、司に会いたくてこの場所を訪ねた時のことだ。あの時は、司にすげなく追い返されていた。そんな想い出のあるNYの道明寺邸は、あの当時と変わりなく大理石の床と豪華なペルシャ絨毯が出迎えてくれた。
気品と豪華さを横目に案内されたのは、謁見の間ではないかと見紛う程立派な応接室。
「牧野さん。お久しぶりね。どうぞお掛けになって」
黒に近い紺色のスーツを着た楓は、司抜きで会いたいと言い、つくしを待っていた。
「大変ご無沙汰しております」
果たしてその言葉が適切なのかと言われれば、どうなのか?
だがその言葉以外思いつかなかった。そしてつくしもいい年だが、正面に腰を降ろした道明寺楓も随分と年を取ったと感じていた。何しろこうして会うのは14年前、司との結婚の許しを得たとき以来だ。
司の母親である楓が、息子が結婚していた間の4年間、つくしと会い続けていたことは当然知っていたはずだ。だが何も言われることは無かった。それは二人の関係を黙認していたということだが、つくしとしては、やはりどこか後ろめたい気持ちがあったのは事実だ。
「あなた、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
そう言われても、はいわかりましたと気が抜けるはずもなく、やはり初めて会った時のように緊張していた。
言葉ありのままを言えば、元恋人だが不倫と呼ばれる関係にいた女を、母親としてはどう思っているのか。世間に知られなかったから黙認されていたのではないか。もし世間に知られていれば、財閥の跡取りである息子のダメージとなるのではないかと思ったのか。それとも彼らのような世界では、愛人と呼ばれる女がいるのはあたり前なのか。
楓の口から語られるのは、いったいなんなのか?
つくしは息を詰めていた。
「ご両親のことは残念だったわね」
楓は、つくしの両親へのお悔やみと言える言葉を述べた。
「あなたのご両親はとても正直な人たちだったわ」
どこの世界でも故人を悪く言うことはタブーとされており、楓の言葉はつくしの両親への最大級の弔辞だ。
そして思わぬ言葉をかけられ、つくしは礼を言った。
だがそこから先の言葉が口をつくことはなく、楓の言葉を待っていた。
「牧野さん。司と結婚するそうね?」
一度は許された二人の結婚だ。
楓の言葉に刺々しさは感じられなかったが、そこにいるのはありふれた女ではない。年を取っていたとしても、かつて鉄の女と言われ経済界の中心にいた女性だ。あの頃は許された二人の結婚だったが、あれから14年も経ったのだ。常識的な人間なら、考えも変わっているかもしれないと思うのが恐らく普通だろう。けれど、つくしは自分の気持ちを正直に伝えた。
「はい。そのつもりです」
「そう。それで?」
「え?」
「あなた司と結婚するのよね?」
つくしは、楓の発言に敏感になるあまり、確認とも言える言葉をどう捉えたらいいのかと考えていた。
「牧野さん?あなた司と結婚するのよね?」
何度も言わせないで頂戴といったニュアンスが含まれるその言葉は、つくしに応えを求めた。
「はい。そのつもりです」
と堂々と答え、楓の表情を窺っていたが、やはり昔と同じで表情を読むことが出来ずにいた。
「そう。そらなら早くしなくてはならないわね。どうせ司の事です。すぐにでも入籍を済ませたいと思っているはずよ?違うかしら?」
その問は、まさにその通りだ。
先に入籍を済ませ、それから式を挙げればいいと言われ、NYへ戻る機内には婚姻届が用意されていた。
「はい。司さんはNYへ戻る途中の機内に婚姻届を用意していました。それにサインしろと言いましたが犬や猫じゃありませんから、わたしはお母様にお話しをしないうちに勝手に物事を運ぶのは良くないと言ったんです」
「そうね、犬や猫ならお構いなしでしょうけど、あなた達は人間ですからね。やはりあなたは司とは違ってきちんと考えているようね?」
楓の言葉は、男という生き物は理性で欲望を追いやることが苦手と言われるのは当然だといった口調だ。
「牧野さん。いえ、つくしさん。あなたもよくご存じだと思うけど、わたくしは言葉に出す時はストレート過ぎることがあるわ。それでも言葉にすることが物事を伝える上で一番大切よ。あなたも高校生の頃は、わたくしに向かってはっきりと言って来たわ。今は大人になった分、遠慮といったものがあるでしょうけど、自分の望みは口にしなければ伝わらないわ」
確かにその通りだ。
だが今のつくしは、頭の中を無数の言葉が飛び交ってはいても、何故か口に出せずにいた。
「だからわたくしは、あなたの意思を確認したいの。司は休暇に入る前にあなたのことを伝えて来たわ。ようやく離婚が成立し、晴れて自由の身になれた。あなたと結婚したいってね?あの子のことだから、強引に物事を進めようとすることもあるわ。それは母親として十分理解をしているつもりよ。何しろわたくしの子供ですもの。だからわたくしは、あなたの想いを確かめたかったの」
真剣な眼差しは、我が子の幸せを願う母親の瞳だ。
そしてその瞳は司とよく似ていた。
「これからはあの子の自由を尊重するつもりよ。今の世の中結婚が個人の自由で許されるのが当たり前だけど司にはそれが許されなかったわ。それはあなたとの結婚よ。つくしさん、あなた、わたくしに変な遠慮をすることはないわ。これから先、あの子を支えてやって欲しいの。それがあなたの仕事であり妻としての役目よ?」
『あの子を支えて欲しい』
それは、14年前と同じ言葉。
そして人間誰にも言える言葉。
どんなに強いと言われる人間でもひとりでは生きて行けない。
「わたくしの話はこれでおしまい。いいわよ。司の傍に行きなさい。今頃心配して煙草の本数が増えているわね?あの子ね、例の女と結婚してから煙草の本数が増えたわ。そうだわ。あの子に煙草を止めさせることもあなたの仕事ね?そうなさい。これからの人生二人で生きていくなら健康が大切よ。いいわね?つくしさん」
今までが満足した生き方ではなかったとしても、これから満足する事が大切。
あとになってああすれば良かったといった後悔をしないこと。
楓は最後にそう言って話を締めくくった。
人生の先輩である楓は、やはり物事の本質を見極める力を持っていた。
そしてドアの外で待っていたのは司だ。
胸の前で腕を組み、壁にもたれかかった姿勢でつくしが出て来るのを心待ちにしていた。
「おい、お袋から何か言われたか?」
「うんうん。何も言われなかったわ」
司には分からない女同士の会話があったが、彼に話す必要はない。
息子が幾つになろうが母親にとっては子供であることは変わりがないといったことを。
そして親の愛情といったものが、必ずしも直接的に子供に伝わることがないということも。
楓という女性は、昔から愛情表現が希薄だと言われていたが、楓の中にも母親の愛といったものが十分にあることは知っていた。それは司が刺され意識不明の状態に置かれたとき、NYから駆け付けて来たとき感じていた。
「何も言われなかったなんてことはねぇはずだ。何か言われたんだろ?」
「うん。健康に気を付けて煙草を減らせって」
「煙草か・・。確かに昔に比べれば本数が増えたのは確かだ」
だが司が聞きたかったのはそんな話ではない。
「それでどうなんだ?」
司の目が応えを要求するように細くなった。
「え?何が?」
つくしは司が聞きたいことを分かってはいたが、とぼけてみせた。
そんなつくしに対し、もどかしげに息を吐いた司は、いいから早く話せと言った。
つくしは少し迷ったふりをしたが、司の余りにも真剣な目に真顔になり言った。
「二人で幸せになりなさいって」
司はたった今、つくしの口から出た言葉に、小さな身体をギュッと抱きしめた。

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H*様
おはようございます^^
司がギュッと抱きしめたいのはつくしだけのようです(笑)
ギュッと抱きしめ、それからキスをしたことでしょう(笑)
つくしが羨ましいですねぇ?
拍手コメント有難うございました^^
おはようございます^^
司がギュッと抱きしめたいのはつくしだけのようです(笑)
ギュッと抱きしめ、それからキスをしたことでしょう(笑)
つくしが羨ましいですねぇ?
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.08.27 21:35 | 編集

司×**OVE様
おはようございます^^
14年前に二人の結婚を認めた楓さん。今でもその気持ちは変わらないようです。
楓さんも年を取り、息子の行く末を考えたとき、やはりつくしちゃんでなければ。といった想いがあるようです。
人間年を取ると丸くなるタイプと、そうではないタイプがあるといいますが、楓さんは前者のようです。
司はつくしのことはいつでも心配になる(笑)
確かにそうでしょうねぇ?つくし、司にこんなに思われて羨ましいですねぇ。
今まで離れていた分、幸せになってもらいたいものです。^^
しかし叔母夫婦に紹介された見合いの相手へのお断りが残っています。
本当に暑いですね?気温の変化に身体が付いて行くのが大変ですね?
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、確かにここ数年秋のお彼岸の頃もまだまだ暑いですね?
日本の気候分布は確実に変わっているような気がします。
え~、宿題は無事完了したのでしょうか?
それとも・・・・。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
14年前に二人の結婚を認めた楓さん。今でもその気持ちは変わらないようです。
楓さんも年を取り、息子の行く末を考えたとき、やはりつくしちゃんでなければ。といった想いがあるようです。
人間年を取ると丸くなるタイプと、そうではないタイプがあるといいますが、楓さんは前者のようです。
司はつくしのことはいつでも心配になる(笑)
確かにそうでしょうねぇ?つくし、司にこんなに思われて羨ましいですねぇ。
今まで離れていた分、幸せになってもらいたいものです。^^
しかし叔母夫婦に紹介された見合いの相手へのお断りが残っています。
本当に暑いですね?気温の変化に身体が付いて行くのが大変ですね?
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、確かにここ数年秋のお彼岸の頃もまだまだ暑いですね?
日本の気候分布は確実に変わっているような気がします。
え~、宿題は無事完了したのでしょうか?
それとも・・・・。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.08.27 21:55 | 編集

マ**チ様
こんばんは^^
楓さん、丸くなり良いお姑さんになりそうですか?
やはり我が子の幸せを考えたとき、そして、つくしでなければ財閥の運命が‼といったこともあったのではないでしょうか?
不倫期間も二人の小さなお城が壊れないように、手を回してくれていた。
そうですね・・あり得ない話ではありませんね?
そして、あの時果たせなかった約束を今度こそ実現することが司の使命です。
劇場公開。黒い司につくしの見合い相手。
もしも・・と思ったものですので、ご無理はなさらないで下さいね^^
意識を失うように、いつの間にか眠りに引き込まれる・・アカシアも最近その傾向があります。
すぅ~っと意識が遠のき、ん?と思うこともよくあります(笑)
やはりこれは年齢的なものではないかと、アカシアも思います。
昨夜がそうでした(笑)平日とは異なり気が緩んでいるのかもしれません(笑)
コメント有難うございました。
こんばんは^^
楓さん、丸くなり良いお姑さんになりそうですか?
やはり我が子の幸せを考えたとき、そして、つくしでなければ財閥の運命が‼といったこともあったのではないでしょうか?
不倫期間も二人の小さなお城が壊れないように、手を回してくれていた。
そうですね・・あり得ない話ではありませんね?
そして、あの時果たせなかった約束を今度こそ実現することが司の使命です。
劇場公開。黒い司につくしの見合い相手。
もしも・・と思ったものですので、ご無理はなさらないで下さいね^^
意識を失うように、いつの間にか眠りに引き込まれる・・アカシアも最近その傾向があります。
すぅ~っと意識が遠のき、ん?と思うこともよくあります(笑)
やはりこれは年齢的なものではないかと、アカシアも思います。
昨夜がそうでした(笑)平日とは異なり気が緩んでいるのかもしれません(笑)
コメント有難うございました。
アカシア
2017.08.27 22:11 | 編集

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pi**mix様
司はつくし事となると、心配になるようです。
ドアの前で待ち伏せする男。そして何を話したのか聞きたがる(笑)
気になるんですねぇ(笑)
例え自分の母親が許さなくても、司はつくしを守ることは間違いありません。
しかし、楓さんも年を取りました。丸くなり、14年前二人を認めた時と同じで二人が幸せになって欲しいと思うのは、やはり母親ですね?息子が幸せな人生を歩んでくれることを望んでいます。
しかし、その前にお見合い相手の件が・・。
コメント有難うございました^^
司はつくし事となると、心配になるようです。
ドアの前で待ち伏せする男。そして何を話したのか聞きたがる(笑)
気になるんですねぇ(笑)
例え自分の母親が許さなくても、司はつくしを守ることは間違いありません。
しかし、楓さんも年を取りました。丸くなり、14年前二人を認めた時と同じで二人が幸せになって欲しいと思うのは、やはり母親ですね?息子が幸せな人生を歩んでくれることを望んでいます。
しかし、その前にお見合い相手の件が・・。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.08.27 22:25 | 編集

司×**OVE様
こんばんは^^
おおっ!良かったですねぇ~。
無事に終わった!
そして雷注意報も解除された(≧▽≦)
そしてまた明日から平常運転に戻れますね?
お疲れ様でした^^
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
おおっ!良かったですねぇ~。
無事に終わった!
そして雷注意報も解除された(≧▽≦)
そしてまた明日から平常運転に戻れますね?
お疲れ様でした^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.08.27 23:36 | 編集
