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2017
08.25

時の撚り糸 25

誰もが愛する人は必要だ。
人生は旅だと言われるが、そのパートナーとして求めたのは、今もあの頃と変わらぬどこか少年らしさを残した男。
9年前手を離してしまった人は、強いリーダーシップで多くの人間を引っ張っていく力を持ち、多くの人を惹き付ける力がある。そして行動力といったものを持っていた。そしてその行動力が如何なく発揮されるのは、つくしに対し思いが募ったときだ。そんな行動力が成し得た今回の旅は、二人の人生のスタートとなる旅。
二人とも29歳と28歳には戻れないのだから、この旅が二人の人生の門出だ。








同じページばかりぼんやりと眺めているのは、二人が結婚をすることにまだどこか実感が湧かないからだ。
手元にある雑誌は、カリブ海観光について書かれているが、書かれていることが頭に入ることもなく、目の前に置かれているだけだ。

つくしは、物事の急激な変化といったものに付いて行くことが苦手だ。
特に司といると、その傾向が顕著だ。生き急いでいるわけではないが、二人はもうすぐ40代を迎える。司にしてみれば急ぐなと言った方が無理なのかもしれないが、プロポーズを受け、腕の中に抱きしめられ、それから自制心の一部を無くした男に抱き上げられ、朝食の代わりにつくしが食べたいと言われ、ベッドへと降ろされるとそのまま愛し合っていた。

それは前夜の行為とはまた別の意味があった。
前夜の行為は産まれて来ることがなかった赤ん坊に対しての想いがあった。
だが結婚を承知してからの行為は、これから歩んでいく二人の未来を確かめるための行為で見えない優しさといったものが感じられた。

何があっても俺が守ってやるから。
そんな言葉が囁かれ、これから二人で同じ時を生きて行こうと言われた。
そして涙の兆候が見られれば、瞼に唇を当て、零れ落ちそうになる涙を唇で掬っていた。

つくしは若かった頃、手が付けられないほど意地っ張りだと言われたが、意地を張るのは遠い昔に止めていた。二人で幸せになりたい。今はその想いだけがあった。


ベッドの中でじっとつくしを見つめる瞳と、9年ぶりに感じたまだ剃られていない髭の感触が懐かしさを感じさせ、痛いよな、と聞かれたとき、首を横に振っていた。
それは9年ぶりに感じた身体の痛みと共に、もう忘れていた痛みだった。だがその痛みも心地よい痛み。そしてわざと髭を擦りつける行為が雄ライオンのマーキング行為だとしても、癖のある髪に指を差し入れ、頭を胸に掻き抱いていた。

そして歳月を経た分、力強さを増した顔は、30代後半から40代半ばが男として一番脂が乗っていると言われる年齢で、疑いようもないほどセクシーだ。そんな男がずっと自分を想っていてくれたことに、信じられない想いがしていた。そして感じたのは深い愛情。
ずっと愛していたという言葉は、つくしも同じだったのだから、二人が結婚することに迷いはない。だから見合いをした相手には、はっきりと断ると決めていた。






そしてあの日から2日が経っていた。
熱帯の朝の空気は清々しく、海から吹く風は爽やかだ。
つくしは、オレンジをもうひと切れ口に運んだ。
爽やかな甘みが口いっぱいに感じられたが、コーヒーでその甘さを流し込んだ。

テラスで朝食を取りながら、別荘の前に広がる海を眺めているが、海はどこまでも青く水平線は遥か彼方まで続いていた。遠くを大型の船が横切って行く姿を見たが、それ以外何も目にすることのない場所だ。この島の観光もこの2日間で終え、あとは思い出を踏襲して船でイカ釣りでもするかと言われ、思わず笑い出していた。

二人が初めてキスをしたのは、熱海の海に浮かぶクルーザーの上のハプニングであり、別に好き好んでしたキスではなかった。そしてあのとき、イカが何杯釣れるか競うことをしていたと思い出していた。

カリブ海でイカが釣れるとは思わないけど?と返したつくしに対し、イカはカリブでも釣れると言われたが、それはさておき、釣りをすることは集中力を高めると言われ、道明寺司という男が立派な釣り道具を仕立て、海の上で糸を垂れ、釣りをする姿を想像したとき、やはり笑ってしまっていた。

だがクルーザーがいつもマイアミに停泊しているといったことを思い出し、まさかとは思ったが本当に釣りをするのか聞いていた。なにしろフロリダはスポーツフィッシングの発祥の場であり、カジキマグロやキングフィッシュと呼ばれる大型の食用魚の宝庫だ。もしかすると、今の司には釣りという趣味があるのかもしれなかった。


「ねぇ。まさかあんた本当に釣りが好きなの?」

「ああ。運が良ければ釣ったばかりの魚が夕食に食えるぞ?つくし、おまえもやってみるか?釣り竿もリールもあるぞ?」

まさかカリブ海で釣りをしようと言われるとは思わなかったが、面白そうだと感じていた。

「でもあんたロクに休暇も取れなかったのに、よく釣りなんてしてる時間があったわね?」

「ビジネスだよ、ビジネス。こっちじゃ釣りの好きなビジネス界の大物も多い。それにフロリダに別荘があるなんて奴らはざらだ。現職の大統領だってそうだろ?ゴルフが好きな人間もいれば、釣りが好きな人間も多い。ビッグビジネスのきっかけは些細なモンだ。趣味が合えば、相手に親近感を覚えるもんだろ?だから俺にとっては釣りもビジネスツールのひとつだ」

「へぇ...そうなんだ」

つくしは妙なところで感心したが、高校生の頃のイカ釣りは冗談としても、やはり司が釣りをしている姿がどうもピンとこなかった。それなのに、彼の口から釣り竿だ、リールだといった言葉が出ること自体が不思議だったが、離れていた年数を考えればそういったこともあるのかと考えていた。

「おまえ、釣りをバカにしてるんじゃねぇだろうな?」

本気とも冗談とも感じられるその口調。

「べ、別にバカになんかしてないわよ?ただあんたのイメージとは随分とかけ離れてると思って」

つくしはそう言ってやんわりと否定した。

「...おまえなあ、俺のイメージって言うが、何をどう思ってんだか知らねぇけど俺は取り組むべきことは、マジに取り組んで来た。そうじゃなかったら会社はとっくの昔に潰れるか、他人のものになってたはずだ」

つくしはどこか曖昧な笑みを浮かべていたが、司の言葉にハッとした。
司が言いたいのは、政略結婚をしなければならなかった時のことだ。
したくはなかった結婚。そしてつくしとの別れ。あの頃、道明寺司が出来る精一杯のことをしたから今でも会社は彼ら一族のものだ。

「人間ってのはどうしようもない時もある。だけどそれを乗り越えなければ先は無い。今までの俺の人生ってのはアップダウンが激しい人生だった。その人生と折り合いをつけて生きて行くことも出来たかもしれねぇけど、俺は自分の人生を他人の手にゆだねることは望んじゃいねぇ。だから離婚をした今、自分の人生を取り戻しに来た。俺の人生はおまえと歩むことに決めていた。だから何年経とうがおまえの傍にたどり着くつもりでいた」

だが心のどこかには、その想いが叶えられないかもしれないといった部分もあった。
どんな強い人間も心に弱さを抱え、傷を抱えている。
強いと思われている人間も支えがなければ生きていくことが難しくなることもある。
そして一時的にその支えを失った男は、つくしが9年間どうしているのか調べなかった。

「釣りの話から反れちまったけど、とにかく、物事には真剣に取り組んどかねぇと、足元を掬われる羽目になる」

複雑な感情の中に見え隠れするのは、後悔と言う言葉。
あり得たかもしれない未来を失ってしまった後悔のはずだ。


そして朝食が終ろうとした頃、NYからお電話でございますと言われ、そんな電話が掛かってくるのは仕方がないことだと二人は頷きあっていた。だが、司が戻って来たとき、一瞬この休暇は今日で終わりではないかと思ったが、それはどうやら杞憂だった。

「心配するな。何でもねぇから。定時連絡みてぇなものだ」

副社長ともなると、休暇中とは言え、全く何の連絡も取らないといったことにはならないのは当然だ。司もそのことは理解していた。


そして司の口から語られた懐かしい人の名前。

「つくし、お袋がおまえに会いたいって言ってるんだがどうする?」






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コメント
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dot 2017.08.25 07:26 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
司が釣り!そうなんです。
大人になりビジネスで釣りをする司がいました(笑)
ビジネスでは思慮深いと思いますが、つくしのことになると、そうではない、そんな男です(笑)

そして楓さんから会いたいという知らせが。
二人の気持ちが通じているといいですねぇ。
何があっても司が傍にいてくれる。愛する人が傍にいる幸せをかみしめているつくしですね?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.25 23:14 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.08.26 00:49 | 編集
pi**mix様
同じページばかりぼんやりと眺めているつくし。
瞳に映る文字も、写真も意識の中にはない、そんな状況ですねぇ。
色々なことが頭の中を巡っていたことでしょう^^
離れていた9年があったとしても、言葉がなく目で交わし合う気持といったものも、そこはつくしと司。
頷き合い、互いの想いは通じたようです。
楓さんから会いたいと言われ、会いに行きました。
最後の後押し女神となったような気がします(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.26 21:15 | 編集
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