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2017
08.24

時の撚り糸 24

愛という言葉を初めて語ってから長い年月が過ぎたが、かけがえのない人はあれから変わることはなかった。
互いの昨日までは、今日から同じだと思いたい。
そしてもう一度ひとつの未来へ向かって歩いて欲しい。
これから先の運命に痛みが伴うとしても、二人が一緒なら乗り越えられるはずだ。

自分を責めることはよせと言った。
過去は鮮やかであることもあるが、産まれなかった赤ん坊のことは、こうして話しをしたことが供養となり、二人で忘れることがないようにすればいいはずだ。話しをするなとは決して言わない。言えるはずがない。話したくなればいつでも話せばいい。あの時、言えなかった言葉は幾らでも聞いてやるから。








司は目を開けた。
やわらげた照明が壁に掛けられた絵を照らしている様子が、彼が眠っている場所からでもぼんやりと確認することが出来た。
思わず時計を探したが、休暇中だということに探すことを止め、時間を気にすることを止めた。

目覚めた場所が船の中で、自分が裸で主寝室のベッドに寝ていることは分かっていた。
そして昨夜はつくしと9年ぶりに愛し合ったということも。だが隣に寝ているはずの女がいない。その時、どこかで物音がした。司はその音がした方向に目を向けたが、物音がしたのがバスルームだと分かり安心した。

改めて思えばここは船の上だ。仮に逃げ出そうとしたところで逃げることなど出来るはずがないのだから、慌てる必要はないはずだ。
それにつくしも逃げるつもりなどないのだから、これから二人で先のことを決めればいいはずだ。

それでも、自分のこの腕の中からいつの間にかいなくなっている女に腹を立てていた。
いや。腹を立てるといった言葉は間違いだ。腹など立ててはない。ただ、この腕の中からその存在が失われてしまった時のことを思い出していた。互いの腕の中で眠りに落ちたのは遠い昔だった。だが、あれから失われた柔らかな温もりを他の誰かに求めたことはなかった。
彼女以外愛せるはずもなく、彼女以外欲しくはないのだから。

9年ぶりの愛の交歓は、最後の一線を越えた瞬間といったものが感じられた。
そんなものは、とっくの昔に超えたはずだが、それでも感じたのは、9年ぶりの彼女の身体が、長い間男を受け入れてこなかった抵抗といったものが感じられたからだ。
司にだけ許された行為は、やはり彼だけのものであり、誰のものでもなかったことに、雄としての喜びを感じていた。




司は肘を折り、手で頭を支えた。
そして、つくしの頭が乗せられていた枕をぼんやりと見ていた。

『赤ん坊はどっちに似てたんだろうな』

思わず口をついて出た言葉に、真っ直ぐ司を見つめる瞳から溢れ出した涙を見たとき、もし取り戻せるなら二人の赤ん坊を取り戻したいといった気持ちでいた。
だから司はそうするつもりでいた。
二人で新しい命を創造すればいいはずだ。
おまえのためなら何でもしてやるといった男が、今まで果たせなかった約束を履行しようとすることを嫌だとは言わないはずだ。

司は暫くベッドの上でこれから何をすべきが考えていた。
二人は次のステージへと進むべきだ。
それはもちろん結婚してくれということだ。見合いをしたといったが、つくしは他の男と寝ながらまた別の男と結婚を考えるような女ではないからだ。



数分後、バスルームの扉が開き、バスローブに身を包んだつくしが出て来た。
それは、胸元をきっちりと合わせベルトを締めた姿。
ベッドの端へ座った姿勢でつくしを見つめる司は、その姿に今更だろと言いたいが、昔もそうだったと懐かしく思い出していた。
元来性に対して奥手と言われたのだ。妙なことで恥ずかしがるのは仕方がない。だがその変わりのないところが、司にしてみれば嬉しかった。そんな女をまじまじと見つめていれば、彼女は恥ずかしそうに笑った。

そんなにじろじろ見ないで。
ベッドの中でそんな言葉を言われたが、見つめられずにはいられない。そして案の定、彼女の口から昨日と同じような言葉が漏れた。

「....あのね、そんなにじろじろ見ないでくれる?」

そして司は、やはり同じセリフを返していた。

「9年ぶりだってのにじろじろ見なくてどうすんだよ?」

それは勿論本音だが、からかうのが楽しいということもあった。
だがそのからかいの言葉に含まれるのは、愛おしいといった気持ち。
そして彼女のどんな仕草でも見ていたいといった思いがそうさせる。

「だって、そんなに見られたら落ち着かないでしょ?それになんだかそんなにじっと見つめられると_」

「ハダカにされてるみたいって言いたいんだろ?けどな、今更だろ?」


そうだ今更だ。つくしとて生娘ではないのだ。
だがだからと言って、司の目の前を裸で歩き回ることなどしたことはない。
そして、付き合っていた頃、司が部屋の中を裸で歩き回る姿が恥ずかしく、何か着るようにといつも言っていた。

「それに隠しているから見たくなるんだろ?堂々としてれば見たいなんて思わねぇはずだ」

と、いう言葉も昔から言い続けていたが、司はそのたび笑い、つくしの着衣を冗談交じりに脱がそうとしたこともあった。それは、彼女に触れたい、触れていたいといった意識が働いていたからだ。だが、そんな司はつくしが嫌がることを強制したことはない。
裸で寝ることが苦手という彼女のため、最上級のシルクで作らせたドレッシングガウンをプレゼントしていた。そしてあの頃の二人は、結婚の夢を語り未来を語っていた。




つくしは、しょうがないわね、といった顔をして司を見た。その様子に司は笑わずにはいられなかった。そしてそんなつくしに向かって司は口を開いた。

「つくし、これからのことについて話し合わないか?」

その表情は真剣で心からの問いかけだ。

「俺は9年前、いや13年前、手に入れたかったものが欲しい」

司はつくしの目をじっと見つめた。
二人が再会してからもう何度目か分らないが、彼女も9年前別れた時のことを考えている、そして13年前のことを考えていると感じた。
本来なら結婚していたはずの二人。昨日の夜抱き合ったことで、はっきりと口に出さなかったが、つくしも同じ気持ちでいることを知った。それなら二人が結婚することに異論はないはずだ。


「俺はおまえを幸せにしたい。おまえには誰よりも幸せになって欲しい。俺とおまえが幸せのスタートを切るのに時間がかかっちまったけど、今からでも遅くはないはずだ」

司は、つくしの目を見つめ、彼女の心の奥を覗き込んでいた。
瞳を見れば、人間の感情の殆どを読み取ることが出来ると言われている。揺れ動く黒い瞳は、司の言葉を真剣に聞いていると感じられた。

「なあ。俺たち結婚しようぜ。約束してから随分と時間が流れちまったが、今も昔と変わらないほどお前を求めてる。....お前はどうなんだ?」

司は出来るだけ平静な物言いで、しかし率直に自分の気持ちを話し、沈黙が流れる中、応えを待った。そして、もし否定的な言葉が返されるなら、それを覆すつもりでいた。




つくしは胸がつまり、目頭が熱くなっていた。
それは、司と別れ、お腹の中に赤ん坊がいると分かったとき、ひとりぼっちでも産むと決めてはいたが、傍にいて欲しいと思っていた人からの心からの言葉だからだ。

「本当にあたしでもいいの?あたしはもう若くはないわ。こ、子供だって産めるかどうか分からないのよ?」

赤ちゃんを失ったとき、親として産んであげることが出来ず、自分の存在意義といったものが失われたような気になっていた。子供を産み育てることだけが人生ではないと分かっているが、それでも自分のお腹に宿った我が子を抱きたかった。
今のつくしの感情は大きな波に翻弄される小船のようにゆらゆらと揺れていた。言葉を探しているわけではないが、自分の口から滑り出るのはイエスなのかノーなのか。

「いいか。根本はそういった問題じゃねぇだろ?勿論子供は出来れば嬉しいにこしたことはない。けど子供は授かりものだ。それよりも俺は先ずお前が俺の傍にいてくれることが重要だ。二人が一緒にいることが大切だ。そう思わねぇか?今でも互いが互いを必要としているはずだ。そうだろ?...それに俺はこう思う。赤ん坊は、あの子にとってはあの時は産まれるべき時期じゃなかったんじゃないかってな」

最後に語られた言葉が本心ではなく慰めの言葉であることは、昨日の彼の態度からも分かるが、どこかひたむきな瞳といったものがあるなら、それは今の司の瞳ではないだろうか。
この瞬間を生きろ。欲しいものがあれば掴み取れといった表情は、俺の手を取れと言っていた。だがその瞳がフッと緩み、柔らかいものに変わった。たぐいまれなハンサムな男の微笑みは、どんな女でも虜にするはずだが、司がつくし以外の前でほほ笑んだことなどない。

「いつまでもグダグダ言ってねぇで俺の手を取れ。俺がおまえを幸せにしてやる。いや幸せにさせてくれ」

肝心なところでいつも優柔不断になるのは、昔も今も変わらないのだが、つくしは息を吸い込み、決意したような表情に変わった。

「本当にいいの?今のあたし達はあの頃と違うのよ?特にあんたは昔以上に責任のある立場よ?二人が生きている人生はあの頃とは違うはずよ?それに後継者だって必要になるはず。でも、あたしは、あたしが_」

司にはつくしが抱えていた哀しみが伝わってきた。
司も分け合ったあの哀しみが。


二人は互いの目を見ていたが、司がゆっくりと言い聞かせるように言った二人が一緒にいることが大切だの意味は通じたはずだ。そしてそれよりも少し優しく言葉を継いだ。

「お前は、お前のままでいればそれでいい。それともお前は他の誰かになりたいのか?そうじゃねぇだろ?昔も言ったが、お前はありのままのお前でいてくれたらそれでいい」

意地を張るのを止めた少女は大人になり、夢をみたはずだ。
だがその想いは叶えられず、ひとり哀しみの涙を流す日を迎えさせてしまっていた。
だが今はその涙を分け合ったはずだ。

「....あたしでいいの?」 

少し離れた場所に立つ女は、我慢強さばかりが目立つこともあったが、司は17歳のとき、そんなつくしに気が変になるほど惚れたのだ。そしてその想いは今も変わらない。

「本当にあたしでいいの?」

繰り返された言葉は涙ぐんでいたが、過去の痛みを抱きしめたようですすり泣いたその声に司はベッドから立ち上がった。

「ああ。いいに決まってんだろ?おまえの他に誰がいる?」

そして、13年前望んだが、叶えることが出来なかった想いが遂げられる瞬間を実感するように司は腕を伸ばし、つくしをきつく抱きしめた。






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コメント
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dot 2017.08.24 07:33 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
プロポーズ、受け入れました。
船の上ですので、どこにも行くことができませんが目覚めたとき一瞬不安を感じた司。
どんなに年齢がいっても、二人が一緒に過ごすことが大切ですね?
そして穏やかに過ぎている休暇です。

雷注意報発令中ですか?(笑)
夏休みの宿題。大丈夫です、週末に期待しましょう!(笑)
きっと終わらせてくれるはずです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.24 22:52 | 編集
H*様
おはようございます^^
やっと二人が一緒にいることが出来るようになりそうです。
>幸せになってね・・
幸せの扉は開かれているはずです。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.08.24 23:17 | 編集
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dot 2017.08.25 00:24 | 編集
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dot 2017.08.25 00:53 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
9年の時を経て、やっと幸せを掴みました。
え?カリブベビー(笑)それは神様のみ知りうることでしょねぇ(笑)

そして、マ**チ様が気になっているつくしのお見合い相手!
つくしが正式に断ろうとしたが、彼は忽然と姿を消していた!それは黒い司が・・・(≧▽≦)
話が混ざっても楽しそうですね?もしかすると劇場公開はあるのでしょうか?
そして、つくしに他の男と経験した痕跡を感じたら、この司も黒くなる‼(笑)
怖すぎます!

本日金曜日。ハナキンです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.25 22:43 | 編集
pi**mix様
つくし、着地出来そうです。
司は哀しみを分かち合いながら、つくしの心に寄り添うことを決めた男です。
はい。船の中でしたので、逃げることは出来ません。
そして、つくしも端からそんなつもりはありませんでしたので、ご安心下さい^^
ありのままのつくしで司の胸に飛び込めば、そんなつくしを抱きしめてくれる司がいます。
司の休日はまだ半分ありますが、なのどうなるのでしょうねぇ。
そうなんです、アカシアを休ませない司がいます。
「おい、早くアイツと一緒にさせろ!」といった感じです(笑)
はい、無理しないようにしたいと思います。ご心配いただき、有難うございます^^
そして、コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.25 22:55 | 編集
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