2017
08.08

時の撚り糸 17

『高校時代に戻っておまえの心を取り戻す』

つくしは、はじめての出会いを思い出していた。
それはまるで20年前に戻った司を見たような気がしていた。
その眼差しに込められる思いが濃密すぎ、言葉を返すことが出来ずにいた。
そして再び司とのキスの味を知ってしまえば、もう後戻りが出来なくなるような気がしていた。

自分を取り巻く環境から、あえて正反対の方へ進んでいった高校生の頃。
恋をしたが素直ではなかった自分がいた。
そして、今のつくしは、彼の愛に絡め取られることを望んでいるのか、そうでないのか。
反芻すればするほど分からなくなっていた。


「_ったくおまえの優柔不断さは変わんねぇな」

司に言わせれば、つくしの言う『どうしたらいいのかわからない』と言った言葉は、まさに自分で決断することが出来ないと言っているのと同じだ。
だからこそ、二人の関係を蘇らせることが目的の司にすれば、彼女の気持ちが固まるまで時間をかけたいとは思わなかった。

「土壇場まで行っても決断出来ねぇのは今更だが、いいか?人生ってのは永遠に続くわけじゃねぇだろ?所詮人生は短い。後悔することもある。けど人間の寿命なんてたかが80年くらいのものだ。俺たちのくらいの年齢になれば迷ってる時間の方が勿体ないはずだ」

今はそう思う司だが、かつて人生などどうでもいいと思っていた頃があった。
いつ死のうが、財閥がどうなろうが関係ないといった態度を取っていた。だがつくしに出会ってから人生が変わった。彼女のため、人としての生き方を変えた。彼女と生きることに特別の意味があった。だから再び彼女と人生を過ごしたいと望んでいた。そして、迷っている暇があるなら共に過ごして欲しいといった思いがある。

「・・俺の父親もおまえの両親も80まで生きることはなかった・・それを思えば人生ってのは、ある人間には長いかもしれないが、ある人間には短い。俺もおまえもあとどのくらいの人生があるかそんなことは不透明だ。それを考えたら一分一秒も無駄に出来ねぇだろ。だから俺は全身全霊でおまえと向き合いたい」

あの頃と変わらない男がそこにいる。
熱い想いでつくしに向かってきた男が。
揺るぐことのない確信ともいえる言葉は、固い決意が感じられた。







数分後。
別荘を出た二人は車に乗り、港へと向かっていた。
待っていたのは、大型クルーザー。
かつて熱海の海で乗ったもの以上に洗練されたデザインと大きさだ。
司は船長に出航の合図を送り、つくしに言った。

「懐かしいだろ?こうやって二人だけで船に乗るなんて、滋に拉致された時以来だ」

高校生の頃、滋によって大河原家所有の無人島に、船で連れて行かれたことがあった。
あの頃の二人は、付き合ってはいたが、まだどこかぎこちなさがあった。だが二人が拉致され連れていかれた島での出来事が、二人の絆を深めた。しかしあの後、司は暴漢に刺され彼女の記憶だけを失ってしまう事態に陥った。そんな遠い昔を思い出させるような船旅を、これからしようというのだろうか?

やがてクルーザーが港を出ると、セントクロイ島の街並がゆっくりと後ろへ流れていく。
そして目の前に開けた海面は朝の光りを浴び、きらきらと輝いていた。
船がスピードを上げると、陸地は遠ざかり街並は小さくなった。

「おまえ、覚えてるか?あん時、何にもねぇ無人島で食いモン探してるとき、引き潮で打ち上げられた魚を見て、俺に素手で取ったのかって聞いたんだぜ?で、俺がなんて言ったが覚えてるか?熊じゃねーんだから素手で取れるかってな。おまえ、昨日テラスにいた俺を熊かと思ったって言ったよな?南の島に熊が出るなんて考え、あの頃からずっと変わってねぇってことか?」

司は、どこか懐かしそうに言ったがつくしの反応は無かった。

「どうした?不安なのか?船に乗ったからってまた俺が刺されておまえの記憶を失うなんてことにはならねぇから心配するな」

だが船にいい思い出のないつくしにしてみれば、遠い昔のことが思い出されていた。
そんなつくしのどこか不安そうな瞳を感じたのか、司は船内を案内すると言い彼女をエスコートした。

「ねぇ・・これからどこに行くか、今後の予定について聞いてないんだけど」

ここまでくると、成り行きに任せるしかないつくしは、とりあえず聞いた。

「これから行くのはアメリカ領ヴァージン諸島の首都があるセントトーマス島だ。今日はあの島を観光することにした。本当は別荘のある島の観光をするかと考えたんだが、これから先天気が崩れる予報が出てる。そうなると流石に嵐ん中、わざわざ航海しようなんて思わねぇだろ?だから先にセントトーマスに行くことにした。それともアレか?またあの時みてぇに嵐の中の船旅でも再現するか?」

不敵な笑みを浮かべた司は、つくしが成り行きに任せたとはいえ、この旅を受け入れたことに満足した。そして二人の視線が絡み合ったとき、同じことを考えていると感じた。

あのとき、二人は嵐の中を航行する船にいた。
それは本物の嵐だったが、彼女の心も嵐の中にあった。そして二人の恋も、嵐の中にあった。
それは、司もわかっていた。二人が共に手をとった時、愛は決して許されないものだったのだから。たかが17、8歳の少年と少女の真剣な恋。嬉しいような苦しいような感情に囚われ、運命的な流れを感じた恋。あの日、数時間前まで鍋を食べていた二人には、一秒、一秒が大切な時間だった。なぜならあの日を最後に、司はNYへ向かうことになっていたからだ。二人にしてみれば最後の晩餐とも言えた鍋だった。

そして今、こうして黙ったままの二人の間に流れる時間は、あの時と同じ時間。
一秒一秒の時間の経過と沈黙が、あの日の光景を思い出させていた。
そしてあの日、島で二人が経験した思いは、互いを深く愛する思い。感じたのは、決して離れたくないという思いだ。




つくしは司に連れられ、船内の様子を見て回ったが、豪華なクルーザーは、普段はここから1770キロほど離れたフロリダ州のマイアミにあるという。1770キロと言えば、東京から沖縄の船旅の距離とほぼ同じだ。そして所要時間が約50時間だというのだから、このクルーザーは遅くとも2日前には、マイアミを出航していたことになる。そうなると、やはりこの旅は、つくしがNYに到着する前から計画されていたことになる。

船内の見学を終えたつくしは、船長に話しがあるといって操舵室へ行った司と別れデッキへと戻った。そして手すりのそばに行き、海を眺めていた。
そして滋の言った言葉を考えていた。
心を開放しなきゃ。素直になりなさい。どちらの言葉も昔からよく言われてきた言葉だ。
自分の心に正直でいるべき。自分の心に背いては駄目。分かっているつもりでも今のつくしには、何をどう司に話せばいいのか分からなかった。

『言いたいことがあれば言え』

まるでつくしの心の中を見透かしたように言うその言葉。
確かに伝えたいことはあるが、言葉の順序を考えた方がいいのだろうか。それともありのままに伝えた方がいいのだろうか。

海風がワンピースの裾をそよがせ、懐かしい香りが漂った。
その香りはいとも簡単につくしの意識を占領する懐かしい香り。

「コーヒーでも飲むか?用意させるぞ?」

司が傍にやって来て尋ねた。

「・・うんうん・・今はいいわ・・食事のとき2杯飲んだから」

「・・そうか。もし欲しいものがあるんなら遠慮なく言ってくれ」

司は手すりに腕を乗せ、海を見つめた。

つくしは隣に立った司に視線を向けた。

「綺麗な海ね。はじめて来たけど、いい所ね?」

「そうだろ?俺も滅多に来ねぇけど、いい所だ」




つくしは黙っていた。司もそれ以上口を開こうとはしなかった。
それから二人は暫く無言で海を見ながら、太陽と風を感じていた。
果てしなく続く海はどこまでも青く、そして穏やかだ。
その中で司は気付いていた。つくしが何かを考えていることを。
そして言葉を選んでいることを。

それは、自分に伝えたい言葉であると分かっていた。






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コメント
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dot 2017.08.08 09:23 | 編集
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dot 2017.08.08 23:53 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
優柔不断は昔から(笑)
思っていることを素直に話せばいいのですが、どうも口が重いようです。
大人になると、色々と考えてしまいますからねぇ。
マイアミからの船。恐らく滋からつくしが来るの。と聞かされ直ぐ手配したのでしょう(笑)
昔を振り返りつつ、前進していってくれればいいのですが、つくしちゃん、何を考え思っているのか・・。

台風は速度が遅いこともあり、被害が出ている地域もありますね。
災害は、いつどこで起こるか分からない昨今です。
日頃の準備といったものも大切だと感じられますね。
いざという時、どう行動すべきか。家族で決めておくことも必要ですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.08 23:59 | 編集
pi**mix様
いつも思うのですが、タイトルが聞いたことがあるような・・
本日のは解散された某グループの曲ですよね?あれ?違いました?(笑)
船といえば、熱海かあの事件です。
そして大人のアラフォーなら将来のことを考えるのは当然です。
これから先の人生をどう生きるか。老後のこととか、親の介護とか(笑)
諸々のことがあると思います。
はい。地理歴史得意でした(笑)
>航海を後悔せず楽しむ
ナイスです!坊ちゃん、後悔しない航海にして下さい(笑)
とは言え、島は近いですからね(笑)
そして、つくしちゃん、何を考えているのか・・言葉を選んで探してます。
何か司に伝えたいことがあるんですね?海を見ながら考えているようですよ?^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.09 00:23 | 編集
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