2017
08.07

時の撚り糸 16

司は、今朝テラスでつくしと一緒に食事を取るつもりでいた。
だがそれはNYからの1本の電話に阻まれた。急遽取った休暇にそういった電話がかかることは、分かり切ったことだ。何しろ今まで休暇など取ったことがなく、仕事に全神経を傾けてきた男の突然の行動が、社内を混乱させたことは間違いないのだから。

だが今はあの頃のように会社に何かが起きるといったことはない。それにもし何かあったとしても、己の手で立て直す自信がある。その自信をつけたのは、この9年間だった。
それに、この機会を逃せば、彼女は見合い相手と結婚してしまうはずだ。だからこそ、この機会を逃さないと自分に誓うことにした。

その為には、つくしの考えを受け入れはするが、ただそれだけではないということを心に決めた。

そして、ひとつだけはっきりとしたことがある。
まさにこれはわくわくするほど望ましいチャンス。カリブの島でつくしに寄り添うように過ごすことにしたが、なにしろ10日間しかない。そしてそのうちの1日は終わった。あと9日間が終れば、またあの灰色の街へ戻らなければならない。だが一人で戻るつもりはない。

近くにいさえすれば、彼女を感じ、見つめることが出来る。若い頃は短慮と言われた司だったが今は違う。考えることなく行動に移すといったことは、なくなったはずだ。だが思わず口づけていた。




いきなり口づけをされ不意を突かれたのはつくしだ。
それは9年ぶりの口づけ。
昔の恋人とキスをするといったことが、衝撃的かと問われれば、そうだと答えるはずだ。
そして、その衝撃度合いを示せと言われれば、なんと答えればいいのか。
大きな手が両側から頬を包み、上向かせた形で降りて来た唇は、躊躇いなど感じさせない深く求めるような口づけ。それは恋人が愛しい人の全てを欲しがるような口づけだ。

司が結婚していた頃、付き合い始めた二人の関係に戸惑っていたつくしは、彼の口づけを受け入れることに躊躇っていた。それは罪悪感を覚え、自分自身を納得させることが出来なかったからだ。だが司はそんなつくしに躊躇うことなく口づけを繰り返した。そしてつくしも、それがいつの間にか当然のことと受け止めていた。

つくしは今この瞬間どうすればいいのか分からなかった。それでも頬を包む大きな両手に手を添え離そうとした。しかし、司は引かなかった。むしろつくしの手が添えられたことで、益々強く彼女の顔を引き寄せた。
息をしなさいと自分に言い聞かせてみても、大きな手に頬を包まれ、しっかりと唇を合わせてきた司に頭が混乱していた。
やがて、長々と続いた口づけは終わり、司がクシャリと彼女の髪をひと撫でした。
そして身を引くと、じっとつくしを見つめていた。

暫くぼんやりとしていたつくしが口を開いたのは、たった今キスをして来た男が得意そうに笑みを浮かべたからだ。だが言葉が出なかった。
笑みを浮かべたその顔に、何か言い返そうとするが、長々と続いた行為に頭が混乱し、息をするのを忘れていた。そして今は呼吸を繰り返すのが精一杯で言葉に詰まったままだ。

その態度に、司はつくしが文句を言いたくても言えない状態だと思うと、頬が緩み、眉が片方上がった。

「牧野。言いたいことがあるなら言えよ?」

そうは言ったが、司にしてみれば、つくしが何を言おうが、何を考えていようが関係なかった。彼女のペースに合わせると言ってはみたが、もし本当に彼女のペースに合わせれば、二人の関係が進展するとは思えないからだ。


そのとき、一陣の風が吹き、司が撫でた髪がつくしの顔に纏わりついた。
たった今口づけた唇にその髪が掛かると、彼女は右手で払い、耳に掛け、気は確かかといわんばかりに大きく見ひいた瞳で司を見返していた。

「い、いきなりなにするのよ!」

キスの不意打ちから完全には立ち直ってないが、言葉ははっきりとしていた。だが、詰まりながらで動揺が隠せないようだ。

「いきなりか?けどキスしたかったからキスした。何しろ9年ぶりだろ?おまえとのキスは」

「あ、あんた昨日あたしに何て言った?あたしのペースでいいから、自分とのことを考えろって言ったわよね?それなのに言ってることとやってることが全然違うじゃない!」

突然のキスも熱く見つめる視線も想定していないはずがない。
たとえ二人の間に9年という年月があったとしても、互いの性格は知り尽くしているはずだ。何しろ、二人は結婚を約束した恋人同士だったのだから。

「ああ、そのことか?確かにおまえのペースでいいって言った。・・けど言い忘れたようだ」

「な、何を言い忘れたっていうのよ?」

「俺は紳士でいることを止めた」

その言葉にぽかんとした顔をしたのはつくしだ。
「はあ?」

「聞こえただろ?おまえの前では紳士でいるのを止めたんだ。それにな。滋に言われた。不良中年になれってな」

司の言葉を、日本語の文法の間違い探しをするようにかみ砕いている様子が見て取れた。

「俺が言った意味は文字通りだ。何も難しく考える必要なんてねぇだろ?」

かつて日本語が不自由だと言われた男は、いまでは英語を母国語のように話すことが出来た。そんな男だからこそ、日本語がおかしいのではないかと思うつくしは、不良中年という言葉の意味を推し量っていた。

「牧野。何もそんなに考えることねぇぞ?俺が高校時代不良だったかって言われれば、それは広い意味でそうだったはずだ」

確かにそうだ。
制服があっても着ることはなく、授業に出席することもなく、やりたい放題の学生時代だった。だがそれが許されたのは、道明寺司という名前の男だったからだ。

「俺はもう一度あの頃に戻っておまえの心を取り戻すって決めた」

今、司を見つめるつくしの顔はとても平静とは言えず、いったい何と答えようかと言葉を探す様子が見て取れた。

知り合った頃は、鼻っ柱の強い女だと思った。
そんなところも司が好きになったところだったが、それから付き合いを深めていくにつれ、それだけの女ではないことを知った。初めから順風満帆とは言えなかった二人の交際も、年月を重ね大人になれば、彼女の中にある繊細さといったものを知った。
そうだ。彼女は繊細な部分を持ち合わせていた。

この9年で彼女は別れた頃より、自分を隠す術を知っている。
戸惑う心で上手な返事を探すのは年を取った証拠かもしれない。
相手の気持ちを推し量ろうとすることもあの頃より上手くなったとすれば、それも年をとった証拠。つまり、あの頃よりも自分の心を隠すことが上手くなったということだ。

だが、つくしが司のキスを無視できるわけがなかった。

言葉を蘇らせたい。
心に溜め込んで来た思いがあるなら、それを言葉にして欲しい。
心の奥にあるものを吐き出して欲しい。
そうすることが、二人の人生の新しいスタートとなるはずだ。
そして、二人が残してきた哀しみといったものがあったとすれば、それを取り除いてやることが自分の役目だと司は思っていた。





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コメント
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dot 2017.08.07 07:31 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
話をするのは、つくしのペースで。
でも行動は自分のペースで(笑)
そんな司は紳士ではありませんね?不良中年することに決めているようです。
まだまだ聞きたいことはあります。でも相手はなかなか話したがらない。
そんなつくしちゃんです。
大人の愛でしっかり包んで欲しいものですね?

迷走台風は日本列島縦断中ですね?
ご心配いただき、ありがとうございます。
幸い問題はなさそうです。
司×**OVE様もお気をつけてお過ごし下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.07 22:25 | 編集
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dot 2017.08.07 23:58 | 編集
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dot 2017.08.08 00:40 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
脱紳士宣言!(笑)そして一気に御曹司モード(笑)
確かにそうなると、つくしにドン引きされますね?
はい。こちらの司は御曹司になる予定はありません(笑)
司のキスで気持ちが揺らぐつくし。
大人の二人の恋はどうなんでしょうねぇ?
台風列島縦断中ですね?はい。気を付けます。
・・ボルト、有終の美は飾れませんでしたね?残念です!
そして月曜から夜更かしです!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.08 00:41 | 編集
pi**mix様
台風日本列島縦断ですね。
海には間に合いませんでしたね?あと一歩及ばず・・残念!
司、つくしの事となると人間味が感じられますよねぇ。
残り時間は9日。そうなんです。どうやって糸を元に戻すのか。
彼女の気持ちに寄り添ってあげて下さい。
女性の話を聞いてあげることは大切ですよ、司。
学校にそのようなものが!いいですね(笑)
司にもカウントダウン票を作ってあげましょうか?(笑)
そして不良中年の俺様はキスをする(笑)9年ぶりのつくしの唇を堪能したことでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.08 01:03 | 編集
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