2017
08.02

時の撚り糸 13

多くの男女の再会は、ぎこちなさや自己防御があるのが当たり前だ。
恋人同士だったなら尚更で、昔の自分とは違う、といった意識を前面に出して振る舞う。
年を重ねた分だけ大人になったといった態度を見せるのは、全ての男と女に共通する。
だから牧野つくしのぎこちなさは当然だと言える。

いずれにしても、こうした再会は、時間が経てば何らかの懐かしさといったものに取って代わるようになる。それが、互いの立場が大きく異なるとしても、自分の目で相手が置かれた状況を確認したいと思うはずだ。

『二人は昔、恋人同士だった』

それは事実だが、過去形で語られることが、すでに風化した恋と思うならそれは違うはずだ。
少なくとも司の中では、風化などしてはいない。もし仮にそうだとしても、彼女とやり直す自信はある。

結婚の約束をした二人が別れてしまったのは、20代後半。本来なら結婚していた年齢。
だが別れる前の4年は、彼女に辛い思いをさせたことは理解しているつもりだ。
あの4年が二人の人としての価値を下げたと考えたことはない。不運に見舞われただけだ。
そうはいっても、彼女はそうは考えなかったはずだ。


二人の再会は、つくしが別れを切り出してから9年。
こうして二人が食事をするのも9年ぶり。
運ばれて来たロブスターのスープに口をつけた女は、出されるものは、いつも美味そうに食べていた。そんな女に゛食べ盛り″と言ったが、確かに今の彼女は食べ盛りではない。
だからと言って食欲がないということではないようだ。スープに続く料理が出される前、焼き立てのロールパンを手に取って半分に割り、バターを塗り、口に運ぶ様子を見れば、食欲は十分あると感じられた。

「牧野。パンのおかわりなら幾らでもあるが、あんまり食うと腹が膨れるぞ?」

半分皿に残されていたパンへ手を伸ばしたつくしは、司の言葉に伸ばした手を止めた。
ジェットの中で出される予定だった昼食は、つくしが寝入っていたことで出されなかった。
司は気持ちよさそうに眠る彼女を起こさなかった。起こそうと思えば起せたが、久しぶりに見た寝顔が愛おしく感じられ、起こすことが躊躇われた。そして眠る女の頬に唇を寄せていた。

「・・朝食べたきりだからお腹が空いてるのよ」

つくしは手を伸ばすとワイングラスを手に取った。
よく冷えたシャルドネは喉を潤す程度飲むのが一般的で、がぶ飲みするものではない。
それなのに、目の前の女はまるで水を飲むようにグラスを傾けた。

「牧野。水のグラスはそれじゃねぇぞ?」

「わ、分かってるわよ!」

そうは言ったが間違えているはずだ。
本当は水を飲むつもりだが、何故か手にしていたのは、水の隣に置かれていたワイングラス。

「おまえ、本当に分かってるのか?いつだったか飲みすぎた女に吐かれたことがあったが、あれはいつの話だ?」

ニヤッと笑って言った司に、つくが顔をしかめた。

「あのね、道明寺・・いつまでもあの話をしないでくれる?」

「なんだよ?あの話って?最近俺も歳のせいか、物忘れが酷くなったかよく覚えてねぇんだ」

司は分かっていて聞いた。
それは20年も前の話だ。藤堂静の誕生日パーティーで飲みすぎたつくしが、彼の胸元へ吐いた時のことだ。

「とにかく、あたしはもう子供じゃないんだから、ワインの一杯くらいであんなことにならないから!」

「そうか。おまえがそう言うならそうなんだろうな」

司はそうか、としか言えない自分の立場を知った。確かにあれから9年。酒に弱かった女も飲めるようになったのかもしれない。司の知らないつくしの9年という歳月は、いったいどんな歳月だったのか。離婚が成立しないかぎり、会えないと思っていた。だからつくしの近況は、滋に言われるまで知ろうとはしなかった。知ったところで、何になる?彼女の方から別れて欲しいと言われれば、もうそれ以上傍にいることが許されなかったのだから。


やがて次の料理が運ばれてきたが、カリブ海にいるからといって奇をてらったような現地の料理は出さなかった。カリブらしく新鮮な野菜や果物、魚介を使ったものだが、フレンチスタイルで調理され、魚料理はロブスターを使い、肉料理はフィレ肉を使っていた。
出された料理に目が輝いたのは、気のせいではないはずだ。
腹が膨れれば、気分的に満たされた気持ちになるが、彼女もいつもそうだった。司も目の前でつくしが美味そうに味わう姿を見れば、それだけで満たされた気分になれた。
懐かしい思い出はいくらでもあり、9年ぶりの再会は、昔ばなしから始めようと思ったが、話したいことより訊きたいことの方が多いのが実情だ。

「・・牧野」

「・・?・・なに?」

「おまえの両親は亡くなったって聞いた」

滋から聞いた限りだが、両親は二人とも病気で亡くなったと知った。
30代も後半になれば、親世代が病で亡くなるといった話しも耳に入ってくるようになり、珍しいことではない。
司の父親は、彼が20代の頃に亡くなっていたが、親というものは、自分より先に亡くなるものだと理解しているが、それでも親の死というものを受け入れることは簡単ではない。
特に牧野家のように仲の良かった家族なら、なおさらのはずだ。

「・・うん。・・父が6年前・・それから2年後には母が亡くなったわ」

つくしは、フォークとナイフを皿に置き静に口を開いた。

「父は急性大動脈解離で倒れて1週間で亡くなったわ。元々血圧が高かったから・・でも本当に急だったの。肩が痛いって言ってたから肩こりじゃないのって話しをしてたんだけど、それが前兆だったみたい。・・それから母は心筋梗塞だったの。台所で倒れてね・・」

「そうか・・。大変だったな」

どちらの病気も突発的な病気だ。父親の急性大動脈解離は、前兆といえる症状はほとんどなく、発症すれば短期間のうちに死亡すると言われている。助かるには、生きているうちに治療が可能な施設に到着することだ。そして母親も、口ぶりから感じられたのは、あっという間の出来事だったに違いないということだ。

真新しい別れではないが、2年の間に相次いで親を亡くすといったことは、さぞ辛かったことだろう。もし、自分が傍にいてやれたら、その悲しみを別け合えたはずだ。
だが当時は戸籍上の妻がいた身。彼女の傍にいることが相応しい人間ではなかった。
それでも傍にいてやれなかったことが悔やまれた。
そして、長女であるつくしは、責任感の塊のような人間だ。喪主が弟だとしても、彼女が全てを取り仕切ったはずだ。

「・・牧野。おまえはたいした人間だ」

司は考えるより先に言葉を継いだ。

「おまえは牧野家の大黒柱だったもんな」

その言葉に、つくしの顔には疑問の色が浮かんだが、大きな瞳は暫く司を見つめていた。

「・・道明寺のお母様は・・お元気なの?」

自分の親の話が出れば、おのずと相手の親のことが話題に上る。
二人の仲を認めていた楓は、今も社長として道明寺HDのトップの座にいた。
高校時代、つくしの存在を認めようとしなかった司の母親も、息子である司が、人として変わったのは、つくしがいるから、つくしが彼の生きる力となっていることを知り、二人の仲を認めていた。

「おふくろか?ああ、今も元気でやってるぜ。今回のことだけどな、俺が急に休暇を取るなんて言ったら、なんて言ったと思う?牧野さんでしょ、だとよ。ババァは・・いやおふくろは、おまえのことをずっと気にしてた」

気付いていたはずの二人の道ならぬ関係。
だが二人の仲を認めていた楓にすれば、会社のため、息子を犠牲にしなければならなかったことを悔やんでいたと聞いた。その罪の償いではないだろうが、二人の関係に口を挟むことはなかった。

そのとき、すっと伏せられたつくしの視線に、司は胸が引き裂かれる思いがした。
彼女は、二人の付き合いと結婚を認めてもらえた時のことを思い出したのだ。まさに艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越え、やっと認められた二人の結婚だった。

牧野つくしは今、何を考えているのか。彼女は、大きな黒い瞳の奥でいったい何を考えているのか。
司は、自分の知らない彼女の9年間のことを、もっと聞かせて欲しいと思った。

「牧野。俺はおまえのことをもっと知りたい。俺と別れたあとの9年間のことを」






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昨日は、沢山の拍手とお祝いコメントを有難うございました。
お返事は順次書かせていただきますので、少々お待ち下さいませ(低頭)
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コメント
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dot 2017.08.02 07:26 | 編集
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dot 2017.08.02 23:08 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
大人になった二人の再会。カリブの別荘での二人。
いい年ですから大人としての話が出来ると思います。
それにつくしちゃん逃げようがありません。何しろ海外、そしてカリブ海の島ですから逃げられません(笑)じっくり話をしてもらいましょう!
そして二人、結婚していたかもしれない昔を思い返していることでしょう。
運命は二人に9年間という時間を与えてしまいました。
人生が大きく変化する年齢でもあるので、司の人生は会社に取られていた人生かもしれませんが、つくしちゃんはどうだったのでしょうね?

最近は、あちこちでゲリラ雷雨が発生していますねぇ。
年中折り畳み傘(晴雨兼用)を持ち歩いていますが、大雨が降ると役立ちません。
雨が下から降って来ますよね?靴もびしょびしょです。本当に日本の夏は熱帯のように変化して来たように感じられます。昔は、夏は夕立・・その後は少し気温が下がり涼しくなるといった気候でしたが、今は蒸し暑い夜が続くばかりになりました。
司×**OVE様もお忙しいと思いますが、お身体ご自愛くださいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.03 21:19 | 編集
pi**mix様
美味しそうな食事を前に、つくしちゃんお腹を空かせていますから思わずパンに手が伸びました(笑)
司と別れ、そして両親が亡くなり、一人の時間が増えたと思います。
すると考える時間も増えたということですね?
彼女のことですから、ひとりで色々と頑張ったことでしょう。その点は司もよく理解していますね?なんといっても長女気質のつくしちゃんですから。
そんな彼女の弱さを知るのは司だけ。今からでも辛かった・・と甘えていけばいいのに、出来ないんですよねぇ(笑)
人を愛せる勇気、司と別れてから誰ともお付き合いはしていませんが、勇気が出るのか出ないのか。別れを決めたとき、彼のためだと思う気持と、自分も辛いといった気持ちもあり、複雑でしょうねぇ。
さあ大人の司はどうするんでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.03 21:22 | 編集
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dot 2017.08.04 01:08 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
静かに大人の時間が流れるお話です。(今のところ)
そうですねぇ、つくしは両親が亡くなり、弟は結婚し、ひとりになってしまいましたので、今では寂しさに慣れてしまっているかもしれません。つくしに夫がいたら?そうです!鯉のエサになっていることでしょう!

そして、なんとダーク椿さん!!(゚Д゚)ノ
どうしましょう!道明寺邸は恐怖のお邸と化しているような気がします。
え?そんなお邸にしたのはアカシア?(笑)
椿さんの恋人は・・その後、どうなったんでしょうか?やはりタマさんと西田さんの手で・・・ああ怖い!
「おかあさま~」息子は恋人そっくり・・細胞を同化させた。つまりDNAを何かしたんでしょうか?
つくしも司もひと言も喋ってない(笑)庭を散歩している後ろ姿だけなんですね?
でもあの二人はお付き合いしているんでしょうか?え?アカシアが聞くな?
司は誰にも邪魔させない・・そうです、つくしに手を出すと鯉のエサですからね?
アカシアの頭の中にある道明寺邸の大きな池には恐怖が宿ってます。
それにしても道明寺家の皆さんはダークですね?
いいお話でした!最高です!!(≧▽≦)
いつもながら素敵なお話有難うございます!!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.04 21:39 | 編集
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