2017
07.31

時の撚り糸 11

『俺はおまえとやり直したい。俺はおまえを思い出にしたくない』

そんな言葉で始まった奇妙な休暇。

2階建ての別荘からは白い砂浜と海が見え、潮の香りを感じることが出来た。
強い陽射しを浴びた海面は眩しいほどの輝きを放ち、風は吹いているが波は穏やかだ。
目の前に広がる海はただひたすら青く、広く、水平線は真っ直ぐで遮るものは何もない。



つくしは、NYにいる大河原滋を訪ねて来たはずだった。
だが今はこうしてカリブ海の島にある司の別荘にいた。
まさか海辺で過ごすことになるとは思いもしなかっただけに、荷物の中に、南の島で過ごすに適した服は、持ち合わせてはなかった。だがそんな心配をする必要がないのが、司のような男のライフスタイルだ。いつどこに身体ひとつで行ったとしても、クローゼットの中には、当然のように洋服が揃えてある。

そして、つくしの洋服がクローゼットにずらりと揃えられているのは、やはりこの旅は、初めから滋に仕組まれていたものだったと改めて納得した。
つくしも司や滋との付き合いから、ここに揃えられている洋服が、かなり値の張るものだということを知っている。なぜなら、目の前に並ぶのは、5番街に店を構える超一流と言われるブランドのものばかりだからだ。


その中から手にした一着が、果たして海辺で過ごすカジュアルなスタイルと言っていいのか疑問が残るところだが、ノースリーブのアイスブルーのワンピースはブランドもので、サンダルも帽子も同じブランドの名前が記されていた。

氷河が溶けたような水の色とされるアイスブルーは、見ているだけで涼しげな雰囲気があった。クールな色は、爽やかな大人の印象を与えるが、どこか甘さも感じさせた。だがこの色は、色の白い人間でなければ、着こなすことは出来ない透明感を感じさせる色。

このチョイスは間違いなく司のものだと感じていた。
子供の頃から常に最上の物を身に纏ってきた男はセンスがいい。それは環境がそうさせたのか、それとも生まれ持ったものなのか。それはおそらく後者。そして、元恋人であるつくしには、何が似合うかを知り尽くしていた。

9年も全く連絡を取ることのなかった二人が、これから10日間同じ屋根の下で夜を明かすことになるとは思いもしなかった。
だが、NYを訪れると決めたとき、心のどこかで望んでいたのかもしれない。
彼と会うことを。


正直、彼に会ってみたいと思った。
と、同時に怖かったのも事実だ。滋を訪ねたはずの今回の旅は、NYという街にも、彼にも未練はないはずだと自分自身に言い聞かせるためだった。

つくしは、明朗闊達とまでは言わないが、朗らかで明るい少女だった。
だが、感情的なことを考えれば、そうではない。細かいことをうじうじと考えてしまうことがある。それは高校時代、彼のことが好きだった頃からそうだった。

そんなつくしが見合いをしたのは、叔母の勧めもあったが、彼と別れたことへの、気持ちの整理が出来たと思ったからだ。そして、9年前に人を愛するということを止めてしまったが、それでも、また人を愛することが出来るか確かめたかったこともあった。
だが、見合い相手に、かつて心が感じていた人を愛するといった気持ちを持つことはなく、胸が熱くなるといったことはなかった。



別にひとりでいることが悪いとは思わなかった。
それでもふと思うことがあった。

人恋しいと。

彼が恋しいと。



さよならを告げたとき、彼には、道明寺家には、正式な妻から生まれる子供が必要だと思った。

だが、別れて暫くして自分自身に問いかけてみた。
すると、別れた理由はそれだけではないということが分かった。
ひとりでいることが、苦になることはなかったが、それはああいった関係に陥る前の自分がいたからだ。
当時、NYと東京での遠距離恋愛は既に7年にも及んでいて、その距離に、時間に慣れてしまった状況があった。そしてその延長ともいえる状況でのああいった関係だったのだから、ひとりでも耐えることが出来た。
それなら何が別れることを決めた要因だったのか。
それは、二人が会い、それから彼が部屋を後にするたび、再びこの場所へ戻ってくることが無いのではないかといった思いだ。
つくしが、あのとき向き合っていたのは、自分の心にある不安と孤独感だ。

決してそんなことはない。愛されていると分かっていた。
彼の愛に偽りを感じたことはなかった。それでも夜が明け、去っていく後ろ姿を見つめ、ひとり部屋に残され、空の彼方へと去っていく姿を思えば、愛された余韻が消えて行くような気がした。そしてひとり残されることが耐えられなくなっていた。

会えば嬉しかった。
会える日を指折り数えるが、待ち遠しささえ楽しく思えた。だが会えばその感情も消える。
そして、離れる日は辛く、離れてしまった後は苦い後悔に襲われていた。
それは、彼を愛するということは、誰かを傷つけるということだ。
それが例え政略結婚をした相手だとしても、つくしが知らない人間だとしても、罪の意識は常にあった。

不倫という二人の関係が始まった頃、確実な未来が欲しいと望んだことはない。
それでも時間が経てば、感情が錯綜するようになっていた。
これでいいのだ。このままでいいという自分もいたが、もう一人の自分は、今のままでいいはずがない。と呟いていた。



9年間、意識するなという方が無理だった。
彼と別れ、暫くその別れを引きずった。
だが、そのうち彼のいない日常生活が当たり前のように思えるようになっていた。
その時は自覚がなかったが、心というものは、気付かないうちに色んなものを溜め込んで行く。つくしの場合、それはもう誰も愛せないのではないかといった思い。見合いをして、改めてそれを実感した。

確かに、若い頃は気丈だと言われた。それでも、人は年を重ねていけば変わることもある。
9年という歳月を隔て再会した元恋人は、まだ私のことを好きだと言った。
あれから気持ちは変わっていないと言った。
だが、37歳になったつくしは、長い歳月を経て再会した元恋人に対して臆病さといったものがある。


素直に差し出された手を掴んでもいいのだろうか。

手放してしまった恋をまたこの手に掴んでもいいのだろうか。

遠い日々の想い出をもう一度蘇らせてもいいのだろうか。

心が揺れていた。






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コメント
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dot 2017.07.31 07:24 | 編集
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dot 2017.07.31 12:07 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
そうなんです。不毛な関係になってしまった4年間が一番孤独であり、不安に襲われていました。
恋人同士だった7年は、寂しさはあっても不安といったものは、あまりなかったと思います。
お見合い相手には心がときめきません。それでも流されてデートは重ねていた。
司じゃなきゃダメなんですよねぇ。
それに気づいているのですが、彼の手を取ることを、躊躇う、戸惑う。
なにしろ9年ぶりの再会ですからねぇ。

御曹司(笑)1話完結ですので、やはり纏めるのが大変なんです(笑)
御曹司、何を妄想するのでしょうね(笑)
一応御曹司の意見も聞いてみたい・・と思っています。嗜好はどっち?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.31 22:29 | 編集
さと**ん様
>嬉しさの後に必ず襲ってくる孤独感・・
そうなんです。シャツを着る背中を見るたび、そして部屋の扉が閉まるたび、回数を重ねるほど心の中に溜め込む何か・・。
4年間は不安と孤独感を抱えていたと思います。それは恐らく漠然とした不安感です。
嬉しいことも哀しいことも、あったと思います。でも分かち合えない辛さがありますね。
会いたい人であっても会えない人ですから。
そして、再会したつくしが、司の言葉にいまひとつ反応が薄いのは、やはり再び一人になることへの怖さもあるのでしょうねぇ。
人の心は複雑です。女心は複雑です。
そんなつくしの心を司は受け止めて欲しいものです。
10日で足りるか?(笑)司頑張れです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.31 22:47 | 編集
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dot 2017.07.31 23:33 | 編集
pi**mix様
揺れる心のつくしちゃん。心が揺れるのは司の前だけ。そして揺らしているのは、いつも司。
禁断の恋に走ったのも相手が司だから。
そんな司が自由の身になって迎えに来た。素直に抱きしめてもらいなさい!と言いたいですよね?

え?禁断の恋愛中の二人?過去のひとときですか?
甘いような、切ないような二人?えっ!苦しい二人ですか?
Mが大きくなったpi**mix様!
う~ん・・まだ書いている途中なので、なんとも言えないといいますか・・(笑)
う~ん、う~ん(笑)笑って誤魔化すアカシアです。
( ..)φ一応メモしておきますね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.08.01 22:23 | 編集
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