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2017
07.29

時の撚り糸 9

恋人の間にルールがあるとすれば、それが今の二人に適用されるのだろうか?
大騒ぎすることなく、大河原滋に背中を押され、ジェットに乗った女は、いったいどんな気持ちでこの旅を受け入れたのか。司は、つくしがこの旅を受け入れたことに安堵していた。

彼女の前にいる男の全ては、彼女のものであると知って欲しい。
不安は何もないと、誰も二人の間に立ち入る者はいないと、はっきりと伝えたい思いがある。
そして、決しておまえを離さないと伝えたい。






にやにや笑いをする友人に送り出されたのは、「アメリカのパラダイス」と呼ばれるカリブ海に浮かぶ、アメリカ領ヴァージン諸島のひとつであるセントクロイ島。
その島は、西側半分がアメリカの保護領であり、アメリカ最東端の場所。そして東側半分はイギリス領。NYからは、プライベートジェットで4時間足らずで到着する。

真っ青な空と、ターコイズブルーの海と白い砂浜。
それは息を呑むほど美しい景色。
海と空の境は、はっきりと見分けがつき、水平線は青く真っ直ぐな場所。

その場所をバカンスの場所として選んだのは司だ。
大河原滋からつくしの身は司に預けるから、と言われ、その島にある彼名義の別荘に連れて行こうとしていた。

その島に別荘を買うことに決めたのは、パーティーで出会った経済学者で、ノーベル経済学賞を受賞している人物が、その島の素晴らしさを話していたこともあったが、アメリカの最東端といった場所が気に入ったからだ。

だが実際には殆ど利用したことがない。なぜなら滋が言った通り、仕事に邁進していた男が休暇を取ることはなかったからだ。だがこれから10日間は、彼女とその別荘で過ごすことに決めた。

司にとって時間は大切なものだが、今はそれ以上に牧野つくしとの関係を結び直すことの方が大切だった。毎日予定がびっしりと詰まってはいたが、今の世の中、世界のどの場所にいても、仕事をすることは可能だ。そして、つい最近大きな案件をまとめたばかりの男は、彼女の訪米を期に休暇を取ることにした。それは、長い間取ることの無かった魂の休暇。
そして彼女の愛を取り戻すための時間。

思い出ではなく、彼女が欲しい。



そんな男にどこか不審そうに眼を向ける女は、急遽取ることにした休暇のため、書類にサインをする男を気にしながら雑誌を読んでいた。
そして、サインを終えた司が少し離れた席に座るつくしを見たとき、彼女は眠っていた。

その顔は、10代の頃とも20代の頃とも違う、司が初めて見る大人の女の寝顔。
そんな女は、昔からどこでも簡単に眠りにつくことが出来たが、その習慣は今でも変わってはいないようだ。そして、30代の彼女の寝顔に、越えて来た人生の一端を見ることはなく、どうやら時の経過は、彼女には緩やかだったようだ。

「相変らずどこでも簡単に寝る癖は変わってねぇな・・」

思い出すたび愛おしく感じるのは、やはり彼女を愛しているから。
そのとき司は、彼女に強いてしまった4年間を思い起こし、胸が痛むのを感じた。
20代の彼女は、司が彼女を欲したばかりに、心苦しい思いをさせてしまっていた。
そして、まだ少女の頃出会った彼女は、制服姿がよく似合う明るい少女。
万華鏡のようにくるくると変わる表情は、見ていても飽きることはなく、むしろ、次にどんな顔を見せるのかと、楽しんだことがあった。そして、次から次へと移り変わる表情をずっと見ていたいと、わざと怒らせたこともあった。

そんな少女は、道理が立たないことは受け入れることを拒み、立ち向かう少女だった。司も彼女のそんな姿を好きになっていた。司とて己の信じた正義といったものに重きを置いていた男だ。だが、そんな司は、滋の言葉を借りれば、社会に対するルール違反と言われるようなことを彼女にさせていた。

淋しい思いをさせたと思っている。
だが、これからは、そんな思いをさせるつもりはない。
この9年間、決して忘れたことはない。忘れはしなかった。

「・・牧野。俺はおまえのことを1日たりとも忘れたことはねぇ・・」

司はつくしの黒髪にそっと手を触れた。
短くなってはいても、豊かな髪はあの頃と変わらず艶やかだ。
今は閉じられているが、黒く大きな瞳は、あの頃と同じように澄んでいた。
その姿は、司の記憶の中にある牧野つくしと同じだった。
だが、何かどこかが違う。
だとすればそれはいったい何なのか?
それを知りたい。
滋は何も言わなかったが、大きな瞳の奥に見え隠れするものはいったい何なのか?
それが、見合いをした相手に対する思いだとは思えなかった。


遠いあの日の彼女の声が耳に甦った。
『あたしがあんたを幸せにしてあげる』
結婚を強いられた最初の4年間、確かに彼女が幸せにしてくれた。
だからこそ、これからは俺が彼女を幸せにしてやる。
そしてそれは他の人間になど出来ないはずだ。


普段、ジェットの後方にあるベッドルームを寝る為に使うことはないが、着替えをするため利用することがあった。司は、寝ている女にブランケットを掛け、ベッドルームへ向かい、着ていたデザイナーズブランドのスーツと革の靴を脱ぎ、シルクのネクタイとシャツを脱ぎ捨て、カジュアルな服装へと着替えた。


牧野つくしは、二人の再会に戸惑っている。
大河原滋は、今でも彼女は俺を愛していると言った。もしそれが本当なら、素直に受け入れて欲しい。だが、そう簡単に行かないのが、彼女の性分だ。
見合い相手を気遣っていると言った滋の言葉があったが、彼女はその気なのだろうか?
彼女の思いは俺とは別の道を選択してしまったのか?
どちらにしても、その男が誰だろうが退散してもらう。


これから見る海の風景は、彼女の目にどう映るのか。
18歳の時、南の島のコテージで結ばれることなく過ごしたことがあった。
我儘だった少年が大人への道を踏み出したあの日。
そして愛を愛することを知ったあの日。

あの日から彼女を愛することを止めることが出来ない。
二人のこれまでの人生は平坦ではなかったが、もう一度彼女と一緒にひとつの未来へ向かう道を歩んで行きたい。
そして、これからの時間は、あの時以上に二人の心を向かい合わせたい。


司は客室に戻り、つくしを見た。
そしてまだ眠っている彼女に近づき、頬にそっと唇を寄せた。





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コメント
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dot 2017.07.29 10:10 | 編集
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dot 2017.07.29 21:56 | 編集
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dot 2017.07.29 21:59 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
いよいよ始まる二人だけの休暇。
この10日間でつくしちゃんの心を掴む事が出来るのでしょうか。
9年間を経た司は願いを叶えることが出来るのでしょうか。
司が感じるちょっとした違和感・・。年令を重ねましたので、人も変わる部分があるのでは?と思うのですが、流石坊っちゃん!
好きな女性のことには敏感ですね?(笑)
そう言えば「あの日、あの時」のときは、子供がいましたねぇ(笑)
南の島で過ごす二人だけの時間。有効活用してもらいたいものです。

アカシアの月末は、いつもこんなもの・・といった感じではあるのですが、この暑さで疲れ倍増かもしれません。
そんなこともあるのでしょうか、栄養ドリンクが美味しく感じる昨今です。(笑)
身体中に湿布を・・同じです(笑)
筋肉痛は痛みが出る前に手当てをと思っているので、重い物を持った後は、湿布を貼るように心がけています。
週末は、身体を休め、また週明けから頑張りましょう!!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.29 23:20 | 編集
さと**ん様
「乾いた風」再読ありがとうございます!
あれは昨年の夏でしたねぇ・・・1年ですか・・早いものですね?
はい。昨年もさと**ん様、泣いて下さいました。その節は有難うございました^^
類がラピスの指輪を離れないように糸で結んで海に投げ捨てました。
そして、二度と二人と会う事はない・・ということを理解しました。
幼馴染みであり、互いのよき理解者である司と類の心が通うシーンです。
名作と思って頂けて嬉しいです。そして、ひとつでも心に残るお話があったことが大変嬉しです。
御曹司じゃなくて良かった(*^^*)
不倫はいけない・・けど、司とつくしとなると、何故か応援したくなる。同じです(笑)
今回は滋が大活躍してくれましたが、ここから先は二人だけの世界。
カリブの島での二人。つくしは、司の気持ちに向き合えるのか。
司に頑張って頂きましょう!^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.29 23:36 | 編集
pi**mix様
つくしちゃん寝たんですよ(笑)
本当にどうして寝る?(笑)司が傍にいるのにどうして寝ることが出来るんでしょうね?後方にはベッドもあるのに勿体ない(笑)
え?隣で寝た事なく、ずーっと喋り続けてる・・素晴らしい!
アカシア平気で寝てます(笑)
司は、それでもつくしちゃんの可愛い寝顔が見れ、そしてほっぺも頂けたし、優しい時間が流れたことで、とりあえず満足?したのでしょうか(笑)
そしてカリブの島で二人の新しい思い出を・・と願うアカシアです。
さて、明日は日曜。「変態」と呼ばれたあの人なのか。「変」と呼ばれたアカシア、今夜も夜な夜な執筆中ですが、ナイショです。
それにしても、今年の夏も暑いですねぇ。pi**mix様もお身体ご自愛下さいませ(*^^*)
そして、略奪愛!書いてもいいんですか?ではノートにメモしておきます(笑) ( ..)φ
でも鯉にエサやる坊っちゃんにならないようにしなければいけませんね?|д゚)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.29 23:58 | 編集
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