2017
07.28

時の撚り糸 8

9年ぶりに再会した元恋人。
その女性を乗せた黒塗りのリムジンは、ドライバーの滑らかなハンドルさばきで車の列に割り込み、スピードを上げていった。

どこか不安そうな女と、そんな女とは対照的に、口の端に薄っすらと笑みを刻んだ男を乗せて。







司はつくしを探し5番街で車を走らせていた途中、ミッドダウンの花屋でバラを1ダース買い求めていた。それは、9年ぶりの再会を祝して。そして愛が戻ることを願って彼女に渡すために。だが贈られたバラは、彼女の手によってシートに座る二人の間に置かれていた。司は目を細め、憎々しい想いでバラの花を見た。

滋から彼女が見合いをしたと聞き、そして結婚するかもしれないと聞かされれば、心中穏やかとは言えなかった。そして、柔らかい革のシートに座った女は、隣に座る司の視線に戸惑った表情を浮かべていた。


その見合いにどんな経緯があったのか知らないが、30も半ば過ぎた女に親戚や周囲の人間が見合いを勧め、それを受けた女は恐らく押し切られるような形になっているはずだ。
昔からどこか優柔不断なところがあっただけに、周囲が勧めれば押し流される形で結婚まで行く可能性がある。それを阻止するのが司の役目だ。そして、二人の間にあった愛を再び手にすることが男の望み。笑顔の彼女の面影だけを追いかける日は、これ以上欲しくない。


18の頃、20年後の未来が見えるかと言われれば、見えると答えたはずだ。
だが、25のとき、未来が見えなくなり、彼女にも苦しい想いをさせた。
戸籍上の妻がいた男との間に夢をはぐくむ余地もなく、未来が見えない4年は損にこそなれ得になるはずもないと分かってはいたが、一度掴んだ手を放すことは容易ではなかった。
そんな二人は、4年の間、暗黙のルールがあったように、淋しいといった言葉は決して口にしなかった。もし、その言葉を口にすれば、二度と離れられなくなりそうだったから。


あれから9年経ったが、誰に負い目も遠慮もいらない関係に戻すのに、最初の4年も含め13年もかかっていた。だがこれから先の人生をどう使い、どう過ごそうと他人から非難されることはないと、彼女に分かってもらいたい。

そして、それを分かってもらうため、彼女の記憶を新たにしたい。
過去はどうでもいい。今からが二人の人生だ。
中途半端なことはしないと彼女に誓える。



つくしの顔を無言で見つめているばかりの司に、つくしは困惑の顔を向けた。

「・・道明寺・・・滋さんに頼まれたって言ったわよね?いったい何を頼まれたのよ?」

「滋か?行けばわかる」

9年ぶりの再会は、久しぶりとも元気だったとの挨拶もなく、いとも簡単にスタートした。
だが隣に座る女は、緊張した様子で膝の上に置かれた鞄の紐を握りしめていた。


二人の間に流れる奇妙な空気は、かつて恋人関係にあった男と女が持つ、精神的な繋がりが感じられた。それは誰もいない二人だけの部屋で過ごした9年前、互いが傍にいればそれでいいと願った頃と同じはずだ。たとえ多くのことが移り変わっていたとしても、遠ざかる記憶があっても、彼女の記憶だけは、消したくなかった。そんな思いが、二人にはまだ精神的な繋がりがある、二人の関係はまだ終わってはいないと思わせた。そうは言っても、やはり彼女は複雑な気持ちでいるはずだ。何しろひとり涙を流してから9年も経っているのだから。しかし、さし当たって今は、窓の外に視線をやり、黙り込んでしまった女を目的地まで運ぶことだけを考えることにした。





車が向かった先は、NYの隣、ハドソン川を挟んだニュージャージー州テターボロにあるプライベートジェット専用空港。空港に近づくと、ジェット機が次々と離陸し、飛んでいく姿が見えた。そして、ラウンジにいたのは大河原滋。

「滋さん!これ、どういうことなの?」

つくしは、今日の司との再会は、滋が仕組んだものだと確信していた。
そして酷く動揺していた。確かに会ってみたいといった思いが、なかったとは言えないが、心の準備といったものが必要だった。

「つくし!今日は本当にごめんね!ちょっと急用が出来ちゃって付き合えなくなっちゃたのよ」

だがそれが嘘であることは確実だ。
妙に明るく、そして楽しそうに放つ言葉はとても詫びているようには思えないからだ。
そして、当の本人もそれが嘘であることが、知られていると分かっているとばかり話しを継いだ。

「もうバレてると思うけど急用ってのは嘘。でもね、これはつくしの為なの。つくしを司に会わせたかったからなの。それはね、司ときちんと向き合って欲しいから。・・だってつくしは司のことが好きなんだから、見合い相手を気にするより、司の方を気にしなきゃだめじゃない!前にも言ったけど、つくしの運命の恋人は司なんだから!それからね、つくしが司の傍じゃないと幸せになれないのと同じで、この男も同じなのよ?」

滋はつくしの後方に立つ司に視線を向けた。

「滋。俺はこの男呼ばわりか?」

「いいから司は黙ってて!」

横から口を挟んだ男は一喝された。
そして、その口調には、どこか浮き立つような調子が感じられ、二人揃ったことがここぞとばかりで、自分が言わなければ他に誰が言うの?と言った調子で口を挟むことが出来そうにない。

「つくし、つくしは司といた時は幸せそうだったよ?・・でも別れてからは気が抜けたような生き方をしてた。司が結婚してた4年は社会に対するルール違反をしてるみたいに感じたかもしれないけど、それでもどこか幸せそうだった。それに今でも無関心じゃないし、忘れてもいないはずよ?それにもう誰にも遠慮はいらないし堂々と付き合えるのよ?司がたとえ国家的レベルの経済を動かすとしても、つくしの前ではただの男。それ以上でもそれ以下でもないの。だいだいねぇ、この男の高校時代のこと覚えてるでしょ?俺様で、野獣で、ストーカーだった男よ?今でこそこんな大人ぶってるけど、一皮剥けばあの頃と変わんないわよ?」

滋の言葉は、どちらの肩をもっているというものではない。
ただ滋が感じる想いが口にされるのだが、決して間違ったことは言ってないはずだ。
だから、司もつくしも滋の口から語られる懐かしい昔ばなしをただ黙って聞いていた。

「それにね、男と女ってのは、好きな者同士一緒にいなきゃダメになっちゃうのよ?いい例があんたたち二人。司なんかワーカホリックだし、ほんと働き過ぎよ!まあ会社が一時大変だったから仕方がないけど、ホントこの男、どこまで人の仕事横取りすれば気が済むのよ・・女っ気がないから仕事に邁進してんだろうけど、いい加減にして欲しいくらいよ?
それにつくし!あんたも同じじゃない?仕事、仕事で仕事人間だし、もう少し人生を楽しまなきゃ勿体ないでしょ?」

司とつくしを交互に見比べながら話す滋は目が輝いていた。
そして、滋の声には二人に対する愛情がたっぷり込められていた。

「あ~それにしてなんか久しぶりに高校時代に戻ったみたいに一席ぶったからスッキリした。それでねつくし、つくしの荷物ジェットに積み込んだから。・・ねえ司の方はもういんでしょ?」

「ああ。問題ねぇ。滋、色々と手間かけたな」

司はあっさりと答えた。

「うん、じゃあ、つくしのことよろしくね?ほら、つくし、何ぐずぐずしてんの!早く行きなさいよ!」

「い、行くってどこに?」

と、つくしは怪訝な顔で尋ねたが、滋の目に、いたずらっぽく探るような光りが宿った。
それを見たつくしは、嫌な予感がしていた。それは高校生の頃、滋の家の船で拉致されたとき見せた無邪気さを感じさせる表情。

「なに言ってんのよ。決まってるじゃない、つくしは今休暇中でしょ?それならやっぱり女同士じゃなくて、男と楽しまなきゃ!それにしてもいいわよね・・つくしは。こんなにいい男が旅に連れてってくれるなんてホント羨ましい。いい?つくし、あんたも司のことが今でも好きなんだから、暖かい所で凍りかけた愛を解凍しなきゃね?」





司はつくしから目を離さなかった。
そして、彼女がこの街へ来ると聞かされ、再び会える期待で胸の鼓動が速まった瞬間を思い出していた。
一度は愛し合えた二人なら、心が帰る場所は同じはずだと。





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コメント
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dot 2017.07.28 07:12 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
9年ぶりの再会に「久しぶり」といった言葉もない二人。
そんな二人の間には微妙な空気が流れます。
なかなか言葉に出来ない人間関係もありますからねぇ。
そして、いつも色々と考えるのは、つくしちゃん(笑)
滋さん、Good Job!
そうです。二人だけにしておくより、滋さんが間に入り、押してあげることが必要です。
え?押してあげるだけではダメ(笑)そうですよね、強引に行かなければ!
そして二人が向かうのは・・・
思い出に浸るのもいいですが、前に進まなければいけませんね?
そうです。頑張れ司です!(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.28 22:24 | 編集
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dot 2017.07.28 22:57 | 編集
pi**mix様
バラをダースで買った坊っちゃん。
そしてそれを受け取ってボーダーラインを作るつくし。
なかなか手強いですね(笑)そしてイケてる!(笑)
滋ちゃんは二人の恋の応援団長ですから、ズンズン押してます(笑)
さて、ここから先は、滋の目の届かない場所へ移動となります。
ここからは、司の力の見せ所となるか?
密会していた時間より、別れてしまった年月の方が苦しい・・。
それを知る滋は本当に二人のことを思ってくれていたんですね。
つくしちゃんも不良中年になって司の胸に飛び込んで・・と、上手い具合に行くことを祈りましょう^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.28 23:17 | 編集
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