今日の最高気温は30度を超えると言っていたが、暑い夏の眩しい光りが二人だけを照らしているように感じられた。そして、走る車のボンネットやフロントガラスに反射する光りまでも、二人を照らしているようだった。
9年振りの再会は、まるで誰かに演出されたように感じるのは、気のせいではないはずだ。それは、二人を知る滋の仕業であることは、想像するに難しくない。急用が出来たと言ってつくしをひとり送り出したのは、この再会を計画していたからだ。
立ち止まった二人を避けて歩く人々の視線は、背の高い男性が小柄な女性の手首を握った姿を訝しく思っているようだが、女性が嫌がっている素振りを見せないのだから、恋人同士のじゃれ合いとでも思っているはずだ。だがそうでないと判断されれば、親切な誰かが女性に対し聞いてくるはずだ。お困りではないですか?・・と。
そういった気遣いが出来るのが、援助精神が豊かな男性だが、この街には、そういった男性が多いのも事実だ。
つくしは、手首を握った司の大きな手を見下ろしていた。
この手はつくしの全てを知っている手、そして大好きだった手だ。この手を掴み、共に歩き始めるまで色々なことがあった。だが、自ら手放してしまったのは9年前。
閉ざされた扉の中だけが二人の世界だった4年間。
夜明けの足音が聞こえるたび、さよならをしなければならなかった。
それが辛かったこともあったが、道明寺という家には跡継ぎが必要だったはずだ。だから彼女は身を引いた。それ以来一度も会ってはいない。だが今、司は離婚をし、一人になっていた。だから迎えに来た。そして長い間待たせて悪かったなと言った。
「・・牧野・・」
しっかりと掴まれていた手首は、脈でもとるような優しさで掴み直されると、そんな司の手を見つめていたつくしは、呼びかけられ、ハッとして顔を上げ司を見た。
斜め45度下から見上げる女の顔に、司は思わずフッと頬を緩めた。
それは懐かしい角度。見下ろす先に見えるのは、懐かしい顔。二人が別れてから9年が経っていたが、短くなった黒い髪も、大きな黒曜石の瞳もそのままで、あの頃と何が変わっているかと問われても、分からなかった。そして童顔だといわれた女は、いまだに可愛らしい顔をしていた。
司はどうしても伝えたかった。
一分一秒でも早く伝えたかった。彼女のことを愛していると。
これまで無駄にしてしまった9年間を取り戻したいと、これまで人生で無駄にした多くの時間を、かけがえのない人と過ごしたかったと伝えたかった。
だが、ここでそんな話はしたくはない。
「牧野、車に乗ってくれ。滋が待ってる」
大勢の観光客で賑わう5番街の歩道で、会話が弾むはずがないのは分かっていた。
車に乗れと言ったのは、ひと目のある場所で話をするつもりなどなかったからだ。路肩にリムジンが止っていることが珍しくない街だが、それでも警官の目がある。そして、ひと目を気にしている訳ではないが、必要以上にこの場所に留まっていることが決していいことだとは思えないからだ。何しろ、司はNYのビジネスシーンに於いては、顔が知られている。
いくら海外とはいえ、この街は司にとってホームグラウンドだ。そしてここは5番街の高級店が立ち並ぶ場所だ。必要以上に顔を晒すことが得だとは考えてはいない。それに、司自身はよくても、彼女のことを考えれば、今は必要以上にひと前で話しを大きくしたくない。
「滋さんが?」
「ああ。おまえがこの辺りにいるって話しも滋から聞いた。でなきゃマンハッタンでそう簡単におまえを見つけることなんて出来ねぇだろ?」
司はなんとかつくしを車に乗せようとした。嫌だと言えば、さらってもと思うが、だが彼女は少し考えてはいたが、仕方なく頷き、車に乗ることを同意した。意外だった。だがこれが歳月というものだろう。二人とももう子供ではない。それに互いに性格はよく分かっていた。心の奥を見透かすわけではないが司という男が、イエスという言葉を聞くまで、あるいは相手が根負けするまで諦めはしないということを知っているからだ。それとも、彼女も何か話したいことがあるということか?
そんな男はつくしの手を握ったまま、道路の一車線を塞ぐように止めてある艶やかな黒のリムジンへと案内した。
「おまえ・・結婚する気か?俺以外の男と」
車に乗る直前の急な話題の転換につくしは言葉に詰まっていた。
そして一瞬何を言っているのかと思ったが、すぐ我に返っていた。
「えっ?」
見合いの話が伝わっているのは、滋が話しをしたに決まっている。
つくしにとって大切な友人は、道明寺司のことも大切な友人だと思っている。
血の気の多い男と、同じように血の気の多い女は、性別こそ違えど、よく似た性格の二人だ。そんな滋は、司に対しおかしな献身と言えるような態度を取る。
司の考えていることで、つくしには理解出来ないことでも、何故か滋は簡単に理解してしまうことがあった。
そして男女の友情が成り立つのかと言われれば、それはないと言われるのが普通だが、司と滋の友情は成り立っていた。
「悪いな、牧野。その結婚は無いと思え」
「・・?・・なに、いきなり・・なに言ってるのよ?」
そう答えたつくしは、身体を車の中に押し込められようとしていた。
「いいからとりあえず車に乗れ」
「で、でも・・あのね、道明寺・・」
大人しく頷いて車に乗ることを了承した女は、ここに来て抵抗しようとしていた。
「いいから乗れ。滋から頼まれたんだ。おまえを連れて来いってな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!滋さんに何を頼まれたのよ?あたしこれから_」
片手でショルダーバッグを押さえながら急に車に乗り込むことに抵抗し始めた女は、足を踏ん張っていた。司はつくしの抵抗など物ともせず、つくしの腰に腕をまわした。
その姿は、少し離れたところからなら、さっきまで手を握っていた男が、愛する女を車に押し付け、愛を囁いているように見えるはずだ。
「・・お、お土産を買おうと思ってたのよ・・・何かこの街の記念になるようなものを!」
進退きわまったと感じた女は思わず叫んでいた。
「誰に買うつもりだ?」
即座に返された男の言葉は、どんなものでも切り刻んでしまうナイフのように鋭く、断固とした口調だ。黒い柳眉は危険な曲線を描き、三白眼の瞳は冷たく射すくめるようにつくしを見た。そして薄い唇が緩くカーブを描くと、不遜な笑みを浮かべた。
「おまえをどこの馬の骨か知らねぇが、見合い相手と結婚なんぞさせねぇからな」

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9年振りの再会は、まるで誰かに演出されたように感じるのは、気のせいではないはずだ。それは、二人を知る滋の仕業であることは、想像するに難しくない。急用が出来たと言ってつくしをひとり送り出したのは、この再会を計画していたからだ。
立ち止まった二人を避けて歩く人々の視線は、背の高い男性が小柄な女性の手首を握った姿を訝しく思っているようだが、女性が嫌がっている素振りを見せないのだから、恋人同士のじゃれ合いとでも思っているはずだ。だがそうでないと判断されれば、親切な誰かが女性に対し聞いてくるはずだ。お困りではないですか?・・と。
そういった気遣いが出来るのが、援助精神が豊かな男性だが、この街には、そういった男性が多いのも事実だ。
つくしは、手首を握った司の大きな手を見下ろしていた。
この手はつくしの全てを知っている手、そして大好きだった手だ。この手を掴み、共に歩き始めるまで色々なことがあった。だが、自ら手放してしまったのは9年前。
閉ざされた扉の中だけが二人の世界だった4年間。
夜明けの足音が聞こえるたび、さよならをしなければならなかった。
それが辛かったこともあったが、道明寺という家には跡継ぎが必要だったはずだ。だから彼女は身を引いた。それ以来一度も会ってはいない。だが今、司は離婚をし、一人になっていた。だから迎えに来た。そして長い間待たせて悪かったなと言った。
「・・牧野・・」
しっかりと掴まれていた手首は、脈でもとるような優しさで掴み直されると、そんな司の手を見つめていたつくしは、呼びかけられ、ハッとして顔を上げ司を見た。
斜め45度下から見上げる女の顔に、司は思わずフッと頬を緩めた。
それは懐かしい角度。見下ろす先に見えるのは、懐かしい顔。二人が別れてから9年が経っていたが、短くなった黒い髪も、大きな黒曜石の瞳もそのままで、あの頃と何が変わっているかと問われても、分からなかった。そして童顔だといわれた女は、いまだに可愛らしい顔をしていた。
司はどうしても伝えたかった。
一分一秒でも早く伝えたかった。彼女のことを愛していると。
これまで無駄にしてしまった9年間を取り戻したいと、これまで人生で無駄にした多くの時間を、かけがえのない人と過ごしたかったと伝えたかった。
だが、ここでそんな話はしたくはない。
「牧野、車に乗ってくれ。滋が待ってる」
大勢の観光客で賑わう5番街の歩道で、会話が弾むはずがないのは分かっていた。
車に乗れと言ったのは、ひと目のある場所で話をするつもりなどなかったからだ。路肩にリムジンが止っていることが珍しくない街だが、それでも警官の目がある。そして、ひと目を気にしている訳ではないが、必要以上にこの場所に留まっていることが決していいことだとは思えないからだ。何しろ、司はNYのビジネスシーンに於いては、顔が知られている。
いくら海外とはいえ、この街は司にとってホームグラウンドだ。そしてここは5番街の高級店が立ち並ぶ場所だ。必要以上に顔を晒すことが得だとは考えてはいない。それに、司自身はよくても、彼女のことを考えれば、今は必要以上にひと前で話しを大きくしたくない。
「滋さんが?」
「ああ。おまえがこの辺りにいるって話しも滋から聞いた。でなきゃマンハッタンでそう簡単におまえを見つけることなんて出来ねぇだろ?」
司はなんとかつくしを車に乗せようとした。嫌だと言えば、さらってもと思うが、だが彼女は少し考えてはいたが、仕方なく頷き、車に乗ることを同意した。意外だった。だがこれが歳月というものだろう。二人とももう子供ではない。それに互いに性格はよく分かっていた。心の奥を見透かすわけではないが司という男が、イエスという言葉を聞くまで、あるいは相手が根負けするまで諦めはしないということを知っているからだ。それとも、彼女も何か話したいことがあるということか?
そんな男はつくしの手を握ったまま、道路の一車線を塞ぐように止めてある艶やかな黒のリムジンへと案内した。
「おまえ・・結婚する気か?俺以外の男と」
車に乗る直前の急な話題の転換につくしは言葉に詰まっていた。
そして一瞬何を言っているのかと思ったが、すぐ我に返っていた。
「えっ?」
見合いの話が伝わっているのは、滋が話しをしたに決まっている。
つくしにとって大切な友人は、道明寺司のことも大切な友人だと思っている。
血の気の多い男と、同じように血の気の多い女は、性別こそ違えど、よく似た性格の二人だ。そんな滋は、司に対しおかしな献身と言えるような態度を取る。
司の考えていることで、つくしには理解出来ないことでも、何故か滋は簡単に理解してしまうことがあった。
そして男女の友情が成り立つのかと言われれば、それはないと言われるのが普通だが、司と滋の友情は成り立っていた。
「悪いな、牧野。その結婚は無いと思え」
「・・?・・なに、いきなり・・なに言ってるのよ?」
そう答えたつくしは、身体を車の中に押し込められようとしていた。
「いいからとりあえず車に乗れ」
「で、でも・・あのね、道明寺・・」
大人しく頷いて車に乗ることを了承した女は、ここに来て抵抗しようとしていた。
「いいから乗れ。滋から頼まれたんだ。おまえを連れて来いってな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!滋さんに何を頼まれたのよ?あたしこれから_」
片手でショルダーバッグを押さえながら急に車に乗り込むことに抵抗し始めた女は、足を踏ん張っていた。司はつくしの抵抗など物ともせず、つくしの腰に腕をまわした。
その姿は、少し離れたところからなら、さっきまで手を握っていた男が、愛する女を車に押し付け、愛を囁いているように見えるはずだ。
「・・お、お土産を買おうと思ってたのよ・・・何かこの街の記念になるようなものを!」
進退きわまったと感じた女は思わず叫んでいた。
「誰に買うつもりだ?」
即座に返された男の言葉は、どんなものでも切り刻んでしまうナイフのように鋭く、断固とした口調だ。黒い柳眉は危険な曲線を描き、三白眼の瞳は冷たく射すくめるようにつくしを見た。そして薄い唇が緩くカーブを描くと、不遜な笑みを浮かべた。
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Comment:4
コメント
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司×**OVE様
おはようございます^^
つくしちゃん、車に乗ることを同意したはずなのに、拒む(笑)
突然目の前に司が現れたんですから、色々と動揺もするでしょうねぇ(笑)
司は今自由ですから、これからですね(笑)
大人になってますから、深く考えている部分もあるような気がします。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
つくしちゃん、車に乗ることを同意したはずなのに、拒む(笑)
突然目の前に司が現れたんですから、色々と動揺もするでしょうねぇ(笑)
司は今自由ですから、これからですね(笑)
大人になってますから、深く考えている部分もあるような気がします。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.28 00:24 | 編集

pi**mix様
なかなか乗車しません!
後ろの車の運転手になって「乗れ!」と言ったところで、二人からシンクロして言われる(笑)
車に乗って甘い感じ?(笑)え?それは・・・
いきなりは・・急ぎ過ぎです(笑)
滋ちゃん、恋の応援団長ですからね。旗ふって応援してます。
え?外野の不良中年グループの仲間入りなんですね?(笑)
つくしちゃん、素直じゃないので坊っちゃん大変です(笑)
コメント有難うございました^^
なかなか乗車しません!
後ろの車の運転手になって「乗れ!」と言ったところで、二人からシンクロして言われる(笑)
車に乗って甘い感じ?(笑)え?それは・・・
いきなりは・・急ぎ過ぎです(笑)
滋ちゃん、恋の応援団長ですからね。旗ふって応援してます。
え?外野の不良中年グループの仲間入りなんですね?(笑)
つくしちゃん、素直じゃないので坊っちゃん大変です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.28 00:31 | 編集
