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2015
10.02

キスミーエンジェル32

誰かが激しく何かを叩いている音がする。
そしてその音が静かになったかと思えば耳元で怒鳴る男の声が聞こえてきた。


「・・まきの・・牧野つくし、起きろ!」
「ど、道明寺? どうして?な、なんでここにいるの?」
つくしはわけが分からずに頭が混乱していた。そしてぼんやりと彼を見ていた。
「北村から連絡があった。おまえが怪我をして病院に運ばれたって・・」
「き、北村さんが?」
「そうだ」
「どうして北村さんが・・・」
つくしの自分自身が戸惑ったような口調に道明寺も困惑しているようだ。
「おまえの会社は今じゃうちの系列だぞ。社員が業務中に怪我をすれば労務管理に問題があるってことだろ?ま、そんなこんなで北村の耳に入り、俺に連絡があった」


そうなんだ・・・
つくしはまだぼんやりとした頭で思っていた。
「で、牧野おまえ昨日怪我をしてから今日までどうしてた?」
つくしは眉をひそめた。そして辺りを見回しはじめる。
「ど、どうしてたって・・・それより、あんたなんで私の部屋に入っているのよ!」

「マンションを管理会社ごと買い取った。だからここのオーナーは俺」
そういうと道明寺は管理会社から手に入れたスペアキーをかざして見せた。
そしてつくしと情熱を分かち合った時間を思い出すように彼は彼女の寝ているベッドを見おろしている。


牧野は耳を疑うような表情をして俺を見ている。
「それに俺はお前の婚約者だろ?」
俺は牧野に否定する間も与えずに喋り続ける。
「牧野、おまえは腕を縫われたばかりなんだぞ?そんな腕で何ができる?
それに気を失ったそうじゃないか。もっときちんと調べてもらえ」
「も、もう大丈夫だから。痛み止めももらったから・・。それから、ごめん。あんたの会社にまで迷惑をかけて・・これってやっぱり労災なの?」
今年になって島田コンサルタントには業務を起因とする事故は無かった。
その無事故記録に私が汚点をつけてしまった。
あの時、穴に落ちる寸前に道明寺の事を考えていたんだ・・・・
仕事中なのに気が緩んでいたとしか言いようがなかった。


「そうだな・・・ま、おまえの怪我が大したことがなくてよかった。
穴に落ちて気を失って腕を怪我してるなんて聞いた時はマジで驚いたけどよ。
心配しなくても休業補償はちゃんと出してやるからな。それにこのマンションのオーナーは俺なんだから家賃なんていらねぇぞ?」


つくしは布団の中から頭だけを出した状態で彼の話を聞いている。
「それよりも牧野、病院だ。気を失ったりしたんだからしっかり検査してもらえ。
あんな女医じゃ安心して任せられるかよ! それにだ、そんな腕なんだからたいしたことは出来ねえだろ?ここに置いておくわけにはいかない。入院するかうちの邸に来るかどっちかだな」

「大丈夫だから!ひとりで大丈夫だから!」
つくしはまるで道明寺に布団を剥がされるのを恐れるように左手だけでしっかりと襟元を掴んでいる。
「だめだ!今夜はこの部屋にひとりで置いておくわけにはいかない。牧野、どっちがいい?」


どっちも嫌なら俺がここに泊まるけどな。


俺としては邸に泊まらせたいがこいつのことだ。
なんだかんだと理由をつけてくるに違いない。だから妥協策として病院を提案してみた。
人間は選択肢がひとつしかない場合と違い代替案がある場合は必ずどちらかを選択してくる。
これは商売上のセオリーだからな。
物を売る場合でもまず高額のものから提案し、その後で多少なりとも価格の安いものを提示すればたいして安くもないがそちらになびくのが人間だ。

「牧野、うちへ来い。俺が面倒をみてやる」
こう言えば牧野は病院を選ぶはずだ。
牧野は黙って俺を見ている。

「・・・わかった・・病院にする」
つくしはぼんやりとした頭のまま答えていた。
「そうか・・・」

俺はゆっくりとした口調で言い残念そうな顔をしながらも内心ではほくそ笑んでいる。
なにせあそこはうちの病院だ。
俺にとっては融通がきくどころかなんでもありだ。
牧野が抜糸するまでの2週間、こいつの家はうちの病院だ。










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