司がNY本社ビルに戻ったとき、待ち構えていたのは、大河原滋だった。
滋が司の元を訪ねて来るのはいつも突然だ。彼女は司にとっては遠い昔、親が勝手に決めた結婚相手だった。だが二人が結婚することはなかった。
司は自分と似たタイプの滋と結婚することは出来ないが、友人の一人としてなら付き合うことが出来た。
まるで男のような名前を持つ女は、その名前が表すように男勝りの性格だ。
自分に正直で曲がったことは嫌い。善人ぶって嘘臭いことを言うこともなく、本音で話しをする女。そんな女だからこそ、司の傍にいても許されるということを、彼女も知っていた。
執務室の前で待ち構えていた女は、司に続いて部屋に入ると、開口一番言った。
「相変らずいい男よね?司は?」
昔からいつもその台詞を司に向かっていう女は、応接セットのソファーに深々と腰を下ろした。そして手にしていた鞄をソファーの上、身体の傍に置く。それからくつろいだ様子で司を見ていた。
その様子に司は呆れたように口を開く。
「滋。なんだよ?おまえは暇かもしれねぇが、俺は忙しいんだ。用があるならさっさと話して帰ってくれ」
滋の視線の先にいる男は、執務デスクにどかっと腰を下ろし、書類に目を通し始めていた。
「えーっ!司ひどい!なによ、その態度!それが友達に向かって言う言葉なの?あ、でも例の会社、司の物になったのよね?おめでとう!」
相変わらずハイテンションな女は嬉しそうに言った。
が、その声は滋とは対照的な司の低い声にかき消された。
「滋。誰からその話を聞いた?」
司は顔を上げ、滋を見た。
つい30分ほど前に纏まったばかりの話をする女は、やはりただの女ではない。
大河原財閥のご令嬢ではあるが、今では石油関連事業会社の役員を務める女は、髪型はショートカットで紺のビジネススーツに身を包み、赤い口紅を塗っていた。
「え?ああ。相手の会社の人から。だってあの会社、うちとも取引があるからさ、興味あったのよ。でも司のところが買ってくれたんだったら安心かも。それにうちの会社、あの会社の株持ってんのよ、だから司の所のグループに入ってくれたんならこの先も安泰でしょ?でも司のことだから、いつまでもそのままの形で持ってるとも思えないけど?いきなりってこともないだろうし、ね?」
冗談めかして言ったが、ビジネスはシビアだ。
滋は司が買収した会社をいつまでも同じ形で持っているとは考えていない。そしてどうするかは、彼の心の中では決まっていた。
「ああ。そうだ。だから忙しいんだ。おまえ、友達なら仕事の邪魔すんな。それからマジで用があるなら早く言ってくれ」
司は再び書類に目を通し始めた。
滋に初めて出会った頃、彼女の声が耳障りでしかなかった。だが、今はそうではないが、それでも仕事中に威勢の良い喋りを聞かされるのは勘弁して欲しいのが本音だ。
「え?ホント?話聞いてくれるの?なんだ司、今日は機嫌がいいんだ。やっぱりビジネスが成功すると嬉しいよね?じゃあ聞いてくれる?あたし今付き合ってる人と別れようと思うの。司も知ってるでしょ?あたしの彼氏。しかし、どうして別れようって言って泣くかな?ホント信じられない」
司は滋の話など聞いていなかった。
自分が男と別れるからといった話しを、わざわざ他の男に聞かせる女がどこにいるかと思っていた。だが、滋という女はそんな女だ。相手が男だろうが友人だと思えば、性別は関係ないといったところは昔からあった。
「あたしも今までパワフルな男ばっかりと付き合ってたでしょう?だから今度は少し違うタイプがいいかと思って選んだけど、やっぱり物足りないっていうの?司みたいなダイナミックさが足りないっていうか。ほらあたしって司のそのダイナミックでパワフルなところに惚れた過去があったじゃない?」
滋の行動の大半は、好奇心から端を発していることが殆どだが、司を好きになったのは、大財閥の跡取りにしては、気骨があったからだ。そして喧嘩上等といったワイルドな態度も彼女が司を好きになった一端。
「ねえ、司?聞いてる?」
滋は反応がない男に聞いた。
「・・滋。おまえ、自分の男の話をしに来たんなら帰れ。俺はおまえの別れる男の話なんぞ聞きたかねぇよ」
司は顔を上げることなく答えた。
「え~。そんなこと言わないでよ?あたしだって別に好き好んで別れようって思ってるわけじゃないの。でもなんだか彼といると、こっちが疲れるって言うの?どっちが女か男か分からなくなるのよ。やっぱり女だから守ってもらいたい事もあるじゃない?それがね、全然あたしの方が強いっていうの?それって男としてどうなのって思うこともあるのよ」
司は一人で喋る女をそのままにしていたが、滋の言葉の中に懐かしいフレーズを耳にしていた。
『女だから守ってもらいたい事がある』
意味は全く正反対で違うが、守ってもらわなきゃいけないような女じゃない。と言った言葉を思い出していた。
「・・それでね。実は司に渡したいものがあって送ろうかと思ったんだけど、やっぱり手渡した方がいいと思って持って来たの」
司は滋が手渡しした方がいいと言ったものに心辺りはなかったが、好奇心から聞いてみた。
「なんだ?書類ならわざわざおまえが持ってくる必要なんてねぇだろ?そういや大河原で中東の石油精製プラントの建設を請け負ったそうだが、大丈夫なのか?また昔みてぇに途中で頓挫したなんてことになったら大損だぞ?」
中東の政治情勢は複雑かつ不透明で、いつなんどき戦争が始まってもおかしくない。
事実、ある国では内戦状態が長く続き、そしてまたある国と国の間では宗教による対立が激しさを増していた。
「あはは。あれは日本企業が持ってた採掘利権を取り上げられたから、頓挫しちゃったわけで、今度は油田自体が相手国の持ち物だから大丈夫。それに日本のエンジニアリング技術は世界一だから、あっちとしてもうちのエンジニアリング会社に頼りたいわけよ。だから大丈夫。・・じゃなくて!司、話はそんなことじゃないのよ」
滋は身体に沿わすように置いていた鞄の中から封筒を取り出した。
それは薄いピンク色をした女らしさを感じさせる小さな封筒。
まさか今更ラブレターではないだろう。だがその小さな封筒の中にビジネス絡みの何かが入っているとは、とても考えられなかった。しかし、滋という女は何を考えているかよく分からない女だ。いったいその封筒の中身は何なのか?
「司。あたしが今日来たのは、仕事の話じゃないの。それに別れる男の話でもないの」
滋は封筒を手に司に近寄ると、デスクの上に置いた。
「はい司。それ開けて?」
執務デスクの真正面に立つ女は、にこやかな笑みを浮かべ言った。
そして開けるまでその場を動かないといった態度が見て取れた。
司は仕方なく手にしていた書類を置き、滋が置いた封筒を取り上げ開けた。
滋は司が封筒の中身を見てどんな表情をするのかと考えていた。
だが中から一枚の写真を取り出した男の表情に、さしたる変化は見られず、がっかりした。
「・・どうしたんだよ。この写真」
「うん。ちょっと整理してたら出てきたのよ。でも懐かしいでしょう?これ二人が高校生の頃の写真よね?ほら・・あんたんちで浴衣パーティーみたいなのしたことがあったじゃない?あの日、つくしがあたし達付き合ってますって堂々カップル宣言したあの日の写真よ?司は写真に撮られるのが嫌いだから、つくししか写ってないけど、ほら、この後姿は司だから。このくるくる頭。間違いなく司だから」
朝顔柄の浴衣を着た少女が何かしら照れ、恥ずかしそうにしているが、それでも笑顔を浮かべている写真。懐かしい彼女の顔がそこにあった。
「あたしとあんたが高3でつくしが高2だから・・もう何年前になる?・・20年前?なんかつくし凄く可愛いいよね?まあ、あたし達みんな若かったけどさ。でもって司は今もいい男だよ?」
滋は司の戸惑いをよそに話を継ぐ。
「それでね。この写真1枚しかなかったから、つくしにあげようと思ったんだけど、司にあげた方がいいかと思って」
「なんで・・俺に今更・・」
と、声に出し、写真を手にした司の指に力が入った。
そして心がざわめき、口腔内の乾きを感じ唾を呑み込んだ。
「司。離婚。成立したんだよね?・・それからつくし、あたしにだけは教えてくれた。司が結婚してからも・・暫く続いてたんでしょ?あんたのことだからそう簡単にはつくしのことを忘れることが出来ないってことは、分かってた。それにつくしも・・」
愛を継続させるための努力はした。
だが出来なかった。
彼女と付き合い始め、自分の人生を今までとは、全く違う角度から見ることをした。
そして、得たものは、彼女に愛されることによって未来といったものを考えるようになったということ。彼女と出会うことでそれまで自分にはなかったものを手にいれた。
それは人を愛する心。それを与えられ、高い望みにも挑戦していくことが出来た。だから4年間を一人、異国の地で過ごすことも出来た。そしてその4年が終わり、3年の付き合いが終る頃結婚するつもりだった。
だが名家と言われる家、もしくは莫大な財産を有する家の人間は、結婚をプライベートなことだとは考えない。結婚とは、名家がその地位を今以上に高めることを目的に、そして莫大な財産を有する家の人間は、今以上に財産を増やすために結婚といった手段をとる。
滋もそんな家に生まれた人間。彼女は一度結婚したが、離婚した。
莫大な道明寺家の財産と事業を相続するため教育されて来た司は、父親の他界と共に大きな船である財閥の舵取りを任されることになったが、一人の男の死は、思いのほか財閥にとってマイナス要素が大きかった。後継者を不安視することもだが、父親の死を契機に巨額損失を簿外債務といった、貸借対照表上に記載されない債務として処理をしていたことが発覚した。それは、損益を長期にわたって隠し続けた末に債務を粉飾決算で処理をしたということだ。
発覚後、株価は急落、上場廃止の瀬戸際に立たされることになったのは、言うまでもない。
そして司にも求められた政略結婚。
人間は好きなように生きるべき、といった言葉が許されなかったのが司の人生。
あの日、静かに頷いて別れを受け入れた彼女が身を引いたのは分かっている。
握りしめていた手をそっと解き、車から降りた彼女は、呼び止める声を振り払うように、地下鉄の階段を駆け下りていく姿があった。
恐らくあの時、泣いていたはずだ。あの時の後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった。
「司・・司はまだつくしのことが好き・・よね?そうでしょ?年を重ねたあんたはあの頃と違うかもしれないけど、まだ情熱の欠片っての・・あるんでしょ?まだつくしのこと好きなんでしょう?」
時間が止ればいいと思った頃があった。
形ばかりの結婚をしてからも、彼女と会うことを止めることが出来なかった。
もちろん彼女は躊躇した。そんなことするべきじゃないと。
だが、政略結婚といったものは、名目上の結婚であることが多いのが事実。司の中で彼女は日陰の女などではなかった。
NYと東京の距離を埋めたのは、手の中に収まる小さな機械。
25歳から4年間世間の目を避けながらの交際が続いた。
閉ざされたドアの向うで誰を気にすることなく会えた日。
夜明けが近づくと悲しげな表情を浮かべる彼女を抱きしめたまま離せなかったあの日。
愛して。
愛してる。
その言葉だけを口にして夜を過ごした日があった。
あの頃、身体の中を満たしていたのは彼女だった。
そして別れる時は、いつもその姿を瞳に焼き付けた。
彼女の心が苦しかったのは分かっていた。だがどうしても手放せなかった自分がいた。
だが4年経ったある日、いつまでもこんなことしてちゃダメよ。と言われ彼女は離れていった。
「・・司?・・司?ねえ聞いてる?」
「・・あ、ああ・・」
「思い出は欲しくないでしょう?欲しいのはつくしでしょう?」
思い出は欲しくない。
遠ざかる記憶があっても彼女のことだけは、忘れたくないし、奪い去って欲しくない。
牧野つくしのことは。
司は手にした写真を暫くじっと見つめていた。

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まるで男のような名前を持つ女は、その名前が表すように男勝りの性格だ。
自分に正直で曲がったことは嫌い。善人ぶって嘘臭いことを言うこともなく、本音で話しをする女。そんな女だからこそ、司の傍にいても許されるということを、彼女も知っていた。
執務室の前で待ち構えていた女は、司に続いて部屋に入ると、開口一番言った。
「相変らずいい男よね?司は?」
昔からいつもその台詞を司に向かっていう女は、応接セットのソファーに深々と腰を下ろした。そして手にしていた鞄をソファーの上、身体の傍に置く。それからくつろいだ様子で司を見ていた。
その様子に司は呆れたように口を開く。
「滋。なんだよ?おまえは暇かもしれねぇが、俺は忙しいんだ。用があるならさっさと話して帰ってくれ」
滋の視線の先にいる男は、執務デスクにどかっと腰を下ろし、書類に目を通し始めていた。
「えーっ!司ひどい!なによ、その態度!それが友達に向かって言う言葉なの?あ、でも例の会社、司の物になったのよね?おめでとう!」
相変わらずハイテンションな女は嬉しそうに言った。
が、その声は滋とは対照的な司の低い声にかき消された。
「滋。誰からその話を聞いた?」
司は顔を上げ、滋を見た。
つい30分ほど前に纏まったばかりの話をする女は、やはりただの女ではない。
大河原財閥のご令嬢ではあるが、今では石油関連事業会社の役員を務める女は、髪型はショートカットで紺のビジネススーツに身を包み、赤い口紅を塗っていた。
「え?ああ。相手の会社の人から。だってあの会社、うちとも取引があるからさ、興味あったのよ。でも司のところが買ってくれたんだったら安心かも。それにうちの会社、あの会社の株持ってんのよ、だから司の所のグループに入ってくれたんならこの先も安泰でしょ?でも司のことだから、いつまでもそのままの形で持ってるとも思えないけど?いきなりってこともないだろうし、ね?」
冗談めかして言ったが、ビジネスはシビアだ。
滋は司が買収した会社をいつまでも同じ形で持っているとは考えていない。そしてどうするかは、彼の心の中では決まっていた。
「ああ。そうだ。だから忙しいんだ。おまえ、友達なら仕事の邪魔すんな。それからマジで用があるなら早く言ってくれ」
司は再び書類に目を通し始めた。
滋に初めて出会った頃、彼女の声が耳障りでしかなかった。だが、今はそうではないが、それでも仕事中に威勢の良い喋りを聞かされるのは勘弁して欲しいのが本音だ。
「え?ホント?話聞いてくれるの?なんだ司、今日は機嫌がいいんだ。やっぱりビジネスが成功すると嬉しいよね?じゃあ聞いてくれる?あたし今付き合ってる人と別れようと思うの。司も知ってるでしょ?あたしの彼氏。しかし、どうして別れようって言って泣くかな?ホント信じられない」
司は滋の話など聞いていなかった。
自分が男と別れるからといった話しを、わざわざ他の男に聞かせる女がどこにいるかと思っていた。だが、滋という女はそんな女だ。相手が男だろうが友人だと思えば、性別は関係ないといったところは昔からあった。
「あたしも今までパワフルな男ばっかりと付き合ってたでしょう?だから今度は少し違うタイプがいいかと思って選んだけど、やっぱり物足りないっていうの?司みたいなダイナミックさが足りないっていうか。ほらあたしって司のそのダイナミックでパワフルなところに惚れた過去があったじゃない?」
滋の行動の大半は、好奇心から端を発していることが殆どだが、司を好きになったのは、大財閥の跡取りにしては、気骨があったからだ。そして喧嘩上等といったワイルドな態度も彼女が司を好きになった一端。
「ねえ、司?聞いてる?」
滋は反応がない男に聞いた。
「・・滋。おまえ、自分の男の話をしに来たんなら帰れ。俺はおまえの別れる男の話なんぞ聞きたかねぇよ」
司は顔を上げることなく答えた。
「え~。そんなこと言わないでよ?あたしだって別に好き好んで別れようって思ってるわけじゃないの。でもなんだか彼といると、こっちが疲れるって言うの?どっちが女か男か分からなくなるのよ。やっぱり女だから守ってもらいたい事もあるじゃない?それがね、全然あたしの方が強いっていうの?それって男としてどうなのって思うこともあるのよ」
司は一人で喋る女をそのままにしていたが、滋の言葉の中に懐かしいフレーズを耳にしていた。
『女だから守ってもらいたい事がある』
意味は全く正反対で違うが、守ってもらわなきゃいけないような女じゃない。と言った言葉を思い出していた。
「・・それでね。実は司に渡したいものがあって送ろうかと思ったんだけど、やっぱり手渡した方がいいと思って持って来たの」
司は滋が手渡しした方がいいと言ったものに心辺りはなかったが、好奇心から聞いてみた。
「なんだ?書類ならわざわざおまえが持ってくる必要なんてねぇだろ?そういや大河原で中東の石油精製プラントの建設を請け負ったそうだが、大丈夫なのか?また昔みてぇに途中で頓挫したなんてことになったら大損だぞ?」
中東の政治情勢は複雑かつ不透明で、いつなんどき戦争が始まってもおかしくない。
事実、ある国では内戦状態が長く続き、そしてまたある国と国の間では宗教による対立が激しさを増していた。
「あはは。あれは日本企業が持ってた採掘利権を取り上げられたから、頓挫しちゃったわけで、今度は油田自体が相手国の持ち物だから大丈夫。それに日本のエンジニアリング技術は世界一だから、あっちとしてもうちのエンジニアリング会社に頼りたいわけよ。だから大丈夫。・・じゃなくて!司、話はそんなことじゃないのよ」
滋は身体に沿わすように置いていた鞄の中から封筒を取り出した。
それは薄いピンク色をした女らしさを感じさせる小さな封筒。
まさか今更ラブレターではないだろう。だがその小さな封筒の中にビジネス絡みの何かが入っているとは、とても考えられなかった。しかし、滋という女は何を考えているかよく分からない女だ。いったいその封筒の中身は何なのか?
「司。あたしが今日来たのは、仕事の話じゃないの。それに別れる男の話でもないの」
滋は封筒を手に司に近寄ると、デスクの上に置いた。
「はい司。それ開けて?」
執務デスクの真正面に立つ女は、にこやかな笑みを浮かべ言った。
そして開けるまでその場を動かないといった態度が見て取れた。
司は仕方なく手にしていた書類を置き、滋が置いた封筒を取り上げ開けた。
滋は司が封筒の中身を見てどんな表情をするのかと考えていた。
だが中から一枚の写真を取り出した男の表情に、さしたる変化は見られず、がっかりした。
「・・どうしたんだよ。この写真」
「うん。ちょっと整理してたら出てきたのよ。でも懐かしいでしょう?これ二人が高校生の頃の写真よね?ほら・・あんたんちで浴衣パーティーみたいなのしたことがあったじゃない?あの日、つくしがあたし達付き合ってますって堂々カップル宣言したあの日の写真よ?司は写真に撮られるのが嫌いだから、つくししか写ってないけど、ほら、この後姿は司だから。このくるくる頭。間違いなく司だから」
朝顔柄の浴衣を着た少女が何かしら照れ、恥ずかしそうにしているが、それでも笑顔を浮かべている写真。懐かしい彼女の顔がそこにあった。
「あたしとあんたが高3でつくしが高2だから・・もう何年前になる?・・20年前?なんかつくし凄く可愛いいよね?まあ、あたし達みんな若かったけどさ。でもって司は今もいい男だよ?」
滋は司の戸惑いをよそに話を継ぐ。
「それでね。この写真1枚しかなかったから、つくしにあげようと思ったんだけど、司にあげた方がいいかと思って」
「なんで・・俺に今更・・」
と、声に出し、写真を手にした司の指に力が入った。
そして心がざわめき、口腔内の乾きを感じ唾を呑み込んだ。
「司。離婚。成立したんだよね?・・それからつくし、あたしにだけは教えてくれた。司が結婚してからも・・暫く続いてたんでしょ?あんたのことだからそう簡単にはつくしのことを忘れることが出来ないってことは、分かってた。それにつくしも・・」
愛を継続させるための努力はした。
だが出来なかった。
彼女と付き合い始め、自分の人生を今までとは、全く違う角度から見ることをした。
そして、得たものは、彼女に愛されることによって未来といったものを考えるようになったということ。彼女と出会うことでそれまで自分にはなかったものを手にいれた。
それは人を愛する心。それを与えられ、高い望みにも挑戦していくことが出来た。だから4年間を一人、異国の地で過ごすことも出来た。そしてその4年が終わり、3年の付き合いが終る頃結婚するつもりだった。
だが名家と言われる家、もしくは莫大な財産を有する家の人間は、結婚をプライベートなことだとは考えない。結婚とは、名家がその地位を今以上に高めることを目的に、そして莫大な財産を有する家の人間は、今以上に財産を増やすために結婚といった手段をとる。
滋もそんな家に生まれた人間。彼女は一度結婚したが、離婚した。
莫大な道明寺家の財産と事業を相続するため教育されて来た司は、父親の他界と共に大きな船である財閥の舵取りを任されることになったが、一人の男の死は、思いのほか財閥にとってマイナス要素が大きかった。後継者を不安視することもだが、父親の死を契機に巨額損失を簿外債務といった、貸借対照表上に記載されない債務として処理をしていたことが発覚した。それは、損益を長期にわたって隠し続けた末に債務を粉飾決算で処理をしたということだ。
発覚後、株価は急落、上場廃止の瀬戸際に立たされることになったのは、言うまでもない。
そして司にも求められた政略結婚。
人間は好きなように生きるべき、といった言葉が許されなかったのが司の人生。
あの日、静かに頷いて別れを受け入れた彼女が身を引いたのは分かっている。
握りしめていた手をそっと解き、車から降りた彼女は、呼び止める声を振り払うように、地下鉄の階段を駆け下りていく姿があった。
恐らくあの時、泣いていたはずだ。あの時の後ろ姿が目に焼き付いて離れなかった。
「司・・司はまだつくしのことが好き・・よね?そうでしょ?年を重ねたあんたはあの頃と違うかもしれないけど、まだ情熱の欠片っての・・あるんでしょ?まだつくしのこと好きなんでしょう?」
時間が止ればいいと思った頃があった。
形ばかりの結婚をしてからも、彼女と会うことを止めることが出来なかった。
もちろん彼女は躊躇した。そんなことするべきじゃないと。
だが、政略結婚といったものは、名目上の結婚であることが多いのが事実。司の中で彼女は日陰の女などではなかった。
NYと東京の距離を埋めたのは、手の中に収まる小さな機械。
25歳から4年間世間の目を避けながらの交際が続いた。
閉ざされたドアの向うで誰を気にすることなく会えた日。
夜明けが近づくと悲しげな表情を浮かべる彼女を抱きしめたまま離せなかったあの日。
愛して。
愛してる。
その言葉だけを口にして夜を過ごした日があった。
あの頃、身体の中を満たしていたのは彼女だった。
そして別れる時は、いつもその姿を瞳に焼き付けた。
彼女の心が苦しかったのは分かっていた。だがどうしても手放せなかった自分がいた。
だが4年経ったある日、いつまでもこんなことしてちゃダメよ。と言われ彼女は離れていった。
「・・司?・・司?ねえ聞いてる?」
「・・あ、ああ・・」
「思い出は欲しくないでしょう?欲しいのはつくしでしょう?」
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牧野つくしのことは。
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み**ゃん様
おはようございます^^
あのつくしが、いわゆる不倫・・
そうなんですよねぇ。二人とも離れられなかった。
男と女の心は当人同士でしかわかりませんが、きっとそうだったんですね。
滋によって後押しされた司。
さて、司、この後どう出るんでしょう?
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
あのつくしが、いわゆる不倫・・
そうなんですよねぇ。二人とも離れられなかった。
男と女の心は当人同士でしかわかりませんが、きっとそうだったんですね。
滋によって後押しされた司。
さて、司、この後どう出るんでしょう?
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.21 21:56 | 編集

司×**OVE様
おはようございます^^
ちょっと切ない展開が続いていますねぇ。
4年間不毛な関係を続けていた二人。既に別れて9年が経ちました。
そして離婚が成立した司を後押しするように現れた滋でした。
彼女は二人の想いを知っていますから、協力は惜しまないはずです!
司×**OVE様、ひと目惚れ!今から思えば青田買いですね?
見る目があったということですね?
長いファン歴素晴らしいですねぇ。好きな人に一途・・それは、司くんに通じるところがありますねぇ^^
彼もつくしちゃん一筋ですから!(笑)
梅雨明けしましたが、本当に暑いですねぇ。
そして寒暖差に風邪をひかれた。お大事になさって下さいね。
はい。有難うございます。アカシアも気を付けたいと思います。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
ちょっと切ない展開が続いていますねぇ。
4年間不毛な関係を続けていた二人。既に別れて9年が経ちました。
そして離婚が成立した司を後押しするように現れた滋でした。
彼女は二人の想いを知っていますから、協力は惜しまないはずです!
司×**OVE様、ひと目惚れ!今から思えば青田買いですね?
見る目があったということですね?
長いファン歴素晴らしいですねぇ。好きな人に一途・・それは、司くんに通じるところがありますねぇ^^
彼もつくしちゃん一筋ですから!(笑)
梅雨明けしましたが、本当に暑いですねぇ。
そして寒暖差に風邪をひかれた。お大事になさって下さいね。
はい。有難うございます。アカシアも気を付けたいと思います。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.21 22:13 | 編集

H*様
こんにちは^^
はい!「時のよりいと」です。
お話はきっと大丈夫です(笑)
何しろ「撚り糸」の二人です^^
拍手コメント有難うございました^^
こんにちは^^
はい!「時のよりいと」です。
お話はきっと大丈夫です(笑)
何しろ「撚り糸」の二人です^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.21 22:25 | 編集

pi**mix様
滋、言い過ぎですか(笑)
滋が写真を見つけたのは、本当にたまたまだったのか?う~ん(笑)
そうですねぇ、確かに西園寺くんみたいな滋かもしれません(笑)
え?つくしが生きているかどうかですか?次のお話に彼女の行動が書かれていると思います。
ヒントを純粋に受け止める・・大丈夫だと思います^^
>司の滋に対する、どうでもいい女、だけど友達の間柄の受け答え・・
長い付き合いですからねぇ(笑)滋もそんな司には今更です。
ええ。二人とも今更です(笑)
コメント有難うございました^^
滋、言い過ぎですか(笑)
滋が写真を見つけたのは、本当にたまたまだったのか?う~ん(笑)
そうですねぇ、確かに西園寺くんみたいな滋かもしれません(笑)
え?つくしが生きているかどうかですか?次のお話に彼女の行動が書かれていると思います。
ヒントを純粋に受け止める・・大丈夫だと思います^^
>司の滋に対する、どうでもいい女、だけど友達の間柄の受け答え・・
長い付き合いですからねぇ(笑)滋もそんな司には今更です。
ええ。二人とも今更です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.21 22:38 | 編集

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マ**チ様
こんばんは^^
良かったですねぇ。いやぁ、分かります。高齢になると、思わぬことが起きるものです。
アカシアも色々と考えることがありました。
「時の撚り糸」公には出来ない関係に堕ちてまでも司を愛していたつくし。
それは先が見えない不毛な関係。
しかし、つくしという女性は物事を深く考える女性です。そんな彼女は辛い選択をしました。
滋は司に離婚したことを念押ししています。と、なると、そうです。滋はツカサブラックに鞭を入れました。
司、熱く情熱的な男になるのか、それとも大人のままつくしを落しに行くのか。
二人の心模様は・・。
マ**チ様もお身体、お気をつけて下さいね。
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
良かったですねぇ。いやぁ、分かります。高齢になると、思わぬことが起きるものです。
アカシアも色々と考えることがありました。
「時の撚り糸」公には出来ない関係に堕ちてまでも司を愛していたつくし。
それは先が見えない不毛な関係。
しかし、つくしという女性は物事を深く考える女性です。そんな彼女は辛い選択をしました。
滋は司に離婚したことを念押ししています。と、なると、そうです。滋はツカサブラックに鞭を入れました。
司、熱く情熱的な男になるのか、それとも大人のままつくしを落しに行くのか。
二人の心模様は・・。
マ**チ様もお身体、お気をつけて下さいね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.07.22 22:13 | 編集
