2017
07.20

時の撚り糸 1

<時の撚り糸(よりいと)>





非力でない存在の男には、自分で全てを選択できる自由があるはずだ。

だが若い頃の彼に、そんな自由はなかった。

今では漫然と日々を過ごしているが、あの頃は違った。

17歳の少年は、一人の少女のために生きていた。

彼女がいてくれたから生きている意味があった。

彼女の傍だから生きてこれた。

夜ごと募る思いを抱え過ごしていたあの頃があった。

だが愛というのは無理矢理絞り出せるものではない。

どんなに努力しても、どんなにそれを望んでも。

あの頃のような愛はもう二度この手の中には戻ってこないのかもしれない。

無くした恋を振り返ることは愚かだというが、雨が降るたび思い出してしまう。

だが離れて随分と時間が経てば、その思い出も薄れていく。そう感じていた。










黒い遮光ガラスのおかげで車内は日が差し込むことなく、薄暗い。
それでも背後からの西日が強く感じられるのは、先程まで喧嘩とまではいわなくとも、きつい口調で相手を屈服させようとしていた名残なのかもしれない。
とある企業相手にM&A(merger & acquisition 合併と買収)を仕掛けたが、交渉は最後まで難航した。

どんな仕事にも大なり小なりリスクはあるが、今回の会社は、そのリスクを冒してもやり遂げる価値といったものがあった。
相手が簡単に打ち負かされるとは思えなかったが、最後はあっさりと司の提示した条件に折れ、すべてを道明寺HDの元へと投げ出すように言われれば、勝利したのは司の会社であり、握手をして別れた。

その結果、交渉に向けていた力が、放出されなかったエネルギーが身体の中に溜まってしまったように感じていた。西日が強く感じられるのは、恐らくそのせいだ。
体内の中が熱く感じられるのは、恐らくそのせいだ。

アメとムチを使い分ける。それがビジネスでは必要となるが、今回の最終交渉は、アメの出番は少なかったように思えた。どちらにしても、最終的に勝てばいいのがビジネスの世界。
闘うなら勝たなければ意味がない。それがビジネスの基本。そして交渉といったものは、人間同士の闘い。人と人とのぶつかり合いで、気持ちが強い人間の方が勝利する。
司は負けることが嫌いだ。それは彼が生きる世界では、負けが許されないこともあるが、勝ち続けることが自分自身の生きる意味を表しているように思えるからだ。

今、彼が生きているのは、ただビジネスのため。
誰かの為に生きているといった気は全くしなかった。



「副社長。先ほどの会社は半年かけて取り組みましたが、最後はあっさりとこちらの手に落ちました。しかし当初は、先方が対等合併を望んだ事には驚きましたが、御社と対等など考える方がどうかと思います」

司の隣に座るのは、投資銀行で道明寺HDのM&A戦略を担当するマネージングディレクター。

「契約締結は急がせましょうか。経営会議に諮る必要はもうないとは思いますが、社長だけには話しておいた方がよろしいのではないかと思います」

熱っぽく話すのは、気持ちが高揚しているからだ。
何しろ大型案件が纏まったのだ。それが意味するのは、莫大な成功報酬が男の手に入るということだ。
そんなこともあるが、仕事が成功すれば喜ぶのは当然のことだ。
司とて当然喜ばしいと思っている。だが、今は気分が乗らなかった。

「そうだな。契約締結は急がせてくれ。書類の方は出来次第持ってきてくれ」

と、言うと窓の外へと視線を向けた。


窓から見える景色はいつもと変わらない街並。後方から差す日の光りは、前方の景色を照らしているはずだが、黒いガラス越しでは、見える景色が何色なのか分からなかった。
もともとこの街はグレーの建物が多く、ガラス越しでなくても、目に飛び込んで来るような鮮やかな色はない。もしあるとすればセントラルパークの緑くらいだ。

そして雨が降れば、グレーの建物は、雨で溶けて無くなってしまったように同化してしまうことがある。どこの国に降る雨も色は同じはずだが、この街の雨には、はじめからグレーの色がついているのかもしれない。

何もかも覆い隠してしまうようにグレーの色が。




年相応という言葉があるが、それは司には当てはまらない気がする。
スーツもネクタイも腕時計も、一流のものを身に付けているのは分かるが、その装いが彼に落ち着きを与えているのではない。彼そのものが男としての魅力を年齢以上に見せていた。
そのせいか、交渉相手は司の本当の年齢を知ると驚くことが多い。東洋人は若く見られることが多いが、彼は逆に年齢よりも年上に見られるからだ。

瞳は三白眼の切れ長。睫毛も長く、直線的な鼻梁をしており、端正な顔をしていた。
若い頃からモデルばりの顔だと言われていたが、派手というのではなく、美しいと言った方が正しいだろう。長身で手足も長く、その長いコンパスで歩く姿は、颯爽としていた。
彼の後ろを歩く人間は秘書と警護の人間だが、その速さに付いて行くことが大変なのではないかと思うほどだ。そして仕事の能力にしても秀でた男は、数え上げれば良いところばかりだ。

そんな男からたとえ一瞬でも、目を向けられた人間は、自身が射抜かれてしまったようになり固まってしまう。
だが、その視線を怯むことなく、受け止めた女が、かつていた。





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コメント
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dot 2017.07.20 08:32 | 編集
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dot 2017.07.20 12:01 | 編集
H*様
おはようございます^^
シリアスかどうか・・う~ん・・そうですねぇ。アカシア的にはそうでもないと思っています(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.20 22:38 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
切なさ溢れる始まり・・。
二人の出会いは高校時代。
このお話は、大人の二人のラブストーリーだと思って下さい♡
タイトル「より糸」でした。^^
ご質問色々は明日のお話で分かる・・と思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.20 22:45 | 編集
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dot 2017.07.20 22:50 | 編集
s**p様
はい^^別れている二人のお話です。
二人の別れは明日のお話の中で・・・。
大人の二人のラブストーリー💛の予定です!(笑)
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.07.20 22:54 | 編集
悠*様
本日より連載スタートです。
こちら、別れた二人からスタートとなりました。
さて、この二人。どんなストーリーを繰り広げてくれるのか・・
大人のラブストーリーの予定です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.20 23:04 | 編集
pi**mix様
糸。調べたということは、既にご存知なのですね?
撚り糸は、「よりを戻す」の語源となった糸です。
はい。もちろん褒めて頂いたことは覚えています。
最近褒められることがないですから嬉しいです(笑)
焦らされ感を体が憶えてしまった!(笑)
いえ、そんなつもりはないのですが、今回の坊っちゃん、こんな感じの人ですよ、のお知らせみたいなものです(笑)
>どう動くのか?どう出会うのか?天使か悪魔か?そしてあの子はどこに?
徐々にと思っていますが、とりあえず明日は少しだけ・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.20 23:15 | 編集
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dot 2017.07.21 00:21 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
・・そうでしたか。ご心配ですね?その後お加減はいかがでしょうか?
最近どうされているのかな・・と思っていたのですが、大変だったんですね?
お大事になさって下さいね。

心のオアシスだなんて!!このような場所でよければいつでもお立ち寄りください。
「御曹司」も「真夏の恋」も楽しんで頂けて嬉しいです。
そして新連載始めました。また色々と突っ込んでやって下さい^^
夜更かし・・知り合いのドクター曰く、きちんと睡眠をとらなければ、身体に不調が出るぞ。
と、言われ、23時までに寝ろと言われ、無理!と即答しましたが、やはり人間は睡眠が大切のようです。
午前2時までに何時間寝ているかで身体の調子が決まるとか・・
ハナキンですが、マ**チ様もなるべく早く・・ということでお互い身体を労わりましょう!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.21 21:45 | 編集
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