2017
07.14

真夏の恋 4

見えない心が傷ついていたとしても、当然だが他人はその心を見ることは出来ない。
だからこそ、言葉で自分の思いを伝えることが重要なはずだ。
それがどんなに遠く、どんなに距離があったとしても、今の世の中、簡単に伝えることが出来るはずだ。そして、どんなに小さな声だろうと、司は彼女の言うことなら聞き取る自信があった。しかし、言葉にしなければ伝わることがない。

だが、今の司には彼女の心の中が見えていた。
本当の彼女の心の中は、自分を求めている。
何を根拠にと問われても、答えようがないが、軽い口論をしたとき、その表情に浮かんだのは、こともなげに言った見合いをしたかった、の言葉とは裏腹の後ろめたさのようなものがあった。


社会人となった二人が大きな喧嘩をしたのは、記事が出たあの時だけ。
あの時、大きな瞳が不安を湛え、司を見た。そしてその瞳からは感じたのは、揺れる彼女の想い。
司は彼女に対し、いつも筋の通った話しをしてきたつもりだ。だがそんな男の話が言い訳のように感じてしまったのか。そうだとすれば、今ではビジネスに欠かせない主要な言語を自由に操る男も、最愛の人に対し、ビジネスの延長のように接してしまったということになる。
仕事に追われ、余裕の無かった男は、知らぬ間にビジネスライクな感情を前面に出してしまっていた。



司の腕の中に抱えられた柔らかな身体。
そして胸板に感じる胸のふくらみ。一度も染めたことのない艶のある黒髪。
強情な線を描くが、柔らかく、暖かい唇。その全てが今彼の腕の中にあった。
本当ならすぐにでもこの身体を抱きたい思いがあるが、今はこの腕の中の重みを楽しむことしか出来そうにない。


司が部屋のドアを開けた途端、腕の中で動いた身体。
眠っている女は無意識のうち、司にしがみつくような形になっていたが、ベッドまで運び、膝を着き、そっと降ろす。そのとき口から漏れたつかさ・・と己の名を呼ぶ声。だが顔をしかめているのは、着ているスーツが苦しいからか、それからしきりと身体を動かしていた。

司は彼女が着ているスーツの上着とスカートを脱がせた。
だが、それ以上脱がせることはしない。その代わり、彼女の後ろに横たわり、背後からその身体を抱きしめた。

今夜はこうすることが目的で彼女に会いに来たのではない。
二人の歩いて来た道をひとつにし、もう決しておまえを一人にしないと言うために来た。
明日を約束する言葉を、それ以上の未来を約束する言葉を口にするために来た。
だが、そこへたどり着く前に気分が悪いと言い出した。

今のこの状況は、司にとっても苦しい状況だ。
愛している、抱きたい女が腕の中にいるが、抱けないといった状況。
遠い昔、何度か味わった蛇の生殺しといった状況が再びといった感じだ。

今夜の目的が達成されたとき、最終的には二人してベッドの上にたどり着くつもりだった。そしてそのことに自信があった。だがこの腕に抱かれて寝息を立てる女は、いつも俺の想いを簡単に裏切る。いや。裏切るのではない。気づかないだけだ。

付き合い始める前、女としての自分に自信がなかった彼女は、何故、自分が俺に気に入られたのかとしきりと気にしていた。当時の司にとって彼女は、眩しいほど輝いていた存在。その笑顔を向けて欲しいと望み、追いかけてやっと手に入れた。

あの頃、まだいかにも子供っぽかったそんな女も、年齢を積み重ねていけば、大人の女性として美しく開花した。
男を見下ろしてやろうとばかりに、スツールから降りるとき、ずり上がったスカートから覗いた脚の白さに一瞬目を奪われた。3年ぶりに会った女の、何気ない振る舞いに、身体の熱は高まる一方だ。


「・・ったく・・飲みすぎなんだよ・・これからだってのに何考えてんだよ。・・おまえは俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

まさに最後のあの一杯でノックアウトされた彼女の思考。
ホテルのバーで女が一人で酩酊状態となれば、良からぬことを考える男がいてもおかしくない。そして、酔っ払い女は、一度こうなれば朝まで目覚めることはない。
そんな女に、朝目覚めたとき、誰だか知らない男のベッドの上にいる自分の姿を考えたことがあるのかと言ってやりたい。

今までそんなことが無かったのは、司が常に彼女の様子を監視させていたこともあった。それに、今のように酩酊するまで飲むことはなかった。自分の限度といったものを、わきまえていた。だが、目の前のグラスを掴み、一気に飲み干すといった行為は、自分がいるからこその行為だと考えたい。俺の前だから安心して飲めるといった気持ちの表れだと思いたい。


「・・元恋人だって思ってんなら、そんな男の前でこんなになるまで飲む女がいるか?」

声に出してひとりごちた司は、ため息をついた。

「・・ったく・・自立した女気取ってんなら、もう少し先のことを考えろ」

まるで彼の声が聞えたように、司の腕の中で、かすかに身じろぎする身体。
抱きしめた手が、胸のふくらみと細い腰のラインとの間にあるが、胸に触れることは出来なかった。意識のない女の身体をどうこうしようなど、はなから考えては無い。だが、中途半端に手を出してしまったばかりに、自らに拷問を与えてしまっていた。

酒を一気に煽った女の愚かな振る舞いを戒めたが、自分の今の状況も全く同じではないか。
まさにそれは天国にいながら、地獄の苦しみを味わう男の心境だ。
下腹部に集まる血液の流れは、止まることなく一点に向かって流れて行く。それは互いの理性を吹き飛ばすことが出来る存在。だが、今の司は、ただ静かに彼女を抱きしめることに集中した。

腕の中に抱きしめた身体の温もりは、司にとって最高に寝心地のいい抱き枕だ。
いや。抱き枕ではない。最愛の人だ。
抱きしめて、キスして、そして愛し合いたい。

けれど、腕の中の女の息遣いが一定の間隔になれば、眠りが深まったことが感じられた。

やがて、司にも眠りが下りてくれば、目を閉じ、彼女と同じリズムで深い眠りに落ちていた。










不承不承だが幸せな眠りについたはずの司は、目が覚めたとき、広いベッドの上で枕に顔を埋めていた。どこにいるのか思い出す必要もないメープルの自室。だが、腕の中に抱きしめ眠りに落ちた女は、隣にはいなかった。
ガバッと起き上ったが、やはり彼女の姿はない。

「クソッ!!逃げたか」

これでは、まるで高校時代と同じだ。
逃げる女を追う構図は、あの頃の二人の定番だった。
だが、今の司は自分の欲求だけを追求する男ではない。
彼女と愛し合うようになり、本当の自分を見つけることが出来たのだ。
ただ我儘だった少年時代は、とっくの昔に捨てた。
そして、その時同時に分かったことがある。自分が本当に幸せになりたいなら、本当に欲しいものを知り、それだけを求める男にならなければ、手に入れることが出来ないということを。


司にとって何が一番欲しいものか。
今更それを問う必要などない。
昔も今も、それは彼女だけ。
牧野つくしという女が欲しいだけだ。





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コメント
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dot 2017.07.14 08:01 | 編集
司×**OVE様
司くん。捕獲失敗です(笑)
そうです。素直じゃない女はそう簡単には捕まりません。
二人はNYと東京でちょっとした心のズレが生じたようですね?
距離があり過ぎるのもありますが、26歳の頃は色々とありますものね?
新入社員の失敗も初めの頃は許されますが、二度三度となると、そうはいかない。年令を重ねると、なおの事です。
責任感のあるつくしちゃん。そして自分の求める仕事ではない。そんなことも考え始めたとき、三流週刊誌の記事を目にしましたが、司も自分の仕事のことが頭占めていた頃と重なったのでしょうね?
でもこの司は彼女を捕まえに来たので、必ず捕まえてくれます。
頑張れ司くん!!
・・それにしても、暑いですね?本当に真夏のような暑さです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.14 22:29 | 編集
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dot 2017.07.15 00:41 | 編集
pi**mix様
逃げられました!(笑)
でもこの司は、逃げるつくしは想定していたのではないでしょうか?
そして、何故か楽しそうに思えます。
素直になれない女は逃げるしかないのかもしれません。
このつくしちゃん、大人司を逆行していると言われれば、そうかもしれませんね?
そしてハンター司。もう捕まえてしまいました!流石です。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.16 02:31 | 編集
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