2017
07.11

真夏の恋 1

通勤ラッシュの地下鉄で、もみくちゃにされるのはいつものこと。
電車を降りたつくしは、人の流れにそって階段を上がり、地上へと出た瞬間、眩しさに目眩がしそうになった。

今年の夏は例年になく暑い夏になるといった予報が出ているが、まさにその通りだと思った。朝から強い陽射しが照り付け、最高気温は35度を軽く超えると予報されていた。

東京の夏はとにかく蒸し暑い。
高いビルに囲まれたビジネス街は特にそう感じられ、まだ朝だと言うのに、額にはじんわりと汗が浮かんでいた。歩道からは陽射しの照り返しが感じられ、それを防ぐ術もなく、ただ足早に目的地へと向かって行くしかない。

向かうのは、地下鉄の出口から歩いて10分ほどの場所にある大きなビル。
そのビルには何十社もの会社が入り、エレベーターホールは毎朝大勢の人間で混雑していた。それもそのはずだ。どの会社も始業時間は殆ど同じなのだから。

つくしはそのビルの中にある旅行会社で働いていた。
旅行会社といえば、ビルの1階に店舗を構え、店頭に沢山のパンフレットが並べられた店構えを想像するが、彼女が働いているのは一般客には関係のない部署だ。だから1階ではなく、もっと上のフロアにオフィスがある。

旅行会社には、店頭での営業の他に、修学旅行を専門として扱う修学旅行課や、企業の社員旅行などを扱う法人営業課などがある。
つくしは、法人営業課に所属し、コンベンションを専門に営業していた。
コンベンションと言っても、主に教育機関や大学病院が主催し、学者が研究成果を発表する、意見を交換する学術会議の宿泊や交通機関の手配が仕事だった。

宿泊など、個人でインターネットでの予約が当たり前な世の中だが、大会、学会期間中の予約は、全て指定された旅行会社を通さなければ予約が取れないことが殆どだ。
なぜなら、こうした大会や学会は、何年も前からスケジュールが決められており、ホテルの客室はすべて指定された旅行会社が抑えていることが殆どだからだ。
そんなことから、なぜ旅行シーズンでもないのに、ホテルの部屋がひとつもないのか、と不思議に思ったとき、そういったことが考えられる。




つくしは朝から気が重かった。
乗り込んだエレベーターの中で、点滅を繰り返しながら変わる数字に目をやってはいるが、頭の中は別のことを考えていた。それは仕事のことではない。プライベートな問題だ。


それは先週の金曜の夜の出来事だ。
その日、定年後の再雇用で参事補として働いて来た男性が、会社を辞めることになり、送別会が開かれた。

参事補は、言わば社内の困りごと相談係のような立場だった。
つくしはそんな参事補を頼りにしていた。長い間この会社で働いて来た経験と知識は、社内の人間の助けになった。そして営業といった仕事は、人間関係が大切だが、彼女が相手にするのは、社会の中でも高い地位についている人間が多かった。そんな人間との橋渡しをしてくれたのは参事補だ。仕事上のゆきづまりを感じたとき、相談に乗ってくれたのも参事補だ。
そして、会社の第一線からは退いた人間だが、若い後輩へ向ける角の取れた優しさが感じられた。
社内での父親のような存在の参事補の退職は、つくしにとってもだが、他の女子社員からも残念がられていた。

そんな参事補の送別会の二次会が終り、帰ろうとしたところでじゃあ次、と言われ、腕を掴まれバーへ連れて行かれた。




「ねえ・・真理子・・参事補ってどうして辞めちゃうんだろうねぇ・・」

つくしは、隣にいる真理子に残念そうに言った。

「真理子先輩は帰りましたよ。彼氏から電話がかかって来て早く帰って来いって言われたそうですよ?」

つくしの腕を掴み、バーに連れてきたのは、確かに同期入社の真理子だった。だがその真理子はいつの間にかいなくなっていた。

「・・そう。真理子帰ったんだ・・」

つくしは、そう言ってカウンターにうつ伏せた。
真理子が帰ったのなら、自分も帰ろうと思った。一次会は居酒屋で、二次会はカラオケへ行った。そして次がこのバー。だがここが、どこのバーだかさっぱり分からなかった。伏せていた顔を上げ、薄暗い店内を見まわしたが、やはりどこにいるのか見当がつかなかった。
そもそも酒に弱いつくしが、バーに足を運ぶこと自体あまりないと言うのに、分かるはずがない。


そして今、つくしと一緒にこの場所にいるのは、後輩の女性社員が二人。
つくしは、この二人も一緒に帰るなら三人でタクシーを捕まえればいいと考えた。

「牧野先輩!こんなところで寝ないで下さいね?ダメですよ?しっかりして下さい!」

隣にいる後輩の声が耳元で聞こえていたが、つくしは顔を上げなかった。いったい今が何時か分からないが、眠くて仕方がなかったからだ。
そしてそんなつくしを間に挟み、彼女の頭上で交わされる二人の会話が耳に入ると、身体が一瞬ビクリと動いた。

「それよりさっき道明寺司を見かけたの!」
「嘘!あの道明寺司?」
「そうよ!あの道明寺司よ?」
「えーでも道明寺司ってNYでしょ?そんな男がこんなところにいるはずないわよ。それってただのよく似た別人なんじゃない?」
「そうかなぁ・・でも写真で見るのとそっくりだったのよ?」
「そんなの他人の空似よ。あんたあんなにかっこいい人を見間違えるなんて、視力が相当悪いんじゃない?」
「でもここメープルのバーよ?道明寺系列のホテルよ?居てもおかしくないんじゃない?」

「嘘!ここメープルのバーなの?」

つくしは、ここがホテルメープルのバーであると言われ、伏せていた顔を上げると、一瞬にして酔いが醒めた。






弟の進から電話があったのは昨夜。
ぼんやりとテレビを見ていた時だ。

「姉貴、道明寺さんが帰って来るって」

まさか弟の口から彼の名前を聞くとは思わなかった。
つくしは、何を言えばいいのか分からず返答に迷った。
道明寺司は別れた・・・昔の恋人だからだ。






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応援有難うございます。こちらは、短編です。
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コメント
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dot 2017.07.11 08:38 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2017.07.11 16:30 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.07.11 21:43 | 編集
s**p様
別れた二人はこれからどうなるのでしょうか。
外の暑さに負けない熱い恋!
司に頑張っていただきましょう!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:01 | 編集
252**uko様
>グッと我慢の日々・・
司の頑張り次第です^^
一度別れた二人に真夏の恋が訪れますように。と思っています。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:07 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
こちらは、短いお話しです。
そしてどんな司が出て来るのか。真夏の恋を演じてくれる司は、どんな司なんでしょうねぇ(笑)
え?「Collector」再読ですか?つ、疲れませんか?(笑)
司が銀行の頭取を脅し貸金庫を解錠させる。司はどこからあんな写真を手に入れたのか(笑)
さすがです(笑)

本当に連日熱いですね。
梅雨はまだ明けていませんが、この暑さは既に夏のようですね?
蒸し暑さ、朝からつくしちゃんではありませんが、額に汗ですね?
やはり脳みそ溶けそうですが、水分を取り、頑張りましょう。
最近夏バテ防止のため、甘酒を飲んでいます。今夜も飲みました^^
司×**OVE様もお身体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:18 | 編集
か**り様
>楽しそうな出だし・・
真夏の恋ですので、暑さに負けない二人のパワーで行きたいと思います。
え?「Collector」をじっくり読み返した・・どうも有難うございました。
そして「Obsession」←「道明寺邸完全犯罪錦鯉編」いいですねぇ(笑)
司の完全犯罪(笑)それも鯉を使った!(≧▽≦)
次はどんなことを?と思わずにはいられないですね?
>怒涛のようなCollector執筆・・
確かに少し疲れています(笑)
この暑さも影響しているような気がしますが、暖かいお言葉、ありがとうございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:33 | 編集
m様
大丈夫です!(笑)
真夏の恋ですから!(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:34 | 編集
pi**mix様
こんにちは^^
短編です。気まぐれと言われれば、そうかもしれません(笑)
つくしちゃん、いつも真面目に働いています。
>色気のない生活を送っている・・
仕事に邁進するあまり、そうかもしれません。
そして、どんな司参上となるか。今回は早いです(笑)

それにしても暑いですねぇ。エアコンの傍がいいですねぇ(笑)
またいつでもお越し下さいませ!アカシア坊っちゃん(笑)、真夏の恋を頑張って頂きましょう!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.07.11 23:44 | 編集
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