2017
06.26

時計回りの風 5

哀しいほど切ない思いが溢れて来る。
だからその思いを伝えるためここに来た。
あの時二人が出した結論を取り消すために。そのチャンスが今しかないのだとすれば、その時が今なら、他の人が好きだと許されない嘘をついた私を許してもらいたい。
そして彼に残された時間を一緒に過ごしたい。
それが例え短い時間だとしても。







車両が入ってくると、大勢の人間が吐き出され、人ごみの入れ替えがされた。
つくしは席に腰を下ろし、反対側の窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めていた。
地下をゆく車両の中は、雨を纏った人々から感じられる空気で生暖かく湿った匂いがする。
それをかき消すようなエアコンの冷たい風が吹き付けてきた。そして久しぶりの地下鉄に、鼓膜に伝わる圧力といったものが感じられた。

ふと、目を止めた中吊り広告。
暗いトンネルの中を走る車両の灯りは、大きな文字を読むには問題ないほどの明るさだが、細かい文字まで読み取ることは出来なかった。

高校時代彼が刺され入院した事があった。
あの頃、週刊誌の中吊り広告は彼の話題で持ち切りだった。そんなことを思い出し、広告を一瞥すると再び窓ガラスに映り込む自分の顔を見た。

彼が入院しているのは、あの事件の時と同じ病院。
その病院にある大きな特別室に彼はいる。あのとき私の顔を見ても誰だか思い出せず、自分の親友の女だと思った彼に無性に腹が立ったことを思い出していた。そして暫くは赤の他人として扱われ傷ついた。あのとき、あのまま思い出さず、別れてしまっていたとすれば、人生も変わっていただろうか。今とは違う生き方をした自分がいたのだろうか。
だがそんな仮定を考えたところで、今更何か変わるわけでもない。考えるだけ無駄なのかもしれなかった。


やがて地下鉄は目的の場所に着くと、大勢の人間を吐き出し入れ替えがされ、再びトンネルの暗闇を突き抜ける一本の光りのように去っていった。
地下鉄の出口から病院までは歩いて10分ほどで着いたが、足を踏み入れることを躊躇った。人の出入りが繰り返されるたび開くドアの向うに見える風景が、遠い昔を思い出させた。
だがあれからもう二十年以上経っていて、過去のその一点だけに思いを置くことはなかったはずだ。それなのに、この場所に立てばあの当時が鮮やかに思い出され再現されていた。

暴漢に刺され、生死の境を彷徨った彼の姿と泣き崩れていた自分の姿が。


入院病棟は建て替えられ、白さが隅々まで感じられ、光り輝いて見えた。
入口には受付がある。特別室に入っていると聞かされていたが、以前と建て替わっているだけに場所を聞いた。だが特別室には近づけませんと言われた。理由は言わずもがなだと感じた。彼が入院しているならそれは当然のことだからだ。

経済界の重要人物である道明寺HDの社長が病気だということが世間に知られれば、会社の先行きを心配する声が聞こえるからだ。だから、この入院は秘密事項のはずだ。でも会えないならここまで来た意味がない。だが受付けの人間は私の名前を尋ねた。すると、牧野つくしの名前は面会予定者のリストに名前があったのか、一番奥のエレベーターで最上階までお上がり下さいと言われた。

病棟のエレベーターは止まることなく最上階まで運んでくれた。
どうやらこの病院の特別室は、一般病棟とは扱いが違うようだ。
お金持ちはこういった生活が当然だ。普通の人間とは違った生活が。
だけど、お金があろうがなかろうが、死ぬ時はどんな所で死のうが同じはずだ。ただその場に誰がいたのか。誰がその人の傍に最後までいてくれるのか。誰がその人のため心から泣いてくれるのか。その方が重要なはずだ。今の彼にそんな人がいるとすれば、姉と甥くらいだろう。


ここまで来たつくしは、自分がどうしてこの場所にいるのか、はっきりと分かっていた。
彼のことが忘れられなかったからだ。
そしてここに来れば彼に会える。たとえ今の状況がどうであろうと。今のつくしには、彼の傍にいたいといった気持ちが湧き上がっていた。
過ぎた季節に何を重ねていたかといえば、彼は今どうしているのかといった思いだ。
15年間、心の奥底に眠らせていた思いを今なら彼に伝えることが出来る。
だから甥である西園寺恭介が手渡してくれたあのネックレスを着け、こうして病室の前に立つことを決めたはずだ。

道明寺の傍にいたいと。
彼が最期を迎えるまで傍にいたい。
そう思える気持ちが湧き上がっていた。

だが、扉を開けるのを躊躇っていた。
この扉の向うにいる彼の弱った姿を見たくないといった思いがあった。
最後に見た彼は精悍な顔でテレビに映っていた。
それが頬の肉が削げ落ち、目ばかりが目立つ。そんな顏を見たくはない。
やせ細った身体でベッドに仰臥している姿を見たくはない。今の彼の姿を想像したくない。
道明寺司という男は、いつも堂々とした態度でいて欲しい。負けず嫌いな男の見せる傲慢さを失って欲しくない。かつてその傲慢さが嫌いだったことがある。だが彼のその傲慢さといったものは、寂しさから出たものであって、決して彼本来の性格ではなかった。

つくしは大きく息を吸い気持ちを落ち着かせようとした。
もしかすると、あの青年の行為は望まれない行為なのかもしれない。
この扉の向うにいる男は、私が訪ねてくることを望んでいないかもしれない。
かつて彼の友人に誘われ特別室を訪ねたとき、出て行けといって罵倒された時のことを思い出していた。

だがいつまでも扉の前で躊躇っていても駄目だ。
今は目の前の彼に向き合う時だ。来るべき時が来るなら、その時を一緒に迎えたい。
今の私に出来ることがあるなら、そして彼がネックレスを渡して欲しいと言ったなら、その意味を知りたい。
もしやり直せるなら、二人もう一度同じ時を過ごしたい。

つくしは勇気を持ち、ゆっくりと扉を開いていた。







音を立てることなく、すうっと開く引き戸。
だが足を踏み入れたその部屋には誰もいなかった。しかしベッドには人が横になっていた後が見て取れたが、周りにあるはずの医療機器といったものはなく、病院なら感じられるはずの消毒薬の臭いもない。目に映る人の存在のない部屋に、時間がスローモーションのようにゆっくりと流れ、空気がひんやりと感じられた。
そのとき頭を過ったのは、彼に与えられていた現世での時間は終わったのではないかといった思い。

間に合わなかったのだ。

訪ねてくるのが遅かったのだ。

青年が手渡してくれた1週間分の航空券をもっと早く使うべきだったのだ。

時の流れは残酷で切ないと思った。

つくしは、愛している人の最期を見届けることが出来なかった。






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コメント
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dot 2017.06.26 08:48 | 編集
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dot 2017.06.26 12:28 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
病院まで来ました。そして病室に入りました。
特別室です。ですが誰もいませんでした。
さて、こちら『短編』ですからね?(笑)
はい。真相はすぐそこまで来ています。
そして司くんロス!早く会いたいですか?
お待ち下さいね^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.26 21:45 | 編集
さと**ん様
>すべての思考が御曹司化←(笑)
そろそろ彼のお話しもと思っていますが、先ずはこちらから・・。
こちら『短編』ですから先は見えています。
二人に色々あったとしても、運命の二人ですからね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.26 21:59 | 編集
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dot 2017.06.26 22:28 | 編集
pi**mix様
なんて日なんでしょう・・。
このままなんてことは・・つくしちゃん、とりあえず探してみませんか?
アカシアも同意見です。
そしてどんな司でも会いたいですか?
本当ですね?
覚悟はいいですか?
to be continued...
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.26 23:17 | 編集
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