2017
06.24

時計回りの風 3

「東京に・・東京に戻って来てくれませんか?」

執拗に東京に戻ることを訴える青年。
穏やかな語り口だが、目にこもる力強さは母親である椿のものだと感じた。
そして、それは彼の目と同じだと。
だが何故そんなに東京に来てくれというのか。理由が知りたかった。
それはもちろん彼の叔父についてだということは分かる。しかしはっきりとした理由が告げられることなく、来いと言われても返答に困る。ましてや戻ることなど考えてもいなかった。

今の仕事が気に入っていることもあるが、ベランダで鉢植えを育てるより庭のある一軒家を借り、花を育てることが楽しく感じられ、海の見えるこの街が好きになっていた。そして都会にはないのんびりとした雰囲気が気に入った。
だからこの街をふる里にしてもいいとさえ思い始めていた。


「仕事のことなら理解しています。牧野さんが責任感の強い人だということも母から聞いて知っています。・・それから頑固なところもあると・・。僭越ですが僕の方で仕事については代わりになる人間を手配させて頂きました。こんな強引なやり方をすると、牧野さんが嫌がるのは分かっています。でもこうでもしなければ仕事を放って東京に来るなんてことは出来ませんよね?」

椿の息子であり彼の甥である青年は、彼ら二人の強引さを受け継いでいた。
やはりあの家の人間は、そういった資質を備えて生まれてくるのだろうか。
人の上に立ち、そして強引ながらも引っ張っていく力が備わっている。
そしてそのことに有無を言わせることなく、物事を運ぶ力があるのもあの家の人間なら出来るはずだ。


「牧野さん。聞いて下さい」

青年は穏やかな表情でつくしを見つめていた。
だが次に口をついた言葉は穏やかさとは縁がないものだった。

「叔父は病気なんです。だから帰国したんです。だからあなたに戻ってきて欲しいんです。叔父に会って欲しいんです」

青年の言葉が途切れ、沈黙が流れ始め、つくしが口を開こうとしたその瞬間、彼は言った。

「叔父は・・・癌です」

青年は自分の言葉に目の前の女の動揺の気配を見たのだろう。
いきなり驚かせてしまって申し訳ないとあやまった。そしてそれから話を継いだ。

「結論から言います。叔父はあまり長くは生きられません。勿論このことを世間は知りません」

それから青年はふっつりと口をつぐんだまま暫くつくしの顔を見つめた。
やがて再び口を開くと、言葉を選びながらも話はじめた。

「15年前、叔父はあなたと別れたとき、大腸にポリープがあるのを知っていました。ほんの初期だったそうです・・だからあなたが別れて欲しいと言ったとき、形ばかりの抵抗をしたがあっさりと別れた・・。そうですよね?でもどうしてあの叔父があっさりとあなたと別れたか不思議に思いませんでしたか?」

青年の眼差しが訴えかけるようにつくしを見た。
だがその目はどこか非難するようにも感じられた。

あの叔父が。
その言葉の意味は勿論わかっている。この青年は過去二人の間に何があったのかを母親から聞いたのだろう。
決して諦めることなく執拗につくしを求めた男が、彼女に他に男が出来た。好きな人がいるといった言葉だけで簡単に別れるはずがないと。

それから青年は少し表情を変え、つくしの顏をじっと見つめたまま暫く黙っていた。答えを求められているのは分かっていた。だがつくしは答えられなかった。青年の背後から差し込む光は明るく暖かいはずだが、何故かその場所はひんやりとした空気に包まれてしまったかのように感じられた。

「それはあなたに迷惑をかけたくなかったからです。自分が病気になったことであなたに迷惑をかけたくないとの気持ちからです。・・祖母があなたに別れて欲しいと言ったのは、偶然です。祖母は叔父が病に侵されているとは知らなかったそうです」

青年の声は低く柔らかく、事実を冷静に淡々と伝えていた。
そして、少し間を置きはしたが、躊躇うことなく言葉を継ぐ。

「あの当時叔父は病気を大変気にしていたそうです。あなたに迷惑がかかると。でも自分から別れてくれとは言い出せなかった。・・あなたを深く愛していたから。だからあなたから別れを告げられたとき、その話に乗ったんです。あなたが本当に別れて欲しいと思っているなら、そうするべきだと。そうすれば、自分がこの世からいなくなったとしても、あなたは叔父のことを嫌いで別れたんですから、心に残ることはないと思ったんです」

数秒間の沈黙を挟み、青年はつくしの目をしっかりと見据え言った。

「勿論ご存知ないと思いますが、あなたと別れてから除去手術を受け、その後の経過は良好でした。年に一度の健康診断を自らに義務づけ、あれから異常は見当たりませんでした。ですが、リスクは常にありました。そしてつい最近の検査で肺に影があるのが分かりました。検査の結果、肺癌だと診断されたんです。・・肺に転移が見つかったんです」


つくしはただ黙って聞いていた。
表面上は落ち着いて見えたかもしれない。だがそれは余りにも突然のことで感情の起伏といったものが凍結されてしまったようになっていたからだ。見慣れた玄関が急に狭く感じられ、鼓動の高鳴りが激しくなり、青年にまで聞こえるのではないかと感じられた。
頭の中は、青年の言葉を理解しようとするも、すぐに理解出来ずにいた。だが何度か一つの言葉を反芻すると理解した。

彼の叔父である男は病魔に侵されている、と。


「叔父は知っています。・・告知されましたから。それに自分の死期を知っておくことは重要だと思っています。あの叔父はああ見えて几帳面なところがあるんです。自分がいなくなったあと、何をして欲しいかといったことを僕に伝えました。・・・その中にこのネックレスのことがあったんです。これをあなたに渡して欲しいと・・」

青年から語られる言葉は淡々とだったが、その言葉の中に感じられるのは、叔父を想う気持ち。そしてつくしを真っ直ぐに見つめる瞳は、伝えることで義務を果たそうといった気持ち。
それはまるで彼の母親である女性が弟を案ずる気持ちを代弁しているのではないか。
そう思えるほどだ。
あの頃、彼の姉である女性が言った。
ごめんなさい・・・と。
その言葉の意味は、道明寺の家のためにごめんなさい。といった意味が込められていることは理解できた。



「・・牧野さん・・」

西園寺恭介は名刺を一枚取り出すと、裏に数字を書き込んだ。

「これ、僕の携帯の番号です」

つくしは並んだ数字に目を落した後、顔を上げ青年の顔を見た。

「牧野さん、お願いです。東京に戻って来て下さい。もし、それが無理なら訪ねて来てくれるだけでもいいんです」





礼儀正しくそつがない青年は、その日の最終便の飛行機で東京に戻ると言っていた。
そして名刺と一緒に手渡されたのは東京までの航空券が数枚。
いつ乗っても大丈夫ですからと、まるでプライベートジェットのように1週間分の席が確保されていた。

つくしは航空券を見つめ、次いで受け取った名刺の表を見た。
そこに印刷されていたのは西園寺恭介の名前。
そして、道明寺ホールディングス専務の肩書だった。






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コメント
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dot 2017.06.24 08:40 | 編集
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dot 2017.06.24 17:52 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
嫌な予感が当たってしまいましたか?
二人が別れてから随分と時間が経っています。
大人の二人の恋の行方は果たして・・。
辛い展開かもしれませんが、もう少しだけお付き合い下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.25 00:18 | 編集
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dot 2017.06.25 00:22 | 編集
H*様
甥によって知らされた司の状況は厳しいようですね?
果たしてこの先の二人の運命は・・・
司の生命力を信じましょう。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.06.25 00:23 | 編集
pi**mix様
こんばんは^^
>司の病がタイムリー過ぎる。
そうですよね・・・。このお話は早くに頭の中にありましたが、偶然過ぎました。
え?そう言われてみれば、そうですね?
そして最近のアカシアは坊っちゃんイジメ過ぎてますね?
出番少ない、刺される、脚が悪くなる、おまけに病。
そしてご無沙汰(笑)
このお話が終ったら、司に良い思いをさせてあげるように努力したいと思います!
御曹司ではなく、大人のセクシーさをと思っています(笑)
さあ、こちらのつくしちゃん、坊っちゃんの元へ・・となるのでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.25 00:37 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
デ*ちゃんとス**コちゃん夫婦のお話しは予想外でした!!
酷い夫で父親・・。間違っても司にはあり得ませんね?
こちらのお話し。あと少しです!月末にはかかりません!
アカシアマジック(笑)・・あるのか?ないのか?(笑)
もう少しだけお付き合い下さいませ。
今夜は夜更かししています。栄養ドリンクで頑張ります!(笑)
でもこの時間に飲むと眠れなくなります(笑)
そして明日は宝塚記念です!キタサン・・どうでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.25 00:50 | 編集
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