2017
06.17

Collector 77

Category: Collector(完)
はじめからこの恋は困難の連続だった。
絶対に認めないといわれた交際。
だが愛に認めるも認めないもない。同じ時代に生まれた二人にどんな障害があるというのか。もし障害があるのなら、道は二人で切り開いていけばいい。

愛には地位も名誉も、親も金も関係ない。そう考えていた。
愛して傷ついて、それでも愛することを止めることが出来なくて苦しんだ。

あの頃、彼はこっちが恥ずかしくなるほどの愛を注いでくれた。
けれど、二人の間に何も起こらない日はないといったほど、何もかもが一度に押し寄せることもあった。
それでも、二人の愛は誰にも邪魔をさせないと、この愛は永遠だと、自分を信じてついてくればいいと言った。そんな彼に言いたくもない言葉を口にし、雨の中に置き去りにし、彼の想いを踏みにじった。

あの頃のつくしには、受け止めなければならなかった現実社会といったものがあり、その現実に背を向けることが出来なかった。所詮高校生だ。どんなに自分の思いを伝えたところで、物事がそう簡単に行くはずがないということを思い知らされた。

だが、今は違う。
今はもう彼の情熱から逃げることはしない。二人は過去を過去とし、前を向いて歩く事を決めた。その未来が今、身体に宿っている。明日へ繋がる未来がここにある。

つくしは下腹部に目をやった。
卵巣が片方しかないことから、妊娠は難しいかもしれないと言われていたが、小さな命が宿っていると言われた。その瞬間、幸福感が身体に広がった。命が育っていることが信じられなかった。そして家族が増えることが嬉しかった。新しい家族が増える。それは二人が結婚の約束をしていたから嬉しかったのではない。たとえ結婚していなくても子供を産むことに躊躇いはない。

二人にとってこの子は大きな贈り物のはずだ。
両親はなく、家族と呼べる存在は弟一人になったこともそうだが、彼も父親を亡くした。
道明寺貴。彼の父親であり、道明寺HD前会長は急性心筋梗塞で突然この世を去った。
たとえ分かり合える相手ではなかったとしても、子供が生まれることで未来が変わることがあると思った。憎しみを流し去ることが出来る。そう信じていた。だがその人に子供のことが伝わることはなかった。

分かった時点て伝えておけばよかったのかもしれない。

道明寺に。

笑顔で流す涙を二人で感じたかった。
だが伝えることが出来たのは、彼が刺され、冷たい床に横たわった状態だった。

時の流れがこんなにも遅いと感じたのは初めてだ。
この時が立ち止まることなく過ぎてくれることを祈った。
今は夜が無事に明けることを祈り、明日が訪れることを願った。
ただそれだけを望んでいた。

出会ったことを思い出に変えてしまう。

それだけは__したくない。

そして、我が子に会う前に彼が死んでしまうことは考えたくない。
だが今のつくしは、怖がっていた。恐れていた。
彼を失うことを。









「牧野。手術が始まってもう8時間だ。少し横になれ」

つくしは、総二郎の言葉に顔を仰ぎ見た。
出棺間際に刺され、搬送された病院での手術は既に8時間を経過し、時刻は23時を回っていた。葬儀はあのまま中止となり、貴が荼毘に付されることは見送られ、遺体は葬儀業者の手により保管されていた。

「それに着替えてこい。いくらここに居たいからってさすがにその恰好のままじゃ疲れるだろ?」

あきらはそう言って、つくしが憔悴しきった顔でいることに心を痛めた。
妊娠していると聞かされたとき、誰もがつくしの身体を心配した。まだ初期段階とはいえ、精神に大きな負担となるこの事件が、彼女の身体に影響を与えるのではないかと心配した。

そして、手術室の前にある長椅子に腰かけているつくしは喪服のままだ。
総二郎もあきらも類も、そして椿も母親である楓も着替えていた。だがつくしは着替える気にはならなかった。かつて自分が銃撃され、彼が今の自分と同じように、血にまみれた姿のまま、手術が終わるのを待っていたと聞かされたとき、やはり同じように考えた。
彼の血が付いた服を脱ぎたくないと。
そして背が高く力強い姿の男が、血にまみれ冷たい床に横たわった姿が瞼の奥に貼りつき、これから生きている限りその光景を忘れることはないと確信していた。


「牧野。おまえも知ってるだろ?司は犬並の回復力を持つ男だ。簡単にくたばる男じゃない」

類はつくしの隣に腰をおろし、未だに震える彼女の手を握った。そして大丈夫だ、というように頷いた。

「おい、類。牧野の手なんか握ったのがバレたら、あいつに殺されるぞ?」

「いいよ。それくらい司が元気ならね。それに俺だってあいつに殺される前にやり返すけど?」

冗談を言ってはいるが、3人の男達は皆心配していた。
医者も看護師も出てくることのない白い扉の向うでは、いったいどんなことが起きているのか。切迫した状況が続いていることは分かっている。葬儀会場から搬送された男の手術は、一刻を争うと言われ、文字通り生死の境を彷徨っていた。そして、ここでこうして待つ者にとっては、恐怖との闘いと言えるはずだ。

それは、死に対する恐怖。
大切な人がいなくなってしまうかもしれないといった恐怖は、誰もが一度は経験するはずだ。

つくしは既に両親を亡くしているが、あの時は自分もベッドの上にいた状態で、類が全てを執り行ってくれた。そのせいか実感がわかなかった。それに、親は自分より先に亡くなるものだといった概念があった。それは厳しい環境で育った人間が、未来を考えたとき、頭の中に常にあることかもしれなかった。頼りない両親を持てば、そんな思いがあったとしてもおかしくはないはずだ。
だが時が経つにつれ、湧き上がる思いがあった。

それは、両親が亡くなったのは、自分のせいではないか。といった思い。
そして父親が仕出かしたであろう行為がわだかまった。だが、その思いを振り切った。
過去ばかり見つめていても仕方がない。時は過ぎていく。その時の流れに逆らって哀しみばかりを探す必要はない。変わって行くことも必要だと。
だから今では誰にも負けないくらい幸せになろうと思った。
その幸せのためにも、彼に、道明寺に生きていて欲しい。

そんな、つくしに出来ることは、ただ祈ることだけだ。




「あんたたち・・明日も仕事でしょ?もういいわよ・・ここは」

「姉ちゃん心にもないこと言うなよ。俺らは4人いるからF4だぞ?それが一人でも欠けたら意味ねぇじゃん」

同じ時を過ごした男達は、仲間に何かあればどんなことでもするつもりでいた。
それが暫く疎遠だった男だったとしても、今は違う。
それを知る椿も彼らの気持ちは分かっている。弟の幼馴染は、皆それぞれ個性的な人間だが、
優しい心を持っていた。
彼らが見守りたい二人は互いに手を取ることが出来た。互いの手を強く握り返すことが出来る手を。それをこれから先もずっと見ていたいはずだ。それが兄弟同然に育った仲間の想いだと分かっていた。

「・・あんたたち・・」

「椿。いいわよ・・いてもらいなさい。皆さんがそれでもいいと仰るなら」

およそ人に頼み事などしたことがないような女の口から出た言葉は、何故か頼み事のように聞こえる気がした。『いてもらいなさい』ではなく『いて欲しい』と聞こえるのは気のせいなのだろうか。

「ああ。全然構わねぇ。俺らと司は兄弟だ。血が繋がってなくてもな。そんな兄弟が痛い目に合ってるってのに、おまえ一人で頑張れなんてことが言えると思うか?おばさん」

楓がおばさんと呼ばれたことがあったのは、もう随分と昔の話だ。
司の元へ遊びに来ていた3人がそう呼んだことがあった。あの頃はまだ子供だった彼らも今はそれぞれが自分の進むべき道を歩んでいた。
表情こそ変えなかったが、心の中では息子の幼馴染みの変わらぬ態度が嬉しかった。
それは何があろうと、あの頃と同じで息子を支えようとしている彼らの気持ちが感じられたからだ。

そして今、我が子である司も新たな道を歩み始めたばかりだった。


「牧野さん・・司の・・あの子の子供がいるというのは本当なのね?」

夫の死、そして我が子の命が危ない状態の今、楓は自分の血を引く、そして司の血を引く子供が目の前の女性の身体に宿っていることに、何とも言いようもない思いを感じていた。

連綿と受け継がれて来た道明寺の血が、牧野つくしの身体に受け継がれたことを。

「・・はい。先日病院で診察してもらいました。でも彼には話してなかったんです。・・私の身体のことはご存知のとおりです。ですからどこか不安があったんです。そんな思いから少しだけ時間を置こうと思ったんです。でもその矢先にご主人様がお亡くなりになったので話すタイミングを逸したんです。今はこの子の事よりご主人様の事の方が重要ですから・・・だから葬儀が終ったら話そうと思っていたところでした」

と、つくしは躊躇いがちに笑い、まだ膨らんでもいないお腹に手を添えた。
今の心境はとても笑えるような気持ではない。それでも少しだけ微笑むことが出来たのは、お腹の中に未来があるからだ。それは二人にとっての未来。そして家族全員の未来であって欲しいと望んでいた。
司とつくしに関わる人間全員にとっての未来がここにあるはずだ。

「つくしちゃん・・ごめんね・・あなたにそんな気を遣わせちゃって」

椿は、つくしの傍に来ると、隣に座り彼女の手を握りしめた。慰めるような、それでいて詫びているような態度は、いつも強気な態度を見せる椿自身も、弟のことに不安があるからだ。だが弟の子供がつくしのお腹に宿っていると知り、嬉しくもあった。

「・・そうね。あの子も哀しみの中、喜びを表すことは難しいでしょうから」

楓はつくしの思いを受け取った。
父親が亡くなったことを、哀しむ素振りも見せない男が、我が子が誕生するかもしれないと知ったとき、見せる喜びが場にそぐわないと思ったのだろう。今は亡くなった父親のことを哀しむことが第一だと言いたかったのだと楓は理解した。
それがたとえ自分達の仲を再び引き裂こうとした男だとしても、父親であることに変わりないのだから。
そして親は選べない。そう思うのは、牧野つくしも同じだからだと知っていた。



今、ここにいる人間は、抵抗不可能な未来と対峙しているのだろうか。時間だけが刻々と過ぎ、しんと静まり返ったこの場所は、闇の中に沈んだように感じられるはずだ。
だがその中に一筋の希望の光りを求めているのは、誰もが同じだ。

沈黙を破ったのは、手術室の扉が開いた音だ。

グリーンの手術着の男性が扉の向うから姿を現し、その場にいた全員が立ち上った。





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コメント
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dot 2017.06.17 11:04 | 編集
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dot 2017.06.17 14:02 | 編集
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dot 2017.06.18 00:06 | 編集
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dot 2017.06.18 00:47 | 編集
m様
お気持ち、確かに受け取りました。
司の体力を信じましょう!
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.06.18 15:54 | 編集
さと**ん様
生存確認。ありがとうございます。
血にまみれた喪服の女、つくし・・。
病院の長椅子に座り祈る。ちょっと怖いですね?
でも、司もつくしが狙撃されたとき、血まみれのスーツを脱ぎませんでした。
共に思いは同じ・・と、いうことですね?
原作並に次から次へと二人を襲う事件。サスペンス劇場と化しているかもしれません。
司は恋人、家族、仲間が待つ場所へ戻って来れるのか。
手術は終わりました。果たして司の運命は_。
続き、お読み下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.18 15:56 | 編集
c**a様
はじめまして^^
>大丈夫ですよね
続き、是非お読み下さいませ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.18 15:58 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
みんな色々な思いを抱えながら、司の手術の成功を祈っています。
8時間にも及ぶ大手術です。そうです。手首をねじった刺し傷。
傷も深いし、内臓の損傷も心配ですね?
司くんの生命力を信じるしかない・・。あの場所にいる誰もがそう思っていると思います。
そして、司本人も貴さんの元へは行きたくないと思います。何しろあんな親父ですからねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.18 16:04 | 編集
pi**mix様
司の傍から離れられない。
今のつくしちゃんの胸の内は・・
辛いはずです。一分一秒が、その時を刻む針の重さに押し潰される思いでしょう。
そして命ある彼と早く再会したいと願っているはずです。
ジャッキーはそうですよね・・。惨劇を世間に知らしめるため、血まみれのスーツを脱ぎませんでした。あの方も意思の強い女性でした。司もつくしが狙撃されたとき、彼女の血がついたスーツを脱ぎませんでした。その血さえ愛おしいと・・。
さあ、坊ちゃん!!戻って来て!
祈り。有難うございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.18 16:07 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
そうなんです。マ**チ様の叫びが聞こえたんです!!(笑)
さて、手術室の明かりが消え、医師が出てきました。
司の運命は!!え?その医師を裏で操っているのはアカシア?
あ、そうですね?そうでしたね?(笑)

Her story 。中年親父と女子高校生。その擬人化がおかしく、場面を想像して笑ってしまいました。
そして酷い夫!!自分でお嫁さんを見つけておいて、酷い夫だなんて!デ*ちゃん何をしたんでしょうか?その後、楽しみにしています。
はい。同じ月を見ました。司とつくしもそうなることを祈りましょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.18 16:13 | 編集
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