つくしは出社すると作業着へと着替えていた。
「牧野さん今日の現場はどこなの?」
ロッカールームの中でつくしを見つけた同僚の女子社員が声をかけてきた。
「うん、マンションの建設予定地なんだけど、うちのボーリング調査が入っているからちょっと様子を見てこようと思って」
「牧野さん勉強熱心よね。今の専門分野だけじゃなくてもっと上の分野も目指しているんだったわよね?」
つくしは理由を説明していた。
「うん、まだまだ実務経験が足りないから今から勉強しておかなきゃと思ってるの」
そんなつくしに女子社員は話を続けても大丈夫かと顔を覗いながら好奇心いっぱいの様子で聞いてきた。
「ねえ、でも牧野さん道明寺支社長と婚約中でしょ?結婚してからも仕事を続けるつもりなの?」
つくしが力をこめて言った。
「あ、あれ?あの話は単なる誤報だから。なにかの間違いだから!」
「そうなの?」彼女が興味深そうに聞いてきた。
「うん、同じ英徳だけど私はただの後輩のひとりで、写真が出てたけどあれは間違いよ!
ほら週刊誌なんてそんなことがよくあるでしょ?じゃあ、私急ぐから行くね」
女子社員は「気をつけてね」といいつくしは元気よく「行ってきます」と答えた。
つくしはロッカーから取り出したヘルメットと安全靴をいつもの鞄と共に社用車に積み込むと駐車場を後にしていた。
******
マンションの建設予定地ではすでに調査が開始されていた。
ここは比較的固い岩盤に覆われているが地下水も多い土地だ。
今後の工事では掘り進めるのも大変だと思われた。
「あれ?牧野さん、今日はどうしたの?」
年配の男性社員が声を掛けてきた。
「すいません、私も現場に立ち会わせて頂いてもいいですか?勉強したくて・・」
「ああ、いいよ。でも足元に気を付けてね」
そう言われてみれば見渡せる範囲の中にも何か所かに大きな穴が開いているのが見て取れた。
つくしはこの仕事に就いて良かったと思っている。
この分野で働く女性は少ないし、現場に出れば土にまみれて汚れる仕事だけど
やりがいを感じていた。
大学で土木工学を勉強したのも物づくりに携わりたかったからだ。
形として残る何かの基礎にかかわれることが嬉しかった。
そして手に職をつけることが一番だ。
芸は身を助けるじゃないけど資格は私の身を助けてくれる。
これからはもっと大きな事業にかかわれるように勉強をしたい。
だから・・・あいつの、道明寺のことは・・・
つくしの意識の中には突然腕に焼けつくような鋭い痛みを感じたのと
足もとをすくわれたと思ったことはどちらも同時に起こったことだった。
後でそのとき自分が見た光景を思い出そうとしたが何も思い出せなかった。
******
夕闇の迫るころ彼はノートパソコンの電源をおとすと椅子の背もたれへと身体をあずけた。
ネクタイを緩めて息をつき、ワイシャツのボタンも上からふたつ外した。
類にはあんなふうに話をしたが、なにひとつ仕事が手につかない。
集中しようとしたが無駄だった。
胸の内ポケットから携帯電話を取り出し眺めてみた。
牧野に教えた俺のプライベートの携帯電話に着信記録はない。
あの時は飢えた獣のように牧野に飛びかかってしまった。
頭に浮かぶのはあいつの姿ばかりだった。
白くたおやかな身体をむさぼっていた俺。
その身体の上にぐったりと横たわったまま我に返ったとき、あいつは俺の頭をやさしく撫でていた。
俺が牧野の上から身体を持ち上げて隣へと横になったとき、あいつはくるりと背中を向けベッドから起き上がり「お願い、帰ってくれない?」そう小さな声で呟いていた。
あの時の俺は罪悪感を抱き責められているような気がした。
俺はくるりと椅子を回転させて大きな窓の外を見つめていた。
ニューヨーク滞在もあと一週間だ。
早く日本に帰って牧野と話しがしたかった。
彼の目の前にはニューヨークの高層ビルの輪郭がどこまでも広がっていた。

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応援有難うございます。
「牧野さん今日の現場はどこなの?」
ロッカールームの中でつくしを見つけた同僚の女子社員が声をかけてきた。
「うん、マンションの建設予定地なんだけど、うちのボーリング調査が入っているからちょっと様子を見てこようと思って」
「牧野さん勉強熱心よね。今の専門分野だけじゃなくてもっと上の分野も目指しているんだったわよね?」
つくしは理由を説明していた。
「うん、まだまだ実務経験が足りないから今から勉強しておかなきゃと思ってるの」
そんなつくしに女子社員は話を続けても大丈夫かと顔を覗いながら好奇心いっぱいの様子で聞いてきた。
「ねえ、でも牧野さん道明寺支社長と婚約中でしょ?結婚してからも仕事を続けるつもりなの?」
つくしが力をこめて言った。
「あ、あれ?あの話は単なる誤報だから。なにかの間違いだから!」
「そうなの?」彼女が興味深そうに聞いてきた。
「うん、同じ英徳だけど私はただの後輩のひとりで、写真が出てたけどあれは間違いよ!
ほら週刊誌なんてそんなことがよくあるでしょ?じゃあ、私急ぐから行くね」
女子社員は「気をつけてね」といいつくしは元気よく「行ってきます」と答えた。
つくしはロッカーから取り出したヘルメットと安全靴をいつもの鞄と共に社用車に積み込むと駐車場を後にしていた。
******
マンションの建設予定地ではすでに調査が開始されていた。
ここは比較的固い岩盤に覆われているが地下水も多い土地だ。
今後の工事では掘り進めるのも大変だと思われた。
「あれ?牧野さん、今日はどうしたの?」
年配の男性社員が声を掛けてきた。
「すいません、私も現場に立ち会わせて頂いてもいいですか?勉強したくて・・」
「ああ、いいよ。でも足元に気を付けてね」
そう言われてみれば見渡せる範囲の中にも何か所かに大きな穴が開いているのが見て取れた。
つくしはこの仕事に就いて良かったと思っている。
この分野で働く女性は少ないし、現場に出れば土にまみれて汚れる仕事だけど
やりがいを感じていた。
大学で土木工学を勉強したのも物づくりに携わりたかったからだ。
形として残る何かの基礎にかかわれることが嬉しかった。
そして手に職をつけることが一番だ。
芸は身を助けるじゃないけど資格は私の身を助けてくれる。
これからはもっと大きな事業にかかわれるように勉強をしたい。
だから・・・あいつの、道明寺のことは・・・
つくしの意識の中には突然腕に焼けつくような鋭い痛みを感じたのと
足もとをすくわれたと思ったことはどちらも同時に起こったことだった。
後でそのとき自分が見た光景を思い出そうとしたが何も思い出せなかった。
******
夕闇の迫るころ彼はノートパソコンの電源をおとすと椅子の背もたれへと身体をあずけた。
ネクタイを緩めて息をつき、ワイシャツのボタンも上からふたつ外した。
類にはあんなふうに話をしたが、なにひとつ仕事が手につかない。
集中しようとしたが無駄だった。
胸の内ポケットから携帯電話を取り出し眺めてみた。
牧野に教えた俺のプライベートの携帯電話に着信記録はない。
あの時は飢えた獣のように牧野に飛びかかってしまった。
頭に浮かぶのはあいつの姿ばかりだった。
白くたおやかな身体をむさぼっていた俺。
その身体の上にぐったりと横たわったまま我に返ったとき、あいつは俺の頭をやさしく撫でていた。
俺が牧野の上から身体を持ち上げて隣へと横になったとき、あいつはくるりと背中を向けベッドから起き上がり「お願い、帰ってくれない?」そう小さな声で呟いていた。
あの時の俺は罪悪感を抱き責められているような気がした。
俺はくるりと椅子を回転させて大きな窓の外を見つめていた。
ニューヨーク滞在もあと一週間だ。
早く日本に帰って牧野と話しがしたかった。
彼の目の前にはニューヨークの高層ビルの輪郭がどこまでも広がっていた。

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Comment:1
コメント
た*き様
連日のコメントを有難うございます。
そしていつもお気に留めて頂き有難うございます。
地味なお話ですがなんとか進めております。
この先も読んで頂けるように書きたいと思います。
と、言うことで明日もお立ち寄り頂けると嬉しいです(^^♪
連日のコメントを有難うございます。
そしていつもお気に留めて頂き有難うございます。
地味なお話ですがなんとか進めております。
この先も読んで頂けるように書きたいと思います。
と、言うことで明日もお立ち寄り頂けると嬉しいです(^^♪
アカシア
2015.09.29 22:41 | 編集
