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2017
06.11

Collector 72

Category: Collector(完)
政治家には世界の動きを俯瞰する力が必要と言われている。
それは企業経営者にも必要な力だ。
貴は常に高い所から財閥を、道明寺家を統率して来た。
だが、その地位は実の息子である司に奪われた。それが貴の望み通りの権力の移行なら彼も納得出来たかもしれなかった。だが先日のパーティーでの出来事はそうではなかった。

息子が今一番大切にしているものは、金でも名誉でもなく、牧野つくし。
生きていく上で必要な空気と同じくらい必要な女。彼女こそ息子の一番大切なもの。
財閥でも、会社でもなく牧野つくしが人生の、息子の夢。
大勢の人間の前で己の芳しくない過去を認め、それでも牧野つくしを手放すつもりはないと言い切った。

そしてそのことに彼の妻であり、ビジネスパートナーの楓が一枚噛んでいた。

翌日の午後、貴は邸にあるかつての自分の執務室にいた。
そして窓辺に立つ男は楓が来るのを待っていた。

二人の間には暗黙のルールといったものが存在した。互いの持分を侵さないことがルールとなり、楓はホテル事業の全般を取り仕切り、財閥本体への口出しはしないといったものがある。だが、パーティーのパート―ナーとしてあの娘を連れて来いと言ったのが楓だと聞き、その正気を疑った。息子に与える母親の影響力といったものがどれほどあるのかと考えたが、楓は貴と同じで子供たちと過ごした時間は殆どと言っていいほどない。だから立場は自分と同じ疎遠な親子関係だと思っていた。それなのに貴のあずかり知らぬところで、母と子はビジネス以外の関わりを持ったということだ。


貴と楓の夫婦としての仲など今更だ。結婚は決められたもので、二人ともその流れに従っただけのこと。完全なるビジネスパート―ナーである限り、夫婦として仲が良い悪いといったことが、二人の間の妨げになることはない。そして子供は駒としての扱いしかなかったはずだ。



扉がノックされ、貴は振り返り言った。

「入れ」

貴の厳しい眼差しを受けても平然と受け流すことが出来るのは、妻という立場にいる楓だけだ。いつものように上品なビジネススーツを纏った楓は、無言で貴の傍へと近づいて来た。

「あなた。何かご用かしら?」
「ああ。おまえに聞きたいことがある」
「あらそう。一体何かしら?ビジネスについてかしら?もしそうでないとしても、あなたとビジネス以外で話しがあるとは思えないのだけど」
「わたしもそう思う。わたしとおまえがビジネス以外で話しあったことがあったとすれば、一体いつの話になるか。それさえも思い出せんよ」

互いに本音で話したことがあるとすれば、ビジネスについてのやり取りしかない。
楓が道明寺家に嫁いでから、待望の男の子である司を身ごもるまでどんな会話が交わされたか。その頃ならまだ会話もあったはずだが、跡取りである司が生まれてから、子供の教育も、世話も全てが人任せとなっていた。

楓は、貴に近づくと夫の目に視線を合わせた。
だが互いの表情はどちらも読み取ることが出来ないほど変化がない。
そしてどちらも冷やかな目で互いを見ていた。

「あなたが私を呼んだのは司のことね?」
「ああ。そうだ。おまえがあんなことをするとは思いもしなかった」
「それはあの子が彼女をパーティーに同伴したことを言ってるのかしら?」

楓は貴の目が鋭く尖ったのを見た。
その瞳は息子である司と同じだが、今の息子の瞳は感情の揺らめきを感じることが出来る。だが夫である目の前の男の瞳に浮かぶのは、憎悪としか言えなかった。

「分かってるなら何故そんなことをしろと言った!」
貴は眉を吊り上げ怒鳴った。
「おまえがそう言ったそうだな、牧野つくしを同伴しろと。その結果がどうなったかおまえも見たはずだ。司はあの娘と結婚すると・・あの大勢の客の前で言い放ったんだぞ?いったいおまえは何を考えてあの娘を同伴しろと言った!司はあの娘に再会してから変わってしまった。おまえも分かっているはずだ。おまえのその行動に理由があるなら聞かせて欲しいものだな!」

貴は手にしていた封筒を力任せに引き千切った。
それは司の婚約を聞き、届けられた花に付けられていたカードで、祝福の言葉が書かれていた。

「ええ。あるわ」

楓は冷静に落ち着き払った態度で口を開いたが、その冷静さが貴にしてみれば気に障った。
居丈高な態度は華族の血を引く女ならではだろうが、貴に向かってその態度を見せたことはなかった。

「なんだ。言ってみろ。どんな理由があるというんだ!あの娘はどこの馬の骨とも知れん娘だ。それにあの父親はわたしを、道明寺を脅したんだぞ?あの男_」

「もういいではありませんか」

貴の言葉を遮った楓の言葉の語尾は、先ほどとは打って変わって優しく感じられた。

「なにがいい?愛だの恋だのの為に全てを捨てるというのか!いいか?司はあの娘に出会ってから変わってしまった!現に花沢物産に買収案件を譲るなどみられたざまか!おまえは司に何を吹き込んだ?おまえがあの娘と結婚しろと言ったとしたら_」

「あなた」

時代が時代なら大勢の家臣にかしずかれていた女の言葉は、たったひと言であろうと喜怒哀楽を相手に伝えることが出来き、貴が言いかけた言葉を止めた。その短い言葉に込められているのは、怒りなのか、それとも哀しみなのか。

「おまえの教育が悪いなんてことを仰らないで下さい。私はあの子に教育を与える時間などありませんでした。それはあなたもお分かりですよね?私は財閥のため、道明寺のため全てを捨てましたから。母親としての立場もね」

捨てたものの代わりに手にしたものがあるとすればそれは何か?
だが楓は何も手にすることがなかったはずだ。

「・・私はこの世で一番大切なものを失ったんです。それが何かあなたには分かるかしら?それは子供たちの愛よ。私の本当の望みはビジネスを拡大していくことではなかったわ。ええ、あなたの仰りたいことは充分理解してるわ。今更でしょ?でもその今更が遅いなんてことはないはずよ」

司もそう言っていた。
今更だとしても、過去は過去として認めると自ら放った言葉があった。
過去があるから現在があるのだと。


「今更何を言うかと思えば・・まさに今更何を言っているとしか言いようがない。おまえがビジネスに打ち込んでいたのは知っている。事実そうだろうが!子供たちを省みることなどなく、世界を飛び回っていたのが誰だか分かっているはずだ!」

貴の言葉は事実だ。それを否定するつもりはない。

「そうよ。それについて否定はしないし出来ないわ。でも私にも良識はあるの。わかるかしら、あなたに。自分のお腹を痛めて産んだ子供が、不幸になることを望む親がどこにいるかしら?」

機械的に仕事をこなす女と子供たちとの親子関係はとっくの昔に破綻し、母親のエゴを出すこともなく、親として諦めることが多かったが、新生児室にいた我が子を抱いた瞬間を忘れたことはない。自分の役割を果たせたことに安堵すると共に、その子の将来の幸せを願った。あの時、夫が何を考えていたとしても、同じようにその子の幸せを願ったはずだ。

「確かに私も他人を傷つけたことはあるわ。そのことを否定することは出来ない。でもそれはあなたほどではなかったはず。・・そう思っているのは私だけでしょうけど。それでも法を犯す・・」

楓は一瞬言葉に詰まった。法を犯すことをしていないとは言えない自分がいたからだ。
だが言葉を継いだ。

「少なくとも人の身体を傷つけようなどとは考えなかったわ」

夫が牧野つくしを司から引き離さなければならないといった妄執とも言える思いに囚われているのは、もはや動かし難いものになっていた。だがこのまま放っておけば、この先何をするのかと考えずにはいられない状況になっていると感じていた。

「あなたは踏み越えてはいけない一線を越えたのよ」

夫婦としての結びつきなど、とっくの昔に失われている二人は、ビジネスを軸に結びついている部分がある。だからこそ今の夫に何か言えるとすれば、楓しかいない。そしてそのことを楓も充分理解していた。

「もしあなたが牧野つくしに何かしようとすれば、あの子はあなたを・・殺すわね。それだけは、はっきりと言えるわ。私だって母親ですもの・・その資格は随分と昔にもう無くしましたけど母親ですから分かります。それに私はもうこれ以上あなたに人として道を踏み外すようなことはして欲しくはありません。仮にだとしても司がもしあなたを手に掛けるようなことがあれば、それこそあなたが大切に考えているこの家は無くなってしまうのよ?」

司は例え羽交い締めにされたとしても、自分のやるべきことを成すはずだ。
それは父親と同じ気質であることを認めない訳にはいかない。

「楓・・おまえは司と同じでわたしを脅す気か!」

殆ど無表情な楓に対し、貴は激高しているように感じられた。いや激高しているのだろう。
だが貴が牧野つくしに対し行ったことへの因果応報なら己に向かって刃が向けられることも当然のこと。

「いいえ。・・ええ。そうね・・そうかもしれないわ。・・あなたは他人が羨むものを全て所有しているはず。これ以上何を望むんです?司は、司には司の人生があると認めてもいいではありませんか。あの子は経営者としての器は充分あります。それは認めているはず。ただやり方が尋常ではなかった。それは認めなくては・・。それも彼女が、牧野つくしが傍にいることで変わっていくはずです」

「おまえはいったい何が言いたい?」

挑むように怒った声。
何が言いたいか?
殆ど無表情だった楓の顔に浮かんだのは充足感だったのかもしれない。

「あの子を・・司たちをそっとしてあげて下さい。もう構わないでおいて欲しいんです。あれからもう10年です。私たちがあの子たちの仲を引き裂いたのは。勝利と敗北があるとすれば、私たちは負けたのよ。あの子たちの絆にね。私たちはもういい加減それを認めるべきなのよ」

楓は今まで司について多くの言葉を口にしなかった。だが口にした言葉は、彼女の本質に根ざした言葉だ。それは混じりけのない息子に対する思い。たとえそれが鋭く冷たい言葉だとしても、自分と向き合わなければならない時が来たのだと分かっていた。






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コメント
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dot 2017.06.11 12:17 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
夫婦の会話。この二人は夫婦なのでしょうかねぇ。
楓さんは母としての自分が前面に出て来ました。
過去は変えられなくとも、未来は変えることが出来ます。
そして楓さんは未来を見つめることが出来る目をお持ちのようです。
貴さん(笑)初めて名前で呼んでみたんですね?今日呼んで頂けてよかったです!
貴さんも喜んでいることでしょう。

そうですねぇ、忙しいといいますか、疲れて頭が回らないといった日があります。
そんな時はお休みさせて頂いてます。
梅雨入りしましたが、確かに雨が降ると気分も重く、どんよりとなります。
雨もほどほどがいいのですが、雨が降ると雨に纏わるお話しも頭を過ることがあります。
司くんとつくしちゃんにとって、雨は良い思い出ではありませんが、あの出来事も二人の絆を深めるためには必要だった・・そんな気がします。
司×**OVE様もお身体ご自愛下さいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.11 22:28 | 編集
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dot 2017.06.12 01:23 | 編集
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dot 2017.06.12 01:38 | 編集
さと**ん様
お腹を痛めて産んだ我が子との繋がりは、母にとって何ものにも代えがたいものです。
父親は遺伝子レベルのお手伝いをしただけですから、お腹は痛めていません。
血を別け、肉を分け与えたのは母です。
やはり鉄の女は強かった!
貴は人としての一線を越えた・・そのことは、母である楓としては許せなかったのでしょう。
例えどんなに母と息子の仲が険悪だったとしても、息子の幸せを願わない母はいないと思います。何があっても我が子を信じるのが母親だと思います。
貴はねぇ・・結果は御覧の通りでございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.12 21:23 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
楓さん母です。正真正銘の母です。
>産みの苦しみを子供と共有している・・
そうです。鉄の女は我が子の幸せを願っています。
凛とした言葉と態度の楓さん。貴には負けません!!
司パパ・・残念ですがマ**チ様の思いは伝わりませんでした。

錦織くん!マ**チ様が応援すると負ける?
そんなことはないですよ(笑)たまたまです(笑)
それにしても、卓球は素晴らしいですね?東京五輪が楽しみです。
そして週明けから夜更かしですね?そのパワー、分けて下さい!!
最近疲れやすく、栄養ドリンクのお世話になっています。←箱買しました(笑)
今週も頑張りましょう!!←自己暗示です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.12 21:33 | 編集
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dot 2017.06.12 23:27 | 編集
pi**mix様
楓さんの強さは、半端ではありません。
貴が何を言おうと、関係ありません。母はお腹を痛めて産んだ我が子のためなら、どんなことでも出来ます。そして、それが楓さんだからこそ出来ることもあります。
おお!素晴らしい。そうです。女性が冷静に今と過去とを話し始める。
それを相手に対して語るとき、それは相手にある種の決断を求めています。そんな時の女性は相手の意見は聞きません。
「それで?あなたはどうするの?」と言いながら、「あ、そう。じゃあ勝手にすれば?」と突き放します。
ええっ?大丈夫ですか?・・大丈夫ではなかったようですが・・。
お話しをお聞きする限り、かなりのお怪我とお見受けしました。
今後のこともありますから、くれぐれもご無理はなさいませんようにお大事になさって下さいね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.13 22:11 | 編集
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