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2017
06.03

Collector 68

Category: Collector(完)
高層ビルから見る外の景色は、雨が降っていた。
梅雨前線の北上は西から湿った空気を運んで来るが、その影響からか高い場所から下を眺めたところで、けぶった景色が見えるだけで何も見えはしなかった。


梅雨を迎えた6月は一年の中で一番株主総会の多い月だ。
道明寺HDの株主総会も6月下旬に開催された。

3月末が決算の会社の定時株主総会は、6月下旬に集中する。
それは、株主総会の権利行使基準日を事業年度末、つまり決算日と同一日に定めている会社が多く、この基準日の有効期限が3ヶ月以内とされているため、3月末が年度末決算の会社の場合、6月の総会開催が必須となるからだ。

道明寺HDの大株主は道明寺貴を筆頭に他の株主も家族や親族、そして関連企業、信託銀行などが占め、公開されている株を持ち合いさせているといった状態で、総会といっても株主から質問も出ず、議案の採決だけをとり、何の論議もせず、すぐ終わってしまう総会が恒例だ。つまりシャンシャン総会と言われ形式的に終わっていた。そして株主総会と言えば、揉めることもあるのだが、そういった邪魔が入らないのも、貴のフィクサーとしての力と政治力が働いていたからだ。

そしてそんな状況は、今年も変わらなかった。

だがもしあのUSBの内容が明らかにされていれば、状況は大きく変わったはずだ。





司は、まだこの展開が信じられずにいた。

『子供のことで悩むくらいならさっさと結婚して努力なさい。』

楓とつくしが会った日、聞かされた話しは、すでに似た様な言葉を耳にしていた司にとって、
あの言葉は本物だったのだろうかと思い始めていた。

『赤ん坊が生まれると言うことはそれだけで周りを変えることが出来る。赤ん坊が生まれると奇跡が起こることがあるわ。すべてが許される・・そんなことがある。』

つくしと母親が交わした言葉が本当なら女同士ふたりは比較的なごやかに過ごしたことになる。それは10年前なら考えられない光景がその場にあったということだ。
そしてつくしが言った楓の言葉が母親らしい一面を見せたと感じていた。

『あなたの傍にはあの子がいる。』

母親と二人きりになった場面など記憶の中に存在すらしなかったが、その言葉の意味を司は考えた。
それは牧野つくしとの関係を認めるということもあるが、自分が大切な人はしっかり守りなさいと言われたのと同じことだと。男なら自分の行動に責任を取れということではないかと。
自分の過去と向き合うなら、きちんとけじめをつけなさいと。
そしてその言葉は、確信を込め放たれた言葉のはずだ。

親が子供を信頼するといったことは、今までの司には与えられることがなかったことだった。だが我が子を信頼しているといった言葉が本物なら、それは彼にとって今まで与えられたことがなかった母親の愛情なのかもしれなかった。


そしてこれから行われる貴の叙勲祝賀パーティー。
その場につくしを伴って出席する。
自分の父親が主役となったパーティーに好きな女を連れて出る。
近いうちに道明寺司夫人となる人を伴って。

『あなたの傍にはあの子がいる。』

司にはすべてをかけても守りたい人がいる。

そしてその言葉を実践する時が来る。










色鮮やかな花がこぼれんばかりに飾られているのは、ホテルメープルで一番広いと言われる宴会場だ。道明寺貴の叙勲を祝うパーティー会場を訪れた男二人は、モデル並のスタイルを黒のタキシードで包み、並んで立ったまま、シャンパングラスを片手に広い会場を見渡していた。

「総二郎おまえ今日は同伴者なしか?」
「そういうおまえこそ誰もいねぇのかよ?」

総二郎もあきらも、まるで人間磁石のように女を惹き付ける。
だが一人は年上の人妻限定。そしてもう一人は若い女性を好んでいた。
そんな彼らの女性に対する基準はさほど厳しくない。彼らは俗に言うフェミニストとでも言えばいいのだろうか。どんな女性にも分け隔てなく優しい。だがそれが優しさに包まれたある種の残酷さでもあった。その優しさのせいで女性同士が彼らの愛を巡り争うこともあった。だが、彼ら二人が本物の愛を与えているのかといえば、そうではなかった。あくまでも一夜の恋であり、かりそめの恋。まさにそれはアバンチュールと呼ばれる恋だ。本気の恋などするつもりもなければ、それに相応しい相手に出会ったこともなかった。
そして今夜こうして二人がいるパーティー会場にも大勢の女性がいるのだが、どの女性にも食指が動かなかった。


「ああ。1年位続いたマダムがいたんだが、厳密に言ったら今は誰もいない状態だな。まあビジネスデートってやつなら適当にやってんだけど、最近はそんなもんだ」
「なんだよ、そのビジネスデートってのは?」

総二郎は美作商事専務のビジネスデートに興味津々だ。
何しろ茶の道にそんなデートなど存在しないからだ。デートといえば、どこかへ出かけ、食事をし、雰囲気のいいバーでグラスを傾け、それから抱き合う。
そんな総二郎が男一生の仕事として選んだのは茶の道。仲間のなかで唯一ビジネスの世界とは縁がない男だ。


「ビジネスだよ、ビジネス。デートだなんて言ったけど、言葉のアヤだ。食事しながらの仕事だ。色気もなんもねぇ単なる食事ってヤツだ。それにしても仕事しながらのメシなんて全然美味くねぇな」
「それってアレか?セックス無しか?」
「ああ、無しだ。純然たる仕事だ。・・それになんか休暇中っての?どうも最近女を抱く気が起きねぇんだ。それよりおまえはどうなんだ?おまえが清廉潔白な生活を送ってるとは、とても思えねぇんだけど最近どうなんだ?浮いた話のひとつやふたつありそうだけど、最近全然聞かねぇんだけど」
「俺か?実は俺も休暇中だ。海外に行くことが多いってのもあるけど、なんかそういった気になんねぇんだわ。それに最近食あたりっぽい気もするしな」

あきらはニヤリとするも、いたく真面目な顔で総二郎に言った。

「・・おい。俺たちまさかもう終わったなんてこと、ねぇよな?」

美作あきらと言えば、美作商事専務であり、次期社長といわれている男だ。
几帳面な性格で、よく気がつく。そして男としても魅力的だ。そんな男が男としての機能を失ったかのような発言。

だが、そんな男が今の立場を捨て、ジゴロとして生きていこうとすれば、彼を自分の若い恋人として手元に置きたいと思う女性は多いはずだ。あきらは年上の女性から自分が望まれていることを知っていても、若い男を求める彼女たちを蔑んだり皮肉を込めたような目で見ることはなかった。あきらは若い女性は苦手だ。それに独身の女性と付き合いたいと思うことはなかった。現にこうして総二郎と壁際に佇む男は、少し離れた場所に夫と共に立つ、過去に付き合いがあったが傷つけることなく別れた年上の女性にウィンクすることを忘れはしなかった。

「・・おまえな・・言うに事欠いて何を言うかと思えば、俺たちまだ20代だぞ?それを今から終わってどうすんだよ!今はたまたまだ!それにな、仮におまえがそうだとしても、俺は違うからな!・・・てか、俺ら男同士でつるんでなにやってんだろうな?」

何が楽しくて世に名を馳せるいい男二人が会場の片隅で話し込む必要がある?
そんな二人にチラチラと視線を向けて来る女性たちは、声をかけてもらいたいと、傍を通るが二人の目には入らなかった。

「まあそう言うなよ総二郎、今夜ここに来た理由は_」

「理由ならあるよ」

二人の男と同じくタキシードを来た男は、薄茶色の髪にビー玉のような目を持つと言われていた。彼に送られる秋波は二人以上だが、気に留めることはない。

「類!遅せぇぞ!」

「ホントだぞ!今おまえに電話しようと思ってたところだ。おまえのことだからパーティーなんか忘れて寝てんじゃねぇのかと思ったから電話しようとしたところだ」

あきらは携帯のアドレス帳から類の電話番号を探し出したところだった。

「仕事が長引いたんだよ。ただそれだけ。それから二人とも女と騒ぎたいならここが終ってからにしてくれない?今日ここに来た理由は牧野が司の父親と会うからだろ?それを見守るために来たんだからね」

花沢物産専務である類の元にも届けられた道明寺貴の叙勲を祝うパーティーへの案内状。
司がその場につくしをパートナーとして同伴すると聞かされ、類は当然心配した。
10年前、誰からも見捨てられたような少女だったつくしと弟を自宅に住まわせ、司の父親から守ってきた。姉弟からすれば、類は優しくて頼りになる存在でいたはずだ。
今、つくしは類の元を離れ、彼女が愛する人の傍にいる。そのことが彼女にとって幸せならそれでいい。そしてその幸せを見届ける義務が類にはある。まるで保護者かと言われるかもしれないが、それが今の類の偽りのない気持ちだ。

「・・それで二人はどこ?」

あきらと総二郎から遅れてパーティー会場に現れた類は、司とつくしの姿を探したが見当たらなかった。

「ああ。あいつらならまだだ。それより聞いたか?牧野、司のかーちゃんに会ったらしいぞ?」
「へぇ。すげぇな。10年振りの再会か。でもまた何で会うことになったんだ?」
「それがかーちゃんの方から会いたいって言ってきたらしい。どうやら牧野と和解したらしいってことだ」
「それって恩讐の彼方にって感じか?」
「恩讐ねぇ・・色んな感情を乗り越えたってことか・・」
「そうだ。あいつは簡単に人を許す癖があるからな。司のかーちゃんに二人の仲を邪魔されたなんてことも、今じゃ大したことじゃねぇなんて言ってんじゃねぇの?」
「あり得るな。何しろあの牧野だ」

あの牧野。
そう思えるのは、3人が知っている牧野つくしは、あの学園の中で気取ったところがなかった唯一の人間とでもいっていいほど飾り気のない少女だった。
そんな少女がひとりの男を睨みつけた瞬間、男は彼女に恋をし虜にされた。
3人の誰もが忘れることのなかった衝撃的な二人の出会い。


「でもな。牧野は曲がったことが嫌いな女だろ?そんな女が好きな男の母親だと簡単に許せちまうってのは、そんなものなのか?」
「牧野の場合、曲がったことって言うよりも世間の矛盾に耐えられねぇって方が言い方としては正しいのかもしれねぇぞ?」
「じゃああれか?世間の矛盾には我慢できなくても、自分の裡の矛盾には我慢が出来るってことか?」

だから10年前、自分たちの交際を反対した司の母親のことも簡単に許すことが出来たのか?自分が許せばそれで全ては丸く収まる。その考えはやはり牧野つくしらしい考え方。

「オイ。それって牧野は単純そうに見えてあいつは案外複雑な女ってことか?」
「ああ。あいつはああ見えて意外と耐える女ってヤツだ。昔からそんなとこがあっただろ?」

「言われてみればそうだな・・・なんて言えばいいんだ?自分さえ我慢すればあとはなんとかなるって場合があったとしたら、その自分になる女だ。・・なあ類。今の牧野は何かを我慢してるような女に思えるか?何しろ司より長く牧野の傍にいて見てたのはおまえだからな」

「いや・・そんな風には見えないよ・・俺にはね」

類が目を向けた先にいる女性は10年花沢邸で暮らした頃と違い、大人の女性へと変貌を遂げていた。それは見た目ではない。ハッとするような美人ではない女性だが、今の彼女は生命力が感じられる。それは愛されることを知った女性の自信の表れなのかもしれなかった。




つくしは黒い髪を頭の後ろで上品に結い上げ、そのほっそりとした身体に似合うブルーのドレスを着ていた。隣に立つ男が彼女のために選んだドレスを着た女性。
衣裳のおかげで性格まで変わる。そんなことがあるのかもしれないが、3人が目にしたのは、最初の出会いとは、全く印象が違った女性がそこにいた。






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コメント
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dot 2017.06.03 12:06 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
楓さんの言葉の意味を理解した司。
父親からつくしちゃんを守る。それだけを決意したようです。
そしてパーティーにはF3も参加。
大勢の人の前でつくしと司父親二人の会話はどうなんでしょうねぇ(笑)
果たして父親の態度は・・・。
再読、追いついたんですか?ありがとうございます(低頭)連載終わる前で良かったです。
アカシアも時に再読してます(笑)アレ?どうだったかな?です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.03 23:09 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.06.04 01:16 | 編集
pi**mix様
主要キャストが揃った・・本当ですね?
舞台は整った。さて、坊っちゃん貴パパを前にどうするんでしょうか。
貴のお祝いそっちのけで自分達が目立つ?(笑)
液晶画面からの応援と戦略ありがとうございます!
楓さんには後押しを頂きましたが、あきらと総二郎の会話は相変わらずですね?
坊っちゃんこのまま行けるんでしょうか?
ゴール目指して突っ走れ、坊っちゃん!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.04 21:07 | 編集
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