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2017
06.01

Collector 67

Category: Collector(完)
楓は牧野つくしがどう成長したのか興味があった。

テーブルに置かれた高価で薄い作りのコーヒーカップを持つ仕草はエレガントそのものだ。
左手にソーサーを持ち、右手でカップを持ち、わざとではないだろうが、ゆっくりと優雅な仕草で珈琲を口にするとカップを戻す。
つくしはその仕草を黙って見つめていた。

「牧野さん。わたくしが会いたいと言っていると聞いたとき、驚いたでしょうね?」

楓が正面にいるつくしを見る目は、あの頃と同じ目だ。
冷たく人を蔑むような目。

その目に一瞬つくしは身構えた。
だがもはや10代の少女ではない。大人の女性だという自負があったが、それでも目の前の女性はそんな自信を簡単に打ち砕くことが出来る女性だ。物事を判断する基準は、誰よりも厳しい女性だ。そんな楓の表情は、周囲の人間にとって分かりづらく、感情面が表に出ることはない。だが人を惹き付ける力があることは間違いない。そして知性が高いということも。
そうでなければ会社の経営などできる訳がないのだから。


「あなた、相変らず他人のことを好意的に解釈しているわね?」

それは図星だ。だがなんと言えばいいのかと返答に窮した。
つくしは昔からそうだったが、他人を悪く思うことはなかった。

「あなたが迷うことなくわたくしと会うことを承諾したと聞いたとき、やはりね、と思ったわ。あなたは困難には立ち向かおうとする性格の人間ですものね?敢えて困難を選ぶとでも言ったらいいかしらね?楽な方へ流されようとはしない・・どう?そうでしょう?だからわたくしのことを目の前にあって避けて通ることの出来ない困難だと感じた。そんなあなたは、わたくしと会ってその困難を乗り越えようと思ったはず。間違っているかしら?」

つくしは、その言葉を否定しなかった。
楓を困難のひとつと考えている訳ではないが、それでも心の中では、どうしてこの女性が彼の母親なんだろうと思ったのは事実だ。そしてもし、この人が母親でなければ、彼はもっと違う人間になっていたかもしれないと思いを馳せたこともあった。

「それから、司との将来を考えているからけじめをつけたい。そう思っているからわたくしと会うことにしたんでしょう?あの子は、司はそんなことなどどうでもいいと、あなたと結婚したいと籍を入れたがったはずね?二人共もういい大人よ。何でも自由に出来るわ。それをさせなかったのは、あなた。違うかしら?」

「・・はい」

つくしは真面目な顔で頷いた。

「結婚は二人だけの問題ではありませんから。結婚するなら家族に祝ってもらいたいと思うのが普通だと思ってます」

一緒に暮らすようになったとき、すぐにでも籍を入れよう、結婚しようと言われていた。
だがつくしは出来なかった。彼女の前に立ちはだかったのは、彼女自身の中にある常識だ。
長女気質とでもいうのだろうか。分別といったものが働いた。
つくしの両親は既に他界しているが、司の両親は存命だ。幾ら親子関係が悪いからと言って、親に報告することなく、勝手に籍を入れるということは出来なかった。

「それにしても、司が10年もあなたのことを思い続けたことが未だに信じられないわ。あなた信じられる?男が会えもしない一人の女を10年間も思い続けるなんてことが」

その言葉は悪意があるとは思えなかった。
だがその返事を待たれている。そう感じたつくしは答えた。
嘘偽りのない思いを。

「はい。信じられます」

「そう?それでもその男はその女を愛しているのに、大勢の女と関係したわ。愛もなく、ただ男の生理的な欲求を果たすためだけにね。それこそゲームかスポーツみたいに関係を持ってたわ。たとえそれが自暴自棄だとしても一人の人を想い続けているのに他の女と寝れる男をあなたは信じられる?おまけにその男はその中のひとりを妊娠させたわ。・・・でも子供は生まれなかったわ・・。あなたはそんな男をどう思うのかしら?」

楓の口から語られるのは、我が子である司のことだ。
つくしもそのことは知っている。本人の口から早い段階で聞かされていた。
別れたあと、彼がどんな人生を歩んできたか知っていたが、その事実に心が痛んだ。
だが司を信じられるといった答えに嘘はない。つくしも同じ気持ちでいたからだ。
身体の関係はなかったが、それでも司のことを忘れることはなかった。

「女性として考えてごらんなさい。他の女と寝ながらずっと一人の人を想っていたというのは偽善だと思わない?それにそんな言い分なんて男の勝手よ?」

だがそんな勝手だと思われるような行動を取るようになってしまったのは、つくしのせいだ。
それにしても、母親にすれば、つくしは既に知っているとは言え、マスコミにも知られてない我が子の不祥事とも言える事態を、わざわざ打ち明けて来たのは何故なのか。

男の母親であるその人はつくしの返答を待っていた。
10年間一人の女性を想いながらも、他の女を抱いていた男を信じることが出来るのか、と。
だが何をどう言えばいいのか。男と女の関係についてなど、つくしが詳しいはずもなく、それでも心に感じることを口にしていた。


「・・身体だけの関係は・・淋しいものです。その男の人は淋しかったんだと思います。その淋しさを誰かと分かち合いたかったんだと思います。でも身体は飽きると思います。身体だけの関係は心が繋がっていません。・・生意気なことをと思うかもしれませんが、心は・・心に飽きることはないと思います」

「・・そう。牧野さん。どうしてわたくしがこんな話をしたかおわかり?司の過去は変えられないわ。爬虫類のような冷血さ・・とでも言えばいいのかしらね。あの子との山荘での生活はさぞ悲惨だったことでしょう。いいのよ。二人がそんな関係であることを隠す必要なんてないわ。あの子はあなたに自分の子供を産ませて、その子を道明寺の跡取りにすると公言していたわ」

愛によって授かる子供は要らない。
ただ憎しみによって子供を作り、その子の母親を自分の傍に縛り付ける。そして親の気に入らない女から産ませた子供を財閥の跡取りとする。つくしに対しての歪んでしまった思いがそうさせようとしていた。

「わたくしがこんなことを言うのもおかしいかもしれないわね。でも結局は男と女の仲は、他人には介入できないものよ。そう思わない?いくら他人が口を挟んだところでどうにもならないわ。何か起きても解決できるのは当人同士。こんな話をしたのは牧野さん、あなた、これから先何があってもあの子と一緒に生きて行く覚悟があるのかしら?」

楓の態度はあきらかにあの頃とは違っていた。
まるでつくしのことを認めてくれているようなその口ぶり。
パーティーにパートナーとして出席しろと言われたことも驚いたが、まさか・・といった思いがどこかにあった。

「ここにある道をあの子と一緒に歩んで行くことが出来るかしら?あの子と一緒にいるということは、決していいことばかりがあるとは言えないわよ?それでもあなたはあの子と一緒に生きていけるかしら?」

「はい。生きて行けます。生きて行きたいんです。彼と」

つくしも司と一緒に生きて行くことを望んでいた。

「わたしと司さんは・・再会してから互いに傷ついた心を分かち合ったんです。でもそうなるまで直ぐにその場所にたどり着けた訳ではないんです。二人とももう10代の子供ではありません。あの頃の必死さというものは無くなっていて・・上手く言えないんですが二人共怖かったんです。どうしてこんなことになったのか・・そう思いながら互いの時間が過ぎて行ったんです。もしあのとき・・別れがなければ、どうなっていたのか・・そのことばかり考えました。二人共あの日を反芻することが多かったんです。あの別れの日を・・なぜわたしは彼と別れてしまったのか・・どうしてそんなことをしてしまったのか、酷く後悔したんです。胸を過っていくのは後悔ばかりで、自分を責めました・・どんな理由があったとしても、本当に好きな人と別れるべきではなかったんです。でもわたしはそれをしたばかりに、彼を傷つけたんです。・・でもお互いに許し合えたんです。今はもう・・」

本来なら、きちんと話をしなければならないはずだ。
つくしもそのつもりでこの場所に来た。自分の気持ちを伝えるために。だが上手く言葉に出来なかった。

「そう・・分かったわ・・牧野さんあなたも苦しんだのね。・・あなたとわたくしの闘いはもう終わりにしましょう。そうしなければ道明寺の将来はないわ。それから司の未来もね。おかしな話だけど、あの子をあなたと別れさせたのが良かったと思ったのは初めだけよ。あの子はあなたがいるから今を生きているようなもの。今までの10年は死んでたわ。目の前に無い何かを求めて、ただ生きていただけ・・生きる屍だったわ。・・もしあの子があのまま生きる屍だったとしても、あなたを忘れることはなかったはずよ。それにそれはあなたもきっとそう。そんな気がするわ。わたくしはこれまで自分の判断に絶対の自信を持っていたわ。会社と道明寺の為一番いいと思えることをしてきたわ。・・でもその判断に誤りがあったのかもしれないわ。・・それにしてもあの子のあの一途さは誰に似たのかしらね?」

誰に似たのか。
それは誰にも似ていない。人格は成長していく過程で、出会った一人の女性によって変えられた。生きていく上で必要である空気と同じ存在として、その女性がどうしても必要だった。
司の中で牧野つくしという少女は善意ある存在だ。善意の近くにいれば、自ずとその人間にも善意が生まれて来る。

子供の幼少期に母親がいなかったことは、大きかったと楓自身も認めることが出来る。子供の教育は親がなくとも出来るはずだと、そう考えていた。だがそれが出来なかったことへの後悔があった。
息子が夫の手により財閥の後継者として育っていくのは誇らしかった。
だがものには限度といったものがある。子供の不幸を喜ぶ親などいない。例え母性がないと言われる女だとしても。だからあの子が壊れていくことは避けなければならなかった。
その為には牧野つくしが必要だ。財閥の未来の為にも。


「あなた、昔はもっと率直だったわ。あなたの率直でストレートな物の言い方は衝撃だったわ。わたくしに向かってあんな言い方をする人間はいなかったわ。・・・でもね、わたくしに言わせればあの頃のあなたはある種の理想論を言っていただけ。あの頃、あなたは高校生で、理想と現実の違いに気付いていなかったはずよ?」

つくしが手にしたUSBメモリは現実の大きさを突き付けた。
それは財閥の未来を揺るがすものだった。そしてその存在に悩んでいた。
かつて司のことを井の中の蛙だと称したことがあったが、それはある意味つくしも同じだった。高校生だった頃は知らないことがあって当然だとしても、世間を知らなかった。

「あの、USBメモリの件は・・ご存知なんでしょうか?」

何もかも知っていると言った楓は当然だといった顔をした。
母親というのは、息子に関することは、例えどんな関係にあったとしても、気にしているものだ。

「ええ。勿論。あの子から聞かされたでしょうけど、あなたと司との間に起きたことはすべて知ってるわ。‥それからあの子の父親のこともね・・権力者というのは一度強大な力を持つと自分のことを優れた人間だと思うわ。だから自分の思いのままにならない人間が許せなくなるものなの。・・司はあなたに再会してから父親の意図を無視するようになったわ。それがあの人には許せなかったの。・・そうさせたのは、あなた。だからあなたが憎いのよ。いえ・・違うわね。あなたが怖いの。冷酷非道だと言われた司がいとも簡単にビジネスのやり方を変えたこともあなたのせいだと思ってるわ。・・あの子のビジネスのやり方は知っているわね?」

財閥のビジネスのやり方は、ハイエナも喜ばないと言われるほど非情だと言われていた。
目当てのものを手に入れても、一度狩ることを覚えた人間は、手を緩めることなく、最後まで狩りを続け、息の根を止めることを望む。それは幼い頃、父親に連れられて狩に出掛けていた男が叩き込まれた生き方だったはずだ。

「それなのに、あなたがいた会社が背負っていた債務を帳消しにする代わりにあなたを手に入れたことに始まって、最近では花沢物産に対して買収案件の譲渡をしたわ。あれは莫大な利益を生み出すはずだった案件よ?」

司が変わったことは充分理解していたが、企業利益第一だった男がそんなことをすれば、どんなことになるのか想像がつく。
自分の獲物と言われる買収案件を他人に譲る。そんなことは今までなかったはずだ。
そんな変わり様を許さない父親。
父親にはまだ会ったことがないが、どんな人なのか。
つくしは慎重に言葉を選んだ。

「・・でも、わたしは怖がられるようなことをしたとは思っていません。好きな人の傍に居たいと思っただけです。それを望んだだけです。ただそれだけです」

楓は一瞬眩しいものでも見たかのように目を細めた。
そして感慨を込めた声で言った。

「あなた・・変わったわね」

楓から見たつくしは変わった。それは大人の分別があるということだろうか。
だがそれは楓にも言えることだ。物言いは相変わらず単刀直入だが、こうして話しをしてみれば、あの頃にはなかった人間らしさが感じられた。それはつくしが大人になったことにより、楓がつくしを高校生の子供としてではなく、大人の女性として対応してくれたと思えた。
そして、10年を経た鉄の女は少し角が取れた。そう感じられた。

「司はあなたを守ろうと一生懸命よ。あの子がそんな風に女性に対して振る舞うのは初めて見たわ・・・あの頃、あの子があなたと出会った高校生の時以来ね・・」

何気ない口調だが、その言葉はどこか憂いを含んでいた。
それは母親であることを捨てたと思われた女性の口から聞かされた優しい言葉だ。

「・・・パーティーは父親が主役です。下手なことはしないでしょう。それにあなたの傍にはあの子がいる。だから何も心配しなくていいわ。それから分かっているでしょうけど、司は中途半端が嫌いな人間よ。それは道明寺の家の誰にでも言えること。だから・・あなたがあの子と一緒にいるなら中途半端な考えは持たないこと。今のあなたは悩んでばかりいた高校生ではないはず。子供のことで悩むくらいならさっさと結婚して努力なさい。・・治療が必要ならすればいいわ。・・どちらにしても司はそんなことにはこだわらないはずよ。あなたさえ傍にいれば」






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コメント
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dot 2017.06.01 12:15 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
楓さんの前では緊張していますね。
司の過去もしっかり話をし、それでも彼を愛していけるのかと聞く楓さんは母でしたね?
経営者の目と母の目でつくしを見る楓さん。
そんな楓さんにつくしも自分の気持ちを伝えました
好きな人の母は、彼女の想いを理解してくれたようです。
愛情表現が苦手な人ですが、やはり息子のことは心配な母でした。
パーティーで顔を合わせることになる父親は、つくしにとってどんな人なのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.01 22:34 | 編集
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dot 2017.06.01 23:38 | 編集
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dot 2017.06.02 00:00 | 編集
pi**mix様
アカシアコーヒー基本ブラックです。ペリエも好きです。
あのピリリとした刺激は夏にピッタリですね?^^
つくしちゃん珈琲を味わうことが出来たと思いますが、その時の話の内容は、知っていたとはいえ、辛い内容でした。でもそれを理解することが出来るのが大人のつくしちゃんでしょうか。
そして楓さん。つくしちゃんと別れてしまったばかりに、どんどん荒んでいく我が子に胸を痛めていたはずです。
10年を経て、つくしちゃんに再会してから変わった息子に、楓さん自身も変わらなければと思ったことでしょう。そうですね、つくしちゃんと結婚してもいいと言ったことは、10年間母として何も出来なかったことへの償いの気持ちもあるのかもしれません。
はい。もうすぐ一番長い話しになりそうです(笑)
こちらこそ、いつもお付き合いいただき、ありがとうございます。
コメント有難うございました。
アカシアdot 2017.06.02 21:51 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
楓さんの口から息子ではなく、一人の男として語られた司の過去。
そんな男でもいいの?あなたは?
母は何でもご存知なんです。財閥の跡取りの行動は把握しておく必要があります。
後始末をしなくてはならない事もあったのかもしれませんね?
大人になったつくしは、過去も受け止めることが出来ます。楓さんはそんなつくしを認めたようです。あとは司パパ・・・。
どうなるんでしょうか!果たしてパーティーは・・・。
本日ハナキン。今夜は頑張ります!昨夜はもうノックダウンされました(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.06.02 21:53 | 編集
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