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2017
05.19

Collector 58

Category: Collector(完)
真っ白い冬は去り、晴れた春の午後。
通り過ぎる春風は外の景色を春色に変えていた。

司はリムジンの後部座席に乗り込むと、つくしと並んで座り手を握っていた。
すべてが自分のものだといった仕草は、病院を後にする瞬間から現れていた。
誰にも指一本触れさせないといった空気は、見送りに出た医師や看護師たちの誰もが感じることが出来た。もう二度と辛い思いはさせない。何があろうが彼女を守る。その意志は固かった。

その横顔は冷たく、エゴイスティックな美しさがあった。
もちろん、彼の顔は誰のもでもなく、彼だけのものだろう。だが、その顔が優しく微笑む相手がいるとすれば、それは優しく寄り添った女性だけ。
世界中を敵に回しても、彼女を守ってみせる。
そう思わせる牡の強さが感じられた。


退院する彼女に用意した洋服は、長袖のブルーのワンピース。そして揃いのカーディガン。
胸元には、やっと彼女の胸元に戻った土星を模ったネックレスがあった。
そのネックレスにそっと手を触れ、居場所を確認したのは贈り主である司。取り上げていたその輝きは、これからはずっと彼女の胸元を飾ってくれるはずだ。

物に価値を見出さないと言った女が、唯一大切にしていたジュエリーは、今の彼女には幼過ぎるデザインかもしれない。だが、その価値は永遠に変わることのない愛の証。たとえ別れても好きだったからこそ、つくしの手元にあったネックレスだ。もう決してその場所を離れることはないはずだ。



車が向かった先は、世田谷にある道明寺邸ではなく、病院にも会社にも近い高層マンション。財閥が所有するこの建物は、エントランスには警備員が常駐し、監視カメラもある。人の出入りは記録され、指紋認証を行わなければ中に入ることは出来ない仕組みだ。
そして、厳重な入居審査を受けた人間でなければ住む事が許されなかった。

それはプライバシーを守りたい多くの人間にとって、あって当然の審査だ。レポーターやパパラッチから身を守りたい。そう思う人間は多く、財閥が身元の確かな人間にしか居住を許さないことを歓迎していた。

NY時代、騒々しいレポーターから大声で投げかけられる質問の相手などしたことはない。
名誉棄損となる記事があったとしても、気に留めたことはない。だがつくしの場合そうはいかない。司と関わることで、彼女に興味を持たれることは避けたかった。


父親が訪れることがある世田谷の邸に住まわせることは、初めから考えていなかった。警備体制が万全だとしても、それは外部からの侵入に対してであり、内側から起こされるアクションについては想定外だ。たとえ邸が今は司のものであっても、貴の代からいる使用人の中には、司より貴の命令に従う者がいたとしてもおかしくはないからだ。
今思えば、邸の地下に監禁していた頃、もし父親があの邸を訪れたいたとすれば、と思えば恐怖さえ覚えていた。

何年経とうが軟化することのない父親のつくしに対する考え。
何がいったいそうさせるのか。USBメモリの件は別としても、そう思わずにはいられなかった。だがあの男に人間らしい感情があるとは思えず、道明寺のブランドを守るため、会長職を自ら退いた男はNYへ戻ったが、それで決着がついたとは思ってない。だからこそ、傍にいて守る必要があった。









少し痩せ、頬骨が目立つようになっていたつくし。
司と一緒に車を降り、最上階のフロアでエレベーターを降りた途端、嬉しそうな声に出迎えられた。

「つくし・・退院おめでとう・・あんた本当に元気になって良かったよ・・」

「タマさん!」

つくしは目の前に現れた老婆を前屈みになって抱きしめた。
見舞いに来てくれた病院で、ベッドに横になっていたときは気づかなかったが、タマは年と共に小さくなっていた。だが老婆も、自分を抱きしめる女性をしっかりと抱き返していた。

「タマさん・・どうしてここに?」

「どうもこうもないよ。坊っちゃんからあんたの世話を頼まれたんだよ・・さあさあ中へお入り。お腹が空いただろ?どうせ病院で出されるものなんて知れてるからね?あんたが好きそうなものを用意したから沢山お食べ」

まるで遠方からお腹を空かせて訪ねて来た孫を迎えるような言葉。
老婆にとって孫のような存在である司の愛する人は、彼女にとっても孫だ。

「それからつくし。きちんと体力をつけて、もう少し肉をつけて坊っちゃんが抱き甲斐のある身体になんな」

と、言われ、それは孫に対し言う言葉かとつくしは顔を赤らめた。
入院生活で痩せたことは否めなかったが、自分たちがそういった関係にあることを、あからさまに言われ恥ずかしかった。だがかつてタマは、子供を作って既成事実さえ出来れば大丈夫だからね。と言ったことがあった。

「ああ。タマの言う通りだ。おまえちょっと痩せすぎだ。もっと食って出るとこ出してもらった方が楽しめるからな」

おどけて言う秀麗な顔がニヤッと笑い、つくしの肩に腕をまわし、抱く手に力をこめた。
もちろん司の言葉は冗談だ。つくしは入院生活で痩せる前から痩せていた。
それは山荘での監禁生活がそうさせたことは分かっている。
司が無理矢理連れて行ったあの山荘。精神的な不安が身体の不調も招いたはずだ。
隔離された場所での異常ともいえる行為と不安が、体重が落ちる結果を招いたと分かっている。
例え許されたとしても、全てが司のせいだ。今は、その罪を押しとどめるため、深く息を吸い込み、冗談めかした口を開く。

「・・けど、おまえのその顔で胸がデカいってのもなんかアンバランスだな・・。牧野つくしで思い浮かべるのは胸のない女だろ?」

笑いを堪えるタマと顔を赤らめるつくし。

「そ、それもそうね・・でもあ、あたし今から沢山食べて・・太って・・太ってみせるからね!今度から牧野つくしっていえば、胸のデカい女だって代名詞になるくらい大きな胸になってみせるから!」

「そうだよ、つくし。沢山食べてグラマーになって坊っちゃんを悩殺してやんな。いいかい?坊っちゃんが他の女に見向きもしないようなスタイルになっておやり」

長い睫毛の男は、切れ長の目を細め、なんとも言いようがない表情を浮かべ、二人の会話を聞いていた。それは10年振りに、こうして会話が弾んだことが嬉しかった表れだ。他愛のない会話だが、そんな会話を交わすことのなかった男の心に、明るさを運んでくれる声をいつまでも聞いていたいと思っていた。どんな言葉でも、彼女の口を通せば心地よい音楽のように聞こえてしまうのは、長い間、その声を待ちわびていたからだ。
かつて生意気なことを言ったこともある口は、司の世界を変えてくれた。
言葉ひとつで人生が変わる。
愛する人からの言葉ひとつで・・・。
それを10年前、そして今も経験していた。

「タマ、もういいから早くメシ。食わせてやってくれ。・・こいつ昔と同じで腹減ってると機嫌が悪くなる一方だ」






タマがつくしの為に用意したのは、鯖の味噌煮がメインの和食。
豆腐やワカメの入った味噌汁に、蛸とキュウリやミョウガの酢の物。きんぴらごぼうと蓮根のはさみ揚げ。そしてほうれん草の白和えといったつくしが昔からよく食べていた料理。
それは家族で食卓を囲んで食べる家庭料理だ。そして梅干しとたくあんまで添えられていた。

入院していた特別室の食事は、厳選された素材に、一流の料理人が作っていたはずだ。
病院食と言えば、味など有って無いようなものが普通なだけに、確かに美味しかったが、フランス料理のフルコースのような料理より、食べ慣れた味の方がつくしの口には合っていた。この料理がタマの気遣いなのか、司の指示なのか。どちらにしても出された料理が、つくしは涙が出るほど嬉しかった。


それから1時間ほどして、つくしは食後に出されたコーヒーを飲んでいた。
司は相変わらずの小食なのか、つくしの食べっぷりを嬉しそうに眺めていただけで、彼に用意されていたのは、デザートの果物とコーヒーだけだった。

食事が終ると、タマは暫く名残惜しそうにしていたが、それではあたしはお邸に戻りますので、後は坊っちゃん頼みましたよ。と部屋を後にしたが、司にしてみれば当然だろ任せろと言わんばかりの態度がタマの笑いを誘っていた。

「坊っちゃん。つくしは退院したばかりなんですからね?あまり無理をさせないで下さいよ?いいですか?優しくしてあげるんですよ?」

まるで、これから起きることを知っていると言わんばかりのタマは、咎めるわけでもなく、つくしに顔を向けた。

「いいかい、つくし。あんたも嫌なら嫌だって言うんだよ?坊っちゃんの言いなりになる必要はないんだからね?・・だけどね、つくし。坊っちゃんほど惚れた女に一途で誠実な男なんていやしないんだよ?道を踏み外したことは仕方がないけど、それはもう済んだこと。あんたも女なら覚悟して受け入れてやっておくれ」

大きな声は年を取っても相変わらずだ。
かつて男女の始まりは子を成すこと。そんなことを平気で言っていた会話が思い出され、タマの言わんとしたことを理解したつくしは、真っ赤になり、嬉しそうに笑うタマの顔から司の秀麗な顔へと目を移した。
タマはじゃあまた来るよ。元気でやっておくれ。そう言い残し、玄関の扉が閉まる音が聞え、気まずい沈黙が今更のように二人の上に降り注いでいた。


まさに今更だ。だが何度も身体を重ねてはいても、それは歓びではなく、苦しみばかりを与えて来た。本気で嫌がっていた女の身体を蹂躙し、生暖かい欲望を放出する行為を繰り返していた。
だが、最後に抱いたとき背中に両腕を回され、包み込まれ、愛してるの言葉と流した涙が司の心の闇を溶かしていた。

あれからの二人は、全てが変わっていた。あの日、心の中に芽生えた彼女に対しての思いといったものが、やがて心の奥底から湧き上がってくる何かに取って変わっていた。一瞬の安らぎともいえたあの瞬間。それは、消して解けなかった二重螺旋のごとく絡み合っていた憎しみが消えた瞬間だった。

取って変わった何か。それはまさに人を愛する心。決して開かないと思われていた心の扉を開いたのは、あの頃と変わらない彼女の思い。
その思いを再び向けて欲しい。




「あの婆さん、相変らず食えねぇ婆さんだろ?」

司はゆったりと椅子にもたれ、口調は楽しそうだが、その目は真っ直ぐつくしの目を見つめていた。

彼がこの世で一番欲しい人。その人をじっと見つめていた。






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コメント
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dot 2017.05.19 08:19 | 編集
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dot 2017.05.19 09:08 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
楓さんの存在(笑)ええ。勿論アカシアの頭の中には、いらっしゃいます。
つくしちゃん、あっち方面のお話しは、未だに恥ずかしがります。
司くんとは色々と経験してますが、それは女性として愛されての経験ではありませんでした。
それに彼女の性格では、そんなお話しを開けっ広げには出来ないのでしょうね。
そうですねぇ。「エンドロール~」よりは長くなると思います。
>寝坊したいけど、決まった時間に目が覚める・・
そうなんですね?(笑)司×**OVE様もその傾向が!!
休日も目覚ましをかけずとも目覚めるんです。本当に勿体ないんですが、二度寝が出来ず、そのまま起床です(笑)
>睡眠時間に関係なく・・
同じです(笑)通勤電車も慣れます。いつも同じ車両。同じ立ち位置。周りの乗客も同じ。
知らないうちに、それがあたり前になっているのが日常ですね?
さて、週末ですね。ごゆっくり出来るといいですね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.19 22:00 | 編集
とん**コーン様
やっとここまで来ました(笑)
次回に対する期待感。
「感」を「汗」に変えてもいいですか?
アカシア、ご期待に添えれるかどうか(笑)
この二人、一気に行くのでしょうか(笑)
それともじわじわと・・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.19 22:09 | 編集
か**り様
はじめまして。こんにちは^^
最初から読み直して下さったんですね?
有難うございました。
最初はどうなるか怖かったですか?そうですよね、酷い司でしたよね?
そして司の父親は恐ろしい人です。
道明寺という家の為なら、財閥の繁栄の為なら何をしてもいいと思っているようです。
なるほど・・そのようなドラマがあったのですね?
父親も何かの後遺症なのかもしれませんね?
そして今後父親はどうなるんでしょうねぇ。
二人の為にも、大人しくNYで暮らしてくれることを願います。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.19 22:26 | 編集
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dot 2017.05.20 00:27 | 編集
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dot 2017.05.20 00:56 | 編集
pi**mix様
坊っちゃんが車をガンガンやってたのは、見て見ぬふりで許したんですか?(笑)
そして坊っちゃんが「いただきます」をする・・残念ながらまだでしたねぇ(笑)
>すんなり望むように抱かせてあげる・・
そうですね、二人共気持ちはひとつ。
愛を確かめる方法は、色々とあると思いますが、やはり身も心もひとつになることは、二人共求めていると思います。
アカシアの頭の中の執筆円グラフ・・
Collector 80%
短編    10%
御曹司    5%
新作     5%
でしょうか(笑)。今は放置気味だったCollectorを書き上げることを目標としています。
以前は、ラブコメをメインでしたが、そうなると、月一度のこの作品への頭の切り替えが難しく、いつまでたっても前へ進むことが難しいのです。今は他に連載がありませんので、この機会にと思っています。ただ、忙しい時は、短編となると思われます。そして時々休みます(笑)
新作も頭にあるのですが、今は蓋をしています。
こちらこそ、いつもサポートをありがとうございます^^
挫けないよう、書き上げたいと思います。
さ、坊っちゃん、そろそろアレですよ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.20 21:33 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
二人の生活が始まります。
タマさんの踏み込み過ぎるお節介(笑)本当ですねぇ。
司曰く、食えねぇ婆さんですからねぇ(笑)
あれから季節も変わり、山荘も春を迎えていることでしょうね。
木村さん、山に緑が戻ってきたのを眺め、二人を想ってくれているでしょうか。
木村さんももう年ですから、そろそろ引退するのもいいかもしれませんね?
あの山荘の近くではタラの芽は取れるのでしょうか。ふと、そんなことが頭を過りました(笑)
タラの芽の天ぷら・・木村さん、ビールを飲みながらつまんでいる・・そんな光景が浮かびました(笑)
妄想大歓迎です!!^^またお待ちしております。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.20 21:38 | 編集
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