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2017
05.17

Collector 57

Category: Collector(完)
風や光りや匂いが変わる。
鉛色の空は去り、日が少しずつ長くなる。
花々がいっせいに咲きだし、川の両岸に咲いた桜が水面に垂れ下がっていた。


春の息吹が感じられる東京。
だが春は天候や気温の変化が激しく、季節は一旦冬に逆戻りしたようになることがある。
そして、この季節に多い花散らしの雨が花筏を作り、水面をゆらゆらと流れていた。

術後の経過が順調なつくしは、いつまでも病院にいるのは嫌だった。
そんなつくしの気持ちを察したのか、医者はもう大丈夫でしょうと言った。
だが、ここを出ても行く場所はない。以前暮らしていたアパートは司によって取り壊され、荷物は全て世田谷の道明寺邸にあると言われ、つくしは恨めしそうな目で司を見た。

そうなると司は、指先で頬に触れ、一緒に暮らそうと彼女に言った。
それはまるで当然だと言わんばかりの態度で示され、そのことに誰も反対しなかった。
なぜなら、司の父親から守るため必要なことだからだ。

会長である道明寺貴を会社から退かせると聞かされた男たちは、そう簡単に物事が運ぶはずがないと思っていた。
巨大企業の会長たる男が、体調が優れないなどと言って退くことなど考えられないからだ。

貴が社長のポストを息子に渡し、会長になったとき、世間はまだ現役として充分働ける男がなぜ?といった思いで見ていた。
そして、当時囁かれたのは、未熟な息子を影で操るためだろうと言われていた。
だがやがて、息子である司が社長に就き、予想以上に収益を上げることに成功すれば、誰もが彼の手腕を認めるようになっていた。
そして、やはりあの父にしてこの子ありか・・と囁かれるようになっていた。

父と子はどちらもビジネスシーンに於いて欠かせない存在だが、貴が会長職を辞すると決めたのは、司の持つUSBメモリの内容を公表すると脅したからだと聞かされた。だが、もし本当にそうしていれば、例え贈収賄の時効は成立していても、新聞、雑誌に書き立てられることは当然で、大物政治家を巻き込んだ疑獄事件として、一大スキャンダルとなっていたはずだ。

そして、ご丁寧に怪文書まで社内に貼り出し、問題を大きくするつもりでいたと言われ、三人の男たちは、そこまでする必要があるのかと疑問を呈した。
だが、司は父親が何よりも会社の利益と繁栄を重んじていることを知っていた。あの男にダメージを与えるのは、道明寺のブランドを傷つけることだと言われ、納得していた。

そしてそのブランドの代表である息子が愛している女は、貴の目にはどう映っているのか。息子が自分を蔑ろにし、どこの馬の骨か分からない娘を選ぶことを選択したことを良くは思っていないはずだ。それはこの場にいる誰もがそう感じていた。
それと共に司が、自分の父親が彼女を狙撃させたことを大きく問わなかったことを疑問に思った。それははっきりとした証拠がないからといったこともあるだろう。
だが、彼女に言われたのだ。誰がこんなことをしたのか、知る必要はないと。


牧野つくしは10年前、二人が別れるきっかけを作った男でも、苦しめることは許さないだろう。仮に、その男が自分の両親を死に追いやった人物と同じだとしても、苦しめることは許さないはずだ。
彼女はそういった女だ。

両親の死は、父親が財閥を脅した結果ではないか。
父親が残したUSBメモリと、これから先も道明寺財閥から金が入る、の言葉が、ひとつの結論を生み出していた。
だがはっきりとした証拠はない。
真相は藪の中だ。だから誰が悪いとは言えない。

つくしは、過去よりも今を懸命に生きたいと願っていた。
折角助かった命だ。過去を振り返るより、前を向いて生きて行きたい。
そして、自分が傷つけてしまった人のことの方が大切だと感じていた。
生きている人間の方が、生きている人間の心を癒すことが、自分がするべきことだと感じていた。

人生を生きる上での基準といったものは、人それぞれ違う。
他人を許す、許さないの基準は人それぞれだ。つくしは簡単に他人を許す。
そして彼女の座右の銘とも言える、罪を憎んで人を憎まず、その言葉が実践されようとしていた。前を向いて歩くことが、今の自分たちには一番大切なはずだと・・・。









「しかし、10年前牧野に恋した男はストーカー男になったと思ったら恋を実らせ、それからまぁ、あれだ・・色々とあったわけだが、一緒に暮らすってことはやっと晴れて恋人同士になれたってことか?」

そう言ったあきらは間もなく退院するつくしを見舞っていた。

後から聞かされた話しだが、美作あきらはつくしが撃たれたその場にいたのだ。
だがつくしは記憶に無かった。あきらはそれを聞くと、

「ひでぇ女だな、おまえは。俺みてぇないい男の存在を忘れるなんておまえはそれでも女か」
と言って笑った。
そして、つくしが聞きたがっていたことを教えてくれた。

「・・ああ。おまえを撃った人間はまだ分かんねぇんだ」

控えめに微笑みを返すあきらの表情からは、何も読み取れなかったが、どれだけ司が犯人捜しに力を入れているか感じ取っていた。

つくしが何故それを聞いたのか。それは犯人が捕まらないことの方を願っていたからだ。
犯人を知りたくないのだ。
だから分からないと聞いてホッとしていた。
不問に付すことが、誰かの心を傷つけることがないと感じていたからだ。


「美作さん、あれはあたしが猪と間違えられたってことかもね?」

「はぁ?牧野、おまえ何いってんだよ?おまえは腹じゃなくて、脳みそをやられたのか?牧野、おまえ冗談言ってる場合じゃねぇぞ?ホント、おまえ死ぬか生きるかだったんだぞ?おまえ自分が三途の川の直前まで行ってたの気づかなかったのか?キレイなお花畑が広がってたの見たんじゃねぇのか?」

「うん・・わかってる。・・もしそうなら・・もし本当に死んでたら・・今のあたしは生まれ変わった牧野つくしよね?だからあたしのことを思いやってくれるのは、もう止めにして?・・ほら、あたしは雑草女だから、踏みつけられてもこうしてまた再生出来たんだし、あんまり気を遣わないで欲しいの・・・それにあのことは、もう忘れていいから・・」

4人の男たちの中で一番心配性なのは、あきらだ。
そんなあきらが、目の前で撃たれた女を心配するのは当然だ。

「いやでもな牧野。気を遣うとか遣わねぇとかの問題か?俺はおまえが目の前で撃たれるのを見たんだぞ?心配するのはあたり前だぞ?・・それにな、あの司がおまえを抱きしめて泣いてる姿を見るなんてレアもレア。激レアだ。忘れられる訳ねぇぞ?それに、もしあそこに類がいたら泣いてる司を見たんだ。あいつのことだからネチネチと一生からかうぞ?」

あきらは軽口を叩いたが、あの狙撃は司の父親の仕業と思っている。
それが真実だとすれば、つくしにとっては、好きな人の父親に命を狙われたことはショックなことだ。だが、その罪を司に感じさせたくはないのだろう。だから忘れてくれと言っていると分かっていた。つまり牧野つくしは、自分が傷ついても司を守ろうとしているということだ。

あきらにしてみれば、司のような男が自分よりずっと小さな女に守ってもらう姿が想像できなかった。弱肉強食、強い者が勝つ。司はそんな世界に暮らす一番強い男だ。そんな男を守ろうとする女が、高校生の頃、自分が傷ついても他人を守ろうとした姿を何度か見たことがあった。守られるのが嫌だと言っていた女は、一見内気そうに見えるが、内側は手に負えない頑固さを備えた女。
そんな女は好きという言葉が言えず、司をヤキモキさせたことがあった。

好きだ。愛してるの言葉を簡単に口にする昨今。あきらもその言葉を簡単に唇に乗せ、陳腐な言葉となった愛。そして、そんなあきらが相手にする女は、無意識のうちに演技をし、自分を飾ることが出来る女たちだ。そんな女たちを相手に愛だの恋だの本気になっても長続きするはずもなく、出会いと別れを繰り返していた。
司と牧野つくしが愛という言葉を簡単には口にしないのは、二人にとって愛という言葉は、重みのある言葉なのだろう。
恐らく10年前のあの日から。


かつて恋をすることに不器用だった少年と少女の面影も今はない。
司が牧野つくしの傍にいて、時おり微笑む姿を見かけるが、視界の全てを彼女で覆いたいといった顔をする。まるで人生の中、今が一番幸せだというように。
司にそんな顏をさせることが出来る女は、牧野以外いない。

一人の人間は一生のうちに何度恋をするのか。
二人の微笑み合う姿を見て、ふと、そう考えた。

「なあ、牧野・・」
「・・・なに?美作さん?」
「おまえら幸せになれよ?」










つくしは司に寄り添われ退院した。
用意された車まで歩くつくしが軽くふらつくと、黙って支える様子がごく自然に見え、二人が言葉などいらない世界に住んでいるように見えた。
得られたものに対してのこみ上げる感情は、自然に湧き出してくるものだ。
今の二人はまさにそれだ。
そんな二人のズタズタに傷ついた傷口は、もう見えなかった。





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コメント
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dot 2017.05.17 08:53 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
そうです。つくしちゃんが撃たれたのは冬です。そこから少し季節が進みました。
あきら君の存在すら目に入らなかったつくしちゃん。
司くんだけを見ていた・・と言うことですね?
司のパパ。そう簡単に引き下がる人には思えません。恐ろしい人ですからねぇ。
司と暮らすことになったつくしちゃん。あきら君の言葉「幸せになれよ」
本当にそうなって欲しいですね。
幸せに一歩でも二歩でも近づけるといいのですが・・・。←意味深ですね(笑)
あと少しだといいのですが。←え?益々意味深ですね?(笑)
頑張れ司くん!!←応援ありがとうございます!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.17 21:36 | 編集
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dot 2017.05.18 00:45 | 編集
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dot 2017.05.18 15:11 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
春を迎え、二人を包む空気が変わりました。
司パパ・・さて、この方はこのままなのでしょうか・・・。
二人は共に人生を過ごしたいと思っているはずです。
しかし、このパパ、受け入れてくれるのでしょうか。うーん・・・。アカシアも一緒に考えたいです。
えっ!あきら、気持ちを胸の中に沈めるんですか?しかし、類がそんなおねだりをするとは‼
花沢物産、花沢専務。天使の顔の悪魔(笑)
これから物産の事業の行方はいかに?駅前土地開発事業はどうなるんでしょうか!
そして美作商事からはいったい何を貰うんでしょうね(笑)気になります(笑)
類くん、司以上にビジネスの世界へどっぷりと浸かっていそうですね?
「いやあ、それにしてもあのあきら君がねぇ。類もなかなやるな。これで今年度の花沢物産の業績は間違いなく過去最高収益だな、類」by類パパ
あきらと類の楽しいお話し、有難うございました^^
そしてコメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.18 23:25 | 編集
pi**mix様
こんばんは^^
想われニキビ?(笑)今のところ大丈夫です^^
ここ最近肌が乾燥していて、油分がありません(笑)潤いが足りません(笑)
仕方がありません・・これから坊っちゃんに潤いを与えて下さいとお願いしてみます。
貴が会長を辞する・・そう簡単に引き下がる人とは思えません。
そして楓さん。お話しの初めの頃、登場しているんです。8話と9話でした^^
喧嘩上等の楓さんですが、坊っちゃんに車を破壊されてました(笑)
こちらのお話しは、まだ色々とありまして続きます。
そうですね・・最長話になると思います。
今までが放置し過ぎでしたので、ブレーキがかからないように頑張りますね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.18 23:46 | 編集
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dot 2017.05.19 01:54 | 編集
チ**ム様
こんばんは^^
あきら君、原作では目立たない方ですが、素敵な性格をお持ちの青年ですね?
気遣いの出来るいい青年だと思います。
「幸せになれよ」サラッと言ってのけるところが、流石あきら君ですね?
父子の相克・・そうですね。この先どうなるのでしょうか・・。
似た者親子の対決です。そして血の繋がりは切っても切れませんからねぇ(笑)
週末、無事に終わりましたでしょうか?お疲れさまでした^^
アカシアも無事終わりました。
英気を養いまた頑張りましょう!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.19 21:44 | 編集
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