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2017
05.12

Collector 53

Category: Collector(完)
口に運ぶコーヒーは、かつていた暗闇と同じくらい濃い色をしていた。
頭をはっきりさせるため、いつもより濃く淹れさせたが、それでもまだ薄く感じられるのは眠りが浅かったせいか。

昨夜、つくしの病室を訪れたとき、すでに彼女は眠っていた。
あの男に放った言葉の結果が跳ね返ってくるのは、彼女の所だ。
その可能性を考えれば、心配で眠ることが躊躇われた。部屋に戻り暫く漆黒の闇を見つめ眠りについたが、夜明けの光りが射しこむ前に目が覚めた。そして、再び彼女の病室を訪れ、まだ目覚めてない彼女の唇にキスをした。

眠る彼女の唇は、太陽の光りを浴び開く前の花のように温かかった。
その瞬間、甘美で抗しがたい思いが身体を駆け巡るが、身体を気遣うことを忘れることはなかった。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ただそれだけで収まるといった思いではなかったが、今はそれでいい。
今は_。

傍にずっと付き添っていたい気持ちはあるが、おはよう、とお帰りの言葉が聞けることが、司にとって心が休まる時間となっていた。昨夜はお帰りを聞くことが出来なかったが、スヤスヤと眠る姿に安堵した。

自分が愛した女を、自分の父親から守らなければならない。
なんとも情けない話だが、永遠に離れるつもりのない女性がこれ以上傷つくのは見たくない。
傷つくのは自分だけで充分だ。




決心したことで、どこか穏やかな気分になれた。
人生は前進しなければ進歩はない。
道明寺の家がどうなろうが関係ないと言った。

会社を大きくすることだけが立派だと言われ、次の世代に道明寺という家を引き継がせることが生まれてきた理由だと言われれば、それは血の通った人間として認めてはもらえることはないということだ。所詮自分は道明寺という家の駒なのだ。
そんな駒でいることを止めると言った。

だが会社の経営という責任を放り出すことは出来なかった。
経営は結果であり、会社が継続することが大切なのはわかっている。大勢の従業員のためにも、会社を潰すことは出来なかった。
おかしな話だが、他人の会社がどうなろうと関係なく、買収を繰り返してきた男が今更ながら末端にいる従業員の家族のことまで考えることが、どこか滑稽に思えた。



物産に譲ると言った会社は、食品原料、医薬原料を扱う歴史のある老舗バイオ企業だ。
そして老舗にありがちな創業家による同族経営の会社でもある。
卓越した技術を持ち、開発した糖類の一種は多くの食品や化粧品に使われ、高いシェアを持ち特許もある。しかし最近不正経理が発覚し、財務状況が傾きつつある。
これも同族経営にはありがちな、経理を身内が見るといった甘さから出た結果だ。

その企業は都心の好立地と呼ばれる駅前に自社所有地を有し、それを担保に銀行から借り入れを行っていた。しかし貸借対照表の借入金の差異が発覚すると、銀行からの融資の継続が困難となり、近いうちに不渡りが出るのではないかと言われていた。

財閥はそこに目をつけた。それは司が得意とする現金融資の手法だ。
資金繰りに困窮した会社に援助を申し出る。だが一番苦しい時に資金の返済を求め、それが無理ならば、と会社を乗っ取り、一番収益率のいい部門だけを手元に残し、バラバラにして売り払う。いつも行ってきた企業買収の手段だ。今回もそのつもりで動いていた。

だが、司は止めた。
物産には以前化学メーカーの買収を試みた際の資金がまだある。
その資金を使えばあの会社は手に入る。あの企業も道明寺に買われるより、物産に買われた方がいいはずだ。老舗企業が跡形もなく消えてしまうよりましなはずだ。
物産は駅前の土地を売るなり、再開発をするなりすれば利益が出るはずだ。
会社としても優良な特許をいくつも有する会社だ。財務状況が持ち直しさえすれば、これから先が見通せる会社ではある。

司にしてもあと先も考えず、こんな真似をしたわけではない。
今までの自分と決別するためにも、財閥のビジネスのやり方を変える必要があった。
だが自分は白馬の騎士タイプではない。ホワイトナイト気取りで会社を助けるなら類の方が似合っている。
類なら従業員の首を簡単に切り、悲劇が起こるようなことはしないはずだ。
調べはしなかったが、父親の放った言葉が気にはなっていた。
深い底なしの暗闇で暮らしていた自分の罪を。



指で髪をかき上げ、椅子から立ち上がり、執務室を出ようとしたこところで扉をノックする音がした。

「入れ」

扉が開いて秘書が現れた。

「社長。NYから連絡があり、昨日お父様があちらを発たれたそうです」

「あの男が出張って来るって?NYがお気に入りの男が珍しいこともあるじゃねぇか」

司の放った言葉があの男の神経を逆なでしたことは間違いない。
あの電話のあと、すぐに立つことを決めたということだ。
憎しみを掻き立てる相手でしかない自分の父親が、わざわざ東京まで足を運んで来る理由はただひとつ。今のあの男は牧野つくしより、USBメモリのことが頭にあるはずだ。
司が手にした10年前の情報は、今でも政治の世界に影響を与えることは間違いないからだ。そしてそれを息子に公にされるのではないかと怖れている。

あの男が、自分の息子を恐れている。
自分の駒だった息子を。

そして、買収を計画していた会社を物産に譲ると言ったことを知れば、激怒するはずだ。
だが異議を唱えさせるつもりはない。










「司はどこだ?」

司の第二秘書は、アッと声をあげそうになったが、弾かれたように立ち上がった。
廊下に敷き詰められたグレーの絨毯の厚みのせいか、足音は聞こえなかったが、突然最上階のフロアに現れたのは、普段NYに暮らす道明寺貴だ。

まだ若い男の秘書は、貴の突然の訪問に驚きを隠せずにいたが、慌てて頭を下げた。
会ったことはなくとも、財閥の要と呼ばれ、誰もが知る男は中興の祖とまで言われた男だ。
実際貴が社長に就任後、財閥は著しく業績を伸ばしたと言われている。

「は、はい。社長は先ほど外出されました」

新聞や雑誌で見たことはあるが、貴は、息子と同じ面立ちで、眉目秀麗といった言葉が似合う男性だ。
黒い髪は癖があるが、後ろへと撫で付けるように整えられていた。
体型は他の同年代の男性とは比べものにならないほどスッキリとしており、身に付けているものも、高価なスーツには違いない装いだ。

世の中には、年を取っても魅力的だと言われる男性は少ないが、この父親はまさに息子と同じ稀有な存在だ。親子の外見はよく似ていた。
恐らく息子である道明寺司も、同じような年の取り方をするはずだ。
だが社長である息子は、父親によく似ていると言われることを嫌っている。


目の前にいる男性は、第一線を退いたとは言え、今でも財閥のトップに立つと言われ、ビジネスに於いて、冷酷な微笑みといった言葉が似合う男性でもある。そして貴は、アメリカの経済誌フォーブスによれば、個人資産は世界のトップ50に入ると言われていた。


それにしても、突然の訪問はまるで社長である息子が出かけたのを見計らったとでもいうタイミングだが、役員専用エレベーターや地下の駐車場で会ってはいないのだろうか。

「秘書室長はどうした?いないのか?」

「は、はい。先ほど社長と一緒に出掛けられました」

秘書は不安げに貴を見た。それは好奇心と怯えが一緒になったような目だ。
目の前に立つ男の存在感と威圧感は、ただの人間ではないことが感じられる。

「あの、社長とお約束が・・おありでしょうか?」

緊張のあまり言葉に詰まる秘書は、なんとか言い切った。
実の親子の間での約束があれば、外出などしないはずだと思うが、秘書は聞かずにはいられなかった。

「いや。特別な約束などしてはおらんがね。ちょっと立ち寄っただけだ。気にしなくていい」

普段NYに住む男は、東京へ来ることもちょっと立ち寄ったと簡単に言う。
自家用ジェットで世界を自由に行き来する人種をジェットセッターと言うが、それはまさに貴らのことだ。

貴は秘書室と、その向うにある社長執務室に目をやった。

「・・司はいつ戻る?」

「・・はい。本日は社には戻らないとお伺いしております」

「そうか。君も社長のスケジュールを把握しているだろうが、どこへ行ったのかは聞かないから安心したまえ。どうせいつか会うんだ。気にしなくていい」

そして傲然と社長室へ向かった。

「あの!!社長がいらっしゃらない時、勝手に入ると怒られます!」

直立不動の姿勢で立っていた若い秘書は慌てて貴の傍へ駆け寄った。
秘書にしてみれば、社長の父親に対し、ここまで言っていいのかと思った発言だったが、相手の威圧感に途中で立ち止まっていた。社長にしてもそうだが、親子はどちらも独特のオーラがある。

「誰が怒られるんだね?」

「あの・・わたくしもですが・・」

その先の言葉を言わなくてはと思うのだが、かみそりのような鋭い口調で言われ、蛇に睨まれたカエルではないが言葉が出ない。

「私か?私のことなら気にするな。私はあの子の父親でありこの会社の会長だ。それに君には迷惑をかけんから心配するな」

貴は威圧感のある声で秘書を制し、社長室の扉を開けた。








執務デスクの上には、なにも置かれてはいない。
あるのは煙草を吸ったはずの灰皿が、きれいに掃除された状態で残っているだけだ。
そして壁に掛かった一枚の絵画は、息子の趣味にしては感傷的な絵だ。
ギリシャ神話をモチーフに描かれたハデスとペルセフォネの絵。
冥府の神であるハデスが春の女神ペルセフォネをさらって我が物にしようとする絵。
光りさえ届かない暗闇に住んでいた男が求めた日の光りである女。
ハデスにとって穢れなき乙女であったペルセフォネ。
冥府の神は、自分を愛して欲しいと彼女を大切にしたという。

誰に似たのか、息子はああ見えてロマンチストなところがある。
司がこの絵に自らの姿を重ねたことは、容易に想像できる。
誰にも触れさせなかった心に初めて触れた女が牧野つくしだったのか。
冷酷非道と呼ばれた男でありながら、心の奥深く、求めるものを隠していた息子。



司は失われた時間を求めているようだ。
過去など今更取り返しは出来ないことくらい分かっているだろうに。
執着とも言える恋は、道明寺の家などどうでもいいと言い放った。
堕ちるところまで堕ちたとしても、あの娘がいればそれでいいのか。

だが今は牧野つくし以前の問題がある。
それはUSBを取り戻さなくてはならないということだ。





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コメント
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dot 2017.05.12 18:06 | 編集
じ**こ様
>終わり方が見えない・・
そうですねぇ・・。
司のパパの存在が二人を邪魔するようです。
シリアスなお話しですが、お読みいただきありがとうございます。
はい、頑張って最終話まで行きたいと思います^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.12 23:07 | 編集
い*こ様
はじめまして。こんにちは^^
こちらのお話しはとてもシリアスですが、それでもお楽しみ頂き、大変嬉しいです。
そしてお心遣い有難うございます。
体調管理には充分気を付けたいと思います。
拍手コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.05.12 23:20 | 編集
司×**OVE様
こんばんは^^
司くん、父親を煽ったのでしょうか・・。
ついにNYから乗り込んできた司パパ。
親子でありながら、親子でない二人。
司パパはどうするのでしょうか・・。
冒頭の黒いコーヒーがどれくらい濃いのか(笑)
坊っちゃんのいた暗闇と同じくらい黒いんです。恐らく豆多めに淹れたのではないでしょうか(笑)
アカシア、基本ブラックです。
坊っちゃんお気に入りのブルマンをたまに頂きますが、癖のないさっぱりとした後味で飲みやすいですよ。
しかし随分とお値段が高くなってしまいました(泣)
でも坊っちゃんにはお値段は関係ないでしょうねぇ。
紅茶も大好きですよ。紅茶の中ではダージリンが一番好きです。
抹茶は、茶道の経験が少しだけありますので、それなりです(笑)
総二郎くんのお点前、拝見したいですねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.12 23:46 | 編集
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dot 2017.05.13 00:11 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
週末です。アカシアもやや夜更かしです。
NYからやって来た貴さん!なんてことを!!と、思うのですが・・・。必死なんでしょうね。
息子のいない執務室へ入りました。
はい。司は莫迦ではありません。
そして、静かに炎が燃えているような闘いは道明寺HDのビルを焦がすのでしょうか(笑)
ええっと・・・先のストーリーは固まっているので今はなんとも言えず・・・。
彼女のストーリー、楽しみにお待ちしております。
先ずはそのお名前の由来が気になります!!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.13 00:25 | 編集
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dot 2017.05.13 08:19 | 編集
pi**mix様
お父様、ついにいらっしゃいました。
秘書に止められても司の執務室へ入る父。目的は言わずもがなでしたが、結果はどうだったのでしょう。
思春期のお嬢様。大丈夫です。坊っちゃんみたいに素敵な人が現れれば、また変わって来るはずです。
最近の司パパ。少しだけビビッてるようですか?(笑)
そんな今がチャンス。折角日本にいるのですから、つくしちゃんと会えばいいのに・・と思うのですが、如何なものでしょう。
若い秘書では貴さんの相手は出来ません。貴さんも「秘書室長は?」と聞くほどですから、相手にしていません。
裏のヒーロー西田さん。でも原作では殆ど出て来ない方ですが、二次世界では大活躍ですねぇ(笑)
そして、大人になった坊っちゃんは、守るべき人が守られるように頑張り始めたようです^^
坊っちゃん頑張れ!ですね?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.13 22:48 | 編集
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