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2017
04.29

時をこえて 2


木々の青葉が茂り、バラの香りが微かに感じられるこの季節。
雨と共に悲しみだけが降り注ぐ。そんな日々が続いていた。

悲しみだけが世界を包んでいるが、ありふれた日々にありふれた日常が過ぎていた。
それは二人の間にあった約束が果たされることがないということだ。
雨に濡れたまま立ち尽くしたあの日と同じように。

涙に震える声が、何度あの人の名前を呟いたことだろう。

『道明寺HD副社長の乗った軽飛行機が消息を絶つ』

そのニュースが流れたとき、あの人が生きているか死んでいるか不明だと言った。
彼はアメリカで軽飛行機の免許を取り、アマゾンの上空を一人で飛んでいた。
緑が深い森の上空を飛んでいた理由は、はっきりしなかった。
テレビのニュースキャスターは淡々とあの人の事故を伝えていた。道明寺司は見つからないと。それはまるで飛行機ごとどこかへ消えてしまったようで、神隠しにあったようだと言っていた。

私はもちろん生きていると思った。
彼は強い男だ。
だから生きているはずだと自分の中ではどこか確信めいたところがあった。
だが私は祈った。
私はただ祈るしかなかった。生きていて欲しいと。無事でいて欲しいと。
本当はそんなことを考えたくなかったが、私は全ての神に祈った。
そしてこれはただの夢ですぐに覚めると思っていた。いや。思おうとしていた。これは何かの間違いだと。そんなはずはないと思おうとした。夜中に目が覚めるたび、何度も深呼吸しては自分に言い聞かせていた。
これは夢だと。
悪い夢だと。

だがどれだけ待ってもあの人は現れなかった。
鳴らなくなった携帯電話と届かなくなったメールが意味することは歴然としていた。







私たちが知り合ったのは、まだ高校生の頃。
あの頃、憂鬱な影を纏い、仏頂面ではなく冷たく無表情な顔をしたあの人と恋に落ちるとは思いもしなかった。
私が青春時代を過ごした高校は、裕福な家庭の子供が多く通った学園。母親の強い薦めで入った高校だったが、華やかな人間ばかりで賑やかな会話についていけるはずもなく、殆どの時間ひとりで過ごしていた。だからといって寂しいというわけもなく、淡々とやり過ごすと決めていた。決して目立つことのないようにと、クラスメートの口に名前が挙がることがないようにと、控えめに過ごしていた。

――あの人に出会いうまで。

怯むことなく見返した視線が絡んだのは、ほんの短い時間だった。
初めは恋愛感情なんて全くなかった。むしろ嫌悪していたほどだ。
だが、どこかの段階で恋に変わって、それから愛に変わった。

短い時間で恋に落ちた二人は、愛を重ねていく時間が惜しいと生き急いでいた。何故そんなに生き急がなければならなかったのか。その理由は今になって分かるような気がした。

思えば二人が出会ったことは、長い人生の中にある一瞬の瞬きだったのかもしれなかった。
それは私たちが生きてきた環境が、あまりにも違い過ぎたからだ。
そんな二人に間にありふれた毎日を願うことが出来ないと知っていた。

私たちは、ほどなく、別れた。
あれは永遠のさよならになる別れのはずだった。
あの頃、大学を出て社会人二年目だった私は彼との別れを選択した。
決して無理矢理別れさせられた訳ではない。

別れた理由は彼が結婚することになったからだ。
それはある日、突然持ち上がった結婚話だった。体調が優れなかった彼の父親が倒れ、急遽彼が跡を継ぐことになった。だが引き継いだ時点で経営が悪化していたこともあり、抜き差しならない状況に追い込まれていた会社を救うことが彼に課された使命だった。

その時の私は彼からの別れを黙って頷き受け入れた。
いつかはそんな日が来るのではないかと、心のどこかで感じていたからだ。
彼の魅力は私の前では決して嘘をつかないこと。
だから正直に話してくれた。見知らぬ人間と結婚しなければならなくなったと。
彫刻のように整った唇から放たれた言葉は、私にとっては辛い別れの言葉となった。
そして彼は決められたように結婚した。


その日から私は出来るだけ何かに没頭しようとした。
だが気づけばぼんやりと空を眺めていることが多かった。決して届かない手紙を待ち、何度もポストを覗き、鳴らない電話を待っている自分がいた。

与えられた以上のものを望んでも手に入らないと本能的に知っている私は、望んでも決して手に入らないものをこれ以上求めても仕方がないと思った。
だから諦めた。私は自分の思いにブレーキをかけた。

そう。あの日を境に。
彼の妻が妊娠をしたと知ったあの日に。

だが私と彼は再び出会った。
それは年が明けて間もなくのころ。10年ぶりの偶然の再会。
私が勤める商社が彼の会社との合弁事業を立ち上げた。
そのとき現れたのが彼だった。ロビーをこちらへ向かって来る集団の先頭に立つ彼。
私はそのとき意識が遠のくのではないかと思った。息が止るのではないかと思った。
10年ぶりに会う彼はあの頃より大人になっていた。そして何事にも動じない決然とした表情で真っ直ぐ前を見ていた。
私は動けなかった。動けば彼の視線がこちらを向くのではないかと思ったから。だが彼は気付いた。彼の目が私をとらえたとき、私たちは周囲にそれと気づかれぬよう挨拶を交わした。

ただ目を伏せるだけの短い挨拶を。


今はアメリカ人の妻と子供を持つ道明寺司。
失敗も成功も全てを自分のものとし、すべきことを成し遂げて来た一人の男。もう充分大人の男と言える彼は・・まだ私のことを愛していると言った。


そんな男と再び愛し合うようになった私。
今まで会えなかった時間を補うよう愛を重ねるようになった二人。
決して離れたくないと、あの時と同じ時を歩いているように二人は愛し合った。
あの人は大真面目な顔で、離れるつもりはないと言った。
だが既婚者であることを承知で付き合いはじめた私が、大っぴらに彼の傍に立つことはない。


そんな矢先での出来事だった。
世界中でたったひとりのあの人を失った悲しみは癒えるのだろうか。
もしかすると私が道明寺と愛し合わなければ、あんなことにならなかったのかもしれない。他人のものを盗むとバチがあたると言うが、これがそうなのだろうか?そんなことを思う私は、やはり彼と愛し合うべきではなかったのかもしれない。
そして好きだった人に永遠に会えなくなった悲しみは、まるで無間地獄にいるように思えた。


そんなとき、私の元を訪れるようになった黒い猫。
彼の生まれ変わりではないだろうか。そう考えてしまうのはどうかしているのだろうか。
もし人が生まれ変わるとしたら、それもこんなに短い時間で生まれ変わるなら猫になったとしてもおかしくはないはずだ。

だから私はその猫に名前をつけた。
愛しい人と同じ名前を・・
『 司 』と。

そして私はその日、久し振りに食事らしい食事をしたような気がした。





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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.04.29 12:44 | 編集
ふぁい***んママ様
アマゾンの森へ消えた司。
失踪宣告が受理された頃現れる・・
刑事ドラマのようですね?(笑)
こちらはサスペンスではないような気がするのですが、ドキドキですか?
短編ですので、答えはすぐそこです。
あと少しだけお付き合い下さいませ。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.29 20:06 | 編集
司×**ove様
こんにちは^^
確かに二人の関係は「乾いた風」のようですね?
それにしても、何だかとても重いお話になってしまったようですが、短編ですからすぐに終わります。
もう少しだけお付き合い下さいませ。
そうですね。日本の法律だと7年で失踪宣告が出せますが、その辺りが関係してくるのでしょうか?
しかし、あまり深く考えるお話ではありません(笑)
スマホの調子が悪い・・
今では生活の一部ですよね?
アカシアはPCがメインで、スマホは最低限の利用です(笑)正直なところ、使いこなしているとは言えません。文明開化が遅かったアカシアです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.29 20:28 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2017.05.02 10:07 | 編集
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