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2017
04.28

時をこえて 1


ベランダのサッシの網戸をカリカリと軽く擦る音がした。
それは夜11時と決まっていた。風の吹く日も、雨の日も、天気に関係なくまるで判を押したように同じ時間だった。

二階建てのアパートに住む私の元へ猫が現れるようになったのは3ヶ月前からだ。
はじめはその音が何の音であるかわからなかったが、窓を開けたとき、その猫と目が合った。
それはまさにこれから小さな右手が網戸を引っかこうとしていた時だった。

濡れたような漆黒の毛を持ち、目は黄金色の猫。子猫ではなく大人の猫だとわかった。
美し毛並みでどこかで飼われていたのではないかと思ったが、首輪はなかった。
もしかするとどこかから逃げ出してきたのだろうか。
だが猫に聞くわけにもいかず、確かめようがなく、私は迷うことなくその猫を部屋の中へ入れていた。


やがて毎晩決まった時間に現れるようになった黒い猫に愛情が芽生えた。
もし飼い主がいないなら飼おうかと思った。だがアパートで動物を飼うのは禁止されている。それに私は動物を飼ったことはない。どうやって世話をすればいいのかと思った。そして動物は人を見るという。本能的にその人が自分のことが好きなのか、それとも嫌いなのかを嗅ぎ分けると言われていた。私は猫が好きか嫌いかと聞かれてもわからない。
幼いころから動物を飼う余裕などあるはずもなく過ごしていた。
だからこの猫が人生ではじめて触れ合う猫だ。

もしかすると猫は私のことが嫌いかもしれないと思った。
だがそれは杞憂だったようだ。猫は嫌がることなく、大人しく私の腕に抱かれるようになっていた。

黒い猫はどこか高貴な雰囲気を感じさせた。
細く引きしまった身体をくねらせるようなことはなく、スッとした歩みで部屋のなかを横切っていく姿は草原の野生動物に似て優雅だ。
そしてその姿からは言葉に出来ない何かを感じることが出来る。
人間ならそれをオーラと言うのかもしれない。だが、猫にそんなものがあるのかと思ったが、恐らくそうなのだろう。しなやかな身体とその目がそう感じさせるのかもしれなかった。
じっと見つめる黄金色の目は他人に媚びることをしない目だ。気高く何者も寄せ付けようとしない冷たい目をしていた。

この猫は大人しいと思った。
鳴かないのだ。猫ならにゃあと鳴くものだと思っていたが、鳴かなかった。そして私の部屋に現れるといつも決まった場所に座る。それは殺風景な部屋の中に色を添えるクッションの上。パステルカラーの花柄のクッションの上に座る鳴かない黒猫。どこかミスマッチに思えるが、猫が気に入っているならそれでいい。
後で知ったのだが、猫は仕切られた狭いスペースを好むという。だから猫は本能でその場所を選んだのだろう。

動物など飼ったことのなかった私は猫がどんな習性を持つのか知らなかったが、世間で聞く話しとはどこか違うと思った。黒猫は遊んでくれとは言わない。カーテンをよじ登ったり、何かを齧ったりもしない。ただじっとクッションの上で寛いでいた。

そして猫は自由だと聞いていた。だがこの猫は夜、アパートに現れると朝まで私の傍で過ごすようになった。同じベッドに横になり、布団の中に入る。そして朝食にミルクと餌を与えると、今度は窓の内側をカリカリと掻いて外へ出せと言う。それはまるで食事が終ると出勤する私に合わせ外へ出て行くように思えた。

黒猫にはどこか住まいがあるのだろうか。
それとも野良なのだろうか。だとすれば私のアパートが猫の住まいになったということなのだろうか。もしあの猫が野良なら自分の猫にしていいはずだと思った。

そう思った私は首輪を買って来ると猫につけた。
黒い猫に赤い革の首輪を。もし飼い主がいるならつけられた首輪を外すだろう。そして何らかの方法で自分の猫だといった主張をするはずだ。猫に新しい首輪をつけ、もしかすると家から出さなくなるかもしれない。そうすると猫に会えなくなるが仕方がない。だが初めから私の猫ではない。もし猫が現れなくなったとしても仕方がないと、心のどこかに諦めなければならない気持ちを置くことに決めた。

11時前になった。窓を少し開け猫が来るのを待っていた。
今夜は首輪を付けた猫は現れるだろうか。もし来なければ猫にはやはり飼い主がいて、自由を奪ってしまったのかと考えてしまうだろう。
だが猫は現れた。いつもと同じ時間に窓の外のベランダに。
そして当然のように開けられていた窓から細い身体を部屋の中へと滑らせていた。

その日から猫は私の飼い猫になった。
それなら名前をつけなければと思った。
今までその猫に名前はなかった。自分の猫ではない。だから名前をつけることをしなかった。
でも今夜からこの猫は私の猫だ。

_私の猫。

だが猫は犬と違い人ではなく家につくと言う。それならこの猫は私にではなく、家に、この部屋についたということだろうか。
この部屋に猫を引き寄せるなにか特別なものがあると言うのだろうか。

引き寄せる特別なもの。
考えてみても思いつかないが、猫は気まぐれだ。
たまたまベランダの場所が猫の過ごす場所として適していたのかもしれない。
出会いなんて偶然の賜物だ。猫との出会いもそんなものなのかもしれない。
それでも構わないと思った。猫の帰る場所がこの部屋だとすれば、それでいい。
帰る場所があるということは、猫でも人でも安心してそれまでの時間を過ごすことが出来るからだ。

猫の寿命は何年くらいなのだろう。10年くらいだろうか?
でも私はこの猫が今何歳なのか知る由もない。それに猫に聞いたところで答えてくれるはずもなく、猫はじっと私を見つめるだけだった。この猫は何年生きるのだろう。あと何年こうして私と過ごすのだろう。もともとふらりと現れた猫だ。もしかすると気まぐれにどこかへ行ってしまうかもしれない。もしそうなら猫の自由にさせてやるつもりだ。動物は自由でいるのが一番いいはずだから。檻に閉じ込められるような生き方はさせたくなかった。


猫もそうだが人の命にも限りがある。
それは勿論生まれてきた人間なら誰もが知っている。
だが、その命にある日突然終わる日が訪れたとき、残された人間はどうすればいいのだろう。





ある日予期せぬ電話を受けた。
それは雨の降る夜、息が止るのではないかと思った。
あの人が乗った飛行機が消息を絶ったと聞かされたとき、目の前が真っ暗になった。
東京は春が過ぎ、雨が降り始めた季節、地球の裏側での出来事だった。
南米アマゾンの上空を飛行中の軽飛行機の機影が消えた。

そして着陸する予定の空港にあの人の姿はなかった。





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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.04.28 10:01 | 編集
s**p様
前書きにドキドキ(笑)
黒猫の様子から感じることが・・。
泣く準備OKですか?
明るいお話が書ければ良かったのですが、こちらのようなお話になりました。重苦しです。
しかし、こちらは短編です。ゴールは近いです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.28 21:48 | 編集
司×**ove様
おはようございます^^
はい。本日より数日間短いお話です。
今回の短編は、いつもと趣が異なっています。
暗めのお話だと思いますが、短いお話です。結論は早いです。ファンタジーサスペンス?素敵なネーミングですね!二人に何があったのでしょう。
色々想像し、また楽しんで頂けると嬉しいです。
明日からGWですが、お休みに入る前が忙しいのは仕方ないと思っています。
ご自宅でも色々とお忙しく、お休みであって、お休みではない御様子ですね?
お疲れが溜まりませんようにお過ごし下さいね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.28 22:09 | 編集
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