あの男が二人の間に入りこまなければ決定的な別れを、雨の日の別れを経験することがなかったということを改めて知った。
それとも元々二人は一度別れることが決まっていたのか。
だが過去を遡ったところで、過去を変えることはできない。
10年間の妄執と彼女を思うたび掻き立てられた劣情。
正気の沙汰ではなかった10年。
彼女に別れを告げられた言葉が頭に浮かぶたび、同じように脳裏に浮かぶあの日の風景を消し去ろうとした。
だがやっと、どれだけ手を伸ばしても掴めなかったものを掴むことが出来た。
雨の降るあの夜別れてからずっと欲しかったものをこの手に掴むことが出来た。
あの頃、愛した人に対しただ真っ直ぐな心だけを向けた少年の心は___
今もここにある。
あの日降り注いだのは激しい雨。
だが今もし降るならやさしい雨。
振り返ればこの10年、雨が降る夜は雨音を聞きたくないと耳を塞ぐようにしていた。
二人の関係はあの日、確かに変わった。
あの山荘で最後に彼女を抱いたとき憎しみが愛に変わった。
何も責めず、何も咎めることなく黙って全てを飲み込むことが出来る女は昔と同じだ。
あの頃、全てを自分ひとりで抱え込むことが得意だったが、今でもそれは変わらないようだ。
愛してるの言葉だけを繰り返す女はまるで何も無かったように接してくるが、USBの件についてもだが、きちんと話しをした方がいいと思っていた。
彼女を閉じ込め監禁し、身体の自由を奪った。
激しい欲望と憎しみで処女を奪った瞬間が甦り目を閉じた。
口をつぐんだまま何から話せばいいのかと言葉を選んでいた。
悪かった、そのひと言で済むようならこんなにも考えないはずだ。
身体が完全に回復するまでは話さなくてもいいと思ったが、話さなければならない。
それは自己満足のためかもしれないが、詫びなければならない。
大切な人を二度と失うことがないように。
そして許しを得なければならない。
哀れな男の告白だとしても彼女の前ではただの一人の男だ。
あの雨の日に口にしたように、ただの男だ。
司は病院の廊下をいつものように歩いていた。普段ひと気の無い廊下だが今のこの病院は警備に万全を尽くすよう手配していた。特別室のある最上階に立ち入ることが出来る人間は司と親友たち以外いなかった。そして部屋の前に立つ警護の人間は4人いた。
午後のうちに手配して贈らせた花が届いているはずだが喜んでくれただろうか。
淡いピンクのバラにカラーとカスミソウのアレンジメント。花など贈ったことがない男が選んだのは、まるで結婚式のブーケにでも出来そうな花。自らが抱え歩く姿を親友たちにでも見られれば失笑を買うかもしれないが、そうしても良かったかとも思う。
醜い嫉妬に取りつかれ、捨てられたと恨みを抱いていた男は罪悪感を抱き、つくしの部屋の前まで来ると今さらながら入ることを躊躇していた。するとちょうど中から出て来たのは類だった。
「あれ?司。今から見舞い?」
「あ?ああ・・。類・・来てたのか?それに見舞いって俺の部屋はこの隣だ」
「ああ、そうだったね?」
類はつくしの病室の隣、司の部屋のドアをちらっと見やった。
「そうだ司・・時間ある?話したいことがあるんだけどいい?」
早くつくしに会いたいが類の話を断る理由はない。
ハンサムな好青年といった印象がある類は、牧野つくしの心に寄り添う事が得意な男だ。
いや、実際司がつくしのことを好きだと告白したころ、彼女の心には類がいたことがあった。
そしてこの10年、いつも彼女を見守っていたのは類だった。
二人は隣の特別室、今は司が自室として使っている部屋へ足を向けた。
隣の部屋と同じ間取りではあるが、今は司のため仕事用のデスクが備え付けられていた。
類は部屋の中を見るとデスクの傍まで行き、回転椅子をくるりと回し、振り返ると司を見た。
「司、牧野はあのUSBのこと、随分前から中身知ってたってさ。おまえ、まだこの話しは牧野としてないんだろ?」
「ああ。これから話そうと思ってたところだ」
まさに今夜その話をしようとしていたところで類に言われた司はむっとし、その言葉の意味を探るように親友の表情を眺めた。そして二人の男の視線はがっちりと絡みあった。
まるでつくしを巡って二人が争っていた頃のように。
「それからおまえの親父さんが牧野を狙ってることも知ってた。俺はあいつが気付いてないって思ってた。だけど俺たちが思うよりあいつは頭がいいから・・あの当時自分なりに色々と考えて結論を導き出したんだと思う。それから、あいつがUSBを貸金庫に預けていた理由だけど、おまえの為、道明寺財閥の為だ。あの情報が公になればおまえの所が大変な目に合うって分かったからだ」
井坂と内容を確認したとき、恐らくそうであろうと考えた。
頭のいい彼女ならそのくらいのことは気付いて当然だ。
「・・・それから司、おまえは牧野に謝ったのか?おまえがあいつの自由を奪って監禁したことをだ」
類の口から出た憤りの言葉。
非情な態度で残酷さだけが目立った男の行動が許されるものではないと言いたいのだ。
男が取った異常とも言える行動は、一度は許しを請う必要があると。
それが例え愛してるのひと言で許されるとしても、類はけじめをつけろと言っていた。
類がこんなことを話すには理由があるはずだ。つくしと二人っきりで何を話したのか気になっていた。彼女と共に過ごした時間は短く、それに比べれば類は10年一緒にいた。
事実、牧野つくしのことを類ほど詳しく知る人間はいないかもしれない。
「いや。俺はあいつに・・」
「牧野はおまえを捨てるような別れ方をしたことをもうとっくに謝ってるよな? それからあいつはおまえにされたことを気にしてないはずだ。あいつは何でも簡単に許すところがある。あいつの性格からしてそうだってのは、おまえもよく知ってるだろ?」
自分が犠牲になることを厭わない女。
他人を簡単に許すことが出来る女。
騙されても相手を信じる女。性善説を信じる女。
自分の目で確かめ、自分が信じること以外信じないといった女だった。
「俺はおまえとあいつの関係に口を出すつもりはない。でもけじめだけはきちんとつけろ。何でも愛してるって言葉だけで許されると思うならそれはおまえのおごりだ」
一瞬、茶色い瞳を過ったのは怒りだったのか、だが眉がひそめられはしなかったが強い口調で言われ、頷くわけでもないが、今は責められて当然だと思っていた司は黙って聞いていた。
そして最後に人に謝ったのはいつだったかと思考を巡らせていた。
「おまえはこの10年おまえを捨てた牧野が許せなかったんだろ?だけど、もう許したんだろ?あいつが選らばなければならなかった、仕方がなかった選択だったことを理解したんだろ?それならおまえも牧野に詫びろ。きちんと言葉にしろ。牧野はおまえに謝ってもらおうなんて考えてないだろうけど、けじめだ。男としての」
すると類はふっと表情を和らげた。
そしていつもの調子の静かな声で語り始めた。
「司、人は許し合って生きる動物だ。許し合わなければ殺し合うことになる。相手を許すことが出来るのは人間だけだ。もしそれが出来ないならおまえは人間じゃない」
類の言葉は胸にしみた。
鏡を見たとき、自分の顔が人ではないと思ったことがある。
それはあの男、父親と同じ顏をして冷酷非道と言われたビジネスを行って来たからだ。
相手の息の根を止めることがビジネスの基本だった。
「司。牧野はおまえに謝って欲しいなんてひと言も言ってない。これは俺が言いたかったから言った。おまえが後悔してるのは分かってる。でも言わせてくれ・・」
その言葉はどれほど類がつくしのことを心配していたのかを感じさせた。
「それからおまえの親父さんのこともそうだけど、財閥の方向性も少しは考えろ。おまえが昔のおまえと変わってきたことは分かる。でも今のまんまのやり方じゃ親父さんと同じだ。司。俺はおまえたちの力になるつもりだ。何かあればと思ってる。だけどその前にきちんとあいつに謝って来い。俺が言いたいのはそれだけだ。・・それから司、牧野は・・砂みたいな女だけど、黄金より価値がある女だと思う」
司は黙って類の話を聞いていた。
黄金より価値がある。類の言葉を貧乏人が口にすれば嘘臭く感じられるが、なまじ金のある人間がそんな言葉を口にすれば、それは意味のある言葉だと感じられる。
もちろん司にとって牧野つくしは黄金より価値のある女だ。その言葉に異議を唱えることはない。だが相変わらず類の話はいつも抽象的で捉えどころがない。
「海岸の砂ってサラサラして気持ちいいよね?裸足になって歩いても足の裏が気持ちいいしさ、くつろげるっていうのかな?でも黄金の砂なんて落ち着いて歩けないし、なんか痛そうだろ?」
司の知らなかったつくしを知る類の言葉。それは類にとってはどれだけの意味を持つのか。
10年間何もなかったとは言え、身近で暮らした人間だからこその言葉のように思えた。
滑らかに口から出るその言葉は、友人以上の関係ではないから言える言葉だと司も分かっている。だがどこか心の中では、つくしといると落ち着けると言ったその言葉に嫉妬していた。
「・・それから司。あのネックレスはどうした?あれはおまえがプレゼントしたんだろ?あいつ、俺には言わなかったけど大切にしてたぞ?事故にあったときも・・身に付けてた。でもどうして俺があのネックレスのことを知ってるか不思議に思ってる?」
つくしを監禁したとき取り上げた土星を模したネックレスは今、司の手元にあるが、あのネックレスを贈ったことを知る人間はいないはずだと考えていた。
「牧野があんな高価なネックレスを自分で買うはずがないよね?だからおまえがプレゼントしたものだってすぐに分かったよ。それから一度チェーンが切れたことがあって修理に出すことになったけど、あれブルガリだろ?だからローマの本店まで送り返すことになるけど俺がフィレンツェに行く途中で直接本店に持ってた。俺の名前でね?その方が修理も早い。それにローマなら物産の支店も近いし、付き合いもあって3ヶ月待ちのところを急いでもらった。司、急いでもらった理由を知りたい?あいつあのネックレスが手元を離れるとき、哀しそうな顔をしてた。牧野にとってあれは、あのネックレスはおまえと離れてしまってもおまえのことを思うあいつの心の拠り所だった」
司は類が帰った部屋の中にひとり佇んでいた。
嬉しいときも、哀しいときも、共にあったというあのネックレス。
わかっている。
ただどんな顔をして返せばいいのかと躊躇していた。
そしてつくしにきちんと言葉にして詫びろと言った類は・・正しい。
大切な人を見失わないためにも、言葉にすることは必要だ。
あの頃、どんなことも言葉にしてきた。
それなのに・・ここで戸惑っている自分が滑稽だった。
司はデスクにしまってあった箱を取り出し類の言葉を反芻していた。
心の拠り所だったと言われた土星を模したネックレスが入った箱。
凡庸ではなく、彼女のためだけに作らせたネックレスはあの頃と変わらない輝きがあった。
そしてつくしの部屋の冷蔵庫のプリンを食べろと言われたことは、類が甘いものが苦手な自分に与えた罰のひとつではないかと思っていた。

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彼女に別れを告げられた言葉が頭に浮かぶたび、同じように脳裏に浮かぶあの日の風景を消し去ろうとした。
だがやっと、どれだけ手を伸ばしても掴めなかったものを掴むことが出来た。
雨の降るあの夜別れてからずっと欲しかったものをこの手に掴むことが出来た。
あの頃、愛した人に対しただ真っ直ぐな心だけを向けた少年の心は___
今もここにある。
あの日降り注いだのは激しい雨。
だが今もし降るならやさしい雨。
振り返ればこの10年、雨が降る夜は雨音を聞きたくないと耳を塞ぐようにしていた。
二人の関係はあの日、確かに変わった。
あの山荘で最後に彼女を抱いたとき憎しみが愛に変わった。
何も責めず、何も咎めることなく黙って全てを飲み込むことが出来る女は昔と同じだ。
あの頃、全てを自分ひとりで抱え込むことが得意だったが、今でもそれは変わらないようだ。
愛してるの言葉だけを繰り返す女はまるで何も無かったように接してくるが、USBの件についてもだが、きちんと話しをした方がいいと思っていた。
彼女を閉じ込め監禁し、身体の自由を奪った。
激しい欲望と憎しみで処女を奪った瞬間が甦り目を閉じた。
口をつぐんだまま何から話せばいいのかと言葉を選んでいた。
悪かった、そのひと言で済むようならこんなにも考えないはずだ。
身体が完全に回復するまでは話さなくてもいいと思ったが、話さなければならない。
それは自己満足のためかもしれないが、詫びなければならない。
大切な人を二度と失うことがないように。
そして許しを得なければならない。
哀れな男の告白だとしても彼女の前ではただの一人の男だ。
あの雨の日に口にしたように、ただの男だ。
司は病院の廊下をいつものように歩いていた。普段ひと気の無い廊下だが今のこの病院は警備に万全を尽くすよう手配していた。特別室のある最上階に立ち入ることが出来る人間は司と親友たち以外いなかった。そして部屋の前に立つ警護の人間は4人いた。
午後のうちに手配して贈らせた花が届いているはずだが喜んでくれただろうか。
淡いピンクのバラにカラーとカスミソウのアレンジメント。花など贈ったことがない男が選んだのは、まるで結婚式のブーケにでも出来そうな花。自らが抱え歩く姿を親友たちにでも見られれば失笑を買うかもしれないが、そうしても良かったかとも思う。
醜い嫉妬に取りつかれ、捨てられたと恨みを抱いていた男は罪悪感を抱き、つくしの部屋の前まで来ると今さらながら入ることを躊躇していた。するとちょうど中から出て来たのは類だった。
「あれ?司。今から見舞い?」
「あ?ああ・・。類・・来てたのか?それに見舞いって俺の部屋はこの隣だ」
「ああ、そうだったね?」
類はつくしの病室の隣、司の部屋のドアをちらっと見やった。
「そうだ司・・時間ある?話したいことがあるんだけどいい?」
早くつくしに会いたいが類の話を断る理由はない。
ハンサムな好青年といった印象がある類は、牧野つくしの心に寄り添う事が得意な男だ。
いや、実際司がつくしのことを好きだと告白したころ、彼女の心には類がいたことがあった。
そしてこの10年、いつも彼女を見守っていたのは類だった。
二人は隣の特別室、今は司が自室として使っている部屋へ足を向けた。
隣の部屋と同じ間取りではあるが、今は司のため仕事用のデスクが備え付けられていた。
類は部屋の中を見るとデスクの傍まで行き、回転椅子をくるりと回し、振り返ると司を見た。
「司、牧野はあのUSBのこと、随分前から中身知ってたってさ。おまえ、まだこの話しは牧野としてないんだろ?」
「ああ。これから話そうと思ってたところだ」
まさに今夜その話をしようとしていたところで類に言われた司はむっとし、その言葉の意味を探るように親友の表情を眺めた。そして二人の男の視線はがっちりと絡みあった。
まるでつくしを巡って二人が争っていた頃のように。
「それからおまえの親父さんが牧野を狙ってることも知ってた。俺はあいつが気付いてないって思ってた。だけど俺たちが思うよりあいつは頭がいいから・・あの当時自分なりに色々と考えて結論を導き出したんだと思う。それから、あいつがUSBを貸金庫に預けていた理由だけど、おまえの為、道明寺財閥の為だ。あの情報が公になればおまえの所が大変な目に合うって分かったからだ」
井坂と内容を確認したとき、恐らくそうであろうと考えた。
頭のいい彼女ならそのくらいのことは気付いて当然だ。
「・・・それから司、おまえは牧野に謝ったのか?おまえがあいつの自由を奪って監禁したことをだ」
類の口から出た憤りの言葉。
非情な態度で残酷さだけが目立った男の行動が許されるものではないと言いたいのだ。
男が取った異常とも言える行動は、一度は許しを請う必要があると。
それが例え愛してるのひと言で許されるとしても、類はけじめをつけろと言っていた。
類がこんなことを話すには理由があるはずだ。つくしと二人っきりで何を話したのか気になっていた。彼女と共に過ごした時間は短く、それに比べれば類は10年一緒にいた。
事実、牧野つくしのことを類ほど詳しく知る人間はいないかもしれない。
「いや。俺はあいつに・・」
「牧野はおまえを捨てるような別れ方をしたことをもうとっくに謝ってるよな? それからあいつはおまえにされたことを気にしてないはずだ。あいつは何でも簡単に許すところがある。あいつの性格からしてそうだってのは、おまえもよく知ってるだろ?」
自分が犠牲になることを厭わない女。
他人を簡単に許すことが出来る女。
騙されても相手を信じる女。性善説を信じる女。
自分の目で確かめ、自分が信じること以外信じないといった女だった。
「俺はおまえとあいつの関係に口を出すつもりはない。でもけじめだけはきちんとつけろ。何でも愛してるって言葉だけで許されると思うならそれはおまえのおごりだ」
一瞬、茶色い瞳を過ったのは怒りだったのか、だが眉がひそめられはしなかったが強い口調で言われ、頷くわけでもないが、今は責められて当然だと思っていた司は黙って聞いていた。
そして最後に人に謝ったのはいつだったかと思考を巡らせていた。
「おまえはこの10年おまえを捨てた牧野が許せなかったんだろ?だけど、もう許したんだろ?あいつが選らばなければならなかった、仕方がなかった選択だったことを理解したんだろ?それならおまえも牧野に詫びろ。きちんと言葉にしろ。牧野はおまえに謝ってもらおうなんて考えてないだろうけど、けじめだ。男としての」
すると類はふっと表情を和らげた。
そしていつもの調子の静かな声で語り始めた。
「司、人は許し合って生きる動物だ。許し合わなければ殺し合うことになる。相手を許すことが出来るのは人間だけだ。もしそれが出来ないならおまえは人間じゃない」
類の言葉は胸にしみた。
鏡を見たとき、自分の顔が人ではないと思ったことがある。
それはあの男、父親と同じ顏をして冷酷非道と言われたビジネスを行って来たからだ。
相手の息の根を止めることがビジネスの基本だった。
「司。牧野はおまえに謝って欲しいなんてひと言も言ってない。これは俺が言いたかったから言った。おまえが後悔してるのは分かってる。でも言わせてくれ・・」
その言葉はどれほど類がつくしのことを心配していたのかを感じさせた。
「それからおまえの親父さんのこともそうだけど、財閥の方向性も少しは考えろ。おまえが昔のおまえと変わってきたことは分かる。でも今のまんまのやり方じゃ親父さんと同じだ。司。俺はおまえたちの力になるつもりだ。何かあればと思ってる。だけどその前にきちんとあいつに謝って来い。俺が言いたいのはそれだけだ。・・それから司、牧野は・・砂みたいな女だけど、黄金より価値がある女だと思う」
司は黙って類の話を聞いていた。
黄金より価値がある。類の言葉を貧乏人が口にすれば嘘臭く感じられるが、なまじ金のある人間がそんな言葉を口にすれば、それは意味のある言葉だと感じられる。
もちろん司にとって牧野つくしは黄金より価値のある女だ。その言葉に異議を唱えることはない。だが相変わらず類の話はいつも抽象的で捉えどころがない。
「海岸の砂ってサラサラして気持ちいいよね?裸足になって歩いても足の裏が気持ちいいしさ、くつろげるっていうのかな?でも黄金の砂なんて落ち着いて歩けないし、なんか痛そうだろ?」
司の知らなかったつくしを知る類の言葉。それは類にとってはどれだけの意味を持つのか。
10年間何もなかったとは言え、身近で暮らした人間だからこその言葉のように思えた。
滑らかに口から出るその言葉は、友人以上の関係ではないから言える言葉だと司も分かっている。だがどこか心の中では、つくしといると落ち着けると言ったその言葉に嫉妬していた。
「・・それから司。あのネックレスはどうした?あれはおまえがプレゼントしたんだろ?あいつ、俺には言わなかったけど大切にしてたぞ?事故にあったときも・・身に付けてた。でもどうして俺があのネックレスのことを知ってるか不思議に思ってる?」
つくしを監禁したとき取り上げた土星を模したネックレスは今、司の手元にあるが、あのネックレスを贈ったことを知る人間はいないはずだと考えていた。
「牧野があんな高価なネックレスを自分で買うはずがないよね?だからおまえがプレゼントしたものだってすぐに分かったよ。それから一度チェーンが切れたことがあって修理に出すことになったけど、あれブルガリだろ?だからローマの本店まで送り返すことになるけど俺がフィレンツェに行く途中で直接本店に持ってた。俺の名前でね?その方が修理も早い。それにローマなら物産の支店も近いし、付き合いもあって3ヶ月待ちのところを急いでもらった。司、急いでもらった理由を知りたい?あいつあのネックレスが手元を離れるとき、哀しそうな顔をしてた。牧野にとってあれは、あのネックレスはおまえと離れてしまってもおまえのことを思うあいつの心の拠り所だった」
司は類が帰った部屋の中にひとり佇んでいた。
嬉しいときも、哀しいときも、共にあったというあのネックレス。
わかっている。
ただどんな顔をして返せばいいのかと躊躇していた。
そしてつくしにきちんと言葉にして詫びろと言った類は・・正しい。
大切な人を見失わないためにも、言葉にすることは必要だ。
あの頃、どんなことも言葉にしてきた。
それなのに・・ここで戸惑っている自分が滑稽だった。
司はデスクにしまってあった箱を取り出し類の言葉を反芻していた。
心の拠り所だったと言われた土星を模したネックレスが入った箱。
凡庸ではなく、彼女のためだけに作らせたネックレスはあの頃と変わらない輝きがあった。
そしてつくしの部屋の冷蔵庫のプリンを食べろと言われたことは、類が甘いものが苦手な自分に与えた罰のひとつではないかと思っていた。

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ま*も様
こんにちは^^
お久しぶりです。そしていつもお読みいただき有難うございます。
読み応えが増すと言っていただき、大変光栄です。
ご期待に添えるかどうか分かりませんが、お楽しみいただけるようなお話しが書ければと思っています。
拍手コメント有難うございました^^
こんにちは^^
お久しぶりです。そしていつもお読みいただき有難うございます。
読み応えが増すと言っていただき、大変光栄です。
ご期待に添えるかどうか分かりませんが、お楽しみいただけるようなお話しが書ければと思っています。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.26 20:48 | 編集

とん**コーン様
本当です。世界情勢が緊迫していますね。
そんな中で遊びに来て下さって嬉しです。
そして世界情勢の緊迫が伝わったのか、アカシアも忙しいです(笑)
いえ、アカシアの場合単なる月末だからです(笑)
道明寺、プリン食べるんでしょうかねぇ(笑)
世界情勢より道明寺がプリンを食べるかが気になるところです(笑)
こちらこそ、いつもお読みいただき有難うございます。
コメント有難うございました^^
本当です。世界情勢が緊迫していますね。
そんな中で遊びに来て下さって嬉しです。
そして世界情勢の緊迫が伝わったのか、アカシアも忙しいです(笑)
いえ、アカシアの場合単なる月末だからです(笑)
道明寺、プリン食べるんでしょうかねぇ(笑)
世界情勢より道明寺がプリンを食べるかが気になるところです(笑)
こちらこそ、いつもお読みいただき有難うございます。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.26 20:51 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
類くんから色々と言われましたが、類くんなりの優しさですね。
類くんは司くんからつくしちゃんを奪いたいとは考えていません。
ただ、つくしちゃんを傷つける司に腹を立てていることは間違いありません。
つくしちゃんを傷つけたことは謝れと言ったのは男としてのけじめです。
策士と呼ばれる類くんは強い味方になってくれることでしょう。
プリンが罰ゲームとなるでしょうか(笑)
司の父親、貴は何を考えているのでしょうね。あの人、恐ろしい人ですね。
我が息子は息子であって息子ではありません。
この先、何かするのでしょうか・・・
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
類くんから色々と言われましたが、類くんなりの優しさですね。
類くんは司くんからつくしちゃんを奪いたいとは考えていません。
ただ、つくしちゃんを傷つける司に腹を立てていることは間違いありません。
つくしちゃんを傷つけたことは謝れと言ったのは男としてのけじめです。
策士と呼ばれる類くんは強い味方になってくれることでしょう。
プリンが罰ゲームとなるでしょうか(笑)
司の父親、貴は何を考えているのでしょうね。あの人、恐ろしい人ですね。
我が息子は息子であって息子ではありません。
この先、何かするのでしょうか・・・
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.26 20:54 | 編集

チ**ム様
こんばんは^^
現実生活は色々とありますが、日々なんとか過ごしています(笑)
こちらの司くん、人間らしくなって(笑)本当にこの司は初めの頃は酷い男でしたからねぇ(笑)
鬼畜な司もお好きですか?そんな司、頭の中に居ます(笑)
そしてこちらの司とつくしですが、まだ甘い雰囲気にはほど遠いような気がしています(笑)
やはり二人は甘い二人がお似合いでしょうか?
早くそうなって欲しいのですが、何しろ司の父親が恐ろしい人ですから困ります。
完結までは・・そうですね・・まだ未定です。
チ**ム様も何かと色々お忙しいとは思いますが、お身体ご自愛下さいませ。
時々でいいんですよ(笑)何事も優先順位が高いものからですから。
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
現実生活は色々とありますが、日々なんとか過ごしています(笑)
こちらの司くん、人間らしくなって(笑)本当にこの司は初めの頃は酷い男でしたからねぇ(笑)
鬼畜な司もお好きですか?そんな司、頭の中に居ます(笑)
そしてこちらの司とつくしですが、まだ甘い雰囲気にはほど遠いような気がしています(笑)
やはり二人は甘い二人がお似合いでしょうか?
早くそうなって欲しいのですが、何しろ司の父親が恐ろしい人ですから困ります。
完結までは・・そうですね・・まだ未定です。
チ**ム様も何かと色々お忙しいとは思いますが、お身体ご自愛下さいませ。
時々でいいんですよ(笑)何事も優先順位が高いものからですから。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.26 20:59 | 編集

pi**mix様
こんばんは^^
王子ばかりがカッコよくて、坊っちゃん食われてますか(笑)
太陽と月。天使と悪魔。この二人のつくしちゃんを挟んでのやり取りはピリピリ感もあり、男同士の友情もありでしょうか。
>坊っちゃん、早くつくしちゃんの部屋へ行ってあげて。
類が邪魔をしましたので、簡単には行けませんでした。
そうですよね、類も物産の仕事の邪魔をされたんですから、司に謝って欲しいですよね?(笑)
pi**mix様、いつもファンレターになってますよ!有難うございます。
そして楽しませて頂いてます。「プププ」と小笑いしてます!(≧▽≦)
さて、類ばかりに良い所を持っていかれ司が可哀想です。
坊っちゃんにも頑張っていただきましょう!
こちらこそ、いつも有難うございます。
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
王子ばかりがカッコよくて、坊っちゃん食われてますか(笑)
太陽と月。天使と悪魔。この二人のつくしちゃんを挟んでのやり取りはピリピリ感もあり、男同士の友情もありでしょうか。
>坊っちゃん、早くつくしちゃんの部屋へ行ってあげて。
類が邪魔をしましたので、簡単には行けませんでした。
そうですよね、類も物産の仕事の邪魔をされたんですから、司に謝って欲しいですよね?(笑)
pi**mix様、いつもファンレターになってますよ!有難うございます。
そして楽しませて頂いてます。「プププ」と小笑いしてます!(≧▽≦)
さて、類ばかりに良い所を持っていかれ司が可哀想です。
坊っちゃんにも頑張っていただきましょう!
こちらこそ、いつも有難うございます。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.26 21:05 | 編集
