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2017
04.22

Collector 45

Category: Collector(完)
牧野・・・
やっと彼女が自分の元へ戻ってきた。
人間が生きる世界へ、彼のいる世界へ戻って来てくれた。
手を伸ばし髪に触れ、手を握りその肌にそっと唇を落し、彼女の存在を確かめることが出来た。

牧野・・・
自分の中では圧倒的な存在感を持つ女性。
この10年目を閉じればいつも心に浮かぶのは彼女の面影。
出会ったあのころは、ほとんど毎日が待ちきれない日々。
朝が来ることが楽しみで、ベッドから飛び起きると駆け出していた。

束の間、思い出すのは初めてキスをした日。そして彼女を自分の腕に抱いた日。
その時の感触を思い出しながら過去を振り返った。短かった二人だけの時間。
だがあの雨の日からは、忘れられなかった記憶を蘇らせ、何度も反芻しながら暗い闇だけを見つめ生きていた。冷たい闇の空気を貪りながら過ごした日々。狂暴な男となって生きて来た人生があった。

司は冷たい笑みを浮かべ思った。
もう過去へは戻らない。

自分とつくし・・・
二人はやり直し、二度と再び離れることはないはずだ。
彼女を心ゆくまで感じることが幸せだと感じられた。
そう思う気持ちは随分久しぶりのことだ・・・・

だが話さなければならないことがある。
司は一瞬ためらいの表情を浮かべたが、すぐにそれを打ち消した。
今はまだ話さなくてもいいはずだ。

今はまだ_







意識を取り戻したがまたすぐ瞼を閉じてしまったつくし。
医者は聴診器をあて心拍音を聴き、瞳孔の反射を調べ、繋がれたモニターをチェックした。

「意識が戻ったがまたすぐ眠ってしまわれたんですね?」

「ああ。喉が・・乾いてるって言ったがそれからまた眠った。どうなんだ?牧野は・・彼女の容態は?」

司は心配そうに聞いたが医者は問題ないと言う。
だが神と命のやり取りをするような手術をしたのだ。心配するなと言う方が無理だ。

「道明寺さん、そんなにご心配なさらなくても大丈夫です。手術後、ましてや長い間昏睡状態にいた患者さんは意識が回復しても意識の混濁といったものが見られます。それは殆どの患者さんに起こることです。自分がどうしてここにいるのか理解出来ないこともありますから。しかしまたすぐ目が覚めますから無理に起こすようなことはせず暫くこのまま眠らせてあげて下さい」

司はその返事が気に入らなかった。
一時意識を取り戻したとはいえまた深い眠りについてしまったような呼吸に、唇をぎゅっと引き結んだ男は、胸の前で腕を組むと医者を睨んでいた。

意識の混濁は、長時間に及ぶ麻酔や昏睡状態に置かれた患者にはよくある話しだと言うが、その状態のつくしが再び目覚めることがないのではないかと不安が過る。
しかし今は医者の言う言葉を信じるしかない。つくしの顔を見たがその寝顔に苦痛は感じられず穏やかに眠っていた。

「喉が渇いたってのはどうすればいいんだ?」

「そうですね。まず唇が乾燥しているでしょうから、そちらを湿らせることから始めて下さい。滅菌処理された綿棒をお持ちしますから、そちらを唇にあて、口の中を潤しましょう。お水はそれから少しずつ差し上げて下さい」



司はそのまま朝までつくしの傍に付き添い、彼女が目を開くのを待った。
自分の願いが叶うようにと祈った。夜明けの最初の光りが射しこむとき、目が覚めるようにと。
そして夜明け前、ゆっくりと開かれた黒い瞳は、自分を見つめる司と視線を合わせた。
完全に目を覚ましたつくしは、この場所がどこか分からないとしても、自分の置かれた状況を理解していた。意識はしっかりしており、小さく呟くように名前を呼び、そして言った。

「どうみょうじ・・・あたしは大丈夫だから・・それより道明寺は大丈夫なの?怪我はない?」

それから暫く、ただ見つめ合うだけの二人だったが、やがてつくしが手を差し出して来ると、司はその手を取った。まだ点滴の針が刺さったままの腕に力はないが、それでもその手には温もりがあった。その温もりを手放したくないと掴んだ司の手は大きくやはり温かかった。
かつて冷たいものが流れていると思われていた男の手は力強くつくしの手を握ると、彼は泣いていた。

頬を伝う涙に気付かないとしても、零れた涙がポタポタと音を立て上掛けの上へと落ちていた。
目の前で撃たれ、倒れ込んで来る身体を受け止めたが、まるで死んだようにぐったりとし、動かなかった。それは心臓の動きが止り、呼吸が止まり、時が止った瞬間だった。
手術をし、それから続いた意識のない状態は、まるで宙ぶらりんの状態。
それまでの人生の中で最悪の状況。悪夢を見ていると言ってもいいほどだった。
頭を過るのはこのまま帰らぬ人となるのではないか。
はかない息遣いはこのまま途絶えてしまうのではないか。

そんな時、人は信心深くなくとも神に祈ることがある。
司もつくしが早く目を覚ますようにと祈った。
自分が代われるものなら代わりたかった。
あれほどの心の痛みといったものを経験したことなどなく、まるで自分の心臓が撃ち抜かれてしまったかのような痛みを感じていた。

頭を過ったのは、もし置いて行かれてしまったらどうしようと。
置いて行く方と置いて行かれる方ではどちらが辛いのか。
そんなことを考えたこともあった。

「・・まきの・・よかった・・」

ひたむきとも言える目で見つめる司。
その目は遠い昔見た事がある目。
あの頃、二人が心を通わすことが出来たとき、世界中で一番大切な人に出会えたと思えたとき交わした視線と同じ。
つくしは暫く視線を外さなかった。だが握られている自分の手を見た。
そして再び司の目を見ると言った。

『愛してる』と。

世界中のどの言語で言っても一番美しいと感じるその言葉。
家族であっても、恋人であっても愛してもらえることは幸せなことだ。

世の中の多くの人間はそれをあたり前の事と捉えるかもしれない。
だが司は違った。愛を知らずに育った男にとって初めて人を愛することを知ったのだから。

そんな男が好きになった少女は高校に通いながら、家計を助けるためアルバイトに精を出す少女。赤貧ともいえる経済状態の家庭に暮らす少女。
振り返るたび香る何かを感じたくて、その香りで包んで欲しくて、その髪に触れたいと、その声が聴きたいと彼女を追いかけた。

そんな息子に因習的とも言える考えを持つ両親が眉をひそめ、まず母親が二人の交際を反対した。そして母親では埒が明かないと父親が出て来た。
今では殺したいほど憎んでいる父親。
いや。父親ではない。あの男は赤の他人だ。



哀しみの喘ぎばかりだった10年。

10年の歳月を経て戻って来た男は、心の奥底に閉じ込めていた気持ちを解き放つと再び彼女を愛し始めた。
彼にとっては間違いなくその愛を与えたい人が世界中で一番大切な人であることを疑問に思う方が間違いだ。そしてその人の口から聞かされた言葉は、彼を殺すことも生かすことが出来るのだから。









特別室に集まった三人の男たちは、つくしの意識が戻ったと連絡受け、病院へ駆けつけた。
三人が揃ってつくしと会うのは久しぶりだ。類は一緒に暮らしていたこともあり、久しぶりとは言わないかもしれないが、あきらと総二郎は久しぶりの再会となった。

銃で狙撃され命が助かったのは、まさに運がいいとしか言えない。
三人が見たつくしは、カーテンが開かれ、窓から差し込む光の中、ベッドに横になった姿勢で司の手から水を与えられていた。
〝吸い飲み″からあらかた水を飲み干したつくしは、深呼吸しひと息つくと三人に目を向けた。

友だちとしてほぼ10年一緒に暮らしてきた類。
類を介さなければ会わなかったあきらと総二郎。
異性として意識などしてこなかった三人の男性は、心配そうにつくしを見つめていた。



四人の男性が顔を揃えたのは何年ぶりなのだろう。
かつてF4と呼ばれた男たち。
学園の支配者と言われた道明寺司。
茫洋としてつかみどころのない人物と言われた花沢類。
いつも陽気だがどこか淋しさを感じさせた西門総二郎。
面倒見のいい男と呼ばれた美作あきら。

彼らが心配そうに見つめるなか、つくしは微笑んでみせた。
それはかつて見たことのある微笑み。
夏に咲くひまわりのような明るさを感じさせる微笑み。
そこに言葉がなくても、感じられることはある。
牧野つくしは、昔と変わらず道明寺司を愛していると、三人は疑うことはなかった。





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コメント
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dot 2017.04.22 14:05 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
一度目が覚めましたが、再び眠ってしまったつくしを心配する司。
医者の言ってることは頭では理解していても不機嫌でしたね(笑)
沢山の抱えきれない思い・・そうですね、色々とありましたからねぇ。
周りには沢山のSP。それはもう当然だと思います。
また何かあっては大変ですから^^
今はつくしの身体を治すことが最優先です。

忙しさは落ち着いて・・と言いたいのですが、波があります(笑)
疲れなのか口内炎ができ、痛いです(笑)それなのに柑橘類が食べたくなり、食べてはしみるを繰り返しています(笑)
司×**OVE様もお忙しそうですね?
どうぞお体ご自愛下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.22 22:18 | 編集
S**p様
貴重な休憩時間にお読みいただき有難うございます。
司はこれからあの父親とどう対峙していくのでしょう・・
F3が揃いましたので力強い応援になるはずです。
頑張れ司!
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.22 22:25 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.04.22 23:51 | 編集
pi**mix様
つくしちゃん目が覚めました。ここからはもう容態の変化は無いはずです(笑)
ですが、あのパパの動向には注意が必要です。
ヒットマン!!あり得ない話ではありません!でもSPが沢山いますからね?
つくしちゃん、司を守りたかった。深い思いがあったようです。
彼を捨てた、選ばなければならなかった、仕方のなかった選択・・その後悔があったのかもしれませんね。
F3揃いました。これから先、二人の思いを受け止め力になってくれるといいですね^^
類くんは二人を見て感じるものがあったのは確かです。
入院患者さんが使うアレ(笑)確かにジョーロみたいですよね?(笑)
アカシアも人に説明するとき、咄嗟に名前が出て来なくて困ったことがありました。
さて、お話しですが、折角取り戻したつくしちゃんの笑顔が消えないことを願いたいですね。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.23 06:45 | 編集
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