守るべき人のために戦わなければならない日が来る。
それは暗く沈んだ歳月を越え再び掴んだ光りのため。
遅きに失していると言われるかもしれないが、再び人を愛することに遅いも早いも無いはずだ。愛の代わりに憎しみを抱き、安らぎの代わりに苛立ちを感じ、全てのことが無意味に思える日々は終わりを迎えた。
今、ここにいるのは生涯でたった一度の恋のため、全てを投げ出すことも構わないと思う男だ。
あの頃、彼女を思う気持ちが大きく、身を焦がすほどで自分の人生にとって全てのことだと感じたため、決定的な言葉が心を打ち砕いた。
あの女は金目当てだ。だからおまえは捨てられた。
あの男から聞かされたその言葉は、信じていた女に裏切られたといった思いしか心の中に残らなかった。そして若かった二人は、大人たちの思惑に乗せられ別れてしまった。
間違った方向指示器によって進むべき道を違えてしまっていた。
だが今、進むべき方向は見つかった。
自分にとって進むべき方向にある価値があるものを見つけた。
それは物や人ではなく・・愛。
彼女の愛。
あの時感じた。そう確かに感じた。
温もりを言葉に宿し、愛してると言った。
静まり返った司の執務室にいるのは、司と井坂の二人。
牧野つくしが貸金庫に保管していたUSBの中身はいったい何なのか。
その中を確認することに躊躇いはない。
「これは・・当時の有力政治家の名前がずらりと並んでいますね?アンダー・ザ・テーブル、まさに賄賂を贈った相手の名前でしょう。しかし、なぜこんなものがこのUSBに保存されていたかが不思議ですが・・・今となってはどうしてと言っても結果として受け止める以外ないでしょう」
USBメモリの中のデータは、司の父親が社長だった当時、政治家と官僚に贈ったとされる道明寺の子会社の未公開株の譲渡先の記録。
上場していない企業は株式を公開していない。そしてその株式を未公開株と呼ぶ。
当時学生だった司は知るはずもなかったが、今ではその意味が分かる。
非上場企業の株式が新規に証券取引所で公開される前、つまり新規上場の前、一般に向け販売されるが、殆どの企業の株式は、公開直後は販売価格より値上がりすることが多いため、売って利ざや(利益)を稼ぐことが出来る。司の父親が贈った子会社の株式は公開直後、販売価格を大きく上回る値がついていた。
株式の譲渡数はそれぞれだったが、無償で譲り受けたものだ。それを売り抜ければかなりの金額になる。
受け取った政治家は保守系ばかり。その当時の首相、官房長官、大臣数名、そして党三役と呼ばれ党の重要な意思決定を行う幹事長、政調会長、総務会長の名前もあり、もしこの名簿が公開されれば政治問題化することは避けられず、大規模な贈収賄事件で企業犯罪となることは目に見えていた。
政財官が一体となり、鉄のトライアングルと呼ばれ事業を推し進めて行く上で関係を深めて行くための賄賂。
牧野浩は道明寺HDの株式発行の主幹事である大日証券の支店長付運転手だった。
だが小さな支店であり、個人のディール(売買)がメインであり、ましてや法人部ではない。しかしどこからか情報が漏れ、牧野浩はその情報を手に入れた。そしてあの男を脅したということだろう。
どこの会社でもそうだが、会社の情報システムと繋がる端末に記憶媒体を繋ぐことは禁止されている場合が多い。それは当然情報が持ち出される恐れがあるからだ。
金融関連の会社となれば、パソコン一台立ち上げるにも鍵が必要となる昨今。電源が入れられた時点で利用者の使用状況がすべて記録されるはずだが・・その当時はそこまで管理されてなかったということか。
牧野浩が支店長付運転手だったことから考えられるのは、支店長がその情報を持ち出したということになるが・・・
どちらにしろデータ管理は人間が行う行為。
金のため重要情報を持ち出すこともあれば、意図せずミスや取りこぼしをすることもある。
そのひとつがこのUSBなのか。
牧野浩はこの情報のため命を狙われたということか?
娘の牧野つくしはこの情報を知っていてUSBを貸金庫に預けていたということか?
だから・・あいつはあの男に命を狙われていたということか?
あの男は時の政権を揺るがす企業犯罪が暴かれることがないようにと命まで狙っていたということか?
リストの中にはかつてのエリート官僚もいた。
その中の何人かは退官後、道明寺へと天下っている人間もいる。
悠々自適に第二の人生を過ごすことが出来ると言われる高級官僚の再就職先として人気が高いと言われる道明寺。
こちらとしても、顏の広い経済官僚は求める人材だ。持ちつ持たれつの関係を維持してきたが、その関係が失われることになるのは避けたいといった意識が働いたのは間違いない。
「社長。このリストは10年前のものです。もし賄賂を渡していたとしても企業犯罪や経済犯罪といったものは5年から7年で公訴時効が成立します。インサイダー取引も5年で時効が成立します。賄賂だとしても贈賄は3年、収賄は5年で時効です。それに収賄側の立証は難しいと言われています。何しろ相手は大物政治家ばかりです。簡単に行く相手ではありません。それにリストに名前がある方の中にはすでにお亡くなりになっている方もいらっしゃいます」
確かに時効は成立している。
だがこの問題が表沙汰になれば、企業イメージは悪くなる。そして保守政党である現政権との繋がりについて、探られることは間違いない。道明寺は現政権とも太いパイプを持つ。もしこの件が公になれば、政権側はいい顔はしないだろう。既得権益が損なわれ、業績が悪化すると考えても不思議ではない。
「もし、当時このリストが公表されていたらどうなっていた?」
「・・・そうですね。総理は退陣に追い込まれることは間違いないでしょう。内閣総辞職。そして解散総選挙となるでしょう。当然このような内閣を生み出した保守政党に票が入るはずもなく、野党が政権を取ることになるでしょう。と、なると道明寺にとってはいいことはありません。公共工事は減る、それにより経済が回らない。親米政権が別の方向へ向かうのもアメリカに本社がある道明寺にとっては不利になることもあるでしょう。内閣が保守から野党に変わるということは、いいことはひとつもありません。自由主義経済の中では理想主義者といった人間は所詮愚か者ですから。お父様はその点を危惧されていたのでしょう。それに政治と金は切っても切れないものですから」
牧野つくしが姿を消し、類の邸で長らく暮らしていた理由を知った。
ひとつは彼女が道明寺の家に合わない、身分が違うと言った理由。
そこに金が絡み、親が絡んだ。
そしてもうひとつは財閥の運命に関わる理由。
会社の利益を一番に考える男は、道明寺が不利益を被ることが許せない。たったそれだけの理由。自らが築いた世界を揺るぎないものとするため、牧野浩が掴んだ情報を取り返そうとした。
それは命を奪っても・・・そして浩がいなくなり、その娘が持っている情報を取り返そうとした。
なぜ彼女が貸金庫にUSBを預けることにしたのか。それは中を確かめたからだろう。
だが当時の牧野家にパソコンなどあるはずもなく、ましてやパソコンなど得意ではなかったはずの父親の死後見つけたUSBを不思議に思ったはずだ。
だが父親はどこかで中身を見たはずだ。
だからあの男を脅すようなことをしたのではないか。
・・もしかすると、牧野浩は本当の意味でのこのデータの内容を理解していなかったのかもしれない。だが彼女は知った。大学を卒業した人間である程度経済の知識があれば、そしてその当時の世の中の経済状況を知っていれば理解したはずだ。
この情報が世間に出れば財閥は大きなダメージを受ける。
それを知っていたからこそ、貸金庫なら誰にも手は出せないと保管することにした。
既に時効を迎えているとは言え、企業犯罪の証拠が世の中に出ることがないようにと隠したと言った方が正しいだろう。
だが何のため?
誰のため?
頭の中では理解していた。
それが俺のためだと。
道明寺財閥のためだと。
だが牧野はそのせいで命を狙われたと知っていたのか?
『牧野は立ち直れないほど傷ついているから。だから元気になるまで俺が見守ってやらなければならないんだ。』
類の言葉は、かつて恋人同士だった男の父親から狙われたことがショックだったと言いたかったのか?
巨大企業の跡継ぎという役割は、新たな跡継ぎを作り、道明寺を繁栄させること。
それだけのため生かされて来たようなもの。そんな男と付き合ったため、人生が狂ったということか?もし、自分と出会わなければ、どこかで幸せに暮らしていたということか?
***
空調システムが管理する空気の流れは、ここが病院の特別室であることを忘れさせるが、彼女を心配する男の気持ちをやわらげることはない。
今日はかなり遅い時間になったが、今の司の住まいはつくしの部屋の隣だ。時間に関係なく様子を見ることが出来る。
ベッドの傍に置かれた椅子に腰を降ろし、ペタンとおでこに張り付いた髪に手を触れ、その前髪をかき分けた。そして温もりを感じられる手を両手で握り唇を寄せた。
まだ意識を取り戻してはいなかった。
だが意識がないとしても、意識下で聞こえているはずだ。
誰もが口にしたがる言葉がある。
司も口にした。誰もが口にするから、まるで手垢がついたとでも言えるような言葉だったが、それでもその言葉が自分の気持ちを伝えるためには一番相応しいことも知っていた。
「愛してる・・牧野・・」
握った手を離したくない。
なんとか目を覚まさせる方法はないのか。だが医者は同じことを繰り返すだけだ。
『人間の身体は医師でも分からないことがある』と。
その言葉はもう聞き飽きた。
見る限り安定している容態。
だが司は心配になり、胸の上へ屈み込み、鼓動を確かめた。
規則正しくトクン、トクンと安定したリズムを刻む心音。
と、その時だった。
「・・・ん・・うん・・」
司の頭の後ろから声がした。
「牧野?!」
つくしの身体が、動かなかった彫像が命を吹き込まれたようにピクリと動いたのだ。
瞼が痙攣したように震え、やがてゆっくりと開かれた大きな黒い瞳。
二人は互いを見つめ合っていた。
だが焦点が合わないのか、ぼんやりと不思議そうに司の顔を見ていた。
「牧野!?わかるか?俺が誰か分かるか?」
「・・・」
頼りなさげな目は上から見下ろす男の声に反応を示さない。
「どうした?牧野?何か言ってくれ!俺が誰かわかるか?まき__」
少し痩せた顔は相変わらずぼんやりとした視線を司に向けていたが、唾を呑み込もうとし、やっと口を開くと言った。
「ど・・みょうじ・・・喉が・・・カラカラなの・・」
と、弱々しい声が言ったが、つくしはたゆたう眠りに誘われたのか再び瞼を閉じた。

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遅きに失していると言われるかもしれないが、再び人を愛することに遅いも早いも無いはずだ。愛の代わりに憎しみを抱き、安らぎの代わりに苛立ちを感じ、全てのことが無意味に思える日々は終わりを迎えた。
今、ここにいるのは生涯でたった一度の恋のため、全てを投げ出すことも構わないと思う男だ。
あの頃、彼女を思う気持ちが大きく、身を焦がすほどで自分の人生にとって全てのことだと感じたため、決定的な言葉が心を打ち砕いた。
あの女は金目当てだ。だからおまえは捨てられた。
あの男から聞かされたその言葉は、信じていた女に裏切られたといった思いしか心の中に残らなかった。そして若かった二人は、大人たちの思惑に乗せられ別れてしまった。
間違った方向指示器によって進むべき道を違えてしまっていた。
だが今、進むべき方向は見つかった。
自分にとって進むべき方向にある価値があるものを見つけた。
それは物や人ではなく・・愛。
彼女の愛。
あの時感じた。そう確かに感じた。
温もりを言葉に宿し、愛してると言った。
静まり返った司の執務室にいるのは、司と井坂の二人。
牧野つくしが貸金庫に保管していたUSBの中身はいったい何なのか。
その中を確認することに躊躇いはない。
「これは・・当時の有力政治家の名前がずらりと並んでいますね?アンダー・ザ・テーブル、まさに賄賂を贈った相手の名前でしょう。しかし、なぜこんなものがこのUSBに保存されていたかが不思議ですが・・・今となってはどうしてと言っても結果として受け止める以外ないでしょう」
USBメモリの中のデータは、司の父親が社長だった当時、政治家と官僚に贈ったとされる道明寺の子会社の未公開株の譲渡先の記録。
上場していない企業は株式を公開していない。そしてその株式を未公開株と呼ぶ。
当時学生だった司は知るはずもなかったが、今ではその意味が分かる。
非上場企業の株式が新規に証券取引所で公開される前、つまり新規上場の前、一般に向け販売されるが、殆どの企業の株式は、公開直後は販売価格より値上がりすることが多いため、売って利ざや(利益)を稼ぐことが出来る。司の父親が贈った子会社の株式は公開直後、販売価格を大きく上回る値がついていた。
株式の譲渡数はそれぞれだったが、無償で譲り受けたものだ。それを売り抜ければかなりの金額になる。
受け取った政治家は保守系ばかり。その当時の首相、官房長官、大臣数名、そして党三役と呼ばれ党の重要な意思決定を行う幹事長、政調会長、総務会長の名前もあり、もしこの名簿が公開されれば政治問題化することは避けられず、大規模な贈収賄事件で企業犯罪となることは目に見えていた。
政財官が一体となり、鉄のトライアングルと呼ばれ事業を推し進めて行く上で関係を深めて行くための賄賂。
牧野浩は道明寺HDの株式発行の主幹事である大日証券の支店長付運転手だった。
だが小さな支店であり、個人のディール(売買)がメインであり、ましてや法人部ではない。しかしどこからか情報が漏れ、牧野浩はその情報を手に入れた。そしてあの男を脅したということだろう。
どこの会社でもそうだが、会社の情報システムと繋がる端末に記憶媒体を繋ぐことは禁止されている場合が多い。それは当然情報が持ち出される恐れがあるからだ。
金融関連の会社となれば、パソコン一台立ち上げるにも鍵が必要となる昨今。電源が入れられた時点で利用者の使用状況がすべて記録されるはずだが・・その当時はそこまで管理されてなかったということか。
牧野浩が支店長付運転手だったことから考えられるのは、支店長がその情報を持ち出したということになるが・・・
どちらにしろデータ管理は人間が行う行為。
金のため重要情報を持ち出すこともあれば、意図せずミスや取りこぼしをすることもある。
そのひとつがこのUSBなのか。
牧野浩はこの情報のため命を狙われたということか?
娘の牧野つくしはこの情報を知っていてUSBを貸金庫に預けていたということか?
だから・・あいつはあの男に命を狙われていたということか?
あの男は時の政権を揺るがす企業犯罪が暴かれることがないようにと命まで狙っていたということか?
リストの中にはかつてのエリート官僚もいた。
その中の何人かは退官後、道明寺へと天下っている人間もいる。
悠々自適に第二の人生を過ごすことが出来ると言われる高級官僚の再就職先として人気が高いと言われる道明寺。
こちらとしても、顏の広い経済官僚は求める人材だ。持ちつ持たれつの関係を維持してきたが、その関係が失われることになるのは避けたいといった意識が働いたのは間違いない。
「社長。このリストは10年前のものです。もし賄賂を渡していたとしても企業犯罪や経済犯罪といったものは5年から7年で公訴時効が成立します。インサイダー取引も5年で時効が成立します。賄賂だとしても贈賄は3年、収賄は5年で時効です。それに収賄側の立証は難しいと言われています。何しろ相手は大物政治家ばかりです。簡単に行く相手ではありません。それにリストに名前がある方の中にはすでにお亡くなりになっている方もいらっしゃいます」
確かに時効は成立している。
だがこの問題が表沙汰になれば、企業イメージは悪くなる。そして保守政党である現政権との繋がりについて、探られることは間違いない。道明寺は現政権とも太いパイプを持つ。もしこの件が公になれば、政権側はいい顔はしないだろう。既得権益が損なわれ、業績が悪化すると考えても不思議ではない。
「もし、当時このリストが公表されていたらどうなっていた?」
「・・・そうですね。総理は退陣に追い込まれることは間違いないでしょう。内閣総辞職。そして解散総選挙となるでしょう。当然このような内閣を生み出した保守政党に票が入るはずもなく、野党が政権を取ることになるでしょう。と、なると道明寺にとってはいいことはありません。公共工事は減る、それにより経済が回らない。親米政権が別の方向へ向かうのもアメリカに本社がある道明寺にとっては不利になることもあるでしょう。内閣が保守から野党に変わるということは、いいことはひとつもありません。自由主義経済の中では理想主義者といった人間は所詮愚か者ですから。お父様はその点を危惧されていたのでしょう。それに政治と金は切っても切れないものですから」
牧野つくしが姿を消し、類の邸で長らく暮らしていた理由を知った。
ひとつは彼女が道明寺の家に合わない、身分が違うと言った理由。
そこに金が絡み、親が絡んだ。
そしてもうひとつは財閥の運命に関わる理由。
会社の利益を一番に考える男は、道明寺が不利益を被ることが許せない。たったそれだけの理由。自らが築いた世界を揺るぎないものとするため、牧野浩が掴んだ情報を取り返そうとした。
それは命を奪っても・・・そして浩がいなくなり、その娘が持っている情報を取り返そうとした。
なぜ彼女が貸金庫にUSBを預けることにしたのか。それは中を確かめたからだろう。
だが当時の牧野家にパソコンなどあるはずもなく、ましてやパソコンなど得意ではなかったはずの父親の死後見つけたUSBを不思議に思ったはずだ。
だが父親はどこかで中身を見たはずだ。
だからあの男を脅すようなことをしたのではないか。
・・もしかすると、牧野浩は本当の意味でのこのデータの内容を理解していなかったのかもしれない。だが彼女は知った。大学を卒業した人間である程度経済の知識があれば、そしてその当時の世の中の経済状況を知っていれば理解したはずだ。
この情報が世間に出れば財閥は大きなダメージを受ける。
それを知っていたからこそ、貸金庫なら誰にも手は出せないと保管することにした。
既に時効を迎えているとは言え、企業犯罪の証拠が世の中に出ることがないようにと隠したと言った方が正しいだろう。
だが何のため?
誰のため?
頭の中では理解していた。
それが俺のためだと。
道明寺財閥のためだと。
だが牧野はそのせいで命を狙われたと知っていたのか?
『牧野は立ち直れないほど傷ついているから。だから元気になるまで俺が見守ってやらなければならないんだ。』
類の言葉は、かつて恋人同士だった男の父親から狙われたことがショックだったと言いたかったのか?
巨大企業の跡継ぎという役割は、新たな跡継ぎを作り、道明寺を繁栄させること。
それだけのため生かされて来たようなもの。そんな男と付き合ったため、人生が狂ったということか?もし、自分と出会わなければ、どこかで幸せに暮らしていたということか?
***
空調システムが管理する空気の流れは、ここが病院の特別室であることを忘れさせるが、彼女を心配する男の気持ちをやわらげることはない。
今日はかなり遅い時間になったが、今の司の住まいはつくしの部屋の隣だ。時間に関係なく様子を見ることが出来る。
ベッドの傍に置かれた椅子に腰を降ろし、ペタンとおでこに張り付いた髪に手を触れ、その前髪をかき分けた。そして温もりを感じられる手を両手で握り唇を寄せた。
まだ意識を取り戻してはいなかった。
だが意識がないとしても、意識下で聞こえているはずだ。
誰もが口にしたがる言葉がある。
司も口にした。誰もが口にするから、まるで手垢がついたとでも言えるような言葉だったが、それでもその言葉が自分の気持ちを伝えるためには一番相応しいことも知っていた。
「愛してる・・牧野・・」
握った手を離したくない。
なんとか目を覚まさせる方法はないのか。だが医者は同じことを繰り返すだけだ。
『人間の身体は医師でも分からないことがある』と。
その言葉はもう聞き飽きた。
見る限り安定している容態。
だが司は心配になり、胸の上へ屈み込み、鼓動を確かめた。
規則正しくトクン、トクンと安定したリズムを刻む心音。
と、その時だった。
「・・・ん・・うん・・」
司の頭の後ろから声がした。
「牧野?!」
つくしの身体が、動かなかった彫像が命を吹き込まれたようにピクリと動いたのだ。
瞼が痙攣したように震え、やがてゆっくりと開かれた大きな黒い瞳。
二人は互いを見つめ合っていた。
だが焦点が合わないのか、ぼんやりと不思議そうに司の顔を見ていた。
「牧野!?わかるか?俺が誰か分かるか?」
「・・・」
頼りなさげな目は上から見下ろす男の声に反応を示さない。
「どうした?牧野?何か言ってくれ!俺が誰かわかるか?まき__」
少し痩せた顔は相変わらずぼんやりとした視線を司に向けていたが、唾を呑み込もうとし、やっと口を開くと言った。
「ど・・みょうじ・・・喉が・・・カラカラなの・・」
と、弱々しい声が言ったが、つくしはたゆたう眠りに誘われたのか再び瞼を閉じた。

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司×**OVE様
おはようございます^^
司くん、USBの中を見て色々と思いを巡らせているようです。
こんな情報が外部に漏れると大変なことになります。
道明寺財閥の危機となるかもしれません。
いえ、確実に危機を迎えることになるでしょう。社内からは経営陣に責任を取るよう求められ、そんな時に限って他にも色々とスキャンダルが噴出し、道明寺家への反発を強める輩も出てくるでしょう。
つくしちゃんが何を思ってUSBを貸金庫に保管していたのか。
司くん、これからはきちんとつくしちゃんと向き合って下さいね。
なかなか目覚めなかったつくしちゃん、やっと覚醒しました。二人の絆が深まるといいですね。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
司くん、USBの中を見て色々と思いを巡らせているようです。
こんな情報が外部に漏れると大変なことになります。
道明寺財閥の危機となるかもしれません。
いえ、確実に危機を迎えることになるでしょう。社内からは経営陣に責任を取るよう求められ、そんな時に限って他にも色々とスキャンダルが噴出し、道明寺家への反発を強める輩も出てくるでしょう。
つくしちゃんが何を思ってUSBを貸金庫に保管していたのか。
司くん、これからはきちんとつくしちゃんと向き合って下さいね。
なかなか目覚めなかったつくしちゃん、やっと覚醒しました。二人の絆が深まるといいですね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.22 11:06 | 編集

とん**コーン様
絶叫ありがとうございます。つくしちゃん覚醒しました。よかったですねぇ^^
えっ?この先は甘い甘い二人をですか?(笑)
そのような方向に向かうといいのですが・・
が、がんばります!
コメント有難うございました^^
絶叫ありがとうございます。つくしちゃん覚醒しました。よかったですねぇ^^
えっ?この先は甘い甘い二人をですか?(笑)
そのような方向に向かうといいのですが・・
が、がんばります!
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.22 11:09 | 編集

pi**mix様
間違った方向へ示されていた方向指示器を修正しました。
坊っちゃんがつくしちゃんの心臓に耳をあてる姿。想像できましたでしょうか?
え?(笑)あっちの御曹司坊っちゃんだとムラムラしてヤバかったですか?(笑)
ペタンコお胸でもいいんです!
坊っちゃんはつくしちゃんの小さな胸が好きなんです!(笑)
貸金庫の中は・・現政権を揺るがすあの話題よりも、もっと大変な事態を引き起こすようなモノでした。つくしちゃんは司の事を考えていたのでしょうか・・。
お金のために別れた女と思われても、彼を守りたかったのでしょう。
一度目覚めたつくしちゃん。また眠ってしまいました。
術後ですから、ぼんやりとしています。どんな夢を見ていたのでしょうね?
コメント有難うございました^^
間違った方向へ示されていた方向指示器を修正しました。
坊っちゃんがつくしちゃんの心臓に耳をあてる姿。想像できましたでしょうか?
え?(笑)あっちの御曹司坊っちゃんだとムラムラしてヤバかったですか?(笑)
ペタンコお胸でもいいんです!
坊っちゃんはつくしちゃんの小さな胸が好きなんです!(笑)
貸金庫の中は・・現政権を揺るがすあの話題よりも、もっと大変な事態を引き起こすようなモノでした。つくしちゃんは司の事を考えていたのでしょうか・・。
お金のために別れた女と思われても、彼を守りたかったのでしょう。
一度目覚めたつくしちゃん。また眠ってしまいました。
術後ですから、ぼんやりとしています。どんな夢を見ていたのでしょうね?
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.22 11:14 | 編集
