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2017
04.12

Collector 39

Category: Collector(完)
司は夢を見ていた。


声が聞えた。
誰かが話しかけてきた。
見えたのはほっそりした人影。

それは牧野つくしだった。
暗闇の中、彼女の姿だけがぼんやりと見え、その目には涙が溢れ、頬を伝って流れる姿があった。
アラバスターのような白さの、ふっくらとやわらかそうな頬。癖のない真っ直ぐな黒髪に黒い大きな瞳を持つ少女。彼女は生まれて初めて愛した女だった。あの頃、感情が死んでいた男を目覚めさせた少女は、それからずっと心の中にいた。

灯りひとつない暗闇の中、女の顔の白さが際立つように感じられた。
彼は闇の中にいるのは慣れていた。今までずっとそんな中で暮らしていたからだ。
だがそんな闇が似つかわしくないのが牧野つくしだ。いつもきっぱりとした明るい態度で司に向かって来た少女には、似つかわしくない。

頭のいい少女は生意気に見えることもあったが、その表情と態度が心を掴んで離さなかった。認めたくはなかったが恋に落ちたことに間違いはなかった。
彼女を追いかけ無我夢中でいるときが一番幸せだった。だが幸せを掴むことは簡単ではなかった。

彼女は太陽だった。太陽というのはいつも天にあり、周りを明るく照らす存在だ。
だからこんな暗闇は似つかわしくない。
そう思う男は暗い地の底から、いつもその太陽を見上げていた。そしてその太陽を欲しがるようになっていた。
冥府の神ハデスのように。
自分の暗闇を照らして欲しいと。
自分だけを照らして欲しいと。
自分の前でその輝きを放ってほしいと望むようになっていた。



闇というのは死への縁を想像させる。
闇に立つということは、死の際に足を踏み入れようとしているように思える。
そんな闇の際に立つ女は司に向かって口を開く。

「ごめんね・・道明寺・・ごめん・・」

哀しそうに謝る声。だが何に対し謝っているのか。

「・・まきの・・・おまえは悪くない・・俺が悪い・・俺が・・」

少しの沈黙の後、女の声が返ってきた。

「それならどうして?どうしてあんなことをしたの?」

再び哀しそうな声が言った。
その声に泣きそうになった。苦痛に満ちたその声はすべてが自分のせいだ。
それは彼女を監禁し、行った行為に対してのことだと思った。
犯罪とも言えるその行為は女の自由を奪い、尊厳を奪う行為。
司は喉の奥から塊がこみあげてくるのを感じていた。黒い大きな塊だ。
あのとき、強い所有欲に駆られ、そしてその身体を占有したいと願った。
自分だけのものにして決して誰にも渡さないと。
どこにも行かせないと彼女の身体を無理矢理奪った。

「すまない・・あのとき、おまえを見かけたとき・・あの頃の自分に戻っていた。あのどうしようもなくおまえのことが好きだった少年の頃の自分に・・。どうしてもおまえが・・欲しかった。・・欲しくて欲しくてたまらなかった。おまえの会社の債務を帳消しにする代わりにおまえを俺のものにしたかった」

司は初めて抱いた時のつくしの身体を思い出し、放すものかと誓ったことを思い出していた。細い腰と胴。バージンだった女の肌は、まだ誰も触れたことがなく、肌の白さは青みがかったような色をしていた。そんな女が男を挑発するような力があるはずもなく、されるがまま弄ばれていた。一度触れれば手に吸い付くような柔らかさと滑らかさ。だがその肌が誰の物でもなかったとしても、自分を捨て類の邸で暮らしていたことに嫉妬をした。


「類のところにいるおまえを・・罰したかった。だけどあの日から・・ずっと忘れたことなんて無かった。10年前からずっとおまえに恋をしていたはずだ・・そうでなければ・・おまえを俺の元へなんぞ連れてこなかった」

それまで抱いていた復讐が、やがて精神的な愛憎に変わった。
愛と憎しみは紙一重と言うが、まさにその通りだった。

「牧野・・俺はどんなことがあっても、おまえを自由にしてやることは出来ねぇ。おまえの代わりになるような女はいねぇ・・だから__絶対離せねぇ・・」

おまえの全ては俺のものだと言い放つことが、彼女が永遠に傍にいて欲しい気持ちの裏返しだと今なら分かる。
誰もが口にする使い古された言葉が、自分の口からいとも簡単に出ることに迷いはない。

_愛という陳腐な言葉を。

「まきの・・愛してる。おまえを愛してる!だからどこにも行かないでくれ!」

暗闇に溶け消えて行こうとする女に司は叫んでいた。
だが彼女の声は小さな虫の音よりも小さく囁くような声で言う。

「それなら離さないで・・あたしを離さないで。あたしを取り戻して・・」

「・・ああ。おまえを離したくない・・俺はおまえと離れたくない!!だから行くな!どこにも行くな!」

何も言わずただ涙を流し司を見る女は、墨を流したような暗闇の中へすうっと消えた。




「まきのっ!!」

司の目はぱっと開かれると白い天井を見上げていた。
目覚めたのは集中治療室(ICU)の近くにあるラウンジのソファの上。
それはつくしが銃で撃たれてから5日目の夜が終わり、空が白み始める時間のまだ前、街が動き出す前の仄暗い闇が支配している時間だった。
司は身体を起し、夢に現れたつくしを思った。

だがその夢は、死といったものを身近に感じたことのなかった男が、初めて感じた恐怖だった。今まで全くの他人事だと捉えていた身近な人間の死。
この時ほど、司に死が近づいて来たことはない。
夢の中のつくしは、離さないで、と言ったが自ら去って行き、司の傍へは来なかった。

司は開いた瞼を再び閉じる。
もう一度彼女が現れはしないかと。だが赤い瞼の裏に見えるのはただの暗闇だった。
あの時、流れ出る血をなんとか止めようとしたが、止まらなかった。人はどれ程の出血で命を落とすことになるのだろうか。
狙撃はまさに一瞬の出来事で、脳が認識するまで時間がかかった。
牧野つくしがいなくなるかもしれないと。
唯一司の感情を動かすことが出来た牧野つくしが・・・。

だが司は目にこびりついたつくしが撃たれた瞬間を、ひとまず捨てた。
今はそんなことを考えている場合ではない。
そして今の司は誰かを殴りたい衝動に駆られていた。
この苦悩の代償を誰に払わせるかと問われたとき、それは自分の父親だと言う。
もしあの男にも同じだけの苦痛を与えることが出来るなら、喜んで金を払おうと答える。
誰が実行犯かは知らないが、アメリカ暮らしの長いあの男は銃の使い方もよく知っている。
当然銃の威力も。
司の頭を過ったのは、自らの手で犯人を撃つ場面。だがそんなことをすれば自らが犯罪者になってしまう。

だがあの男は結果を知っているはずだ。
牧野つくしが生きていることを。生きてこの病院にいることを。

手術を終え、ICUに移されたつくしは昏睡状態が続いているが、幸い一命を取り留め、死の影は去った。

家族を、弟の進を呼ぶことを考えた。だが呼ばなかった。
仮にこの場所に呼んだとして、今のこの状況をどう説明すると言うのか?
そしてライフルで狙撃されること事態が尋常ではないことは誰が考えてもわかる。
いったい姉はどんなトラブルに巻き込まれているのかと心配するのは目に見えていた。
それなら知らない方がいいのかもしれない。知らなければ心配することは無い。

だが司が燃やしたとはいえ、行方不明者届けが出されていたこともあり、類から無事でいることを連絡してもらうことになった。ただ、やはり今のこの状況は伏せてもらうことにした。
当然だが弟は訝しがった。姉自ら電話口に出ないことを。
だが両親が亡くなったあと、自分たちの面倒をみてくれた類の言葉に、弟は何かを感じたとしても納得し、言った。″姉をよろしくお願い致します″と。
弟は地方暮らしだが、かつて自分たちが置かれていた環境とは全く正反対の、地味で堅実な生活をしていた。若いが堅苦しいほどの物の言い方は、いかにも銀行員らしかった。

進の就職については類が保証人となっていた。金融関係の仕事に就職しようとする人間は、本人の素行もそうだが、家族についても調べられる。そして万が一の時、いわゆる不祥事といった事件、横領などをした場合、その後始末をすることになるが、保証人が弁済出来るかどうかといったことが重要になる。その点類が保証人なら全く問題はない。それに進はそんなことが出来る人間ではない。
牧野姉弟は自分たちの両親を反面教師とし、大人になっていた。


つくしの身体を撃ったのは、俗にいうスナイパーライフルと言われる狙撃銃だと思われ、貫通力に特化していて弾は体内に残ってはいなかった。
だが銃の殺傷力が高いのは周知の事実。
銃は運がよければ生きていることもあると言われている凶器だ。


_運がよければ生きている。

その言葉に背筋を戦慄が走ったが、司はそうは思わなかった。
信じていた。牧野つくしは強い女だ。自らを雑草だと言った女だ。
絶対に死にはしないと、決して自分を置いて行くことはないと。
それは本能的なことで、直感と言えることだと分かる。

ベッドに近づき、横たわる姿を目にした。途端、司の顔が歪んだ。
人工呼吸器を付けたその痛々しい姿に。
細い腕に、身体に差し込まれた何本もの透明なチューブに。
司はつくしの手に触れた。そしてその指をそっと撫でた。
この手は最後に抱いたとき、背中をきつく抱きしめて来た。
愛してる・・と言って。

「牧野・・聞こえてるか?俺もおまえを・・愛してる」






司は自分を許せなかった。
憤怒の向かう先を考えたとき、それは自分自身ではないか。そう思った。
自分のせいでこんなことになったのだと。

司にとって一番大切なのは、何だったのか。
それは牧野つくしの笑顔だ。
彼女の屈託なく笑う顔が好きだった。
その笑顔はもう間もなくすれば、必ず見ることが出来るはずだと信じていた。





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コメント
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dot 2017.04.12 08:05 | 編集
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dot 2017.04.12 13:10 | 編集
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dot 2017.04.12 15:31 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
つくしちゃん、一命を取り止めました。良かったですね!
銃は運が良ければ生きていると言われる凶器です。本当に奇跡です。
司の夢に出て来たつくしちゃん。夢を見るのは、自分が見たいと思って見る場合もあり、またその反対に見さされることもあるそうです。この場合は司の自責の念がそうさせたのかもしれません。
夢の中で愛してると気持ちを伝えました。その声は眠るつくしちゃんに届いたのでしょうか・・。
目覚めたとき、二人はどんな会話をするんでしょうね・・
二人がお互いを許せるところまで来ましたので、この先はあの人が、どんな行動にでるか気になります。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.12 23:50 | 編集
とん**コーン様
こんにちは。大丈夫ですか?
コメントを拝読し驚きました。
手を着くことが出来ないといった状況ですから、相当なダメージがあったとお察し致します。
本当に大怪我です!!想像を絶する痛みとショックだったと思います。
しっかり養生して下さいませ。お子様、少し我慢して下さい。ママは今大変なんですから。
はい。吐き出して下さっても何も問題はありません(笑)
ブラックホールをご用意し、吐き出された物はそちらへ閉じ込めて封印させて頂きます^^
お大事になさって下さいね。つくしちゃんも頑張っていると思います^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.13 00:02 | 編集
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dot 2017.04.13 00:22 | 編集
さと**ん様
> 「私を離さないで、私を取り戻して」
取り戻して欲しい。つくしは司の父親によって別れることを選択しました。
仕方がなかった選択とはいえ、後ろめたさもあります。
そんな理由から自ら彼の元へ戻ることを躊躇してしまうところがあると思います。
そして、今は術後直ぐです。まだ身体と精神は融合していない。魂はふわふわと浮いた状態でしょうか。
その魂を司の強い気持ちで引き戻して欲しいといった思いもあるはずです。「本当に私があなたの傍へ行ってもいいの?」
そんな思いもあるはずです。
夢ですので、言葉の意味は曖昧だと思います。思いを伝えきれない。その気持ちは複雑です。
38話の類。どうしてこんなことになったんだと、悔しさがあると思います。
類は進の就職の保証人も引き受けました。類は牧野姉弟を好きなんですねぇ。^^
ベッドに横たわるつくしの手を、指を優しく撫でる司。今触ることが出来るのは、そこだけです。
弾は貫通する方が殺傷能力が低いと言われています。弾が残っていると、その弾を取り出すことが必要となりますので、その際、肉体を傷つけることもあるそうです。貫通することで、取り出す手間はありませんので傷口も小さくて済むようです。
司、この父親をどうするんでしょうね?自ら手を下すことはしないようですが・・・
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.13 00:39 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
そうなんです、折角マ**チ様からご協力のお申し出があったと言うのに、司があんなことを言いました!
コラッ!と叱っておきました。
つくし、手術は成功です。無事終わりました^^
ベッドの傍で愛してると呟く司の言葉は耳に届いているでしょうか。
司がつくしの瞳を見て愛してると伝える日も近いといいですよねぇ。
えっ!その時、あきら君が悔し涙に暮れ、西田さんがそっとハンカチを渡す姿が!
これではまるで紺野くんの再来ではないですか(笑)(≧▽≦)
本編に戻ったところで、司パパの息のかかった看護婦が点滴のなかに・・・そのお話し読みたいです!
しかし、どんどんサスペンスへ進むお話しです(笑)
今夜はアカシアも夜更かし同盟でした。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.13 00:51 | 編集
こ**る様
こんばんは^^
放置気味のこちらのお話し。
いい加減書かなければ楓さんに言われそうです。
「脳みそ腐りますわよ?」と(笑)
なるべく滞ることなく、頑張りたいと思います。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.13 00:56 | 編集
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