迷いや不安はない。
本当の二人に戻れるなら。
二人が真新しい人生を始めることが出来るなら、その為に何か犠牲が必要なら__
いや。犠牲など必要ない。
過去は変えられない、だから未来を向いて生きていく。
堕落し尽くした男は過去だ。過去の男はもう終わりにしたい。
そんな司の顔に浮かぶのは幸福ともいえる表情。
闇へ消え入りそうだった一筋の光りは、決してその闇に吸い込まれることなく、逆に強い光りを放った。それは司があのとき掴めなかった光りだ。
未来を向いて生きていく・・だがそう思う反面10年の時の流れを逆行していた。
記憶の底から懐かしさを引き出し、思い出していた。
瞬間、司は高校生だったあの頃の気分に戻っていた。
追いかける男を振り返ることなく走り去る彼女の姿を。
嫌がる彼女を無理矢理連れ帰り着飾ったことを。
父親が背負った借金を返すためコンテストに出たことを。
二人が遭難しかけたカナダの雪山を。
だがそんなことはどうでもいい。
あの頃も求めていたのは、ありふれた日常だった。
自分にはなかった世界での日常といったものを。
そしてそんな日常が束の間だが訪れたことがあった。
あの頃がずっと続けばいいと願った。
だがそうすることは出来なかった。
失ってしまった10年が、失ってしまったかけがえのない時間が悔やまれる。
だからこそ未来を二人で作ればいいだけだ。その為に必要なことがあるなら何でもするつもりだ。
「社長!お疲れさまです!美作様もどうぞこちらへ!」
ヘリが着陸した場所へ迎えに来たのは、山荘にいるつくしに付けたボディーガードのひとりだ。大きな男だがその動きは俊敏だ。
「しかし、ここは寒いな。都内とは全く環境が違う。寒さでケツの穴まで凍りそうだな」
司は冬が嫌いではない。雪も好きだ。だが冬山の寒さは身を切るような寒さだ。
前回この山荘を訪れたとき、雪が山の斜面に降り積もり、朝日を浴びきらきらと輝いていたのを思い出していた。
あの朝見た景色はそれまで見た景色と違って見えた。
景色を美しいと感じたことがなかった男に感情が宿った瞬間だったのかもしれない。
「司。しかしおまえン家の山荘ってのはデカいな。俺は初めて来たがここで親父さんと猟に出てたのか?」
あきらは前方に現れた山荘に目を見張った。
客室を何部屋も備えてある山荘だ。あきら一人が泊まったところで何の支障もない。
「ああ。そうだ。子供の頃からよく来てた」
と司は面倒くさそうに言い放つ。
あの頃から息子を自分の思い通りの人間にしようとしていた父親。
そしてこの10年もそれを求められていた。
だが、息子と言え赤の他人同然と思っていた。
あの男がこれ以上何を求めているのか知りたくもない。
あの男が求めたのは、躾のよく出来た犬だ。自分の命令を忠実に聞く犬を。
狩れと言われた獲物を狩り、血と肉を喰らい財閥を大きくしろと命令を下す野蛮な飼い主。
・・だがその手法を気に入った自分がいたのも事実だ。
そのとき山荘の扉が開き、人の姿が見えた。司は黙ってその人物を見つめた。
その姿は背後から漏れる光りを背負いながら女だとわかった。
開いた扉から漏れる光りは柔らかく、女を包みこんでいるように見えた。
暖かみを感じさせるオレンジ色の光りに包まれて立つその女が誰であるか、司には分かっていた。そしてもちろんあきらも。
長い間求めていた女性。
心を正直に解き放つ時が来た。
司はそう感じていた。早く傍に行きたいと、気持ちが波立っていた。
山荘に向かう足取りが早く感じられ、いつの間にか自然と走り出していた。
凍てつく大地を蹴り、温もりが感じられる光が射すその場所に向かって走りだしていた。
まるで大好きな人に早く会いたいとばかりに。
その声が聞きたくて。
その身体を抱きしめたくて。
大切にしたくて、悲しませたくなくて、そんな思いを抱き走っていた。
そしてその女性も外へ飛び出して来た。
一歩、また一歩。そして次の一歩を踏み出した足は司と同じで大地を蹴っていた。
徐々に近づく二人の姿。
だが、戸口に現れた男が叫んだ。
「牧野様!戻って下さい!勝手に外へ出ては危険です!」
その瞬間だった。
まさにその瞬間。山に響いた銃声が一発。
あの時と同じ一発の銃声。
そして誰かの叫び声。
「撃たれたぞ!」
真っ直ぐ標的を狙って撃つ。
この暗闇でどれくらいの技術があれば出来るのだろうか。
あと少し、あと数歩で互いの手が届く場所で足を止めた。
会いたかった人の笑顔が消えた。
彼の全てを包み込んでくれる笑顔が。
「どうみょうじ・・」
歩けなかった。あと数歩が踏み出せずにいた。
撃たれたのはつくしだった。
たった一発とはいえ撃たれた場所によっては致命傷となる。
「どうみょうじ・・。会いたかった・・」
手放したくないと思った女が司の目の前で崩れ落ちそうになっていた。
司は目の前でゆらり、と揺れたつくしの身体を受け止めた。
どこを撃たれたのか。
撃たれた場所はどこなのか?
やがて着ていた白いセーターが赤く染まり始めた。
「・・ゴメンね・・・それだけが・・それだけを伝えたかったの・・それから・・愛してるから・・たとえ遠くにいても・・ずっと愛してたから・・」
司は誰にも劣らず現実的な男だ。
だがその司が今自分の腕の中で起こっている現実が信じられなかった。
そして思った。こんな現実は必要ない。
これが現実ではなく夢ならいいと。
だが夢に暖かい身体が沿うことはない。
これは容赦ない現実だ。
「まきの・・牧野もういい!!喋るな!!」
どうして牧野が!
何故撃たれなければならない?
「・・遠くにいても・・どうみょうじが・・」
何が悪い?
彼女が何をした?
「まきの・・?まきの?」
愛しい人の笑顔が消える。
そんなことは考えたくない。
そんなことがあっていいはずがない。
あの雨の中に置き去りにされた男は、心から欲しいと望んだ人を、その人の心を手に入れたばかりのはずだ。
「・・まきの・・まき・・・まきの・・?」
一瞬、放心したような表情になったが、次の瞬間には大声をあげていた。
「牧野っ!!しっかりしろ!!」
冷たい風が、暗い風が吹き、張り上げた声は夜の山に大きく響いた。
司はつくしの身体を抱き、ガクンと両膝を地面に着き、そして茫然と自分の腕の中に倒れ込んだ小さな身体を抱きしめた。
つくしが撃たれた。
そのことを脳が認識することを拒んでいた。
今のこの状況が信じられなかった。
あの頃、まだ二人が冗談を言って笑い合った頃が思い出されていた。
自分を見上げ、朗らかに笑う少女の姿が・・。
その黒い髪に触りたくて、その声で自分の名前を呼んでくれることが嬉しくて、ずっと一緒にいたくて二人の親しさを仲間の前で公然とした時の姿が・・。
「司!なにしてる!病院だ!牧野を病院に連れて行くぞ!」
あきらは叫んだ。
傍らに立つ黒服の男たちは、膝を着き女性を抱える男を次の狙撃から守るようにしていた。
そんな男たちが手にしているのは、高性能のライフル銃だ。
あきらは二人の傍に膝をつき、何か言ったが司の耳には自分の声しか聞こえない。
「・・助けてくれ・・助けてくれ・・」
何度も呟かれる言葉。
司の精神は今、自分を見失っていた。
彼の精神の安定は、腕の中にいる牧野つくしが握っている。
「司!大丈夫だ。牧野は助かる!」
あきらの言葉は神に言質を迫っていたが、司には聞こえてはいなかった。
_助けてくれ。
それはつくしの命を助けて欲しい。
そしてつくしの命に繋がる自分の命も助けて欲しい。そんな意味があった。
司があの頃の自分を取り戻すためには、つくしが、牧野つくしが必要だから。彼女がいなければ、自分はまた今までのような男に戻る。彼女がいるから、彼女が愛してくれるから生きていける。だがその命の糧ともいえる女を失う。
自分の精神があの頃から求めていた女を失う。
この10年自分の心が、精神が穢れて行くのは分かっていたが、そんな男の心の奥にいた一人の少女。
心の奥にあった魂の光りとも言える存在の女。
意識の奥底に眠らせたつもりでいたとしても、常に彼女の存在が心にあった。
たとえ自分を捨てた女だとしても、忘れることなく、思いは風化などしていなかった。
あの日の彼女へ、そして今の彼女へ伝えたい思いがある。
一緒にいて欲しいと。
ずっと傍にいて欲しいと。
だが二人が一緒にいることを許さないというのか・・
どんな理由で自分たちが一緒にいることが許されないというのか・・
それを運命というなら、その運命を変えてやる!
もうこれ以上邪魔をさせるつもりはない!
二度と彼女を失いたくない!
「木村!!ヘリだ!ヘリを呼び戻せっ!」
ヘリは二人を降ろし、東の空へ去っていたが、どんな時も冷静だと言われる男が自らを取り戻すのは早かった。
一秒たりとも無駄な時間はないと気づくと叫んでいた。
木村はすぐさまパイロットに連絡した。
「司!おまえのとろこの病院だ!電話しろ!緊急事態だと伝えろ!」
そのときあきらは思った。
もし、司の前から牧野つくしがいなくなったら司はどうするのか。
再び感情が動き出した男が、もしその激しい感情をぶつける相手がいなくなったらどうするのかと。
「_クソッ!__わかってる!!つべこべ言うな!最高の医者を用意しろ!__ああ。そうだ。銃だ!猟銃だ・・ライフル銃で撃たれた。__そうだ・・銃創患者だ!」
・・まきの・・まきの・・
おまえがいなくなったらどうしたらいい?
互いを許し合える日が来た。
そう思った。
だが運命の神はそれを許そうとはしない。
これが悪夢なら早く消えて欲しい。夢なら早く目覚めたい。
この心の痛みは、因果応報なのだろうか?
誰かの幸せを奪って生きて来た男への罰なのか?
もしこれが罰ならば自分が受けるのは当然だ。
まるで身体中に針を突き立てられたような痛みを感じる。
だが構わない。
そして、もし自分が代われるなら、彼女の痛みを全て自分へ与えて欲しい。
そして神に祈りたい。
彼女を、牧野つくしを連れて行かないでくれと。
司は頭を下げ、神に祈った。そうしなければならないと思ったからだ。
そしてすまない・・と言った。
それはつくしに向けて言った言葉なのか。
自分の過去の行いに対し言ったのか。
そしてその時、自分が泣いていることに初めて気付いた。
腕の中に大切に抱いている女性の頬にポタポタと落ちる涙に。
そしてその涙は彼女の血で赤く染まったシャツに落ちると、涙がその色を少しだけ滲ませていた。
ヘリが到着するまでの時間、実際にはほんの数分だったが誰も口を開かない。
ただ、司が腕の中の女性に小さく囁く声だけが聞えていた。
愛してる・・愛してる・・と。
世界が停止した瞬間というのは、こういった状況をいうのかもしれなかった。

にほんブログ村

応援有難うございます。
本当の二人に戻れるなら。
二人が真新しい人生を始めることが出来るなら、その為に何か犠牲が必要なら__
いや。犠牲など必要ない。
過去は変えられない、だから未来を向いて生きていく。
堕落し尽くした男は過去だ。過去の男はもう終わりにしたい。
そんな司の顔に浮かぶのは幸福ともいえる表情。
闇へ消え入りそうだった一筋の光りは、決してその闇に吸い込まれることなく、逆に強い光りを放った。それは司があのとき掴めなかった光りだ。
未来を向いて生きていく・・だがそう思う反面10年の時の流れを逆行していた。
記憶の底から懐かしさを引き出し、思い出していた。
瞬間、司は高校生だったあの頃の気分に戻っていた。
追いかける男を振り返ることなく走り去る彼女の姿を。
嫌がる彼女を無理矢理連れ帰り着飾ったことを。
父親が背負った借金を返すためコンテストに出たことを。
二人が遭難しかけたカナダの雪山を。
だがそんなことはどうでもいい。
あの頃も求めていたのは、ありふれた日常だった。
自分にはなかった世界での日常といったものを。
そしてそんな日常が束の間だが訪れたことがあった。
あの頃がずっと続けばいいと願った。
だがそうすることは出来なかった。
失ってしまった10年が、失ってしまったかけがえのない時間が悔やまれる。
だからこそ未来を二人で作ればいいだけだ。その為に必要なことがあるなら何でもするつもりだ。
「社長!お疲れさまです!美作様もどうぞこちらへ!」
ヘリが着陸した場所へ迎えに来たのは、山荘にいるつくしに付けたボディーガードのひとりだ。大きな男だがその動きは俊敏だ。
「しかし、ここは寒いな。都内とは全く環境が違う。寒さでケツの穴まで凍りそうだな」
司は冬が嫌いではない。雪も好きだ。だが冬山の寒さは身を切るような寒さだ。
前回この山荘を訪れたとき、雪が山の斜面に降り積もり、朝日を浴びきらきらと輝いていたのを思い出していた。
あの朝見た景色はそれまで見た景色と違って見えた。
景色を美しいと感じたことがなかった男に感情が宿った瞬間だったのかもしれない。
「司。しかしおまえン家の山荘ってのはデカいな。俺は初めて来たがここで親父さんと猟に出てたのか?」
あきらは前方に現れた山荘に目を見張った。
客室を何部屋も備えてある山荘だ。あきら一人が泊まったところで何の支障もない。
「ああ。そうだ。子供の頃からよく来てた」
と司は面倒くさそうに言い放つ。
あの頃から息子を自分の思い通りの人間にしようとしていた父親。
そしてこの10年もそれを求められていた。
だが、息子と言え赤の他人同然と思っていた。
あの男がこれ以上何を求めているのか知りたくもない。
あの男が求めたのは、躾のよく出来た犬だ。自分の命令を忠実に聞く犬を。
狩れと言われた獲物を狩り、血と肉を喰らい財閥を大きくしろと命令を下す野蛮な飼い主。
・・だがその手法を気に入った自分がいたのも事実だ。
そのとき山荘の扉が開き、人の姿が見えた。司は黙ってその人物を見つめた。
その姿は背後から漏れる光りを背負いながら女だとわかった。
開いた扉から漏れる光りは柔らかく、女を包みこんでいるように見えた。
暖かみを感じさせるオレンジ色の光りに包まれて立つその女が誰であるか、司には分かっていた。そしてもちろんあきらも。
長い間求めていた女性。
心を正直に解き放つ時が来た。
司はそう感じていた。早く傍に行きたいと、気持ちが波立っていた。
山荘に向かう足取りが早く感じられ、いつの間にか自然と走り出していた。
凍てつく大地を蹴り、温もりが感じられる光が射すその場所に向かって走りだしていた。
まるで大好きな人に早く会いたいとばかりに。
その声が聞きたくて。
その身体を抱きしめたくて。
大切にしたくて、悲しませたくなくて、そんな思いを抱き走っていた。
そしてその女性も外へ飛び出して来た。
一歩、また一歩。そして次の一歩を踏み出した足は司と同じで大地を蹴っていた。
徐々に近づく二人の姿。
だが、戸口に現れた男が叫んだ。
「牧野様!戻って下さい!勝手に外へ出ては危険です!」
その瞬間だった。
まさにその瞬間。山に響いた銃声が一発。
あの時と同じ一発の銃声。
そして誰かの叫び声。
「撃たれたぞ!」
真っ直ぐ標的を狙って撃つ。
この暗闇でどれくらいの技術があれば出来るのだろうか。
あと少し、あと数歩で互いの手が届く場所で足を止めた。
会いたかった人の笑顔が消えた。
彼の全てを包み込んでくれる笑顔が。
「どうみょうじ・・」
歩けなかった。あと数歩が踏み出せずにいた。
撃たれたのはつくしだった。
たった一発とはいえ撃たれた場所によっては致命傷となる。
「どうみょうじ・・。会いたかった・・」
手放したくないと思った女が司の目の前で崩れ落ちそうになっていた。
司は目の前でゆらり、と揺れたつくしの身体を受け止めた。
どこを撃たれたのか。
撃たれた場所はどこなのか?
やがて着ていた白いセーターが赤く染まり始めた。
「・・ゴメンね・・・それだけが・・それだけを伝えたかったの・・それから・・愛してるから・・たとえ遠くにいても・・ずっと愛してたから・・」
司は誰にも劣らず現実的な男だ。
だがその司が今自分の腕の中で起こっている現実が信じられなかった。
そして思った。こんな現実は必要ない。
これが現実ではなく夢ならいいと。
だが夢に暖かい身体が沿うことはない。
これは容赦ない現実だ。
「まきの・・牧野もういい!!喋るな!!」
どうして牧野が!
何故撃たれなければならない?
「・・遠くにいても・・どうみょうじが・・」
何が悪い?
彼女が何をした?
「まきの・・?まきの?」
愛しい人の笑顔が消える。
そんなことは考えたくない。
そんなことがあっていいはずがない。
あの雨の中に置き去りにされた男は、心から欲しいと望んだ人を、その人の心を手に入れたばかりのはずだ。
「・・まきの・・まき・・・まきの・・?」
一瞬、放心したような表情になったが、次の瞬間には大声をあげていた。
「牧野っ!!しっかりしろ!!」
冷たい風が、暗い風が吹き、張り上げた声は夜の山に大きく響いた。
司はつくしの身体を抱き、ガクンと両膝を地面に着き、そして茫然と自分の腕の中に倒れ込んだ小さな身体を抱きしめた。
つくしが撃たれた。
そのことを脳が認識することを拒んでいた。
今のこの状況が信じられなかった。
あの頃、まだ二人が冗談を言って笑い合った頃が思い出されていた。
自分を見上げ、朗らかに笑う少女の姿が・・。
その黒い髪に触りたくて、その声で自分の名前を呼んでくれることが嬉しくて、ずっと一緒にいたくて二人の親しさを仲間の前で公然とした時の姿が・・。
「司!なにしてる!病院だ!牧野を病院に連れて行くぞ!」
あきらは叫んだ。
傍らに立つ黒服の男たちは、膝を着き女性を抱える男を次の狙撃から守るようにしていた。
そんな男たちが手にしているのは、高性能のライフル銃だ。
あきらは二人の傍に膝をつき、何か言ったが司の耳には自分の声しか聞こえない。
「・・助けてくれ・・助けてくれ・・」
何度も呟かれる言葉。
司の精神は今、自分を見失っていた。
彼の精神の安定は、腕の中にいる牧野つくしが握っている。
「司!大丈夫だ。牧野は助かる!」
あきらの言葉は神に言質を迫っていたが、司には聞こえてはいなかった。
_助けてくれ。
それはつくしの命を助けて欲しい。
そしてつくしの命に繋がる自分の命も助けて欲しい。そんな意味があった。
司があの頃の自分を取り戻すためには、つくしが、牧野つくしが必要だから。彼女がいなければ、自分はまた今までのような男に戻る。彼女がいるから、彼女が愛してくれるから生きていける。だがその命の糧ともいえる女を失う。
自分の精神があの頃から求めていた女を失う。
この10年自分の心が、精神が穢れて行くのは分かっていたが、そんな男の心の奥にいた一人の少女。
心の奥にあった魂の光りとも言える存在の女。
意識の奥底に眠らせたつもりでいたとしても、常に彼女の存在が心にあった。
たとえ自分を捨てた女だとしても、忘れることなく、思いは風化などしていなかった。
あの日の彼女へ、そして今の彼女へ伝えたい思いがある。
一緒にいて欲しいと。
ずっと傍にいて欲しいと。
だが二人が一緒にいることを許さないというのか・・
どんな理由で自分たちが一緒にいることが許されないというのか・・
それを運命というなら、その運命を変えてやる!
もうこれ以上邪魔をさせるつもりはない!
二度と彼女を失いたくない!
「木村!!ヘリだ!ヘリを呼び戻せっ!」
ヘリは二人を降ろし、東の空へ去っていたが、どんな時も冷静だと言われる男が自らを取り戻すのは早かった。
一秒たりとも無駄な時間はないと気づくと叫んでいた。
木村はすぐさまパイロットに連絡した。
「司!おまえのとろこの病院だ!電話しろ!緊急事態だと伝えろ!」
そのときあきらは思った。
もし、司の前から牧野つくしがいなくなったら司はどうするのか。
再び感情が動き出した男が、もしその激しい感情をぶつける相手がいなくなったらどうするのかと。
「_クソッ!__わかってる!!つべこべ言うな!最高の医者を用意しろ!__ああ。そうだ。銃だ!猟銃だ・・ライフル銃で撃たれた。__そうだ・・銃創患者だ!」
・・まきの・・まきの・・
おまえがいなくなったらどうしたらいい?
互いを許し合える日が来た。
そう思った。
だが運命の神はそれを許そうとはしない。
これが悪夢なら早く消えて欲しい。夢なら早く目覚めたい。
この心の痛みは、因果応報なのだろうか?
誰かの幸せを奪って生きて来た男への罰なのか?
もしこれが罰ならば自分が受けるのは当然だ。
まるで身体中に針を突き立てられたような痛みを感じる。
だが構わない。
そして、もし自分が代われるなら、彼女の痛みを全て自分へ与えて欲しい。
そして神に祈りたい。
彼女を、牧野つくしを連れて行かないでくれと。
司は頭を下げ、神に祈った。そうしなければならないと思ったからだ。
そしてすまない・・と言った。
それはつくしに向けて言った言葉なのか。
自分の過去の行いに対し言ったのか。
そしてその時、自分が泣いていることに初めて気付いた。
腕の中に大切に抱いている女性の頬にポタポタと落ちる涙に。
そしてその涙は彼女の血で赤く染まったシャツに落ちると、涙がその色を少しだけ滲ませていた。
ヘリが到着するまでの時間、実際にはほんの数分だったが誰も口を開かない。
ただ、司が腕の中の女性に小さく囁く声だけが聞えていた。
愛してる・・愛してる・・と。
世界が停止した瞬間というのは、こういった状況をいうのかもしれなかった。

にほんブログ村

応援有難うございます。
- 関連記事
-
- Collector 38
- Collector 37
- Collector 36
スポンサーサイト
Comment:17
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

悠*様
モノクロ映画のよう・・・カラー映画は無理でしょうか?(笑)
二人の気持ちが重なる、抱きしめ合える。
全てを包む愛はすぐそこにあるのですが、届きませんでした。
司のお父さん、本当に怖い人です。|д゚)
コメント有難うございました^^
モノクロ映画のよう・・・カラー映画は無理でしょうか?(笑)
二人の気持ちが重なる、抱きしめ合える。
全てを包む愛はすぐそこにあるのですが、届きませんでした。
司のお父さん、本当に怖い人です。|д゚)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 10:54 | 編集

じ**こ様
おはようございます^^
そんな気がした(笑)
司が壊れてしまう・・また暗闇に戻ってしまう・・
それは司自身も望んでいないようです。
連日のシリアスですがお付き合い頂きありがとうございます。
司、つくし、司パパ・・どうなるんでしょう・・・
この親子。もう親子ではありませんよね。
続き、お待ち下さいませ^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
そんな気がした(笑)
司が壊れてしまう・・また暗闇に戻ってしまう・・
それは司自身も望んでいないようです。
連日のシリアスですがお付き合い頂きありがとうございます。
司、つくし、司パパ・・どうなるんでしょう・・・
この親子。もう親子ではありませんよね。
続き、お待ち下さいませ^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 10:58 | 編集

m様
こんにちは^^
勿論助けてあげたいです。
つくしちゃん頑張れ!の気持ちです。
拍手コメント有難うございました^^
こんにちは^^
勿論助けてあげたいです。
つくしちゃん頑張れ!の気持ちです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:03 | 編集

新*者様
>伏線が長く読むのが辛い時も・・
やっとここまで来た二人ですが、楓さん以上に恐ろしい父親の存在があります。
そんな父親に司はどうするのでしょうか・・。
二人の幸せな未来を祈って下さいませ^^
拍手コメント有難うございました^^
>伏線が長く読むのが辛い時も・・
やっとここまで来た二人ですが、楓さん以上に恐ろしい父親の存在があります。
そんな父親に司はどうするのでしょうか・・。
二人の幸せな未来を祈って下さいませ^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:07 | 編集

pi**mix様
・・撃たれてしまいました。やはりドクターヘリを追従させるべきでした。
やっと心が重なる時を迎えようとしていた矢先の出来事。
警戒していましたが、こんなことに・・。
敵は身近な人物。と言うより父親です。司はどうするんでしょう。
シェイクスピアならどうするでしょうねぇ(笑)
新作発表・・そうですよね、今はこちらに集中ですよね?(笑)
わ、わかりました(^^; そちらは頭の片隅で寝かせておきます(笑)
さて、撃たれたつくしちゃん。最高のドクターを用意しなくてはいけません。
司の病院にドクターXはいるのでしょうか?
本当に世話のかかる坊っちゃんとお嬢ちゃんですよね。
コメント有難うございました^^
・・撃たれてしまいました。やはりドクターヘリを追従させるべきでした。
やっと心が重なる時を迎えようとしていた矢先の出来事。
警戒していましたが、こんなことに・・。
敵は身近な人物。と言うより父親です。司はどうするんでしょう。
シェイクスピアならどうするでしょうねぇ(笑)
新作発表・・そうですよね、今はこちらに集中ですよね?(笑)
わ、わかりました(^^; そちらは頭の片隅で寝かせておきます(笑)
さて、撃たれたつくしちゃん。最高のドクターを用意しなくてはいけません。
司の病院にドクターXはいるのでしょうか?
本当に世話のかかる坊っちゃんとお嬢ちゃんですよね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:10 | 編集

ち**ち様
恋をしただけの若かった二人でした。
お金持ちのすることは分かりませんねぇ。
楓さん以上に怖い父親。楓さんの方がまだ優しく感じられます。
もしも、つくしちゃんがこの世からいなくなったら、司の心は壊れてしまうでしょうね。
永遠に闇の中を彷徨いそうな気がします。
息子の気持ちは関係ないという父。本当に恐いお父さんです。もう親子ではありませんね。
コメント有難うございました^^
恋をしただけの若かった二人でした。
お金持ちのすることは分かりませんねぇ。
楓さん以上に怖い父親。楓さんの方がまだ優しく感じられます。
もしも、つくしちゃんがこの世からいなくなったら、司の心は壊れてしまうでしょうね。
永遠に闇の中を彷徨いそうな気がします。
息子の気持ちは関係ないという父。本当に恐いお父さんです。もう親子ではありませんね。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:12 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
つくしちゃん撃たれてしまいました。司の姿に思わず飛び出し、声をかけた時は遅かった。
敵ながらその一瞬を逃さなかった男は凄いですね、と妙な感心をしてしまいますね?(笑)
つくしちゃん、会いたかったんです。そして司も。
そしてつくしちゃんの生命の危機に愛してるの気持ちを口にすることが出来た司でした。
その想いはつくしちゃんの薄れゆく意識の中に届いたでしょうか。
一瞬止まった司の思考を戻す手伝いが出来るあきら。さすがあきらです。
つくしちゃんには頑張って頂きたいです。
シリアス展開の中、久し振りに御曹司を書きました(笑)笑って下さい!
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
つくしちゃん撃たれてしまいました。司の姿に思わず飛び出し、声をかけた時は遅かった。
敵ながらその一瞬を逃さなかった男は凄いですね、と妙な感心をしてしまいますね?(笑)
つくしちゃん、会いたかったんです。そして司も。
そしてつくしちゃんの生命の危機に愛してるの気持ちを口にすることが出来た司でした。
その想いはつくしちゃんの薄れゆく意識の中に届いたでしょうか。
一瞬止まった司の思考を戻す手伝いが出来るあきら。さすがあきらです。
つくしちゃんには頑張って頂きたいです。
シリアス展開の中、久し振りに御曹司を書きました(笑)笑って下さい!
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:17 | 編集

マ**チ様
こんばんは^^
いえいえ。毎回楽しお話しをありがとうございます!
重いお話しを書いていると笑いが欲しいんです。
え?あきらは何しに行ったのか?成り行きでしょうか?(笑)
木村さんもSPも役立たずでしたね。突然走り出したつくしに声をかけましたが遅かった!!
つくしを永遠に失う・・それではマ**チ様の思うつぼです(≧▽≦)
道明寺パパは司を自分と同じ闇に住む男にしたいんでしょうね。
財閥の飼い犬でいろと。おまえは道明寺のための駒以外何者でもないと。
もう親子ではありませんよね。今後の父子の対決はどうなるんでしょうか・・
本当に気になります。このまま一挙にですね?
あ、でも御曹司が!
息抜きも必要と言うことで、久々に御曹司を書きましたが相変らず妄想が激しいようです(笑)
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
いえいえ。毎回楽しお話しをありがとうございます!
重いお話しを書いていると笑いが欲しいんです。
え?あきらは何しに行ったのか?成り行きでしょうか?(笑)
木村さんもSPも役立たずでしたね。突然走り出したつくしに声をかけましたが遅かった!!
つくしを永遠に失う・・それではマ**チ様の思うつぼです(≧▽≦)
道明寺パパは司を自分と同じ闇に住む男にしたいんでしょうね。
財閥の飼い犬でいろと。おまえは道明寺のための駒以外何者でもないと。
もう親子ではありませんよね。今後の父子の対決はどうなるんでしょうか・・
本当に気になります。このまま一挙にですね?
あ、でも御曹司が!
息抜きも必要と言うことで、久々に御曹司を書きましたが相変らず妄想が激しいようです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.09 11:26 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

さと**ん様
木村、役立たずでしたね!
確かに今までつくしが自ら司を迎えに行った事などありませんでしたので、突然の行動に驚いたことでしょう。
ゴルゴ、腕は確かなようでしたね?
そして放心状態の司。人は本当に驚いたとき、声が出ないといいますが、まさにその状況だったのでしょうね?あきらもえらい時に来ましたね?
でもあきらがいたから、すぐ行動に移すことが出来たような気がします。
頑張れ、つくし!
コメント有難うございました^^
木村、役立たずでしたね!
確かに今までつくしが自ら司を迎えに行った事などありませんでしたので、突然の行動に驚いたことでしょう。
ゴルゴ、腕は確かなようでしたね?
そして放心状態の司。人は本当に驚いたとき、声が出ないといいますが、まさにその状況だったのでしょうね?あきらもえらい時に来ましたね?
でもあきらがいたから、すぐ行動に移すことが出来たような気がします。
頑張れ、つくし!
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.10 21:19 | 編集
