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2017
04.05

Collector 34

Category: Collector(完)
空気が凍るように冷えてくると、吐く息も白くなる。
夕闇に包まれようとしている山荘は、群青色の空を背景に誰の目から見ても美しい佇まいを見せていた。ここは標高が高い分、空が近く感じ、空気は澄み渡っていた。
雨が降り出し、雪に変わるのではないかと思ったが、天気は気まぐれで雲は去った。
今では見上げた空にいくつかの星の瞬きも感じられるようになり、都会と違い音の無い世界がそこにあった。


道明寺家が狩猟のため建てたその建物は、牧野つくしの監禁場所となっていた。
部屋の間取りは聞いている。窓から漏れてくる明かりは1階と2階だ。
1階の明かりは台所だ。恐らくこの時間なら夕食の支度をしているはずだ。
そして牧野つくしは2階の明かりが灯った部屋にいるはずだ。

今建物の中にいるのは牧野つくしと先日一緒にいた年配の男。
そしてSPと思われる警護の人間が3人いる。
年配の男は管理人だ。だがただの管理人ではないはずだ。
あの日、ただの年老いた管理人かと思ったが、スコープで覗いた先にいた男は素人ではないと分かった。そういった態度があったからだ。女を庇うように立ち、銃声のした方角へ銃を構えた機敏な動作は、恐らく警察上がりの人間だろう。年老いても長年の経験は身体に染み付いているはずだ。

道明寺司が好きな女の傍に素人を置くはずがないと気づくべきだった。
あの時、山々に響き渡った銃声は、あの男の警戒心を高めてしまった。
まさかあの男が来るなど思いもせず、山の中の遠足は楽しいものにはならなかった。
それに女絡みの仕事というものは、どうも後味が悪い。


それにしてもまさかあの男が銃を撃ってくるとは思いもしなかったが、幼い頃から猟の経験がある男だ。腕に覚えがあることは分かった。威嚇するように撃って来たが、狙いは確かだった。おそらくアメリカに住んでいた頃、普段警護の人間たちが付いているとはいえ、自分の身を守るため銃の訓練を受けたはずだ。

アメリカは銃社会だ。誰もが簡単に銃を買うことが出来る。
一部の人間が規制をと声高らかに叫ぶが、法制化するには至らない。
アメリカ人にとって銃は自分の独立を保証するためのものだ。
何しろ憲法が武器を所持し携帯する権利を支持している。
それに全米ライフル協会と言った圧力団体もあるのだから、アメリカから銃が無くなることはないだろう。そして銃社会と言われる国に長年暮らせば、銃の恐ろしさは充分理解しているはずだ。


女を監禁するといった常軌を逸した行動を取る息子に対し、父親が下したのはその女の始末。
はっきりと言葉にはしなかったが、意味は通じる。
父親にとって牧野つくしは間違いなく〝好ましからぬ人物″ペルソナ・ノン・グラータ、なのだろう。

自らに従わない息子。
その原因はあの女だ。そして己の基準にそぐわない女を排除しろ。
そんなことを言う父親も常軌を逸している。だがわたしは命令されたことを行うまでだ。
なぜ、わたしにこういった仕事を頼むのか。それは他の者が失敗した案件の尻ぬぐいをしてきた実績があるからだ。だが先日そのわたしが失敗をした。
気持ちが焦ったとまで言わないが、やはり相手が命令した男の息子の女だと思えば焦点がずれた。それにわたしは財閥の中の汚い仕事をして来たが、殺しが専門ではない。

銃を撃つ前、スコープの先に見える牧野つくしを観察した。
写真では見たが、道明寺司をそこまで惹き付ける人物はいったいどんな人物なのか興味があった。どこに魅力を感じるのか。生きているうちに見ておきたかった。

年齢はあの男のひとつ年下の27歳だと聞いていたが、まだどこか10代の少女の面影を感じさせた。殆どと言ってもいいほど化粧気のない肌に、寒さで染まった紅色の頬。黒目が大きく、髪も黒い。俗に言うベビーフェイスと言った顔をしているのが分かる。
17歳だった少年が思い続けた少女はあの頃と変わらぬ面影を宿し、大人になったということか。

道明寺司の初恋の相手。
恋に落ちた少年は愛を重ねていく時間を与えてもらえることがなく、大人になった今、その想いを遂げようとしているということだろう。

だが果たしてそれが許されるかどうか・・。

誰にも渡さないと監禁し、歪んだ思いを遂げる。
そんな男は激しい嫉妬という炎を持ち合わせているはずだ。
炎は赤より青の方が高温だ。その炎を纏った男は、牧野つくしを自分の邸に住まわせていた男の行動に嫉妬に狂ったはずだ。海の底から揺れ沸き立つ熱水の如く心の中で青い炎を燃やすことがあったはずだ。いや、心の中だけではない。あの男は身体中から青い炎を滾らせている。そしてそんな男の嫉妬と愛は、その愛に狂わされた人間でなければ分かるまい。


あの男がわたしに向かって銃口を向けたとき、こちらもスコープを覗いていたが、はっきりと顔を見ることが出来た。それはまるで目が合ったように感じた。
スコープの向うに居る男の視線は獰猛で、容赦なく人を射るような目。そんな視線を近くで浴びれば、目を逸らす者も多いだろう。
もちろん、男の顔は知っている。
だがあんなに鋭い視線を向ける男だとは知らなかった。いや、他の誰も知らないだろう。
あの父親によく似た面立は、まるでこちらの場所が分かっていると言わんばかりの視線で睨みつけて来た。

あの男の、道明寺司の歪んだ思いは愛に変わる日が来るのか。
人は愛するエネルギーと憎しみのエネルギーとどちらが強いのか。
あの男が女を監禁したのは・・それは愛なのか・・憎しみなのか・・

・・まあいい。
わたしには関係のないことだ。わたしはあの男の父親から頼まれたことをすればいい。
ただ、それだけのことだ。
男は余計なことはもう考えまい。そう思った。





***






「・・・牧野さま・・牧野さま?夕食のご用意が出来ました」

「あっ。はい・・すぐに下ります」

部屋をノックする音が聞え、木村が声をかけてきた。
いつも夕食の手伝いをすると言っても手伝わせてくれないが、その理由は刃物を持たせたくない。恐らくそんな理由から手伝わせたくないのだと理解していた。
刃物を手に木村を脅す?
それとも自分自身に刃先を向け傷つける?
そんなことなど、望んだことはない。

今のつくしは早く司と会って話をしたかった。言葉を交わしたかった。
あのとき、自分が司に伝えた気持ちを受け取ってもらえたか知りたかった。
だがもう随分と会ってない。木村に聞けばNYへ出張だと言われたが、どれくらいかとは聞かなかったし、木村も言わなかった。

あの夜。
愛してると言った夜。翌朝目覚めたとき、すでに道明寺は部屋に居なかった。
・・愛してる。
今なら素直に言えるその言葉。
愛という言葉の意味を理解するには幼かったあの頃とは違う。あの頃、軽々しく口にした言葉だった。だからその言葉を真剣に受け止めた道明寺は、別れの言葉に深く傷ついた。

果たして高校生だった自分が愛の意味をどこまで理解していたのか。
そう思うと、あの当時を振り返った。
それに愛という言葉は軽々しく口にする言葉ではない。
あれから人を傷つける哀しさを知った。
何が悪かったのか、誰が悪かったのか。それを考えたとき全ては自分の責任だ。
浅はかだった少女が軽々しく口にした言葉が少年を傷つけてしまった。
つくしが愛の代わりに少年に与えてしまったのは絶望という言葉だったはずだ。
他人を寄せ付けなかった男は、人一倍感受性が強い人間だ。
そして他人に対しいつも斜に構える男は、実はとても淋しがり屋だと知った。
そんな男を傷付け再び一人にしたのはつくしだ。

でも、もう一人にはならないで。
あの頃、出会ってから少しずつ優しさを重ねていった二人がいたはずだ。
肩を並べ歩いた道があった。
眩しそうな目で二人の周りの風景を見たことがあった。
そんなあの日を取り戻したい。

だからいつまでも泣いてなんていられない。強くなってみせる。
迷いは捨てた。道明寺の傍にいることに迷いはない。
心にまかせ、心を偽ることはしない。
今のつくしがあげられるものは、彼を愛しているという言葉。
そしてこれからは一緒にいるという約束。


これから二人で見上げる空があるとすれば、あの日の夜空と同じであって欲しい。
あの日、天体観測をしたあの夜のように。

つくしは読みかけの本を閉じ、部屋を出た。





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コメント
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dot 2017.04.05 06:26 | 編集
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dot 2017.04.05 08:47 | 編集
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dot 2017.04.05 11:39 | 編集
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dot 2017.04.05 12:22 | 編集
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dot 2017.04.05 15:40 | 編集
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dot 2017.04.05 23:59 | 編集
す*ら様
おはようございます^^
拝見させて頂きました。二度目の司の感じ、とても素敵でした。
睨みを効かせ青き炎を滾らせる姿はこちらの司でした^^
男の嫉妬は醜いといいますが、司の嫉妬ならその炎に焼かれてもいいかもしれません。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.06 00:43 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
山荘の動きも気になりますね?
着々と魔の手は近づいて来ているようです。
魔の手は殺しを本業とはしていないようですが、どうするんでしょうね?
そんなことなど露知らず、司と早く会って話がしたいと思い始めたつくしちゃんがいます。
色々とお忙しそうですね?アカシアは落ち着きつつあります。
新年度も何事もなく過ぎてくれることを、祈りたいです^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.06 00:51 | 編集
pi**mix様
つくしちゃんご飯を食べる元気はあるようです。
はい。以前シェイクスピアみたいだと仰いましたこと、覚えています^^
え?悲恋になるか?
>「乾いた風」で殺しかけ・・未遂・・
そうでしたね。あれは未遂でした(笑)
あのお話しと某グループの曲がピッタリなんですか?
あれは・・夏の出来事でした・・(遠い眼)
え?今日はアカシアを拝むんですか(^^;
二人の今後ですか?成行を見守って下さい|д゚)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.06 01:02 | 編集
さと**ん様
木村さん、小説読んでる場合ではございません!
「ペルソナ・ノン・グラータ」
>「ペペロンチーノじゃねぇよ、朝はやっぱ、グラノーラだろ?」(笑)
おおっ!凄い訳機能ですね!
確かに司が朝から召し上がるとは思えません。ブルマンのブラックのみで済ませる男のイメージです。
え?日本の未来は・・専門家に任せましょう!
青い炎を燃やす司の姿にゴルゴもビビッてます(笑)
赤が好きな男ですが、嫉妬の炎は青です。それを感じさせる男は冷たく鋭い視線で睨み返しました。
そしてゴルゴ、つくしにも興味を示しました。
どんな女が道明寺司を惹き付けるのか興味があったようです。
「まあいい」御曹司のキメ台詞を横取りしました(笑)
そうですね、暫くご無沙汰ですよね?召喚したいと思います!
召喚命令は絶対です。断れませんよね?召喚状送り付けたいと思います^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.06 01:19 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
連日こちらのお話しです。
つくしを狙う男は何者なんでしょうね?元傭兵でしょうか?
そして木村さんは警察上がりの人間です。
司への真っ直ぐな愛に目覚めたつくし。
そして司もだんだんとあの頃の熱い男に戻りつつあります。
司とあきらが段ボールの中を漁る姿。いい男が段ボールを開ける姿に笑いが!(≧▽≦)
確かにアカシアも書きながら、ん?大丈夫?と思いました(笑)
そして同じことを思いました。長い脚、邪魔になると・・。
しかしそんな悠長に探している場合ではないと思います。
木村さん、年寄りですが、頑張ってもらいましょう!!
ひとり夜更かし同盟中です(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.06 01:28 | 編集
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