再会した頃、激しい憎悪を呼び寄せたのは、身体の中に巣食った黒く重い塊がそうさせた。
それは男としてのプライドだ。
自分を捨てた女が他の男の邸で暮らしていたといった事実に嫉妬した。
そして女を探していた自分にそのことを教えなかった男に嫉妬した。
幼い頃から兄弟同然に馴染んで来た男に裏切られた。
時計が狂ってしまったかのような長い時間が流れ、再会したとき、疑いもなく女を責めた。
傷ついても構わないと思えるほど人を好きになることが初めての経験だった男は、傷つけられた心で本能のまま女を求め、快楽を求めることで心の傷を補おうとした。
だがどんなに自分だけが喜びを迎えようと、何の意味もなさないことを知った。
いくら相手を支配しようが、快楽を共有してくれなければ、苦痛を顔に貼り付けただけの女は、自分が求めていた牧野つくしではない。
あの雨の日に感じた絶望は、やがて情念の炎に取って変わったが、二人の間にはその炎で編み込まれた絆があった。
決して断ち切ることが出来ない絆が。
そしてその絆と同じで人の気持ちはどうにもならないことがある。
それは人によるが、一度愛を誓った相手をそう簡単に忘れることが出来ない男もいる。
愛してる、と言われひとつに繋がった身体を離したくないと思った夜があった。
雨が上がったばかりの夜。
司とあきらは世田谷の邸へと向かった。
そして物置のような部屋の片隅へと置かれている数少ないつくしの荷物の中身を探っていた。
いくつかの段ボールに入れられた荷物はガムテープで封をしてあった。
あきらは司に背を向け、しゃがみ込むとその中のひとつのテープを剥がし、中を見た。
そこにあるのは妹がいるあきらにとっては普段から見慣れたもので、女が好きそうな小物が入っていた。女という生き物は何故かキャンディやクッキーが入っていた缶を手元に置きたがる。中身が無くとも可愛らしいデザインだとか、何か入れるからと言って手元に残すが、どうやら牧野つくしの場合それが顕著のようだ。
昔から勿体ない精神が働く女だったが、その精神は今でも変わらないようだ。
記憶媒体はいくつか種類があるが、あきらはUSBメモリではないかと踏んでいた。
データの保存先として一般的によく使われる媒体だからだ。
そんな思いからあきらは段ボールの中にある缶を取り出し、蓋を取っては中を確認していた。
「牧野の両親が亡くなって、あいつら姉弟も大怪我をしたが、両親は当然だが生命保険なんて入ってるわけねぇし、母親の証券口座に金があるなんてことをあいつが知るはずもないよな?そんな牧野の面倒を見たのが類だったんだが、あいつら二人の間には何もなかったからな?」
と、あきらは司に背を向けた状態のまま、念のためとばかり言った。
何しろ司という男は牧野つくしに対しての執着だけは深かった。
類のためにも司があらぬ誤解をしないようにといった思いを込めて言った。
「・・ああ。わかってる。あいつは・・あいつは類どころか、他の男とも・・」
類にも言われたが、その前にとっくに分かっていた。
無理矢理抱いた女は初めてだったから。
身体の線が細い女は実際何もかもが細かった。
両手で掴んだ腰も、拘束するように掴んだ手首も。
そして大きいとは言えない胸は掌に収まる大きさで、全てが自分に沿っているように感じていた。だが見返す黒い瞳は涙で濡れ怯えた表情で震えていた。
何度抱こうが頑なな態度を崩すさない女が憎らしくもあったが、その頑固さが以前と変わらない彼女らしさだと思いもした。
そんな女の柔らかな身体の中に自分自身を埋め込み、おまえは俺のものだと分からせる為の行為を何度繰も繰り返し、全てを奪い尽くしていた。
おまえは俺のものだ。
こんな風になったのはおまえの責任だ。
俺を捨てたおまえが悪い。
嫌がる白い身体を押さえつけ、何度も蹂躙した。
あの雨の日の夜、あの瞬間、頭の中に押し込まれた別れの言葉を吐き出し、消そうとするかのように、何度も突き立てていた。
過去、女たちとの性行為は、ただ射精を繰り返すだけで、男としての生理的欲求を吐き出す以外の何ものでもなかった。愛していれば溺れるはずの行為も、NYで知った女たち相手では、ベッドに横になることはなく一瞬の解放感だけを求め、椅子に身体を沈めたまま行為をさせることもあった。そしてそんな行為を、まるで自分とは無縁の他人事のような目で見ていた己がいた。
自分の身体の一部を女の中に挿し入れる行為は、愛している女とするからこそ快楽を得ることが出来ると知ったのはあいつを抱いてからだ。
「・・だよな?おまえはもうとっくに知ってるか・・」
初めて会った女でも平気で抱ける男に成り下がっていた男は、あきらの呟きが耳に痛かった。あきらの言葉は女に対し潔癖だった男が、自分たちと同じレベルに落ちたことが少し残念だと言ったニュアンスも含まれていたかもしれなかった。
「まあとにかく類はトラブルの種を抱え込むってわけじゃねぇけど、牧野と弟を自分の邸に住まわせた」
あきらの口から吐き出される言葉は、事実だけを伝えようとしていた。
だがその言葉は、かつて自分より対人関係が苦手だった男の行為を称賛しているように思えた。
そうだ。
両親が亡くなり、頼る親戚もない少女と少年の身柄を引き受けた類に向けられたのは称賛の目だったはずだ。自分がその立場に立てなかったことが悔やまれた。
この瞬間、嫉妬が顔に現れてないかと思ったが、共に背中を向けた状態ではあきらに表情を見られることはない。
あの雨の日がなかったとすれば、二人の間に別れがなければ、また状況が違っていたかもしれない。だがそうなった原因が誰にあるかと言われれば、自分の父親だ。
そして確たる証拠はまだ何もないが、あの家族を引き裂いたのは自分の父親・・。
だがあの当時あの男の手から逃れることが出来たか?
いや。それは出来なかっただろう。いったんあの男が決めたことは、必ず実行されて来た。
もしあの日の別れがなかったとしよう。だが逃れることが出来ず、何らかの形で別れさせられていたはずだ。未成年であるが故、いくら金と力があるとはいえ出来ないこともある。
そして、いくら偉そうな態度を取っていても親の庇護の元にいたことだけは確かだ。
自分で金を稼いだことがないくせに。と言われたことは事実だった。
「けど、なんで類はあいつが、牧野が俺の親父に狙われてるなんてことが分かった?」
「そこだ。俺もなんで類が分かったのかが不思議だった。だけどな、類は見たんだ」
司はあきらの最後のひと言に、段ボールの中で目的の物を探す手を止め振り向いた。
あきらもそんな司の態度に気付き、振り向くと司を見た。
「何をだ?」
「日記だ。あいつは、牧野は日記をつけてた。まあ、日記ってもそんなにダラダラと書かれているようなもんじゃなかったらしいが、類はその日記を見ちまったそうだ」
「いつの話だ?」
「ああ。あいつが両親と一緒に事故にあったって知った類はあいつの・・父親の葬儀のため色々することがあってあいつのアパートへ行ったそうだ。そこでたまたま・・見るつもりはなかったが、あいつの部屋の机の上で広げられていたノートを見たそうだ」
牧野浩は即死。
母親は意識不明の昏睡状態で暫く生きていたが亡くなった。
姉と弟が入院中にひっそりと執り行われた両親の葬儀。
そしてその葬儀一切を引き受けたのが類だった。
「そこに書かれていたそうだ。おまえの父親のことが。金を持って現れたってな。まあここまでの話は類から聞いてるか?それともおまえも調べて知ってるか・・。とにかく、おまえの父親は金を持ってあいつの家に来た。それからあいつの父親が仕事に就いたってことも書いてあった。・・それから気になることも書いてあったそうだ」
あきらは一旦言葉を切った。
そして少し口ごもりながら言葉を継いだ。
「もう随分と前だから俺もはっきりとした言葉としては覚えてないが・・父親からおまえのおかげで生きようが死のうが金に困ることはない・・そんなニュアンスの言葉を言われたそうだ。それに金は今後も道明寺から継続的に手に入る、なんてことも言われたと書いてあったらしいぞ?その後だ・・牧野一家の乗った車が事故を起こしたのは・・」
幼い頃から信頼関係にある男の話は疑うことなく信じられる。
二人は目を合わせ、あきらは束の間黙りこんだ。
そして浮かぬ顔で続けた。
「・・なあ、司?おまえの親父が誰かに継続的に金を払うだなんてことがあるか?それも政治家でも官僚でもないただの庶民の男にだ。考えて見ろ。おまえが付き合ってた相手の父親にどうして今後も金を払う必要がある?5千万払ってきれいさっぱり忘れてくれ、別れてくれと言った相手にどうして金を払い続ける必然性があるんだ?なんか弱みでも握られたってのが頭に浮かぶのが普通だよな?だから類も・・ヤバイって思ったんじゃねぇのか?」
目の前にあった小さな幸せを求めた男は静寂の中、親友の話を黙って聞いていた。
そんな男の様子をあきらは複雑な心境で見ていた。自分の父親が好きな女とその家族に対し、かんばしからぬ思惑を持っていたことが明らかになろうとしている。
それはもしかすると犯罪と言われる行為に繋がっていくのではないか。
そしてそれは企業犯罪ではなく、生命に対する罪を問われるのではないか。
まさか・・そんな思いがあるが、道明寺貴という人物は財閥の繁栄のためならどんなことでもすると言われていた。そしてそれは母親の楓以上だと言われていた。
「司、それから、あいつのそのノートの中には、おまえの・・記事が・・週刊誌やら新聞の切り抜きやらが挟んであったそうだ・・。その意味は分かるよな?あいつがどうしてそんなものを持ってたか・・。おまえがNYでバカな過ちをやってる間、あいつは恐らくその切り抜きを・・・。もし、そのノートが今でも残ってるならこの荷物の中にあるはずだ。10年前の切り抜きが挟まれた状態でな」
司は先日NYで会った父親のことを思い出す。
1時間の約束がたった10分の面会となり、その10分で分かったのは、牧野つくしを低次元と切り捨てたことだ。
会うたび憎悪だけが生まれる相手が自分の父親であることが、自分の運命の一部なら受け入れるしかないのだろう。
自分とよく似ていると言われる男は、どんなことになっても自分の父親であることに変わりはない。
・・いや。自分の方が似たのだ。
父親の酷薄な顔が目に浮かんだ。
そして金儲けのため手段を選ばないというビジネススタイルも。
この10年、司の繰り返して来たビジネスは違法行為すれすれだった。
「おい司、おまえ親父さんのこと_」
「あきら、USBはここにあると思うか?・・いや。あるな、きっと。あいつは何でも勿体ねぇが口癖の女だったんだ。物を簡単に捨てるとは思えねぇ」
だんだんと表情を無くしていった司の低いが明瞭な声は、あきらを黙らせるだけの凄みがあった。それはあの頃、高校生当時とはまた違った男の凄み。
「あきら、さっさと探そうぜ。たった一度きりの俺の恋を知ってるのはおまえらだけだろ?そのための協力は惜しまねぇって昔言ったよな?俺にとって欠けたままの存在をおまえは見過ごすつもりか?」
欠けたままの存在。それは牧野つくしの存在。
そして不遜な笑みを浮かべた男の態度。
それは血が繋がった親より親友たちと過ごした時間が多かった男の姿でもあった。

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時計が狂ってしまったかのような長い時間が流れ、再会したとき、疑いもなく女を責めた。
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だがどんなに自分だけが喜びを迎えようと、何の意味もなさないことを知った。
いくら相手を支配しようが、快楽を共有してくれなければ、苦痛を顔に貼り付けただけの女は、自分が求めていた牧野つくしではない。
あの雨の日に感じた絶望は、やがて情念の炎に取って変わったが、二人の間にはその炎で編み込まれた絆があった。
決して断ち切ることが出来ない絆が。
そしてその絆と同じで人の気持ちはどうにもならないことがある。
それは人によるが、一度愛を誓った相手をそう簡単に忘れることが出来ない男もいる。
愛してる、と言われひとつに繋がった身体を離したくないと思った夜があった。
雨が上がったばかりの夜。
司とあきらは世田谷の邸へと向かった。
そして物置のような部屋の片隅へと置かれている数少ないつくしの荷物の中身を探っていた。
いくつかの段ボールに入れられた荷物はガムテープで封をしてあった。
あきらは司に背を向け、しゃがみ込むとその中のひとつのテープを剥がし、中を見た。
そこにあるのは妹がいるあきらにとっては普段から見慣れたもので、女が好きそうな小物が入っていた。女という生き物は何故かキャンディやクッキーが入っていた缶を手元に置きたがる。中身が無くとも可愛らしいデザインだとか、何か入れるからと言って手元に残すが、どうやら牧野つくしの場合それが顕著のようだ。
昔から勿体ない精神が働く女だったが、その精神は今でも変わらないようだ。
記憶媒体はいくつか種類があるが、あきらはUSBメモリではないかと踏んでいた。
データの保存先として一般的によく使われる媒体だからだ。
そんな思いからあきらは段ボールの中にある缶を取り出し、蓋を取っては中を確認していた。
「牧野の両親が亡くなって、あいつら姉弟も大怪我をしたが、両親は当然だが生命保険なんて入ってるわけねぇし、母親の証券口座に金があるなんてことをあいつが知るはずもないよな?そんな牧野の面倒を見たのが類だったんだが、あいつら二人の間には何もなかったからな?」
と、あきらは司に背を向けた状態のまま、念のためとばかり言った。
何しろ司という男は牧野つくしに対しての執着だけは深かった。
類のためにも司があらぬ誤解をしないようにといった思いを込めて言った。
「・・ああ。わかってる。あいつは・・あいつは類どころか、他の男とも・・」
類にも言われたが、その前にとっくに分かっていた。
無理矢理抱いた女は初めてだったから。
身体の線が細い女は実際何もかもが細かった。
両手で掴んだ腰も、拘束するように掴んだ手首も。
そして大きいとは言えない胸は掌に収まる大きさで、全てが自分に沿っているように感じていた。だが見返す黒い瞳は涙で濡れ怯えた表情で震えていた。
何度抱こうが頑なな態度を崩すさない女が憎らしくもあったが、その頑固さが以前と変わらない彼女らしさだと思いもした。
そんな女の柔らかな身体の中に自分自身を埋め込み、おまえは俺のものだと分からせる為の行為を何度繰も繰り返し、全てを奪い尽くしていた。
おまえは俺のものだ。
こんな風になったのはおまえの責任だ。
俺を捨てたおまえが悪い。
嫌がる白い身体を押さえつけ、何度も蹂躙した。
あの雨の日の夜、あの瞬間、頭の中に押し込まれた別れの言葉を吐き出し、消そうとするかのように、何度も突き立てていた。
過去、女たちとの性行為は、ただ射精を繰り返すだけで、男としての生理的欲求を吐き出す以外の何ものでもなかった。愛していれば溺れるはずの行為も、NYで知った女たち相手では、ベッドに横になることはなく一瞬の解放感だけを求め、椅子に身体を沈めたまま行為をさせることもあった。そしてそんな行為を、まるで自分とは無縁の他人事のような目で見ていた己がいた。
自分の身体の一部を女の中に挿し入れる行為は、愛している女とするからこそ快楽を得ることが出来ると知ったのはあいつを抱いてからだ。
「・・だよな?おまえはもうとっくに知ってるか・・」
初めて会った女でも平気で抱ける男に成り下がっていた男は、あきらの呟きが耳に痛かった。あきらの言葉は女に対し潔癖だった男が、自分たちと同じレベルに落ちたことが少し残念だと言ったニュアンスも含まれていたかもしれなかった。
「まあとにかく類はトラブルの種を抱え込むってわけじゃねぇけど、牧野と弟を自分の邸に住まわせた」
あきらの口から吐き出される言葉は、事実だけを伝えようとしていた。
だがその言葉は、かつて自分より対人関係が苦手だった男の行為を称賛しているように思えた。
そうだ。
両親が亡くなり、頼る親戚もない少女と少年の身柄を引き受けた類に向けられたのは称賛の目だったはずだ。自分がその立場に立てなかったことが悔やまれた。
この瞬間、嫉妬が顔に現れてないかと思ったが、共に背中を向けた状態ではあきらに表情を見られることはない。
あの雨の日がなかったとすれば、二人の間に別れがなければ、また状況が違っていたかもしれない。だがそうなった原因が誰にあるかと言われれば、自分の父親だ。
そして確たる証拠はまだ何もないが、あの家族を引き裂いたのは自分の父親・・。
だがあの当時あの男の手から逃れることが出来たか?
いや。それは出来なかっただろう。いったんあの男が決めたことは、必ず実行されて来た。
もしあの日の別れがなかったとしよう。だが逃れることが出来ず、何らかの形で別れさせられていたはずだ。未成年であるが故、いくら金と力があるとはいえ出来ないこともある。
そして、いくら偉そうな態度を取っていても親の庇護の元にいたことだけは確かだ。
自分で金を稼いだことがないくせに。と言われたことは事実だった。
「けど、なんで類はあいつが、牧野が俺の親父に狙われてるなんてことが分かった?」
「そこだ。俺もなんで類が分かったのかが不思議だった。だけどな、類は見たんだ」
司はあきらの最後のひと言に、段ボールの中で目的の物を探す手を止め振り向いた。
あきらもそんな司の態度に気付き、振り向くと司を見た。
「何をだ?」
「日記だ。あいつは、牧野は日記をつけてた。まあ、日記ってもそんなにダラダラと書かれているようなもんじゃなかったらしいが、類はその日記を見ちまったそうだ」
「いつの話だ?」
「ああ。あいつが両親と一緒に事故にあったって知った類はあいつの・・父親の葬儀のため色々することがあってあいつのアパートへ行ったそうだ。そこでたまたま・・見るつもりはなかったが、あいつの部屋の机の上で広げられていたノートを見たそうだ」
牧野浩は即死。
母親は意識不明の昏睡状態で暫く生きていたが亡くなった。
姉と弟が入院中にひっそりと執り行われた両親の葬儀。
そしてその葬儀一切を引き受けたのが類だった。
「そこに書かれていたそうだ。おまえの父親のことが。金を持って現れたってな。まあここまでの話は類から聞いてるか?それともおまえも調べて知ってるか・・。とにかく、おまえの父親は金を持ってあいつの家に来た。それからあいつの父親が仕事に就いたってことも書いてあった。・・それから気になることも書いてあったそうだ」
あきらは一旦言葉を切った。
そして少し口ごもりながら言葉を継いだ。
「もう随分と前だから俺もはっきりとした言葉としては覚えてないが・・父親からおまえのおかげで生きようが死のうが金に困ることはない・・そんなニュアンスの言葉を言われたそうだ。それに金は今後も道明寺から継続的に手に入る、なんてことも言われたと書いてあったらしいぞ?その後だ・・牧野一家の乗った車が事故を起こしたのは・・」
幼い頃から信頼関係にある男の話は疑うことなく信じられる。
二人は目を合わせ、あきらは束の間黙りこんだ。
そして浮かぬ顔で続けた。
「・・なあ、司?おまえの親父が誰かに継続的に金を払うだなんてことがあるか?それも政治家でも官僚でもないただの庶民の男にだ。考えて見ろ。おまえが付き合ってた相手の父親にどうして今後も金を払う必要がある?5千万払ってきれいさっぱり忘れてくれ、別れてくれと言った相手にどうして金を払い続ける必然性があるんだ?なんか弱みでも握られたってのが頭に浮かぶのが普通だよな?だから類も・・ヤバイって思ったんじゃねぇのか?」
目の前にあった小さな幸せを求めた男は静寂の中、親友の話を黙って聞いていた。
そんな男の様子をあきらは複雑な心境で見ていた。自分の父親が好きな女とその家族に対し、かんばしからぬ思惑を持っていたことが明らかになろうとしている。
それはもしかすると犯罪と言われる行為に繋がっていくのではないか。
そしてそれは企業犯罪ではなく、生命に対する罪を問われるのではないか。
まさか・・そんな思いがあるが、道明寺貴という人物は財閥の繁栄のためならどんなことでもすると言われていた。そしてそれは母親の楓以上だと言われていた。
「司、それから、あいつのそのノートの中には、おまえの・・記事が・・週刊誌やら新聞の切り抜きやらが挟んであったそうだ・・。その意味は分かるよな?あいつがどうしてそんなものを持ってたか・・。おまえがNYでバカな過ちをやってる間、あいつは恐らくその切り抜きを・・・。もし、そのノートが今でも残ってるならこの荷物の中にあるはずだ。10年前の切り抜きが挟まれた状態でな」
司は先日NYで会った父親のことを思い出す。
1時間の約束がたった10分の面会となり、その10分で分かったのは、牧野つくしを低次元と切り捨てたことだ。
会うたび憎悪だけが生まれる相手が自分の父親であることが、自分の運命の一部なら受け入れるしかないのだろう。
自分とよく似ていると言われる男は、どんなことになっても自分の父親であることに変わりはない。
・・いや。自分の方が似たのだ。
父親の酷薄な顔が目に浮かんだ。
そして金儲けのため手段を選ばないというビジネススタイルも。
この10年、司の繰り返して来たビジネスは違法行為すれすれだった。
「おい司、おまえ親父さんのこと_」
「あきら、USBはここにあると思うか?・・いや。あるな、きっと。あいつは何でも勿体ねぇが口癖の女だったんだ。物を簡単に捨てるとは思えねぇ」
だんだんと表情を無くしていった司の低いが明瞭な声は、あきらを黙らせるだけの凄みがあった。それはあの頃、高校生当時とはまた違った男の凄み。
「あきら、さっさと探そうぜ。たった一度きりの俺の恋を知ってるのはおまえらだけだろ?そのための協力は惜しまねぇって昔言ったよな?俺にとって欠けたままの存在をおまえは見過ごすつもりか?」
欠けたままの存在。それは牧野つくしの存在。
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悠*様
司はあの頃の司に戻ることが出来るのでしょうか・・。
愛によって本来の坊っちゃんが戻って来る。
やはり司はつくしちゃんと共に居なければと思います(笑)
彼女あっての坊っちゃんです。他の女で代用は出来ません。
コメント有難うございました^^
司はあの頃の司に戻ることが出来るのでしょうか・・。
愛によって本来の坊っちゃんが戻って来る。
やはり司はつくしちゃんと共に居なければと思います(笑)
彼女あっての坊っちゃんです。他の女で代用は出来ません。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.04 23:02 | 編集

司×**OVE様
おはようございます^^
世田谷の邸にあるつくしちゃんの荷物を探る二人の男。
あきら君っていい人ですね。親友の恋を応援する気持ちは変わりません。
探し物は見つかるのでしょうか。
そして類君が偶然見てしまったつくしの日記。何が書かれていたのでしょうねぇ・・。
事実が淡々と綴られていたのでしょうか。それとも彼女の気持ちが綴られていたのでしょうか・・。
さて、司くん。つくしちゃんへの愛情は憎悪や嫉妬から来るものとは違うようです。
心はどんどんつくしちゃんへと傾いています。が、確かに山荘の動きも気になりますよね?(笑)
陸の孤島状態の山荘です。どうなるんでしょう・・。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
世田谷の邸にあるつくしちゃんの荷物を探る二人の男。
あきら君っていい人ですね。親友の恋を応援する気持ちは変わりません。
探し物は見つかるのでしょうか。
そして類君が偶然見てしまったつくしの日記。何が書かれていたのでしょうねぇ・・。
事実が淡々と綴られていたのでしょうか。それとも彼女の気持ちが綴られていたのでしょうか・・。
さて、司くん。つくしちゃんへの愛情は憎悪や嫉妬から来るものとは違うようです。
心はどんどんつくしちゃんへと傾いています。が、確かに山荘の動きも気になりますよね?(笑)
陸の孤島状態の山荘です。どうなるんでしょう・・。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.04 23:12 | 編集

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チ**ム様
こんばんは^^
こちらのお話しはサスペンス調です。
>迫り来る危機、置き去りにされた記録、牧野一家の過去、人里離れた山荘に篭るヒロイン・・
はい。このお話しの最後は書いています。それなのに何故か進まなかったんです。
こちらを書くと、他のお話しも暗いトーンになりがちで、頭の切り替えが出来なかったという言い訳をします(笑)
アカシアにはポワロのように灰色の脳細胞はありませんが、色々と予想しながら読んで頂けると嬉しいです。
最後は・・・司パパはどうなるんでしょうか・・残念ながら、チ**ム様の予想は外れています(笑)
外れてよかったのかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
こんばんは^^
こちらのお話しはサスペンス調です。
>迫り来る危機、置き去りにされた記録、牧野一家の過去、人里離れた山荘に篭るヒロイン・・
はい。このお話しの最後は書いています。それなのに何故か進まなかったんです。
こちらを書くと、他のお話しも暗いトーンになりがちで、頭の切り替えが出来なかったという言い訳をします(笑)
アカシアにはポワロのように灰色の脳細胞はありませんが、色々と予想しながら読んで頂けると嬉しいです。
最後は・・・司パパはどうなるんでしょうか・・残念ながら、チ**ム様の予想は外れています(笑)
外れてよかったのかもしれませんね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.05 23:22 | 編集

pi**mix様
前半坊っちゃん語ってましたね?
坊っちゃんの言葉にしなくても溢れる思いは沢山あるようです。
歪んだ10年がありましたので、その間の思いはどれ程なのでしょうね?
坊っちゃんとつくしちゃんのやりとり・・(笑)
そうですねぇ・・最近少し会っていないようです。
司パパの存在がそうさせているようです。
坊っちゃんとつくしちゃんが再び愛し合えるといいですよね。
もちろんアカシアもそれを希望しています!
こちらのお話し、一気には・・どうでしょう・・勢いで行くか。
微妙なところです^^
コメント有難うございました^^
前半坊っちゃん語ってましたね?
坊っちゃんの言葉にしなくても溢れる思いは沢山あるようです。
歪んだ10年がありましたので、その間の思いはどれ程なのでしょうね?
坊っちゃんとつくしちゃんのやりとり・・(笑)
そうですねぇ・・最近少し会っていないようです。
司パパの存在がそうさせているようです。
坊っちゃんとつくしちゃんが再び愛し合えるといいですよね。
もちろんアカシアもそれを希望しています!
こちらのお話し、一気には・・どうでしょう・・勢いで行くか。
微妙なところです^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.04.05 23:31 | 編集
