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2017
03.31

Collector 30

Category: Collector(完)
「さて、どうしたものか・・。司はあの女に取り憑かれたか。自分の運命ではない運命に囚われたか・・」

道明寺貴(たかし)の話をうわの空や、おざなりの相槌で済ませる人間はいない。
だが、今の言葉は誰に言った訳でもない。
司が去ったあと、呟くようにして言われた言葉だ。

道明寺財閥の実権はまだこの男にあるのではないかと言われているが、事実、そういった面がある。戦前からある財閥だとしても、貴の時代に大物政治家に食い込み、関係を深めたことは事実だ。政財官が一体となり、鉄のトライアングルと呼ばれ事業を推し進めて行くことが普通だった時代、国益や国民益より省益、企業益が優先された時代、政治家に直接現金を握らせることはなかったとしても、なんらかの利益をもたらすようにした。
その方法として手土産に持参するのは高価な絵画であったり、茶碗であったりした。
そしてその絵画や茶碗は美術商の手により翌日には高額な現金へと変わっていた。

会社の利益が上がるためならどんなことでもする。
そんな考えが企業を経営する人間には必要だ。そして会社のためと言えば大抵のことが許されるのが日本的企業だ。だがダーティー・ビジネスはどこの国にでもある。それはアメリカでもそうだ。現に今のアメリカ政権の中枢を担う閣僚には、ビジネス絡みの人間が多い。

現政権の財務長官には、政治経験など全くなく、アメリカの大手証券会社の共同経営者を務めたような男がなっていた。そんなことは日本では全く考えらなれないことだが、アメリカという国はそう言った国だ。何しろ大統領になった男も政治経験が無ければ、大統領への政治献金の多さで大使になれるようなお国柄だ。
そしてこの国は勤勉と努力によって勝ち取ることが出来るアメリカンドリームを信じる国であり、大っぴらに金を儲けることが悪いとは言わない国だ。

競争原理社会の手本であり、日本のように金を儲けることが悪とはしない国だ。
だからこそ、道明寺はNYに本社を置いている。
そしてわたしが、財閥が築いた財産は、全て次の世代に受け継がれなければならない。
わたしの息子である司へ。そしてその次の世代へ。

だが、まさかアンダー・ザ・テーブルと言われる賄賂の受け渡しを牧野浩が知ることになるとは思わなかった。未公開株を政界、官界へ割り当てることを知られ、そしてそのことをネタに脅してくるようなことをするとは思いもしなかった。

司の口から牧野つくしの父親の名前が出た時点で、息子もあの男について調べ始めたことを知った。
牧野浩は証券会社の支店長付運転手の仕事に就いていた。
その職に就くための身元の保証をした。
あれは息子とあの娘を別れさせるため金を払ったあと、あの父親から仕事に就きたいと言われ、おまけのようなものだと与えた身元だ。

ビジネスに虚業と実業の世界があるとすれば、証券会社は虚業の世界。

虚業の世界_。

実体なき事業と言われ、金融やサービス業がそう呼ばれることがある。
人が直接サービスをしない頭脳労働は楽をして金を稼いでいると言われ、製造業など実業の世界から見れば、人類や社会の進歩に貢献しないように見えるビジネスは、意味がないと思われている。
金が儲かっても、社会がその会社の価値を認めなければ虚業として扱われる。
そして、時の金融相からも『株屋』と呼ばれ信頼されることが低い業界。だが、比類ないほど高い収益性を持つ業界でもある。

あの男が知るはずがなかったことを、知ることになろうとは。
大人しく運転手としての仕事をしていればよかったものを。
そんな虚業の世界で濡れ手に粟のように金を手にする手段を知ったあの男は不運だったとしか言いようがない。

だが元はといえば、あの支店長が悪い。
あの男の不注意があんな事態を招いた。


残酷なようだが、道明寺の家にとってなんの足しにもならない娘は息子の結婚相手には相応しくない。だが息子は牧野つくしを好きだと言った。
あの娘への尽きない執着はいったいどこから来るのか。

息子に言わせれば、初めて会った時から好きだと言いうが、愛だの恋だのと言ったものは、幻想だ。血の繋がりのある息子には道明寺の家を絶やすことなく、次の世代へ引き継ぐ義務がある。子孫に残せないなら大企業である意味がない。

あの娘の話を低次元だと侮辱したが、息子は腹を立て、忌まわしいほどあの娘に入れ上げていた高校生のとき以上に思い入れがあるようだ。
あの頃、向こう見ずなことがあったことは十分承知していた。だが金で解決できることならそれでもよかった。それにそんな資質は男にとって悪くない資質だ。軟弱より好戦的だと言われた方がいい。それに強い男は愛されることがなく、恐れられることで男として敬われるはずだ。それは道明寺という企業の経営者として願ってもないことだ。
だがまさか母親である楓に任せておけない事態が起こるなど考えもしなかったことだ。

得体の知れない感情に溺れた男というのは、我が息子のことなのかもしれない。
だからどうしてもその感情の根源を排除する必要があった。
あのとき確かにあの娘を排除した。
しかし10年経ち再び息子の前に現れるとは思いもしないことだ。

だが有能な部下を揃えていれば、命令を実行に移させることは簡単だった。
ある人物に連絡をとり、牧野つくしを狙わせた。だが失敗したと連絡があった。
年老いた管理人だけならどうにかなると思ったが、司がその場に居たとなると、気づいているはずだ。NYまでわたしに会いに来た息子はあの女に指一本でも触れたら殺すといった視線を向けてきた。

わたしは自分が蛇のように陰険な人間だとは思ってない。
だが司はそうだ。あの男は息子でありながら親のわたしを出し抜こうとした。
本社をNYから東京に移そうとするなどもっての外だ。
息子は、司は牧野つくしと再会し愚かな男になってしまった。
それにしても、司があそこまで女に対し深い感情を抱くような男だとは思わなかったが・・。

企業には裏道、抜け道はいくらでもある。
だが、息子の人生の先が歪んでしまうのは困る。


一流と言われる家柄の男に相応しい一流の女をと思うのが親として考えるのは当然だ。
だから牧野つくしを受け入れる訳にはいかない。

ノックの音が聞え、秘書がウィスキーのボトルと砕かれた氷とミネラルウォーターを運んできた。

「スコッチウィスキーか?」

最近は随分と薄いものしか飲まなくなったが、喉を潤すには丁度いい。
医者には止めろと言われたが、煙草も相変わらず吸っている。
それは恐らく死ぬまで止めることは出来ないはずだ。

「はい。ですがスコッチは色が薄いのであまりお注ぎになりませんようにご注意下さい」

「ああ。分かってる。医者にも少し控えろとは言われているが、どうも長年の習慣は止められそうにない」

貴は好みの分量のウィスキーを注ぎ、氷と水を加えた。

「司様のジェットは先ほど空港を発ったようです。随分と短い御面会のようでしたが、よろしいのですか?」

「たった10分の面会だったとしても、話の中身はそんなもので充分だ」

「牧野つくし様の件ですか?」

「そうだ。相変らず司はあの女から離れることは出来ないようだ」

貴は考える顔になり、水割りを半分ほど一気に喉の奥に流し込み、口の端を微かに歪めていた。






***






司は革張りの椅子に背中をあずけ、デスクの上のシガレットケースから煙草を一本抜き取って火をつけた。吸いたくで吸ったわけではない。それは習慣的ともいえる行為で機械的に吸っていた。

カチカチカチとメトロノームが規則正しくリズムを刻むようだ。
その音は頭の中で執拗に響いていた。
だが時間だけが流れていくこの空間に、音はない。

牧野つくしの父親についての追加報告書が井坂から届けられ、静まり返った執務室のデスクの上に置かれた白いページは開かれるのを待っていた。

司が開いたページに書かれているのは、牧野つくしの父親、牧野浩の当時の経済状態だ。
父親は破産寸前で高利の金を闇金から借りており、返済期日が迫っていたと書かれていた。
そんな中、司の父親から手に入れた5千万の殆どがその返済に充てられていた。
ギャンブルにより積み重なった借金は利息ばかりが加算され、放っておけば増えるばかりだったはずだ。そこへ差し出された5千万が役だったということだ。

そして返済され、残った金は証券会社の口座に残っていた。
それは母親である牧野千恵子の名前で開設された口座だ。
だが金だけがあり、何かを買い付けた様子は見られなかった。

夫である浩は証券会社の支店長付き運転手をしていたが、その証券会社ではなく、別の会社で開設された口座。各金融機関では口座を開設するにあたり、好ましからざる客の調査として、ウォーニング・イエローと呼ばれる顧客検査をするが、牧野千恵子は問題なく開設出来たようだ。証券会社に口座を開くなら、当然だが投資方針も問われるが、千恵子は株式への積極的投資を希望していた。

その意味するところはいったい何なのか?だが千恵子は、この口座を開設後、まもなく交通事故で亡くなっている。結局預け入れられた資金はそのままの形で残されているが、どこかの株を買うつもりだったことだけは確かだ。株に手を出そうとしたのは、夫が証券会社の支店長付運転手を始めたからだということは、容易に想像できる。

司の頭をインサイダー取引が過った。
夫の浩が何らかの方法で手に入れた情報で株を買い付けるつもりだったのか?
だが、株のことなど何も知らない素人が手を出せば、失敗することも多い。
銀行の預金とは異なり、証券会社の商品は絶対安全だと言えるものはなく、どんなものにもリスクが伴う。それを承知で手を出すというのだから、あの夫婦は学ぶことを知らないとしか言いようがない。

牧野つくしが、あいつが安い電卓に数字を打ち込んでは、家計を助けるため働いていたことが頭の中を過った。
あいつが子どもでいられた時期は少なかったはずだ。あの家族の中で一番現実を見ていたのは、あの少女だった。

だが少女らしい憧れなど持つこともなく、ひたすら現実を見つめて生きる日々。
未来を思い描くことはあったのだろうか。
将来への憧れといったものはあったのだろうか。
恐らくあんな両親のもとにいれば、心痛だけが積み重なっていくだけだったはずだ。


人間には、過去と未来の概念がある。
生きていく中で、心に刻まれる過去の情景。
目にする全てが記憶に残るわけではないが、それでも司は思い出していた。

そのへんの女と一緒にしないでと言った少女の姿を。
そうだ、確かに違う。
そのへんの女では太刀打ち出来ない価値がある少女だった。
あの頃の二人は若さと愚かさと、そして衝動も持ち合わせていた。
そしてあの頃、心の中にあったのは、凄まじいばかりの孤独感。
だがそれから逃げ出すことは不可能だった。
そんな中で出会って好きになった少女。


今、父親が牧野つくしに突き付けているのは本物の脅威だ。
もっと早く気付くべきだった。
しかしそれなら、父親があいつを狙っているなら、あの山荘にいる方が安全なのかもしれない。あそこなら周りから誰か近づいてくるなら、すぐわかるはずだ。
今のあの山荘は管理人の木村だけでなく、その分野で最高の男たちを警護として配置している。あの狙撃は牧野つくしに対する暗殺未遂だと捉え、急襲される可能性も捨てきれないと考えていた。

だが相手は自分の父親だとわかっている。
息子が気付いていると知った父親はどんな手段に出るのか。
だが失敗は大きかったはずだ。一度失敗すれば二の足を踏むはずだ。
それとも息子が知ったことで、二の足を踏むか?

管理人の木村と男たちは現状を理解しているはずだ。
そしてあいつも、牧野も自分の置かれた現状を理解しているだろう。
自分が狙われたことを。ただ、誰が狙ったかは理解してはいないはずだ。

司は煙を吐き、煙草をもみ消した。


10年前から取り憑かれたように頭を離れなかった女との哀しい日々があったとしても、過ぎた哀しみがあるとしても、死にたいくらい辛い思い出だったとしても、それでも彼女を忘れることが出来なかったのは、時があの日で止まってしまったのは、彼女に再び会いたかったからだ。生涯彼女に執着することを止めることは出来ないからだ。


別れも、過去も、そして恨みも消さなければならない。
あの日の終わりの言葉も、あの雨の日も、あの夜も、今ではもう過ぎ去ったことだと。
信じればいいはずだ。
愛していると言った彼女の言葉を。
あの日、彼女は弱かったんだと、そうしなければならなかったのだと、あの時彼女の口をついた言葉は16歳の少女の望む言葉ではなかった。追いつめられたが故の言葉。
人を傷つけることが嫌いな少女の哀しき選択。



今のこの感情をなんと言えばいいのか。
今日までの記憶の中にない感情。

思い出すのは、あいつから愛されようと必死だった自分。
今までの自分には誰からも愛情なんて必要がない。
自分ひとりで生きていける。
そんなことを思った時もあった。

だが欲しいのはずっと牧野つくし。

そしてこれからも欲しいのは彼女だけ。

だから今でも、彼女を牧野つくしを愛してる。


そしてその言葉の意味が、低温火傷のように頭にゆっくりと浸透していった。





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コメント
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dot 2017.03.31 10:24 | 編集
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dot 2017.03.31 17:37 | 編集
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dot 2017.03.31 18:15 | 編集
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dot 2017.04.01 01:09 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
本当に久々のお話しですよね(笑)
少しずつ書き進めていたのですが、私も過去のお話しを読み返しながらでした。
司の父親。財閥のためなら会社のためなら何をしてもいい。
そんな父親です。そしてつくしの父親も褒められた父親ではありません。
家族によって人生が変わってしまった二人・・。
二人の絆を取り戻すため、司はどうするのか・・。
人間らしさを取り戻した男は再びつくしとの愛を求め始めたのではないでしょうか。
二人、幸せを掴んで欲しいですね^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.01 07:43 | 編集
とん**コーン様
感嘆ありがとうございます!(笑)
>物凄い重圧感・・
こちらのお話しは重いですよね?
>スコッチを少っち呑みながら。
上手い!(≧▽≦)
先日お名前に惹かれ、買い、久しぶりに食しました!
そしてあっと言う間に完食してしまいました(笑)
こちらのお話し、この先もハードカバーで読んで頂けるようなお話しになればいいのですが・・。
司父の出方次第でしょうか(笑)あの方が重みを出している。そう思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.01 08:06 | 編集
pi**mix様
元気です。と言いたいのですが、実生活多忙でして(笑)
3月は年度末という状況もあり、更新は不定期でした。そして恐らく4月もそうかと思われます。
ご心配いただき、ありがとうございます(低頭)花粉症は目が痒いといった症状が出ます。
そんな状況から、点眼する回数が多いので目薬は3箱買っている状況です(笑)
司の父親、怖い恐ろしい人ですね?楓さんは母親としての情が感じられることもありますが、父親は原作、ドラマとも出てきませんでしたね?謎の男でしたが、こちらの父親は財閥のため、道明寺の家のためなら・・と言った父親です。
道明寺貴を俳優さんにオファーするとしたら・・佐藤浩市さんです。
中井貴一さんも素敵な俳優さんであることに変わりはありませんが、私の中ではもう少し歳を重ねた佐藤さんを頭に思い描いています(笑)どちらかといえば、こういったキャラクターは彼の父親である三国連太郎さんが適役であるような気がしていますが(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.01 08:09 | 編集
マ**チ様
お久しぶりです^^
お気持ちの切り替えは無理をなさらず、ゆっくりとでいいと思います。
哀しみを無理に消してしまうことはなさらず、時の流れに任せることがあっていいと思います。
『彼女』との出会いは運命的な出会いだった。そんな気がします。自ら外へ出たことは彼女の意思。
グレース・ケリーの品を持つ彼女。グレースの意味。それはまさに気品です。凛とした美しい彼女だったんですね?
彼女は静かに旅に出ることが出来た。そんな彼女は今でも定位置。
最期までマ**チ様の傍にいることが出来た彼女は幸せな人生だった。そして今も・・。
そう思います。もしかすると、忘れ物を取りに帰って来るかもしれませんよ?
随分と前に居なくなった私の愛犬は、そんなことがありました。
それはあくまでも私の感覚でしたが、そう感じたことがありました。
自ら運命を切り開いた彼女は、つくしに似ている。
そうかもしれませんね?彼女は自分が置かれた状況から、自らの力で抜け出し、新たな人生を切り開いたのですから。
「時の指先」「あの日、あの時」も運命に負けないつくしのお話しでした。
一人の人を思う一途な愛を持ち、気持ちのぶれないつくし。最後は幸せを掴みました^^
が、こちらのお話しの司父が、二人の邪魔をする・・。

夜更かし同盟復活!(≧▽≦)こちらこそ、また宜しくお願いします(低頭)^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.04.01 08:37 | 編集
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