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2017
03.21

あの日、あの時 3

アスファルトに出来た水たまりに気を取られることはない。
司は近くの公園を横目に見てマンションに足を向けた。
公園に人がいないのは、雨が上がって間もないからだろう。
太陽が顔を覗かせれば、子供たちの歓声が聞こえるようになるはずだ。
そして早春の陽射しが日々暖かさを増せば、桜の蕾もより一層綻ぶはずだ。



マンションのエントランスはオートロックで部屋の番号を呼び出さなければ入れない仕組みだ。上背のある男はその番号を押すことを躊躇っていた。ここまで来て引き返すつもりはないが、この躊躇いといったものは後ろめたさなのだろう。

昔の自分は決して我慢強い人間とは言えなかった。
だが10代の頃は問題児だったとしても、今の自分は我慢強い人間になっていた。その我慢とは、二人の間にどれほどの時が流れようが、どれほどの距離があろうが、それを超越することだ。離れようとしても離れることなど出来るはずもなく、彼女にかわる女性がいるはずもなく、二人の愛は終わるはずがない。出会ったときからずっと愛しているのだから。

だが出会いから別れまで6年と少し。そして別れから8年後、彼女に会いに来た男は果たしてどの面をして会えばいいのか。

ごく単純に別れたと言えば話しは違うだろうが、いずれ結婚するはずの女を事業継続の為とはいえ、捨てたと思われても仕方がないような別れだった。恐らくだがこの8年間、俺との過去を他人に揶揄されることもあったはずだ。そしてそのことに否応なく向き合わなければならなかったこともあっただろう。そんな中、どんな生き方をしてきたのか。

後ろめたさを打ち消すための心の操作と言ったものは持ち合わせてはない。
NYと東京でのつき合いとはいえ6年のつき合いだった。だが結局は彼女と結婚することは出来なかった結果になったことへの申し訳なさは、8年の歳月のあいだに風化することはなかった。それならこの8年以前に結婚しておけばよかったと思うのだが、当時24歳の自分がそこまで踏み込めなかったのは、自分に自信がなかったのか、それともまた何か別のものがあったのか。もしかすると、あの頃の自分は何か迷いがあったのか。だから人生について明確な地図が描けていなかったのかもしれなかった。そして彼女はその心を見透かしたのかもしれないと思った。

23歳の彼女が言った言葉がいつも頭の中にあった。

『自分が選んだ生き方が間違っているとは思わないで。』

自信に満ちた彼女の口ぶりが、迷いがあった自分の背中を押してくれたと感じた。

そして『道明寺が頑張らなきゃ誰が頑張るの。』

と言って励ます断固たる口調が、一切の不平不満はないと澄み切った光りを宿す大きな瞳が、道明寺司としてやるべきことがあるでしょ?と言っていた。
だからやるべきことは済ませた。

多くの時間をNYで過ごし、例え仕事で日本の地を踏めど、既婚という自分の立場を考えれば彼女に会えるはずもなく、次々と契約を結んでは契約書類を検討しながら、財政面での問題を解決し、道明寺を優良企業としての地位に押し上げるため自分の責務をこなしていた。

だがもういいはずだ。
道明寺司として果たさねばならなかったことは済ませたはずだ。
8年経ってようやく念願がかなうはずだ。
どれだけこの時を待ち望んだか。
やっと牧野つくしに会うことが出来る。

昔の恋人に会いに行く。
世間はそう思うだろう。

人と人との結びつきは結婚といった形ではなく、どんな制約にも縛られないというのなら、心はいつも彼女と一緒だった。だが心が望んでも、実情は望んだこともない戦略的な婚姻関係を結んでいた。しかしそれを解消した今、果たされるべき約束を、二人の結婚の約束を果たしたい。その思いだけで帰国した。

だがインターフォンを押したが応答はなく、彼女と会うことは出来なかった。
そして今後も恐らくバーに現れることはないだろう。それならこの場所へ毎晩通って、毎晩待とうか。そんな思いが頭を過った。そんなことより電話をかければいいものを、それさえも気後れするといったことが我ながら滑稽だ。連絡手段として手紙を選んだのも、彼女を困らせないためだった。

常に人生の底流にあった孤独というものがある。
この孤独を断ち切ることが出来たのは、彼女と付き合っていた間だけだった。だがそれは遠く離れた空の下でのつき合い。そんな状況でも、自分を支えてくれていたのは彼女だけだ。

若さの持つ荒っぽいエネルギーといったものは今、感じられないかもしれないが、若い頃の司は暗い影を持ち、激しい性格の持ち主だと思われていた。そんな男にとって、彼女は気持ちの拠り所であり、心が弱ったとき、黙って抱きしめてくれる存在だった。

例えそれがNYと東京という距離があったとしても、彼女の声を聞くだけで心が癒された。
だが自分を支えていた女性を切り捨て、別の女性と結婚すると言った身勝手な別れから8年が経っている。もしかすると彼女は、別の人間を心に宿しているかもしれない。
自分にとって稀有な存在だった女性は他の男にとっても恐らくそうだろう。実際司の親友もそんな彼女に惹かれていた。


心根の優しい真っ直ぐな女で根性があった。
そして若いのに腹が据わっていた。
大学もアルバイトで稼いだ金で通い、弟の学費も彼女が稼いでいた。

どれくらいその場所にいただろうか。
ぼんやりと遠い昔に記憶を巡らせていたような気がした。だがこれ以上この場所にいてもどうしようもないと、立ち去ろうと後ろを振り向いた瞬間、視線の先、背格好に見覚えがある人物が歩いて来るのが見えた。目を凝らすまでもなく、見間違えることもない8年間会いたかった人の姿を目にすることが出来た。

近づいてくる彼女は変わっていない。あのとき別れたときのままだ。
彼女と再び顔を合わせると思うと緊張する。それはまるで10代の頃、初めてデートをしたときのようだ。あの日の記憶がたちまち甦り胸が熱くなる。
司は徐々に近づいてくる人物に視線を合わせたままじっと立ち尽くしているが、彼女はまったく気付いていなかった。

「・・牧野」

「・・道明寺?」

つくしの目が驚きに大きく見開かれるのを司は見た。
そして、そこで見た光景に彼は言葉を失った。





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コメント
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dot 2017.03.21 09:39 | 編集
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dot 2017.03.21 10:14 | 編集
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dot 2017.03.21 16:00 | 編集
H*様
おはようございます^^
まさか・・まさか!!
はい。まさかです(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.22 00:07 | 編集
とん**コーン様
言葉を失った司。
やっぱりあれです!(笑)
こちらこそ沢山のドキドキを有難うございます。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.22 00:09 | 編集
さと**ん様
どんな光景だったか・・。
三択で選びたいのは・・
そうですねぇ・・(笑)
③番の右から西田、左から楓が現れGメン75の曲が流れるシーンです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.22 00:13 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
いつもありがとうございます。そんなに感動して頂けているなんて・・。
そう言って戴き、本当に嬉しいです。
つくしちゃんの言葉に司は背中を押され8年間頑張りました。
そして彼女の元へと戻ってきました。
さて、つくしちゃんとの再会となりました。
何を見て言葉を失ったのか・・
そうですねぇ、短編なのでそろそろでしょうか(笑)
ただ月末が近いので・・少しお時間を頂くかもしれません。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.22 00:20 | 編集
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