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2017
03.07

時の指先 6

今のわたしはとりとめのない話しをするのが嫌いだ。
まだ少女だった頃のわたしは、とりとめのない話しをしていた。そんなことがあったかもしれない。だが仕事柄、相手の言いたいことを聞くことが日常となった今では、無駄なことを話すことがなくなった。だからと言って人と話しをすることが嫌いだという訳ではない。仕事上、無駄話をしてはいけない立場にいるだけのことだ。
それに最近は、自分は何が好きで何が嫌いかといったことに関心を払ってこなかっただけだ。

ただ、あの人のことを除いて。





「牧野、どうした?何かあったのか?」

仕事を終えたつくしは美作あきらと会っていた。
つくしが待ち合わせに指定したのはホテルから少し離れた喫茶店。
先に席についていたつくしの元へ現れたあきらは、まだ仕事中だから長居は出来ないが、と言って座った。

「・・美作さん。道明寺に結婚を前提に付き合って欲しいって言われたの。」

「そうか。いきなりそう来たか。あいつ、昔とちっとも変ってねぇな。あの頃もおまえと付き合い始めたと思ったらすぐ結婚したいって言ってたよな?」

そんなことがあったかと、運ばれてきた珈琲をひと口飲み、過去を振り返ってみた。
だが、思い出せなかった。



あきらから道明寺の記憶が戻ったと聞いたとき、つくしは自分の心に決めたことがあった。
もし、道明寺が自分に会いに来ても知らないふりをしようと。見知らぬ他人でいようと決めていた。だから道明寺に会ったとき、彼のことを知らないふりをし、会ったことなどなく、全くの他人として振る舞っていた。

あの事件が原因でPTSDにかかり、道明寺のことを忘れたとあきらが言ったのは嘘だ。
そう言えば、自分に近づいてくるはずはないと思ったつくしは、あきらに嘘をついてもらうよう頼んだ。病の原因を作った男が傍にいれば、辛い思いをするのはつくしだと思わせておきたかった。そして彼のことを忘れたと思わせたかった。

その為には決して作り込んだ筋書ではないが、協力してくれる人が必要だった。
だから美作商事の専務であるあきらにその役割を頼むことにした。彼なら道明寺の友人達の中にあって一番信頼のおける人間だ。彼の話なら道明寺も聞くと分かっていた。
それに、今でも付き合いがあるのは彼だけだったから。

高校生の頃知り合った美作あきらは、つくしにとって兄のような存在だ。
当時は頼りにしていたという訳ではなかったが、つくしが司に忘れられ、口数が減ったとき、どんなことでもいいから話をしろ、内に込めるな、吐き出せと言ってくれたのは彼だった。
そして言葉通り、どんな話しでも拒否反応を示すことなく聞いてくれ、そのおかげで少しずつだが気持ちを前向きに切り替えることが出来た。人に話しを聞いてもらっただけだが、心が癒された。





お会いしたことがありませんか?と聞かれたとき、知らない、会ったことなどないと答えた。
だが、知らないはずがない。本当は知り過ぎるほど知っていた。
道明寺司を忘れることなんて出来なかった。
いつの間にか恋におち、好きになった人。
メディアにも頻繁に登場する男の姿を目にするなという方が無理だ。
18年忘れたことはなかった。
でも忘れたふりをしていた。

あの事件から、夜中に眠れないまま馬鹿なことを考えることが増えた。
そんな夜が暫く続いていたが、やがて眠りにつくと、道明寺の夢を見るようになった。
何通りにも及ぶ夢が頭の中で繰り返されては、消えていった。
夢の中でも道明寺は道明寺らしかった。
わたしにだけ見せてくれた微笑みが何度も繰り返され、そして夢の最後にはいつも手を差しだして来たが、わたしはそれを掴むことが出来なかった。

16歳の少女の、あの頃の自分を目一杯捧げた恋だった。
だが、今の二人は以前にも増して立場が違う。
一緒にいていい相手ではない。だから知らないふりをした。
それに、もし二人が付き合って、そしてまた別れる時が来るとしたら、高校生の頃の別れと今では傷の深さが違う。若い頃の傷なら治りも早い。だがそうは言ってもあの時、心に負った傷は深かった。実際わたしの心を慰める言葉など存在しないに等しかった。

それに、あの時のすざまじいばかりの辛さを、また再び経験したくはない。
あの頃、もう二度と笑顔など浮かべることが出来ないとさえ思った。だが、今は仕事とは言え、ホテルではにこやかなほほ笑みを浮かべることが出来る。たとえそれが人工的で職業的なほほ笑みだとしても。


大人のつくしは自分の気持ちに正直に突っ走ることは出来ない。
今まで様々な経験をし、それを乗り越えてきた。そんな経験の中、人生について考えた。
自分の人生と道明寺の人生の進む方向はあきらかに違う。高校生の頃、垣間見た彼の人生の断片はつくしの人生とは全く異なるものだった。まるでおとぎ話の中のような生活。そう感じられた。そして、NYでの華やかな噂も耳にしていた。
一介の会社員である自分と道明寺との立場はあの頃以上に違う。

だからつくしは決心した。


「で、どうするんだ?司はおまえと結婚を前提に付き合いたいって言ったんだろ?」

あきらはつくしの頼みを承知したとはいえ、正直親友を騙すのは嫌だった。
だが、今では牧野つくしも彼にとっては大切な友人となっていた。昔から生真面目な女は今も生真面目で、仕事ひと筋の女になったとはいえ、女性としての幸せを捨てたとは思えなかった。だが自分と違ってセックスフレンドのような割り切った付き合いが出来るような相手がいるとは思えない。と、なると、鉄パン女と呼ばれた頃と変わりがないのかもしれない。

「どうするって、そんなこと出来る訳ないじゃない。今のわたしはあの頃より分別がある・・超えてはいけない一線はわかってる。」

つくしは視線を落とし、自分の珈琲カップを見ていた。
昔、橋を渡ることが出来なかったのと同じだ。
今では道明寺との間には、見えないがはっきりとした線が引かれている。
庶民と金持ちの間に。

「そうか・・。でもあいつはそんなことを気にするような男じゃない。それはおまえもよくわかってるだろ?」

勿論。わかっている。だから困る。
一緒に仕事を始めたが、あの頃と違い大人になった分、自分の優位性を理解している。
そして論理的な手法を持って、人を自分の思い通りに使うことを知っている人間になっていた。あの頃の馬鹿な男の姿は無かった。

「なあ、牧野。でもおまえは今でも司のこと・・」

「・・うん。」

あきらには無理を頼んだのだから正直な気持ちを伝えておきたいと思った。
18年前、恋人だった男は記憶を失い自分のことを忘れてしまったが、忘れることはできなかった。だから人に会うたび、聞かれることが辛かった。言われることが辛かった。
初めの頃こそ明るく振る舞いはしたが、まるで心臓に針を突き立てられるような痛みを感じていた。だから道明寺のことに触れて欲しくなかった。

あの当時、人と会うのが嫌だった。本当は学園にも行きたくなかった。そしてやっと何年か前からテレビのニュースで彼を見かけても平気でいられるようになった。だが、本当は違った。心臓に突き立てられていた針は刺さったままで、今でも細い筋となって見えない血を流していた。

「ねえ、美作さん。知ってたら教えて欲しいの。」

「なんだ?」

「恋を忘れるにはどうしたいいか・・知ってたら教えて欲しいの。美作さんならよく分かってるでしょ?」

冗談めかした口調だったが、あきらにはそうは思えなかった。だが、真剣な口調で答えればいいのか、どうしたものかと考えたが、同じ調子で答えを返した。

「おい、牧野。俺にそんなこと聞くなよ。俺にそんなことが分かる訳ねぇぞ?・・俺はおまえらみたいな本気の恋なんてしたことがないんだから。」

あきらはひと呼吸置いた。が、つくしが口を開く前に言葉を継ごうと、先ほどの答えとはうってかわって真摯に言った。

「俺は昔からいつも司のセラピストみたいなものだったけど、それは今も変わってない。牧野。あいつは本気だ。おまえのことを思い出してからあの頃の気持ちと同じだと言い切ったぞ。それに例えおまえが愛してくれなくても、おまえの傍にいたいっていったぞ。」

あきらの言葉に大袈裟なことはない。
実際、今の司は長年忘れていた恋人との絆を深めることを切望し、牧野つくしに対し、あの頃以上に実直な男へと変貌していた。

「そんなこと無理よ。美作さん、わたしと道明寺は立場が違い過ぎるもの。」

あきらはつくしがフッと笑った様子を見た。

「だけど、牧野。いつまでも司を騙せると思うなよ?あいつは馬鹿じゃない。今のあいつはおまえが知ってるあいつじゃない。頭のいい男だ。もしかしたらおまえの芝居はとっくに見抜かれてるかもしれないぞ。」

二人の置かれた状況を知っているだけに、司が気づくのは時間の問題ではないかと思っていた。それにもう気付いているのではないかとさえ考えていた。

「・・もし、そうだとしても。いいの。」

「何がいいんだ?」

「わたし、身の振り方は決めてるから。」

「なんだよそれ?どういう意味だ?おまえ、その年で何考えてんだよ?」

「この年で?失礼ね!女性の年を話題にするなんて!・・大丈夫だから。美作さんには迷惑はかけないから大丈夫よ!」

あきらの探るような視線を受け、つくしは努めて明るく言ってみせた。
だが、あきらにはあの頃から今までの自分の思いを知られている。兄のような存在の男は心配性だ。そんなあきらに、ひと仕事終え、やれやれと言った感じで笑って見せた。
それでもあきらはつくしが考えていることは、分かっているはずだ。
表面上は明るく振る舞って見せても、心の奥底にあるものは違うだろ?と。だがそれを口にしないところが、あきらの優しさだ。


道明寺を好きだったことはこの胸に刻まれている。
決して忘れることがないほど深く。
でもあの当時、もうこれ以上ないほど辛い思いをした。
恋人が刺され自分の事を忘れたとき、死んでしまいたいほど悲しかった。
周りの人間には慰められたが、本当はほうっておいてと言いたかった。
だが、そんなことが言えるはずがなく、心の中にオリのようなものがどんどん溜まっていくのがわかった。だから一度この人たちから離れた。
道明寺の周りにいた人たちから。

「美作さん。これ・・あの人に、道明寺に返して欲しいの」

つくしは鞄の中から小さな箱を取り出し、テーブルの上を滑らせるようにして渡した。

「牧野?!おまえ・・あいつから指輪を・・受け取ってたのか?!」

「言ったでしょ?結婚を前提に付き合って欲しいって言われたって。でも返事はいいから持っていて欲しいって無理矢理渡されたの。」

「けど、牧野。おまえ・・」

あきらの言葉は途切れ、どうしたものかと考えながら箱を手に取り、中を確認し、何か問いだけにつくしを見た。

「・・いいのか?いいに決まってるじゃない。わたしがそんな指輪に似合う女だと思う?わたしは雑草の牧野つくし。そんな華やかな指輪なんてわたしに似合うわけないじゃない。」

つくしはあきらが次に口を開く前に、勢いよく椅子から立ち上った。

「・・美作さんごめんね、忙しいところを呼び出して。わたし、もう行くから。」









外は雨が降っていた。
手持ちのビニール傘を広げ、見上げる空から降る雨はあの時の雨とは違う。
あの日、二人は辛い別れを経験した。だが、それ以上に辛かったのは道明寺がわたしを忘れたことだ。あれからもう18年が経つ。記憶というのは年を重ねるごとに薄れるはずだ。
だがあの日の記憶はいつまでたっても薄れはしなかった。PTSDとまではいかないが、心の傷は確かにある。だがもう30代半ばだ。いい加減忘れてもいいはずだ。それに精神は10代の頃と比べれば、成長したはずだと自分では思っていた。
だが、どうやらそれは違うのかもしれない。

去年のカレンダーが残り少なくなったころ突然現れた男。
美作あきらから連絡を受けたとき、自分でもどうしたらいいのかわからなかった。
自分のことを忘れた男が18年ぶりに記憶を取り戻し、会いたいと言っていると知り、胸を過るものがあった。正直複雑な心境とでもいえばいいのだろうか。去来するのは何故今なのかという思いだけだった。そして今更何を?と思ったが、当時の記憶は決して薄れることなく頭の中に残っていた。一方的な別れだったからこそ、こんなに時間がたっても忘れることが出来なかったのかもしれないと思った。
誰にだって時は必要だ。だけど、わたしにはその時がもっと必要なのかもしれない。
忘れるための時間が。だがそんな時間がいつか訪れるのだろうか。


あきらには恋を忘れるにはどうしたらいい?と、事も無げに言ったが、多分忘れることなんて出来はしない。16歳の時の恋は、もうどうしようもないくらい身体の中に巣食ってしまった悪い細胞のようなものだ。もしかすると、その細胞は宿主がその生命を終えるまで消えることはないのかもしれない。

多分。
きっとそうだ。


そんな思いのなか、指輪を渡され、道明寺が優しい目でわたしを見る姿が辛かった。
昔の道明寺なら結婚を前提に付き合って欲しいだなんて、そんな回りくどい言葉をかけるような男じゃなかった。副社長なんて立場になった男があんな顔するなんて卑怯だ。
優しさの中に見え隠れする深い孤独とも言える表情。
そしてまるで自分の人生の中で一番の宝を見つけたような愛おしさを浮かべた顔。
全然道明寺らしくない。あの頃は俺様で我儘な男だったのに。今の道明寺は優しすぎるほど優しかった。だから本当は嬉しくて涙が零れそうになった。でも、涙を止める方法はあのとき、18年も前に学んだ。だから嬉しくても泣く事はなかった。
もう夢を見るには遅すぎるから。



だから今でも愛してるは言えなかった。




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コメント
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dot 2017.03.07 05:18 | 編集
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dot 2017.03.07 08:34 | 編集
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dot 2017.03.07 14:11 | 編集
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dot 2017.03.07 15:23 | 編集
悠*様
大人になると色々と考えることも多いのでしょう。
悩むのはつくしちゃんの十八番ですからねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.07 23:50 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
あきら君に偽装工作をお願いするつくしちゃん。
女心は複雑ですね。
若い頃のようにただ好き。という気持ちだけでは、突っ走れないつくしちゃんでした。
記憶を取り戻した司は最強(笑)そうですよね。
大人の愛で包んであげて欲しいですね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.07 23:55 | 編集
さと**ん様
ここにも越えてはいけない一線がありましたね(笑)
本当です。こんなところにもルビコン川が!!
紺野くんいないので、いいアドバイスをしてくれる人がいません(笑)
つくしの演技力はどうだったんでしょうね?(笑)疑問が残るところです。
鉄パンでもいい!たくましく育て!**ハム(笑)懐かしいフレーズですね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.08 00:01 | 編集
よ**様
つくし、演技でしたね!(笑)
しかし、その演技力はどうだったんでしょうね?
司のことを思いながら長い年月を過ごしたつくし・・。
一途な女性です。そんな彼女には早く幸せになって欲しいですねぇ。
つくしのことを自分に置き換える・・。と、なるとこれから司が!?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.08 00:08 | 編集
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