愛しい人の記憶を取り戻したが、どうしてもっと早くそうならなかったのかと考えても仕方がない。運命なのか、業(ごう)なのか。どちらも自分が決めたことではない。
今がそのタイミングだというなら仕方がない。
だがこの再会を誰が決めたとしても、20年近く経った今、気持ちを沈ませている時間はない。年月は経ってしまったが、まだこれから取り戻せることはある。
ホテル事業は司の専門ではない。
そんな男は当然だが今までホテルに足を運ぶことは少なかった。
だが、司はあれから何度も足を運んでいた。
ただ牧野つくしに会いたかったから。
初めのころ支配人室に呼び出し会っていた。
だが司がホテルへ足を運ぶことが増えた今、役員室の一室を彼の部屋として用意させていた。そんな男がこの場所にいる理由を見つけるのは簡単だった。NYから帰国し、日本でのホテル事業について現場の声が聞きたいと、事業を統括する部門の人間に伝え、実際現場に立つこともある課長級クラスの人間から話しを聞きたいと言った。
そんなもっともらしい理由をつけたが、18年の間自分が知らなかった牧野つくしについて知りたいが為の理由だ。そして再び出会った彼女のどんなことも見逃したくなかった。
やがてそんな思いから、こうして向かいあって珈琲を飲むまでの間になっていた。
とは言え、これはあくまでも仕事上のことだ。
そうでなければ、親会社の副社長と宿泊課長が一緒に珈琲を飲むなど考えられない。自分のような立場の人間が副社長と一緒に珈琲を飲むことは出来ない、と、なかなか腰を下ろそうとはしなかった。そんな彼女のため、立ち上がって傍まで行き、椅子をひき、無理矢理にでも座らせたかった。だがもしそんなことをすれば、それこそ座りはしないだろう。
癖のない黒髪はあの頃と変わって短くなったとはいえ、艶があり美しさは変わっていなかった。キュッと引き結んだ口元は、あの当時と同じで意思の強さを感じさせるところがあった。
そんな口から語られる言葉は明晰で淀みがない。そして的確な受け答え。
あの頃、司はその声ではっきりと言われたことがあった。
『あんたなんて井の中の蛙よ!』と。
記憶の底からはっきりと浮き上がって来たその言葉に苦笑したが、それは生意気だと思っていた女からの言葉でまさに事実だった。もう随分と昔の話だが、あの日の光景が頭の中に甦っていた。
「牧野さん。先月は客室の稼働率がかなりよかったようですが、何かイベント的なことでもありましたか?」
つくしは頷いた。
「はい。先月はここから近い場所にある大学病院の外科のドクターが会長をなさっている医学会があり、その参加者の宿泊が多かったことで稼働率100%の日が何日間かありました。」
テーブルの上に置かれたノートパソコンの画面を司に示すと共に、直近の稼働率が印刷された用紙を彼の前に置いた。
「そうですか。それは素晴らしい。」
司は説明を始めたつくしの様子を見ながら珈琲を口元へ運んだ。
仕事に集中している時の彼女は凛とした美しさがある。
その姿は、誰が見ても一流ホテルに勤務するホテル業界の人間だ。
「はい。おかげで飲食部門と宴会部門の売り上げも伸びました。宴会部門については、一番大きな宴会場を会員の懇親会の場として使用して頂けたこともありますが、分科会も当ホテルの会議室や宴会場を使用して頂いたこともあり、そうなると、珈琲や軽食の提供といったものも伴いました。それにこれだけ大きな学会ですと、医薬品業界主催の部会といったものもあり、小さな会議室も全て満室といった状況でした。」
言葉は切れ間があいた。
司は先を促すわけではないが、彼女が話しをするのが見たいと思い問いかけた。
「そうでしたか。それで何か問題が?」
司にしてみれば、こうして会話が出来ることが嬉しくて仕方がなかった。18年ぶりに聞く声が、ビシネスライクで人工的だったとしても構わなかった。どんな声であってもいい。
牧野つくしの声が聞きたい。
「いえ。何も・・。ですがああいった大きな学会があればいつものことですが、ゴーショウ(Go-Show)のお客様が何名様かいらっしゃいます。フロントで予約を入れたと言い張るのですが、予約の確認は取れません。もちろん空室があればご案内出来るのですが、満室ではこちららとしてはどうしようもありませんのでお断りせざるを得ないのですが、なかなかお引き取りいただけない場合もあります。・・普段ならそういったお客様には別のホテルを手配し、ご案内させて頂くのですが、流石にあれだけ大規模な学会になると、周りのホテルの客室も空きは無いといった状況になります。」
医学会の種類にもよるが、今回の外科の学会は全国各地からかなりの数の外科医が集まった。それに近年の海外からの観光客の増加により、慢性的なホテル不足に輪をかけたこともある。そんな中にあっても、利益を求めるあまり、予約のキャンセルを見越し予約を受け、実際にはキャンセルにならずオーバーブッキングするホテルもある。だが司のホテルでは、そんなことは信用に関わることだと空室状況は厳しく管理されていた。
「ゴーショウか。予約していないのに、いきなり現れて予約したと言い張る客か。確かに面倒だな。」
万が一それが、ホテルのミスで予約されていないことが分かれば、それはホテル側の責任になる。そうなれば、例え満室だろうが、なんとしても客の宿泊先を確保しなくてならなくなる。同等ランク、またはそれ以上のホテルを手配し、差額があれば支払い、代替施設までのタクシー代を負担することにもなる。だがそれ以上重要なのは、ホテルの信用に関わることだということだ。だから満室状態でゴーショウの客が現れると、フロントでは緊張が走る。
「はい。逆にノーショウ(No-Show)のお客様もいらっしゃいますが、どの時点でそれを判断するかが難しく、やはりお部屋を空けて待つことになるのですが、ホテルとしては折角目の前にご宿泊をしたいといらっしゃっているお客様がいらっしゃるのに、ご案内出来ないということは、結果として売れ残りの部屋を出してしまったことになります。」
「そうか。今度は予約したのに現れない客か。売りたいが売れない部屋が発生する。そうなると稼働率は落ちるが、それはホテルとしては仕方がないことだ。」
司は思わず微笑みを浮かべそうになった。
まさかこうしてつくしと仕事の話をするとは考えもしていなかっただけに、司にとっては妙な嬉しさだった。そして、背筋を伸ばし、椅子に腰かけ司の話を真剣な表情で聞く女性に、昔と変わらないところを見たような気がした。あの頃の牧野の性格はひと言で言えば真面目で頑固だった。そんな真面目な女の受け答えに、その性格の片鱗を見たような気がした。
とは言え社会に出て長い女は、なかなか本当の自分を見せるということはない。ましてや、今の牧野は表面的には落ち着き、部下に指示を出すことが出来る女性になっていた。
だが、そんな女性に昔のままの面影とも言えることがあることに安心した。
それと同時に思い出すのは、あの頃の牧野は悩みが多い女だったということだ。
自分の家のこと、友人のこと、どうでもいい赤の他人のこと。
そして司のこと。
心配ごとに知らん顔出来るような性分ではなかった。
そんな女の悩みを解決してやりたい。そんなことを何度も思った。
しかし頑固な女は司の助けを受け入れようとはせず、なかなか素直にうんとは言わなかった。
だが今、自分の立場で何か言えば牧野は言うことを聞くだろうか。
会社組織の頂点にいる男からの言葉なら、素直に聞くのだろうか。
18年前恋人だったとは思わない男からの言葉なら。
「牧野さん、あなたは記憶力がいい方ですか?」
司は手にしていた珈琲カップを置き、少しほほ笑んだ表情で聞いた。
「・・記憶力・・ですか?」
「ええ。実はわたしは18年前記憶を失ったことがあるんです。厳密に言えば高校生の頃の記憶なんですが、ある部分だけの記憶が抜け落ちている。当時そう言われてましてね。どうも何かのショックで記憶の一部分だけが失われてしまったようなんです。幸いわたしの場合は一部分だけでしたが、人によって人生の記憶全てを忘れてしまうこともあるらしいんです。」
司はひと呼吸置き、感情の流れが感じられないかとつくしをじっと見た。
「わたしはその記憶がわたしの運命を決める記憶だと思っていました。とても大切な人がその記憶の中にいる。そんな気がしていたんです。時々夢にその大切な人が出て来たことがあったんですが、顔が分からなかった。」
司の口調はどこか淋しさが感じられた。
「実は牧野さんに初めてお会いした日、あなたにお会いしたことがありませんかとお伺いしましたが、それはあなたがわたしの夢の中に出てくる人に似ていたからです。結局記憶は戻りましたが、その女性にはまだ会えない状態です。」
司はつくしの顔に移ろう何かを探していた。
だが司に向けられていた視線は、彼女が手にしていた珈琲カップに落とされただけだった。
もっと話がしたいと思った。
自分のことを聞いて欲しいと思った。
例え目の前の女性が自分のことを覚えてないとしても。
正直なところ、あの事件について話したかった。
だが話すことは出来ない。あの事件をきっかけに、PTSDを患ってしまった女性にストレスを与えてしまう恐れがある話しなど出来るはずがない。
だがどんな形でもいい。
牧野を傍に置きたい。
いや。俺が牧野の傍にいたい。
「牧野さん。あなたは優秀だと聞いている。そこであなたには、わたしの仕事を手伝ってもらいたい。」
好きになりはじめた当初はまだ子供だったが、今、目の前にいる女性はあの頃と違った眩しさが感じられた。
もし、手を伸ばし、その艶やかな髪に触れたらどうするだろうか。
さらに近づき、その匂いを深く吸い込みたいと言ったらどうするだろうか。
唇を捕え、キスをしたらどうする?
予期せぬ形で再び絡み合うことになった二人の人生。
あのとき、さよならなんて言葉は聞いた覚えがない。
だからまだ二人は終わってない。
牧野の記憶があの時点で終わっているなら、二人の関係はただ中断されただけだ。
共に相手のことが記憶になかったのだから、有難い話しなのかもしれない。
このまま牧野が俺のことを思い出さなくてもいい。
記憶が戻らなかったとしてもいい。
傍にいることが出来るなら。
あの頃、一度一緒に店で飲み物を頼んだことがあった。
あのとき俺が頼んだのは珈琲。そして牧野は甘い物を頼んでいた記憶がある。
こうして一緒に珈琲を飲むことなどなかったあの頃。
いや。一度だけあった。あれはネックレスを川に投げ捨てたときか。
そのネックレスは牧野が拾い上げたが・・・。
今の牧野は珈琲が好きなようだ。
こいつも大人になったということか。
だが、記憶の奥底に覚えているだろうか。
冗談を言って笑い合ったあの日のことを。

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だが、司はあれから何度も足を運んでいた。
ただ牧野つくしに会いたかったから。
初めのころ支配人室に呼び出し会っていた。
だが司がホテルへ足を運ぶことが増えた今、役員室の一室を彼の部屋として用意させていた。そんな男がこの場所にいる理由を見つけるのは簡単だった。NYから帰国し、日本でのホテル事業について現場の声が聞きたいと、事業を統括する部門の人間に伝え、実際現場に立つこともある課長級クラスの人間から話しを聞きたいと言った。
そんなもっともらしい理由をつけたが、18年の間自分が知らなかった牧野つくしについて知りたいが為の理由だ。そして再び出会った彼女のどんなことも見逃したくなかった。
やがてそんな思いから、こうして向かいあって珈琲を飲むまでの間になっていた。
とは言え、これはあくまでも仕事上のことだ。
そうでなければ、親会社の副社長と宿泊課長が一緒に珈琲を飲むなど考えられない。自分のような立場の人間が副社長と一緒に珈琲を飲むことは出来ない、と、なかなか腰を下ろそうとはしなかった。そんな彼女のため、立ち上がって傍まで行き、椅子をひき、無理矢理にでも座らせたかった。だがもしそんなことをすれば、それこそ座りはしないだろう。
癖のない黒髪はあの頃と変わって短くなったとはいえ、艶があり美しさは変わっていなかった。キュッと引き結んだ口元は、あの当時と同じで意思の強さを感じさせるところがあった。
そんな口から語られる言葉は明晰で淀みがない。そして的確な受け答え。
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『あんたなんて井の中の蛙よ!』と。
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「牧野さん。先月は客室の稼働率がかなりよかったようですが、何かイベント的なことでもありましたか?」
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「はい。先月はここから近い場所にある大学病院の外科のドクターが会長をなさっている医学会があり、その参加者の宿泊が多かったことで稼働率100%の日が何日間かありました。」
テーブルの上に置かれたノートパソコンの画面を司に示すと共に、直近の稼働率が印刷された用紙を彼の前に置いた。
「そうですか。それは素晴らしい。」
司は説明を始めたつくしの様子を見ながら珈琲を口元へ運んだ。
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「はい。おかげで飲食部門と宴会部門の売り上げも伸びました。宴会部門については、一番大きな宴会場を会員の懇親会の場として使用して頂けたこともありますが、分科会も当ホテルの会議室や宴会場を使用して頂いたこともあり、そうなると、珈琲や軽食の提供といったものも伴いました。それにこれだけ大きな学会ですと、医薬品業界主催の部会といったものもあり、小さな会議室も全て満室といった状況でした。」
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司にしてみれば、こうして会話が出来ることが嬉しくて仕方がなかった。18年ぶりに聞く声が、ビシネスライクで人工的だったとしても構わなかった。どんな声であってもいい。
牧野つくしの声が聞きたい。
「いえ。何も・・。ですがああいった大きな学会があればいつものことですが、ゴーショウ(Go-Show)のお客様が何名様かいらっしゃいます。フロントで予約を入れたと言い張るのですが、予約の確認は取れません。もちろん空室があればご案内出来るのですが、満室ではこちららとしてはどうしようもありませんのでお断りせざるを得ないのですが、なかなかお引き取りいただけない場合もあります。・・普段ならそういったお客様には別のホテルを手配し、ご案内させて頂くのですが、流石にあれだけ大規模な学会になると、周りのホテルの客室も空きは無いといった状況になります。」
医学会の種類にもよるが、今回の外科の学会は全国各地からかなりの数の外科医が集まった。それに近年の海外からの観光客の増加により、慢性的なホテル不足に輪をかけたこともある。そんな中にあっても、利益を求めるあまり、予約のキャンセルを見越し予約を受け、実際にはキャンセルにならずオーバーブッキングするホテルもある。だが司のホテルでは、そんなことは信用に関わることだと空室状況は厳しく管理されていた。
「ゴーショウか。予約していないのに、いきなり現れて予約したと言い張る客か。確かに面倒だな。」
万が一それが、ホテルのミスで予約されていないことが分かれば、それはホテル側の責任になる。そうなれば、例え満室だろうが、なんとしても客の宿泊先を確保しなくてならなくなる。同等ランク、またはそれ以上のホテルを手配し、差額があれば支払い、代替施設までのタクシー代を負担することにもなる。だがそれ以上重要なのは、ホテルの信用に関わることだということだ。だから満室状態でゴーショウの客が現れると、フロントでは緊張が走る。
「はい。逆にノーショウ(No-Show)のお客様もいらっしゃいますが、どの時点でそれを判断するかが難しく、やはりお部屋を空けて待つことになるのですが、ホテルとしては折角目の前にご宿泊をしたいといらっしゃっているお客様がいらっしゃるのに、ご案内出来ないということは、結果として売れ残りの部屋を出してしまったことになります。」
「そうか。今度は予約したのに現れない客か。売りたいが売れない部屋が発生する。そうなると稼働率は落ちるが、それはホテルとしては仕方がないことだ。」
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まさかこうしてつくしと仕事の話をするとは考えもしていなかっただけに、司にとっては妙な嬉しさだった。そして、背筋を伸ばし、椅子に腰かけ司の話を真剣な表情で聞く女性に、昔と変わらないところを見たような気がした。あの頃の牧野の性格はひと言で言えば真面目で頑固だった。そんな真面目な女の受け答えに、その性格の片鱗を見たような気がした。
とは言え社会に出て長い女は、なかなか本当の自分を見せるということはない。ましてや、今の牧野は表面的には落ち着き、部下に指示を出すことが出来る女性になっていた。
だが、そんな女性に昔のままの面影とも言えることがあることに安心した。
それと同時に思い出すのは、あの頃の牧野は悩みが多い女だったということだ。
自分の家のこと、友人のこと、どうでもいい赤の他人のこと。
そして司のこと。
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しかし頑固な女は司の助けを受け入れようとはせず、なかなか素直にうんとは言わなかった。
だが今、自分の立場で何か言えば牧野は言うことを聞くだろうか。
会社組織の頂点にいる男からの言葉なら、素直に聞くのだろうか。
18年前恋人だったとは思わない男からの言葉なら。
「牧野さん、あなたは記憶力がいい方ですか?」
司は手にしていた珈琲カップを置き、少しほほ笑んだ表情で聞いた。
「・・記憶力・・ですか?」
「ええ。実はわたしは18年前記憶を失ったことがあるんです。厳密に言えば高校生の頃の記憶なんですが、ある部分だけの記憶が抜け落ちている。当時そう言われてましてね。どうも何かのショックで記憶の一部分だけが失われてしまったようなんです。幸いわたしの場合は一部分だけでしたが、人によって人生の記憶全てを忘れてしまうこともあるらしいんです。」
司はひと呼吸置き、感情の流れが感じられないかとつくしをじっと見た。
「わたしはその記憶がわたしの運命を決める記憶だと思っていました。とても大切な人がその記憶の中にいる。そんな気がしていたんです。時々夢にその大切な人が出て来たことがあったんですが、顔が分からなかった。」
司の口調はどこか淋しさが感じられた。
「実は牧野さんに初めてお会いした日、あなたにお会いしたことがありませんかとお伺いしましたが、それはあなたがわたしの夢の中に出てくる人に似ていたからです。結局記憶は戻りましたが、その女性にはまだ会えない状態です。」
司はつくしの顔に移ろう何かを探していた。
だが司に向けられていた視線は、彼女が手にしていた珈琲カップに落とされただけだった。
もっと話がしたいと思った。
自分のことを聞いて欲しいと思った。
例え目の前の女性が自分のことを覚えてないとしても。
正直なところ、あの事件について話したかった。
だが話すことは出来ない。あの事件をきっかけに、PTSDを患ってしまった女性にストレスを与えてしまう恐れがある話しなど出来るはずがない。
だがどんな形でもいい。
牧野を傍に置きたい。
いや。俺が牧野の傍にいたい。
「牧野さん。あなたは優秀だと聞いている。そこであなたには、わたしの仕事を手伝ってもらいたい。」
好きになりはじめた当初はまだ子供だったが、今、目の前にいる女性はあの頃と違った眩しさが感じられた。
もし、手を伸ばし、その艶やかな髪に触れたらどうするだろうか。
さらに近づき、その匂いを深く吸い込みたいと言ったらどうするだろうか。
唇を捕え、キスをしたらどうする?
予期せぬ形で再び絡み合うことになった二人の人生。
あのとき、さよならなんて言葉は聞いた覚えがない。
だからまだ二人は終わってない。
牧野の記憶があの時点で終わっているなら、二人の関係はただ中断されただけだ。
共に相手のことが記憶になかったのだから、有難い話しなのかもしれない。
このまま牧野が俺のことを思い出さなくてもいい。
記憶が戻らなかったとしてもいい。
傍にいることが出来るなら。
あの頃、一度一緒に店で飲み物を頼んだことがあった。
あのとき俺が頼んだのは珈琲。そして牧野は甘い物を頼んでいた記憶がある。
こうして一緒に珈琲を飲むことなどなかったあの頃。
いや。一度だけあった。あれはネックレスを川に投げ捨てたときか。
そのネックレスは牧野が拾い上げたが・・・。
今の牧野は珈琲が好きなようだ。
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じ**こ様
おはようございます^^
紳士な司。いい年ですし、つくしちゃんの状況が状況だけに、彼も思うことがあったのでしょう。
頑張れ司!そうですよね、愛する人と再会したのですから守ってあげて欲しいものです^^
えっ?濃厚な絡み?(笑)司、どうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
紳士な司。いい年ですし、つくしちゃんの状況が状況だけに、彼も思うことがあったのでしょう。
頑張れ司!そうですよね、愛する人と再会したのですから守ってあげて欲しいものです^^
えっ?濃厚な絡み?(笑)司、どうなんでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.05 22:24 | 編集

悠*様
少し切ない内容ですねぇ。
今回はつくしよりも、司の苦悩の方が大きいような気がします。
司、これからどうするのでしょうねぇ・・
コメント有難うございました^^
少し切ない内容ですねぇ。
今回はつくしよりも、司の苦悩の方が大きいような気がします。
司、これからどうするのでしょうねぇ・・
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.05 22:30 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
そうなんです。18年の空白を埋めたいと思っていますが、事を急ぐとつくしは殻にこもる恐れがあります。
それにお互いに大人ですから無茶はしないと思います。
そうです、態度を決めかねているようです。さて、どうする?司。
さすが鋭い(笑)もう少々お待ち下さいませ。
短編ですからね(笑)
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
そうなんです。18年の空白を埋めたいと思っていますが、事を急ぐとつくしは殻にこもる恐れがあります。
それにお互いに大人ですから無茶はしないと思います。
そうです、態度を決めかねているようです。さて、どうする?司。
さすが鋭い(笑)もう少々お待ち下さいませ。
短編ですからね(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.05 22:37 | 編集

よ**様
司にグイグイ・・。
どうするんでしょうねぇ・・。つくしちゃんの状況が状況だけに微妙なところではないでしょうか?
司も大人ですから無茶はしないと思います。^^
更新ですが、月末が過ぎ、今はなんとかといった状況です。
ご心配いただき、ありがとうございます。(低頭)
この先は不定期になると思いますが、よろしくお願いします^^
コメント有難うございました^^
司にグイグイ・・。
どうするんでしょうねぇ・・。つくしちゃんの状況が状況だけに微妙なところではないでしょうか?
司も大人ですから無茶はしないと思います。^^
更新ですが、月末が過ぎ、今はなんとかといった状況です。
ご心配いただき、ありがとうございます。(低頭)
この先は不定期になると思いますが、よろしくお願いします^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.05 22:50 | 編集
