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2017
03.02

時の指先 1

『あなたは覚えていますか?』


司の顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。
そんな声がどこからか聞こえたからだ。
誰かが自分に向かって確かにそう言った。
だが、いったい誰が?
そんな思いが頭の中を過った。

それは明け方に見た夢だったのかもしれない。
ここ何年も眠れない夜が続いていた。それはもう5年近くにもなる。全く眠らずに朝を迎えたこともあった。そんなとき、何をするでもなく、ただぼんやりと窓の外に広がる風景を眺めていたこともあった。だが、昨夜は思いのほか眠ることが出来た。
そんな中で見た夢だったのかもしれない。

明け方の夢は正夢や予知夢と言われている。
だから明け方見る夢には注意すべきだと言われていた。
そしてそんな夢には2種類あると言われている。
ひとつは神がその人に伝える何らかのメッセージを含んでいると言われている。
そして、もうひとつは自分の願望が夢となって現れることがあると言われていた。
それなら今朝見た夢はどちらだったのか。



『あなたは覚えていますか?』


だがいったい何を覚えていると言いたいのか?
思い出せなかった。
なぜ自分がこの部屋にいるのか。

そして自分の手の中にあるものが何故こんなにも懐かしいと感じるのか。
司はあるものを見つめていた。
それは何かの形を模ったネックレスだ。


ネックレスには世界的に名の知れた店で作られたものだと分かる刻印がクラスプにあった。
だがなぜこんなものがここにあるのかわからなかった。
この部屋は司の部屋ではない。彼の部屋から少し離れた場所にある物置のような部屋だ。
そしてここにあるのは、幼い頃、彼が遊んだ玩具や今は使われなくなった家財が置かれていた。そんな部屋の中、手の中にあるネックレスに見覚えはなかった。
それなら姉のものなのか。
いや。恐らくそれは違うだろう。これは姉の趣味ではない。だがもし姉の物なら誰かから贈られた物なのか。そうなのかもしれない。
だが何か違う。そう感じていた。




司は18年の歳月を経てこの国で暮らすことになった。
両親も姉も海外で暮らしている。だからこの邸に人が住むのは何年かぶりになるはずだ。
だが家人が暮らしていなくとも、使用人が留守を管理していた。

世田谷の一等地に建つ巨大な邸。周りから見ればまさにそれは大豪邸。
地価の高い東京に暮らす人間から見れば、贅沢極まりない土地の広さのある邸だ。
門から建物まで、車を使って移動しなければならないほど距離があり、外から中の様子を伺い知ることは出来ない造りとなっていた。

荘厳な邸宅と言われる道明寺邸。旧家であり資産家の家らしい造りと言えばそうなのかもしれない。だが、そんな邸に住んでいた司の記憶の中に、この邸でのいい思い出といったものはなかった。しかし、ここは自分のホームカントリー、祖国だ。何か思い出すかもしれない。そう思っていた。なぜそう思ったのか。彼の記憶はある部分が抜け落ちていると言われていた。
だがそれが何であるか。まったく見当がつかなかった。



司は高校を卒業すると、親の求めるままNYへと渡り、大学に通うかたわら家業である巨大企業の跡取りとしての教育を受けた。そして、それからずっとその街で暮らしていた。
生まれ故郷はこの国だが、すでに人生の半分を海外で暮らした男にとって、故郷と呼べるのは喧騒にまみれた街、ニューヨークなのかもしれなかった。

そんなNYの街中にいても、まわりに見劣りしない体格を持つ男は若い頃、暴力に明け暮れた時があった。学園の支配者と言われた高校時代。怒れる野獣と言われ、その凶暴さばかりが目立ったといわれた10代。誰も彼もが彼を恐れ、媚びへつらい、教師でさえ顔色を覗う始末。そんな学園で過ごした3年間、いい事など何ひとつなかった。

そしてあの街へと住まいを移したが、最初に味わったのは挫折感。
今まで知らなかった新しい世界を知った男に、あの街は厳しかった。
それは日本にいる間には感じられることがなかった焦りといったものを感じさせる場所でもあった。

司の両肩にのしかかるのは義務と責任という二つの言葉。道明寺財閥の跡取りとしての人生があの日から始まったが、まだ若かった男にその荷は大きすぎることもあった。そうすると、自分の意志や意思で動くことはできず、決められたレールの上を何も言わず進むしか出来なかった。そんなこともあり、強靭だと言われた精神も疲弊をきたし、夜ひとりになれば時に必要以上の酒を飲み、その日の憂さを晴らしたこともある。そして女を求めたこともあった。


社会に出れば人間誰しも変わる。
変わらなければ生きて行くことが難しいからだ。
幾重にも仮面を被り、時に他人のふりをする。
そして平気で嘘をつく。決して嘘などつきたくなくても、そうせざるを得ないこともある。
他人を平気で傷つける嘘もあれば、そうでもない嘘もある。
相手のため、敢えて嘘をつかなければならないことがあるからだ。

だがそれは、やさしい嘘なのかもしれない。



司は少し前、日本での全権を任され副社長として帰国し今に至る。
帰国してみれば、若かった自分の少しばかりの態度の悪さに気恥ずかしさを感じることがあった。

久しぶりに帰国した彼は、長い間留守にしていた自分の部屋に足を踏み入れ、懐かしさに浸った。そんな思いから邸の中を歩いてみようといった気になったのかもしれない。そんなとき、ふと足を止めたのがこの部屋の前だった。いや。足を止めたのではない。彼の足は何故かその部屋の前で引き留められていた。

だがこの部屋の存在自体、そして自分の手の中にあるものの存在など頭の片隅にもなかった。ただ、最近になって、18年前のあの頃、何か大切なものを失ったのではないかというような気がし始めていた。それはもしかすると、自分の祖国に帰ることになったことが関係しているのかもしれなかった。だがこの部屋と今回の帰国に何の関係があるのか。

不思議だった。
なぜそんなことを思うようになったのか。
今、こうして自分の手の中にあるネックレスにしてもそうだ。
どうしてこんなものがここにあるのか知りたいと思った。
そしてこみ上げる懐古の情。
なぜ、そんな思いがするのか。
知りたい。知りたいと思った。

だが何を?


そんな思いから、邸に古くからいる使用人である老婆に聞いた。
するとその老婆は淋しい微笑みを浮かべ、言った。

「それは坊っちゃんが大切に思われていた方から頂いたものですよ。」

哀しみとも言える表情を浮かべた老婆の言葉に好奇心を覚えた。
なぜそんなにも哀しそうな表情をするのかと。そしてそのネックレスを頂いたと言った言葉に心が動かされていた。どう考えても男の自分が身に着けるものではないからだ。
どちらにしても自分には大切にしていた女性がいたということを知った。
その女性とは、いったいどんな女性なのか。好奇心を抑えられず老婆に聞いた。

「・・・遠い昔のお話しですので、わたしの記憶も曖昧です。それにどうしてそれがここにあるのか・・。それはご自分で確かめてみられてはどうですか?坊っちゃんのお友達なら誰もがご存知のはずですから。」

確かに友人は知っていた。
何故、このネックレスが手元にあるのかを。
重い口を開いた友人の一人から聞かされた内容は、今まで考えもしなかったことが語られた。

そのネックレスの持ち主だったのは、牧野つくしという名の人物。
高校生の頃、その女性のことが好きで追いかけ回していたらしい。だがその女性はそんな男を受け入れようとはせず、逃げ回っていた。しかし、それから暫く経って、ようやく思いが叶うときが来た。

それは港で刺され、生死の彷徨うことになった日のことだ。
二人はこれから恋人同士として新たなスタートを切ろうと決めたばかりだった。だが、意識を取り戻し目覚めたとき、その女性のことを忘れてしまったと聞かされた。


過去の記憶の大部分は鮮やかに覚えているというのに、ある記憶だけが欠落していると言われていた。それが牧野つくしという女性のことだ。だが、今、こうして友人から話しを聞かされてもやはり思い出すことは出来なかった。二人で過ごした時間はあの日、跡形もなく霧散してしまったというのだろうか。


人は自分にとって都合の悪いことや、思い出したくない事柄は忘れ去ってしまうものだ。
そんな話しを聞いたこともある。それなら忘れ去ってしまったその女性は、自分にとって都合の悪い人間、思い出したくない人間だったのだろうか。その女性との間には何か不都合なことがあったのだろうか。

人は心に残る光景といったものが必ずある。
それなら過去の自分が見た光景のなか、心に残るものがあるとすればそれはいったい何なのか?いや。心に残る光景はなかったはずだ。

だがもしかすると、その女性と一緒に過ごした時間の中にそんな光景があったのかもしれない。司は思い出そうとした。だがどんなに記憶の扉を開こうとしても、錆びつき、鍵がなければ開かない箱のように、扉が開かれることはなかった。


司は年が明けカレンダーの一枚目が終るころ、36歳の誕生日を迎える。
その女性はひとつ年下の女性だと聞いた。
そして彼女の誕生日はカレンダーの一年を締めくくる最後の一枚の終わりごろだと知った。
年の締めくくりと、新しい年のスタートが誕生日だという二人。その女性に会ってみたいと思った。かつて自分が恋焦がれ、好きだと言って追いかけた女性に。そして自分の欠落した記憶を取り戻せはしないかと望んだ。

なぜ、急にそんなことを思ったのか。

わからない。
わからなかった。

だが、心の奥でそうしなければならないと言った声が聞えたからだ。
この部屋へ引き寄せられたことが、そんな思いを招いたのかもしれなかった。






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コメント
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dot 2017.03.02 12:52 | 編集
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dot 2017.03.02 14:36 | 編集
し*様
おはようございます^^
新しいお話しなのですが、こちらのお話しは短編ですので、いつも通り決着するのが早いお話しとなっております。
短いお話しですがお読みいただければ幸いです。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 22:35 | 編集
す**様
おはようございます^^
見つけやすくなりましたか?(笑)良かったです。
そしてお誉めいただき、恐縮しております。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 22:45 | 編集
とん**コーン様
おはようございます^^
そうなんです。こちらは短編です。
展開は早いです(笑)
待ち焦がれるほどのお話しではないですよ(笑)
でも楽しみにしていたと言っていただけて嬉しいです。
ただ、ご期待を裏切らないようなお話しになるかどうか・・(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 22:56 | 編集
悠*様
こんにちは^^
短編ですので展開は早いです。
また引き続きお読みいただけるといいのですが(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 22:59 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
短編ですが連載。そうなんです。前編、中編と来て後編1/2(笑)になったりするので数字にしました。
何話まで行くのか?もうほぼ決まっております。
はい。予想通りです!定番の記憶喪失。なぜか司が記憶喪失が好きなアカシアです。
今回は自ら失った何かを探しているようです。見つけることが出来るのでしょうか・・。
展開は早いので大丈夫です‼(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 23:04 | 編集
m様
こんばんは^^
つくしちゃんの記憶を失った司。
こちらは短編ですので、知りたいと思っていることが分かる日は近いです^^
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.02 23:13 | 編集
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2017.03.03 00:44 | 編集
イ*ン様
夢。そうでしたか・・。
いい夢は人に話すな。悪い夢は進んで話しなさいと言われていますが、口に出すことが恐ろしい場合もあると思います。
司が見た夢は、神様が彼に見せた夢だと思いたいです。
正夢なら、そして予知夢なら受け止める器と覚悟も必要ですね?
司は受け止めるだけの器がある男に成長しているはずです^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.03.03 23:03 | 編集
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