「類!こっちだ!」
あきらが声をかけた。
3人の男と、その中のひとりと婚約した女性が待つ席へ現れたのは、花沢物産専務の花沢類。きれいなストレートな髪は栗色で、ひたいにかかる髪をかき上げる仕草は、意識していないだろうが決まっている。漂わせるのはふわふわとした雰囲気だが、見た目はクールで、口を開けばどことなくひんやりとした感じがする人物だと言われていた。受ける印象は様々だが、要は何を考えているのか分かりにくいということだ。
「類、元気にしてたか?パリはどうだ?」
「パリ?パリは変わらないよ」
類の答えは何が変わらないのかわからないが、聞いた総二郎は類らしい答えだと思った。何しろ類の言葉に含まれる範囲は広い。何が変わらないかなど深く追求しない方がいい。
それに聞いたとしても返って来る言葉が理解できないことがあり、類の思考を読むのは難しいこともある。
「この店変わってない・・」呟くようなこの言葉の意味は通じた。
「そうだろ?懐かしいよな。類がパリに行く前、おまえと俺と総二郎とで集まったよな?」
立ち上っていたあきらが類の肩をたたいた。
類はその場で立ったまま、周囲を見渡した。パリから帰って来た類は、空港に着いたその足でこの店にやって来た。スーツのネクタイは外され、上着のポケットの中に突っ込まれていた。
「なんだか家みたいで落ち着く。まわりに女がたむろしてないからかな。でもあきらや総二郎からしたら物足りないかもしれないね?あ、でもここに女の人がいるからいいのか」
類が視線を向けたのはつくしだ。
しっかりと見つめ、言った。
「ところでごめん、君だれだっけ?申し訳ないんだけど、君の名前覚えてない。でもなんかかわいいね?」
類は屈んでつくしに顔を寄せていた。
「類。覚えるもなにもねぇぞ。おまえはコイツとは、今日初めて会うんだから覚えて無くて当然だ。それにそんなに近寄るんじゃねぇ」
司は類の態度に隣に座るつくしの身体に腕をまわし、引き寄せた。
「こいつは俺の女だ。こいつに手を出す男がいたら例え親友でも黙ってられねぇからな」
司が開口一番言ったことは、挨拶ではなく脅し文句といえる言葉。
なぜなら、司は類がつくしをかわいいと言って興味を持ったことに殺気だっていた。何しろ類は他人には興味がないと言われる男だ。そんな男がつくしに興味を示し、類の語彙には無いはずの″かわいいね″は聞き捨てならないからだ。
つくしはそんな怒気を含んだ司の言葉に慌てた。何しろ類と呼ばれた男性は司の親友のひとりだと聞いていたからだ。だがそれは間違いだったのだろうかと。何しろ二人の間には険悪な雰囲気が漂っていたからだ。
「へぇ。司が女にそんなに熱を上げるなんて今まで見たことが無かったけど、なんかおかしいね?」
「類、やめろ、茶化すな。今日なんのために来たかわかってるんだろ?」
あきらは類の態度に慌てた。
何しろ昔から司と類の間になにかあるたび、間に立っていたのはあきらだからだ。
あきらにすれば、どうして俺がこいつら二人の間に立たなきゃならないという思いがあった。だが、これもまた自分の役割かと思うのは、心配りの人だと言われる自分だから出来ることだと納得しているからだ。自分がそうしなければ、この4人の関係は失われてしまうのではないかと言った思いがあるからだ。しかし、社会に出ても昔と変わらずの態度を取る親友たちに、おまえらもう少し大人になれよ。と言いたいほどだ。
「そうだぞ!類。つくしちゃんは司の婚約者だぞ?」
「おい総二郎、なにコイツのことつくしちゃんだなんて馴れ馴れしく呼んでんだよ?」
司はジロリと総二郎を睨んだ。
「別にいいじゃねぇか、名前くれぇ呼んでも」
「ダメだ。おまえは絶対にダメだ」司は強く否定した。
「あ、じゃあ俺ならいいのかな?つくしちゃんよろしくね?」
「テメェ、類・・俺にケンカ売ってんのか!」
「つ、つかさ・・や、止めて」
司の顔が鋭い形相に変わり、つくしは慌てて司に言って彼の腕を掴んでいた。
司と類の間にぴりぴりした空気が張りつめ、つくしは耐えられなくなった。親友だと聞かされていた男同士は、昔はそうであっても今は違うのかもしれないと思った。そんな一触即発かと思われる気配がするが、なぜか他の男二人は平然としていた。
4人の男たちは、皆それぞれ異なる魅力の持ち主だが、一堂に会すると壮観だ。そんな男たちが言い争っているのを見るのは本意でない。今夜この場にいるのは、司の婚約者となったつくしを友人達に紹介するためであって言い争うためではないはずだ。
睨み合う男二人を何故止めないのかと、つくしは総二郎とあきらを見やった。
そんな思いを感じ取った司は、自分の腕を掴んだつくしの指を優しくほどいた。
「・・ったく類は相変わらずだな?」
と、言った司の表情は、先ほどとは打って変わってニヤッと笑うと、安心させるようにつくしの腕を押した。どこか険悪な空気を漂わせながら始まった集まりだが、その空気はこの瞬間、あっという間に消え去っていた。子供時代からつき合いがある4人にしてみれば、こんな会話はいつものことで、互いに相手を牽制して見せることが挨拶のひとつだった。
「類。よく帰ってこれたな?向うはいいのか?」
司はいつもの顔で聞いた。
「ああ。いいんだ。それよりおまえが結婚を決めたっていうから、そっちの方が気になるだろ?何しろ俺たちの間で最初に人生の大きな決断をしたんだからな。司にそんな決断をさせた女性に会いたいと思うのは当然だろ?」
類も先ほどとは変わって、恐らく今見せるその顔が本来の彼の顔なのだろうと言った表情で話していた。
「ふん。もっともらしい理由をつけてるようだが、羨ましいんだろ?俺がコイツと結婚するのが?」
二人は水割りの入ったグラスを掲げ合った。
「別に羨ましくなんかないよ。ただ驚いただけだよ。だって昔女が嫌いだった男が、まあ大人になってからつき合いのあった女はいたとしても、絶対結婚なんてするはずがないと思っていた司が結婚するっていうんだからね。初めはあの大河原かと思ったよ。ついに司も打算で結婚を決めたかって。あ、さっきはごめんね、つくしちゃん、驚いたよね?俺と司って昔からこうなんだ。いつもひと言余計だって言われるけど、司の偉そうな顔見るとなんか言わなきゃて思わされるんだ」
「ぶはっ!さすが類だ。類は昔から司の気持ちを煽って緊張感を高めて遊ぶんだよ。こいつ、性格悪りぃよな?何考えてんだかわかんねぇって言うか、親友煽ってどうすんだっての!」
「るせっ!総二郎、おまえは黙ってろ。おまえだって類に弄ばれてることあっただろうが!」
「俺は司と違って類のくまちゃんを取り上げたことはねぇからな!俺たちの中ではおまえだけだ。類の恨みを買ったのはな!」
昔、類が大切にしていた熊のぬいぐるみを司が取り上げたことがあった。
類にとってその熊のぬいぐるみは大切な友だちだった。それを取り上げた司に対しての恨みなのか、類は司に対し、ときに心に思うことがあるらしい。
かつて英徳学園花の4人組、通称F4と呼ばれていた男たち。
大人になった4人はみなゴージャスでセクシーだと言われている。
世の女性たちは職種、世代を問わずこの4人の男たちに惹かれる。だがそんな4人の中で積極的に女性とつき合ってきたのは二人だけ。ひとりは年上の人妻を専門とし、もうひとりは若い女性が好きだというが、ここにいる4人とも、あらゆる女性を特別な気持ちにさせることが出来ることに違いはない。
今、そんな彼らと一緒にいる女はつくしだけ。男4人の中に女が一人となれば、注目されるのはつくしと決まっているのだが、不思議と気後れせず話しをすることが出来た。それはもちろん彼らがつくしに対し、敬意を払ってくれているからだとわかっていた。
そして、司の家族に会い、話をし、上流階級と呼ばれる人々も少しも特別な人だとは思わなくなっていたこともある。特に司の姉の椿は、つくしのことを本当の妹のように気にかけてくれていた。馴染のない世界だと思っていたが、そんな世界でもつくしが暮らしていた世界と同様に色々な人がいると知った。だから彼らが特別な人間だとは思わなくなっていた。
「つくしちゃん、類はもともと人づき合いが苦手なんだよ。親しみやすいタイプの人間じゃないからね。おかしななことを言い出しても気にしなくてもいいからね?」
「そうだよな。類は昔からひとりでいるのが好きでさ、ひとりでいることを保つ努力をしてるような男だった。こいつはよく誰も来ない非常階段で寝てたことがあったよな」
「そうだ。類は寝てた。どこ行ってたんだって聞けば非常階段だっていうんだからあの頃の類は不思議な男だったよな?まさかパリでも非常階段を探して寝てるなんてことねぇよな?」
そんな話題にされている男の顔にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
司を除く3人の男たちの首は、皆、つくしの方を向いている。
司はつくしの肩に腕をまわしていた。
「しかし、司が一番初めに結婚したい相手を見つけるとは思わなかったな」
「確かに。それは言える」
「でもさ、司ってどうしてこの人を選んだの?今までつき合ってきた女と全然タイプが違うよね?昔の女って派手で香水臭くて、目の周りなんか狸みたいに塗りたくってて気持ち悪かった。よくあんな女と寝ることが出来たね?」
「類!おまっ、止めろ、昔の女の話なんか出すんじゃねぇよ!」
司は類の思わぬ発言に慌てた。
「そんなこと言うけど俺聞きたいよ。どうして司がこの人を選んだのか」
「類、だからって婚約者の前で昔の女の話なんかするかよ、空気を読め、空気を!」
あきらが言った。
「そんなこと言われても俺には関係ないよ。だってあの司がだよ?女なんて自分の都合だけでセックスするだけだった男が選んだ相手なんだ。聞きたいと思うだろ?なに?あきらも総二郎も聞いたの?それなら俺だけ知らないって不公平だろ?」
司は類をしばらく見ていたが、口を開いた。
「類・・ひとめ惚れだ。運命だって言ったら信じるか?」
そんな司の言葉につくしを見た類は言った。
「そっか。司はこの人に撃たれたんだ」
「うたれた?」と総二郎。
「そう、こうやってね」
類は指を銃のように司に向けた。
「バンッ!ってね?」
司は苦笑いを浮かべた。
確かにそうだと。心を撃ち抜かれた瞬間が確かにあった。
「ああ。そうだ。類の言うとおり俺はつくしに胸を撃たれたんだ」
「そう。それならいいんだ。司らしい答え方だね。理由なんてないよね?男としての本能だろ?好きになるのに理由はいらないってね。でも司の胸に穴が開いたままじゃなくてよかったね?」
つくしは男たちの視線が自分に向けられたとわかった。
「あの・・花沢さん。あたしの心も司に撃たれましたから」
と、自分の気持ちを言った。
「そうみたいだね?」類の顔がほころんだ。
「見ててわかるよ。君も司のことが好きだってね」
類の笑みが大きくなり、つくしは自分が口にした台詞に顔を赤らめた。
「でもさ、司のことだから狂犬みたいに飛びかかってきたんじゃない?こいつ激しかった?」
「類!おまえ、言うに事欠いてなに言わせるつもりだ!総二郎みてぇなこと言うんじゃねぇよ!」
「いいじゃん別に俺が聞いたって。俺だって興味あるよ。男だからね。男は男としての属性について考えることだってあるからさ。司が狂犬だったとしてもつくしちゃんがそれでいいならいいんじゃない?」
「いいなら聞くんじゃねぇよ!」
「わかったよ、司。そんなに怒鳴らなくても聞こえるから」
と、耳を塞ぐ仕草をする花沢類。
社会的に地位も名誉もある男たちの日常会話というものは、案外こんなものなのかもしれない。立派な大人の男性だと思われていても、実は子供な部分もあるということだろう。
つくしは今までにない司の一面を発見したと思っていた。
「ねえ、さっきから気になるんだけど、俺たちの方ばかり見てるあの2人組って何者なの?」
類が視線を送ったのは、桜子と紺野。
紺野がグラス片手につくしに手を振った。
「あ、あの2人は、ひとりはあたしの友達なんです。男性の方はあたしの部下でして・・」
「ふーん。そっか。呼んであげたら?なんかこっちばっか気にされても困るしね」
首を長くして呼ばれることを待っている男女。
つくしが返事をするより早く、桜子と紺野が近づいてきた。
「道明寺さんこんばんは。今日はお招きいただきありがとうございます」
桜子が言い、類に向かって言葉を継いだ。
「花沢さん、ご無沙汰しております。三条です」
「・・・」
何も言わない類。
つくしに言ったあんた誰、という言葉は桜子にはかけられなかったが、桜子は気にしないようだ。何しろ、高校時代なかなか近づくことが出来なかった英徳花の4人組と同じ席に座れるのだから無視されてもかまわなかった。天使のようなにこやかな笑みをうかべた女は類の隣に腰かけていた。
「牧野係長・・」
「あ、花沢さん。あたしの部下の紺野です」
つくしは紺野を類に紹介した。
「はじめまして、花沢さん。僕、牧野係長の部下の紺野と申します。それから道明寺支社長にはいつもお世話になっております」
丁寧に頭を下げる紺野。
「俺は何も世話なんてしてねぇぞ?」
「そんなこと言わないで下さいよ。僕、あの一件以来係長の動向には気を付けてるんですから」紺野は心外だと否定した。
類はなに?と言った様子で司を見ていた。
「あ?・・ああ。光永企画の営業がこいつに手をかけた」
司はあの時のことを思い出し厳しい顔をした。
「・・そっか。何があったかなんとなくわかる。でもその先は想像できるよ。司のことだからきっちり後始末はつけたんだろ?」
「類、その話しは今ここでは・・・」
類はそうか、わかった、そうだね、と言った様子で頷いた。
そのとき、類の携帯電話が鳴った。
類は上着のポケットから電話を取り出すと画面を見て言った。
「ごめん、どうやら行かなきゃならなくなった」
と立ち上がった。
「そうか。帰国したばっかりだったのに悪かったな」
司とつくしも立ち上がった。
類は司とつくしがすでに恋人同士として言葉はなくても心で通じ合って会話が出来ると感じていた。
「いや。いいんだ。今夜は二人に会えて良かったよ」
類はここに来て初めて真面目な顔をしてつくしを見た。
「つくしさん。司のことよろしく頼むよ。俺もだけど、総二郎もあきらも司とは本当に小さな頃から一緒に育ったから兄弟みたいなものなんだ。だから兄弟には幸せになってもらいたい。それに俺たちの中で最初に結婚するのが司だからね。残された俺たちは司がどんな家庭を築くかによって、この先の人生が決まるかもしれないからね?」
「類!おまえ自分の人生だろうが、人の家庭を基準にすんじゃねぇよ!」
「え?いいじゃん。それにこれからは司の所に行けばつくしさんに会えるんだしさ、これからは帰国する楽しみが増えたよ」
総二郎が笑い声をあげた。
「類!おまえ新婚家庭の邪魔する気か?司に殺されるぞ?」
類は笑みを浮かべつくしに言った。
「そう?じゃあ司が留守のときがいいかもね」
類は司が口を開く前にサッと背中を向けると後ろ手に右手を振って歩き出していた。
笑いを堪えるあきらと総二郎。
そして類の背中を見送るつくしと桜子と紺野。
「さすが類だ。司をここまでつつけるのは類以外いないな」
と、言ったあきらが横目に見たのは、司の凶暴な顔つきと
「類の野郎だけはぜってぇに家に入れてやんねぇ」
の低い声だった。

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「類、元気にしてたか?パリはどうだ?」
「パリ?パリは変わらないよ」
類の答えは何が変わらないのかわからないが、聞いた総二郎は類らしい答えだと思った。何しろ類の言葉に含まれる範囲は広い。何が変わらないかなど深く追求しない方がいい。
それに聞いたとしても返って来る言葉が理解できないことがあり、類の思考を読むのは難しいこともある。
「この店変わってない・・」呟くようなこの言葉の意味は通じた。
「そうだろ?懐かしいよな。類がパリに行く前、おまえと俺と総二郎とで集まったよな?」
立ち上っていたあきらが類の肩をたたいた。
類はその場で立ったまま、周囲を見渡した。パリから帰って来た類は、空港に着いたその足でこの店にやって来た。スーツのネクタイは外され、上着のポケットの中に突っ込まれていた。
「なんだか家みたいで落ち着く。まわりに女がたむろしてないからかな。でもあきらや総二郎からしたら物足りないかもしれないね?あ、でもここに女の人がいるからいいのか」
類が視線を向けたのはつくしだ。
しっかりと見つめ、言った。
「ところでごめん、君だれだっけ?申し訳ないんだけど、君の名前覚えてない。でもなんかかわいいね?」
類は屈んでつくしに顔を寄せていた。
「類。覚えるもなにもねぇぞ。おまえはコイツとは、今日初めて会うんだから覚えて無くて当然だ。それにそんなに近寄るんじゃねぇ」
司は類の態度に隣に座るつくしの身体に腕をまわし、引き寄せた。
「こいつは俺の女だ。こいつに手を出す男がいたら例え親友でも黙ってられねぇからな」
司が開口一番言ったことは、挨拶ではなく脅し文句といえる言葉。
なぜなら、司は類がつくしをかわいいと言って興味を持ったことに殺気だっていた。何しろ類は他人には興味がないと言われる男だ。そんな男がつくしに興味を示し、類の語彙には無いはずの″かわいいね″は聞き捨てならないからだ。
つくしはそんな怒気を含んだ司の言葉に慌てた。何しろ類と呼ばれた男性は司の親友のひとりだと聞いていたからだ。だがそれは間違いだったのだろうかと。何しろ二人の間には険悪な雰囲気が漂っていたからだ。
「へぇ。司が女にそんなに熱を上げるなんて今まで見たことが無かったけど、なんかおかしいね?」
「類、やめろ、茶化すな。今日なんのために来たかわかってるんだろ?」
あきらは類の態度に慌てた。
何しろ昔から司と類の間になにかあるたび、間に立っていたのはあきらだからだ。
あきらにすれば、どうして俺がこいつら二人の間に立たなきゃならないという思いがあった。だが、これもまた自分の役割かと思うのは、心配りの人だと言われる自分だから出来ることだと納得しているからだ。自分がそうしなければ、この4人の関係は失われてしまうのではないかと言った思いがあるからだ。しかし、社会に出ても昔と変わらずの態度を取る親友たちに、おまえらもう少し大人になれよ。と言いたいほどだ。
「そうだぞ!類。つくしちゃんは司の婚約者だぞ?」
「おい総二郎、なにコイツのことつくしちゃんだなんて馴れ馴れしく呼んでんだよ?」
司はジロリと総二郎を睨んだ。
「別にいいじゃねぇか、名前くれぇ呼んでも」
「ダメだ。おまえは絶対にダメだ」司は強く否定した。
「あ、じゃあ俺ならいいのかな?つくしちゃんよろしくね?」
「テメェ、類・・俺にケンカ売ってんのか!」
「つ、つかさ・・や、止めて」
司の顔が鋭い形相に変わり、つくしは慌てて司に言って彼の腕を掴んでいた。
司と類の間にぴりぴりした空気が張りつめ、つくしは耐えられなくなった。親友だと聞かされていた男同士は、昔はそうであっても今は違うのかもしれないと思った。そんな一触即発かと思われる気配がするが、なぜか他の男二人は平然としていた。
4人の男たちは、皆それぞれ異なる魅力の持ち主だが、一堂に会すると壮観だ。そんな男たちが言い争っているのを見るのは本意でない。今夜この場にいるのは、司の婚約者となったつくしを友人達に紹介するためであって言い争うためではないはずだ。
睨み合う男二人を何故止めないのかと、つくしは総二郎とあきらを見やった。
そんな思いを感じ取った司は、自分の腕を掴んだつくしの指を優しくほどいた。
「・・ったく類は相変わらずだな?」
と、言った司の表情は、先ほどとは打って変わってニヤッと笑うと、安心させるようにつくしの腕を押した。どこか険悪な空気を漂わせながら始まった集まりだが、その空気はこの瞬間、あっという間に消え去っていた。子供時代からつき合いがある4人にしてみれば、こんな会話はいつものことで、互いに相手を牽制して見せることが挨拶のひとつだった。
「類。よく帰ってこれたな?向うはいいのか?」
司はいつもの顔で聞いた。
「ああ。いいんだ。それよりおまえが結婚を決めたっていうから、そっちの方が気になるだろ?何しろ俺たちの間で最初に人生の大きな決断をしたんだからな。司にそんな決断をさせた女性に会いたいと思うのは当然だろ?」
類も先ほどとは変わって、恐らく今見せるその顔が本来の彼の顔なのだろうと言った表情で話していた。
「ふん。もっともらしい理由をつけてるようだが、羨ましいんだろ?俺がコイツと結婚するのが?」
二人は水割りの入ったグラスを掲げ合った。
「別に羨ましくなんかないよ。ただ驚いただけだよ。だって昔女が嫌いだった男が、まあ大人になってからつき合いのあった女はいたとしても、絶対結婚なんてするはずがないと思っていた司が結婚するっていうんだからね。初めはあの大河原かと思ったよ。ついに司も打算で結婚を決めたかって。あ、さっきはごめんね、つくしちゃん、驚いたよね?俺と司って昔からこうなんだ。いつもひと言余計だって言われるけど、司の偉そうな顔見るとなんか言わなきゃて思わされるんだ」
「ぶはっ!さすが類だ。類は昔から司の気持ちを煽って緊張感を高めて遊ぶんだよ。こいつ、性格悪りぃよな?何考えてんだかわかんねぇって言うか、親友煽ってどうすんだっての!」
「るせっ!総二郎、おまえは黙ってろ。おまえだって類に弄ばれてることあっただろうが!」
「俺は司と違って類のくまちゃんを取り上げたことはねぇからな!俺たちの中ではおまえだけだ。類の恨みを買ったのはな!」
昔、類が大切にしていた熊のぬいぐるみを司が取り上げたことがあった。
類にとってその熊のぬいぐるみは大切な友だちだった。それを取り上げた司に対しての恨みなのか、類は司に対し、ときに心に思うことがあるらしい。
かつて英徳学園花の4人組、通称F4と呼ばれていた男たち。
大人になった4人はみなゴージャスでセクシーだと言われている。
世の女性たちは職種、世代を問わずこの4人の男たちに惹かれる。だがそんな4人の中で積極的に女性とつき合ってきたのは二人だけ。ひとりは年上の人妻を専門とし、もうひとりは若い女性が好きだというが、ここにいる4人とも、あらゆる女性を特別な気持ちにさせることが出来ることに違いはない。
今、そんな彼らと一緒にいる女はつくしだけ。男4人の中に女が一人となれば、注目されるのはつくしと決まっているのだが、不思議と気後れせず話しをすることが出来た。それはもちろん彼らがつくしに対し、敬意を払ってくれているからだとわかっていた。
そして、司の家族に会い、話をし、上流階級と呼ばれる人々も少しも特別な人だとは思わなくなっていたこともある。特に司の姉の椿は、つくしのことを本当の妹のように気にかけてくれていた。馴染のない世界だと思っていたが、そんな世界でもつくしが暮らしていた世界と同様に色々な人がいると知った。だから彼らが特別な人間だとは思わなくなっていた。
「つくしちゃん、類はもともと人づき合いが苦手なんだよ。親しみやすいタイプの人間じゃないからね。おかしななことを言い出しても気にしなくてもいいからね?」
「そうだよな。類は昔からひとりでいるのが好きでさ、ひとりでいることを保つ努力をしてるような男だった。こいつはよく誰も来ない非常階段で寝てたことがあったよな」
「そうだ。類は寝てた。どこ行ってたんだって聞けば非常階段だっていうんだからあの頃の類は不思議な男だったよな?まさかパリでも非常階段を探して寝てるなんてことねぇよな?」
そんな話題にされている男の顔にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
司を除く3人の男たちの首は、皆、つくしの方を向いている。
司はつくしの肩に腕をまわしていた。
「しかし、司が一番初めに結婚したい相手を見つけるとは思わなかったな」
「確かに。それは言える」
「でもさ、司ってどうしてこの人を選んだの?今までつき合ってきた女と全然タイプが違うよね?昔の女って派手で香水臭くて、目の周りなんか狸みたいに塗りたくってて気持ち悪かった。よくあんな女と寝ることが出来たね?」
「類!おまっ、止めろ、昔の女の話なんか出すんじゃねぇよ!」
司は類の思わぬ発言に慌てた。
「そんなこと言うけど俺聞きたいよ。どうして司がこの人を選んだのか」
「類、だからって婚約者の前で昔の女の話なんかするかよ、空気を読め、空気を!」
あきらが言った。
「そんなこと言われても俺には関係ないよ。だってあの司がだよ?女なんて自分の都合だけでセックスするだけだった男が選んだ相手なんだ。聞きたいと思うだろ?なに?あきらも総二郎も聞いたの?それなら俺だけ知らないって不公平だろ?」
司は類をしばらく見ていたが、口を開いた。
「類・・ひとめ惚れだ。運命だって言ったら信じるか?」
そんな司の言葉につくしを見た類は言った。
「そっか。司はこの人に撃たれたんだ」
「うたれた?」と総二郎。
「そう、こうやってね」
類は指を銃のように司に向けた。
「バンッ!ってね?」
司は苦笑いを浮かべた。
確かにそうだと。心を撃ち抜かれた瞬間が確かにあった。
「ああ。そうだ。類の言うとおり俺はつくしに胸を撃たれたんだ」
「そう。それならいいんだ。司らしい答え方だね。理由なんてないよね?男としての本能だろ?好きになるのに理由はいらないってね。でも司の胸に穴が開いたままじゃなくてよかったね?」
つくしは男たちの視線が自分に向けられたとわかった。
「あの・・花沢さん。あたしの心も司に撃たれましたから」
と、自分の気持ちを言った。
「そうみたいだね?」類の顔がほころんだ。
「見ててわかるよ。君も司のことが好きだってね」
類の笑みが大きくなり、つくしは自分が口にした台詞に顔を赤らめた。
「でもさ、司のことだから狂犬みたいに飛びかかってきたんじゃない?こいつ激しかった?」
「類!おまえ、言うに事欠いてなに言わせるつもりだ!総二郎みてぇなこと言うんじゃねぇよ!」
「いいじゃん別に俺が聞いたって。俺だって興味あるよ。男だからね。男は男としての属性について考えることだってあるからさ。司が狂犬だったとしてもつくしちゃんがそれでいいならいいんじゃない?」
「いいなら聞くんじゃねぇよ!」
「わかったよ、司。そんなに怒鳴らなくても聞こえるから」
と、耳を塞ぐ仕草をする花沢類。
社会的に地位も名誉もある男たちの日常会話というものは、案外こんなものなのかもしれない。立派な大人の男性だと思われていても、実は子供な部分もあるということだろう。
つくしは今までにない司の一面を発見したと思っていた。
「ねえ、さっきから気になるんだけど、俺たちの方ばかり見てるあの2人組って何者なの?」
類が視線を送ったのは、桜子と紺野。
紺野がグラス片手につくしに手を振った。
「あ、あの2人は、ひとりはあたしの友達なんです。男性の方はあたしの部下でして・・」
「ふーん。そっか。呼んであげたら?なんかこっちばっか気にされても困るしね」
首を長くして呼ばれることを待っている男女。
つくしが返事をするより早く、桜子と紺野が近づいてきた。
「道明寺さんこんばんは。今日はお招きいただきありがとうございます」
桜子が言い、類に向かって言葉を継いだ。
「花沢さん、ご無沙汰しております。三条です」
「・・・」
何も言わない類。
つくしに言ったあんた誰、という言葉は桜子にはかけられなかったが、桜子は気にしないようだ。何しろ、高校時代なかなか近づくことが出来なかった英徳花の4人組と同じ席に座れるのだから無視されてもかまわなかった。天使のようなにこやかな笑みをうかべた女は類の隣に腰かけていた。
「牧野係長・・」
「あ、花沢さん。あたしの部下の紺野です」
つくしは紺野を類に紹介した。
「はじめまして、花沢さん。僕、牧野係長の部下の紺野と申します。それから道明寺支社長にはいつもお世話になっております」
丁寧に頭を下げる紺野。
「俺は何も世話なんてしてねぇぞ?」
「そんなこと言わないで下さいよ。僕、あの一件以来係長の動向には気を付けてるんですから」紺野は心外だと否定した。
類はなに?と言った様子で司を見ていた。
「あ?・・ああ。光永企画の営業がこいつに手をかけた」
司はあの時のことを思い出し厳しい顔をした。
「・・そっか。何があったかなんとなくわかる。でもその先は想像できるよ。司のことだからきっちり後始末はつけたんだろ?」
「類、その話しは今ここでは・・・」
類はそうか、わかった、そうだね、と言った様子で頷いた。
そのとき、類の携帯電話が鳴った。
類は上着のポケットから電話を取り出すと画面を見て言った。
「ごめん、どうやら行かなきゃならなくなった」
と立ち上がった。
「そうか。帰国したばっかりだったのに悪かったな」
司とつくしも立ち上がった。
類は司とつくしがすでに恋人同士として言葉はなくても心で通じ合って会話が出来ると感じていた。
「いや。いいんだ。今夜は二人に会えて良かったよ」
類はここに来て初めて真面目な顔をしてつくしを見た。
「つくしさん。司のことよろしく頼むよ。俺もだけど、総二郎もあきらも司とは本当に小さな頃から一緒に育ったから兄弟みたいなものなんだ。だから兄弟には幸せになってもらいたい。それに俺たちの中で最初に結婚するのが司だからね。残された俺たちは司がどんな家庭を築くかによって、この先の人生が決まるかもしれないからね?」
「類!おまえ自分の人生だろうが、人の家庭を基準にすんじゃねぇよ!」
「え?いいじゃん。それにこれからは司の所に行けばつくしさんに会えるんだしさ、これからは帰国する楽しみが増えたよ」
総二郎が笑い声をあげた。
「類!おまえ新婚家庭の邪魔する気か?司に殺されるぞ?」
類は笑みを浮かべつくしに言った。
「そう?じゃあ司が留守のときがいいかもね」
類は司が口を開く前にサッと背中を向けると後ろ手に右手を振って歩き出していた。
笑いを堪えるあきらと総二郎。
そして類の背中を見送るつくしと桜子と紺野。
「さすが類だ。司をここまでつつけるのは類以外いないな」
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「類の野郎だけはぜってぇに家に入れてやんねぇ」
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さと**ん様
類くん、お喋りしてますね(笑)
大人になったF4ですが、仲がいいですね?
司の痛いところをつつきながら、聞くことが出来るのは類くんだからでしょうか。
類くん、「撃たれた」と表現しました。
恋をしない司が恋に落ちたことを彼はそう感じたのでしょうね。
去り際に甘い爆弾を落としていく類くん(笑)
類くん、よくわからないんです(笑)
独特の雰囲気があり、感性が豊かな人で、物事を心の奥にある目で見る人だと思います。難しいです。
辛口類くん。(笑)この類くん、そうかもしれませんね。(笑)
心の声。ありがとうございます。
コメント有難うございました^^
類くん、お喋りしてますね(笑)
大人になったF4ですが、仲がいいですね?
司の痛いところをつつきながら、聞くことが出来るのは類くんだからでしょうか。
類くん、「撃たれた」と表現しました。
恋をしない司が恋に落ちたことを彼はそう感じたのでしょうね。
去り際に甘い爆弾を落としていく類くん(笑)
類くん、よくわからないんです(笑)
独特の雰囲気があり、感性が豊かな人で、物事を心の奥にある目で見る人だと思います。難しいです。
辛口類くん。(笑)この類くん、そうかもしれませんね。(笑)
心の声。ありがとうございます。
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.02.07 23:57 | 編集

司×**OVE様
こんにちは^^
相変わらずの類くんですね(笑)マイペース類くん。
類くんと司となると、どうしても類くんの方が一枚上をいくような気がします。
紺野くん(笑)今回は遠巻きに見ている状況でしたので、会話には参加できませんでしたね?
つくしも3人に会えましたので、もう他に会う人はいないと思います。
さて、これから先の二人にはどんな未来が待つのでしょうね?
紺野くんの去就?!え?どうなるんでしょう・・(笑)
やはり係長について行くのでしょうか?後で聞いてみます(笑)
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
相変わらずの類くんですね(笑)マイペース類くん。
類くんと司となると、どうしても類くんの方が一枚上をいくような気がします。
紺野くん(笑)今回は遠巻きに見ている状況でしたので、会話には参加できませんでしたね?
つくしも3人に会えましたので、もう他に会う人はいないと思います。
さて、これから先の二人にはどんな未来が待つのでしょうね?
紺野くんの去就?!え?どうなるんでしょう・・(笑)
やはり係長について行くのでしょうか?後で聞いてみます(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.02.08 00:06 | 編集
