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2017
01.11

エンドロールはあなたと 41

頭の中は司に見せられた絵コンテの件で一杯だったせいか、部屋に人がいることに気づかなかったのかもしれない。いつの間にとしか言いようがない。驚いて振り返れば光永企画の浜野の顔があった。

しかしどうして浜野が?

「牧野さん。どうしてわたしがここにいるかと思っているんでしょうね?道明寺HDが代理店として使っているのが博創堂さんだけだとお考えではないですよね?うちはワインの広告では契約を逃しましたが、他にも道明寺さんのところの仕事はあるので出入りはしています」

つくしの気持ちを読み取った男は淡々と言った。
確かにそうだ。何しろ光永企画は業界トップの代理店だ。道明寺HDの広告の多くを取り扱っていることは間違いない。そこへ、つくしの会社がワインの広告を勝ち取った。そしてそのときのプレゼンでも顔を合わせたのは浜野だ。

以前浜野はつくしのことを″歳食ってる女″とバカにし、つくしは浜野のことを″マヌケ男″と心の中で言っていた。浜野のはっきりした年齢はわからないが、30代後半から40代前半だろう。広告代理店の営業マンらしく、磨き上げられた革の靴に洒落たスーツに身を包んでいた。顔はつくしの好みではないが、世間でいうカッコいい部類に入るはずだ。
それにしてもいったい何の用があってつくしに話しかけてきたのか。それも誰もいないはずの会議室で。

「お気づきにならなかったかもしれませんが、わたしも先ほど別のエレベーターで1階に降りたところだったんですよ。そこであなたの姿をお見かけしましてね。少しお話がしたいと思ったんです」

だからと言ってわざわざ後をつけることまでするだろうか?
つくしは浜野の行動が薄気味悪く感じられていた。1階で見かけたならその場で声をかければいいはずだ。それなのにわざわざ追いかけて来てまで話したいことなんてあるはずない。なにしろ、どう考えても互いに相手に良い印象などなく、むしろ嫌っていると言った方がいい。どちらにしても話があるというなら、さっさと済ませて欲しいとつくしは口を開いた。

「...お話ってなんでしょう?わたしと浜野さんが話しをするような話題がありますか?」

「ええ。あるじゃないですか。今こうして道明寺社の中にいるんです。話題なら道明寺HDの話しかないでしょう」

ワインの広告についてだとわかっていたが、相手にしたくない思いがある。
それにこの男と私的な会話などするつもりはない。出来れば今すぐ立ち去りたい。この男の目が値踏みするかのように見ていることに嫌悪感を感じる。こんな男なんて振り切って出て行こうか。

「それにしても牧野さん。失礼だが、あなたもういい年なんですからそろそろ仕事なんか辞めて結婚でもしたらどうですか?」

いきなり何をいい出したかと思えば、まったく失礼な話だ。
つくしは冷やかに浜野を見た。そんな話がいったい道明寺HDと何の関係あるのか。
ほとんど見知らぬ人間に対して言う以前に立派なセクハラだ。それにそんな話を浜野なんかにされたくないし、話題にもされたくない。

「浜野さん、随分と失礼なことをおっしゃいますね?女性に向かって仕事を辞めて結婚でもしたらどうかなんて立派なセクハラです。それに何をおっしゃりたいのか理解に苦しみます」

嫌悪感を感じるどころか胸が悪くなる。
浜野がこれ以上失礼な態度で臨むなら、もうこの男と話しをしたくない。それにこんな男と二人っきりで同じ部屋にいること自体気分が悪くなりそうだ。そして、今、この会議室は密室だ。道明寺の会社でなにか起こるとは考えてもいないが、用心するに越したことはない。
今までだって女性の営業に対しクライアントの影響力を使おうとした人間はいた。そんな人間も相手にしてきたはずだ。弱いところを見せては負ける。今のつくしは浜野に対し、そんな気がしていた。気丈に振る舞うではないが、今のこの状況では強気で行くのが得策だ。

「浜野さん。申し訳ないのですが、部下を待たせているので失礼します」

つくしは手に持ったファイルを鞄に入れ、立ち去ろうとした。途端、ぐいっと腕を引っ張られ、身体が傾くと、一瞬何が起こったのかわからなかった。





***






司は外出のため、ロビーに降りたところでひとりの男に気づいた。さっきまで会議に参加していたつくしの部下の若い男だ。だが会議はもう30分も前に終わっている。
それなのになぜ、まだこのビルに残っているのかと訝しく感じ、男に近づき声をかけた。


「おまえらはもうとっくに帰ったと思ったがまだいたのか?」
「ど、道明寺支社長!」

携帯電話をいじっていた紺野は声の主に驚き顔を上げた。だが先ほどの会議で見せた活発さはなく、様子が違い心配そうな顔つきだ。

「牧野は・・」
と、司が言いかけた途端、紺野は話しはじめた。

「主任忘れ物があるって会議室に戻ったんです。でもなかなか戻ってこなくて・・。今も電話したんですけど出ないんです。もしかしたらお手洗いかもしれないと思ったんですが、着信があればかけて来る人なんですよ、主任は。でもかかってこないし、それでどうしたのかと思って。まさかまた転んで足を痛めたなんてことになってるんじゃないかと思ったりしてるんですが、電話に出ないからどこにいるのかわからなくて・・」

司は紺野の話を聞き、眉根を寄せた。
そのとき思ったのは紺野のいうとおり、またどこかで転んだ女が足を痛めた姿だ。
だが何か引っかかるような気がする。

「・・あの、道明寺支社長、ちょっと心配なんで僕これから会議室に行ってきます。主任って仕事は出来るんですが、ちょっとおっちょこちょいなところがあるんです。・・多分、もうご存知だと思いますが、主任はああ見えてドジなんですよ」

司もそのくらいとっくにわかっている。思わず同感だと言いたくなる。
だいたい出会いからしてドジな女だった。仕事はてきぱきとこなす女でも、どこか抜けているところがある。そんなところがあの女の魅力のひとつだ。ガチガチのキャリアウーマンタイプじゃねぇところが、あいつの可愛らしいところだ。

今のあいつは、なんか知らねぇけど覚悟を決めるとか、戸惑いを捨てるとかそんなことで葛藤してるってのが傍から見てもわかるくらいだ。あいつの一大決心ってのは、俺とベッドに入るってことなんだろうが、何も捕まえて食おうなんてことは考えてねぇってのにあの女、動揺し過ぎだ。絵コンテを見ただけであんなんじゃこれから先が思いやられる。

「そういえば、さっき光永企画の浜野さんがいたんです。牧野主任と浜野さんって苗字が似てますよね?まあ僕も紺野で三人とも″野″が付きますが、あの二人、今までのプレゼンでよく名前を間違えられることがあって二人とも嫌そうでしたよ?浜野さんのことを牧野さんだなんて間違えられるし。その度に訂正するんですが、なんだかあの人嫌な感じなんですよ。まあ、うちと光永企画さんはライバルですからね。色々と邪魔されたこともあるんですよ。それに牧野主任、浜野さんのこと″マヌケ男″って言うくらい嫌ってますからね。それにしても今回光永企画さんに勝ってこちらのお仕事を頂けて、牧野主任本当に嬉しそうでしたよ?あの″マヌケ男″に勝ったって。でも浜野さんは面白くないでしょうね?プライド高そうですからね?あ、じゃあ僕行きますね」

紺野の言葉の何かが司の心を過った。
それはつくしにマヌケ男と呼ばれるプライドの高い男のことだ。プライドの高い人間は自分のことしか考えない人間が多いと言われ、間違いを認めたがらないものだ。それは仕事にしても言える。ならばその男は牧野に対し良い感情を持っていないはずだ。

「俺も行こう。さっきの会議室だな?西田。悪いが少し時間をくれ」






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コメント
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dot 2017.01.11 11:17 | 編集
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dot 2017.01.11 13:12 | 編集
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dot 2017.01.11 15:46 | 編集
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dot 2017.01.11 19:30 | 編集
S**p様
そうなんです。浜野です!
司と紺野君は会議室へ向かいました。
間に合うのか!間に合わないのか!
会議室で何が!
司急いでいます!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.11 22:57 | 編集
つか**Pちゃん様
司、急いで下さい!
そうですね、浜野には未来はないと思います。
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.11 23:51 | 編集
さと**ん様
浜野なにしでかしてるのでしょうね?
ピンチをチャンスに変えるのは司でしょうか?(笑)
紺野くん、本当によく喋ります。
思ったことがすぐ口から出ます。つくしもそうですから、似ているかもしれませんね(笑)
でも紺野くんは主任のことが心配なんです。
えっ!紺野くん、実は牧野主任が好き?(゚Д゚;)
それはないと思います(笑)
そして、3人。牧野、紺野、浜野。
見事にみんな”野”がつくんですねぇ。(笑)
主役は牧野です。紺野くんではありません。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.12 00:02 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
浜野の目的はなんでしょうねぇ。
プライドの高い男の鼻先を明かしたようなつくしですから・・
司の野性の勘は好きな女性に対しては、研ぎ澄まされているのでしょうね。
紺野君の前でラブシーンを繰り広げる!(笑)
そうなると、紺野君は身の置き場のない状態に陥りますね。
目隠ししてその場に居るわけにもいかず・・そうなったらどうするのでしょう・・(笑)
コメント有難うございました^^




アカシアdot 2017.01.12 00:12 | 編集
悠*様
つくしの元へ駆けつける坊っちゃん。
どのように救いに・・会議室ですからねぇ。
なんとでもなるような気がします。
大人の坊ちゃん、どうするのでしょう(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.12 00:18 | 編集
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dot 2017.01.12 01:42 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
道明寺支社長を前に緊張のあまり、饒舌になる紺野くん(笑)
そして・・・わはは!(≧▽≦)
>頬を赤く染めうっとりとした眼差しを支社長に向け・・
紺野くん!本当に振袖男になったんですね!つくしの着物姿を凌駕するほどのインパクトなんですね?
紺野くん勝負パンツって!(≧▽≦)そしてエレベーターで司のジッパーを降ろす・・
なんだかどんどんパワーアップしているようですね?(笑)
それにしても西田さん、司に対し酷い仕打ちですね。
上司と部下の管理を自慢する西田さん。
先日司に「おまえが一番こぇーよ!」と言われていましたが、本当に怖いです(笑)
つかこん、”花より紺野”ありがとうございますm(__)m
本当にお腹を抱えて笑いました。紺野君の司に対する愛の行方が気になります(笑)
マ**チ様最高です!!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.01.12 22:56 | 編集
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